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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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 パチパチと木が爆ぜる音が静寂の森に吸い込まれていく。揺らめく炎から無数の火の粉が生まれ、暗闇に舞う。


「焚き火の炎っていつまでも見ていられるよね……」


 誰に言うでもなく、人の言葉を喋る猫がポツリとつぶやく。

 こいつと出会う前の俺に、お前はいつか喋る猫と、人のいない島で焚火を囲んで談笑しているぞ、しかもお前は動く骨となってだ、などと教えてやれば、どういう反応をするだろうか、まぁ、到底、信じはしないだろうな。昔の家族や仲間たちの誰かに教えても、誰一人とて信じてはくれないだろう。

 もう二度と会うこともないだろう家族や仲間たち……ほぼほぼ利害関係、戦争や領地争いでの同陣営というだけで、特に信頼できる関係というわけではなかった。あまり良い付き合いはしていなかったから当然ながら未練も無いか。そんな生き方をしてきた。それに寂しさを感じてしまうのは、おそらくこの場の雰囲気が悪いのだ。静かな森、他人に邪魔をされない時間、夜、闇、炎。

 黒猫を見る。

 人の言葉を喋る猫などと云うふざけた存在、悪魔では無いと自称する黒猫の悪魔。こいつには仲間はいるのだろうか? つまり、他の悪魔ということだが。

 焚き火を見つめる黒猫の金色の瞳が、踊る炎に合わせて妖しく揺らいでいる。

 黒猫は少女の声で俺に静かに喋りかける。


「ねぇ黒騎士さん、もういいんじゃない? まだ満足していないの? 私には正直、黒騎士さんが何をしたいのかがわからない。君自身だってわからなくなっちゃってるんじゃないの?」

「……満足も何も、俺はまだ何もしていないのだが」

「そうだね、人を驚かせては逃げてってやってるだけだよね」

「逃げてない」


 黒猫の言うことが理解できないわけでは無い。実際に俺は今、迷っている。何をしたいのか、何が望みか。


「不完全燃焼って感じなのかな? でしょ?」

「…………」


 図星だ。

 ノートルダム大聖堂での一幕を思い出す。

 混乱と恐怖に陥った人の様。あの様子なら聖女ジャンヌを陥れたピエール・コーションは必ず裁かれるだろう。本来なら逆らうことすら難しいような身分の聖職者を弾劾し、暴力までを振るった一般市民を見て胸のすく思いをしたが、だがそれは俺自身の手で事を為したわけでは無いのだ。俺の中にあった怒りが行き場を探している。


「そうだな、不満だ、そして不安定でもある。俺の今の精神は揺れていてどうにも……わからん。俺の頭ではついていけないような事態が続き過ぎるのだ。揺れていて、不安定……」

「今の君の精神はとても安定しているように見えるわよ? 凄く自然体? ごめんなさいね、あなたの事をよく知りもしないのに」

「貴様の目には俺がそう見えるのか?」

「突然切れて暴れることは無さそうだもの、一応? だけど」

「普段でもいきなり暴れることなどないが」

「目が覚めていきなり私に斬りかかってくる人だもの、信用できないなー」

「あの時はすまんな、よく考えてから斬りかかればよかった」

「斬りかからないで。ふふ、あの時の事は寝ぼけていたってことで、許してあげる」

「寝ぼけて……そうだ、それも聞かねばならないと思っていたことの一つだ。黒猫よ、俺の身に何があった? 火刑にされそうなジャンヌを救いに向かって失敗したのだったか……具体的に何が起きたのだ?」

「あー、それ? まー、そーね……」


 歯切れ悪く答える黒猫。

 その近辺の記憶が曖昧になっている。記憶は欠片になって霞がかかり、うまく思い出せない。俺はあの時、どこにいて何をしていた? 視界の中で、掴み所の無い焚火の炎が、フラフラと揺れている。


「それは、ね、うん、この世界を去ってから聞かせてあげる。どうしても君が気になるというのなら、いずれ知ることだし、ね。焦ることは無いわ、ゆっくり、ゆっくりと知っていけばいいのよ」

「なんて気になる物言いだ……今すぐ聞かせろ」

「じゃあ、もう満足したってことで、この世界を去る決心はついたの?」

「どうかな……少なくともコーションの奴が実際に火あぶりになるのを確認するまではこの世にいるだろう」

「裁判が長引かないといいわね……」

「うだうだと長引くようなら俺が直接引導を渡す。あとは、そうだな、王に聞きたいことがある。彼女の身代金のことだ。身代金は高額になっていたという話もあるが、普通であれば敵の手に落ちた救国の英雄を救うのならば、どれほど多額の身代金を払ってもいいはず。しかし王には最初から最後まで身代金を支払うという動きが無かった。……下世話な噂もある。王が彼女の人気に嫉妬して見殺しにした、というものだ。俺はシャルル王に話を聞きに行く」

「……次の被害者、シャルルさん」

「被害者でもないし加害者でもない、ただ疑問をぶつけるだけだぞ。そうだな、明日にでも出発するか、シャルル王はランスの町にいるだろう」

「次に被害を受ける町、ランス」

「他人事のように言うな」

「他人事ですし」


 俺を動く骨として復活させた奴が何を言う。町への被害どうこういうのなら黒猫も同罪ではないのか。

 堂々と正面から乗り込んでいけば今回もルーアンやパリの町と同じように騒動になるだろう。だが今なら全身を隠すローブがある。人からは透明に見えるというローブの透明モードとやらを使い、慎重に動けば、同じような騒動にはなるまい。

 なおも黒猫に俺のあの日の記憶について追及するが、いずれわかる事だからとしか返さない。やがて話は逸れていく。


「馬が空を飛ぶことは不自然であり、無理があることなの、馬にとっては必要ないの、むしろ邪魔ね。自分というものを空を飛べる生き物だと認識……誤解してしまえば、うっかりと崖から落ちて酷い怪我をしてしまうでしょう? 今回の事は何一つとして馬のためにはなっていないの。私と君の欲望によって馬の認識は歪まされたというのが結論。馬が喜んでいたというのは、そこから派生した別の結論」


 馬の奴が俺たちの手によって空を飛べるようなって喜んでいた、奴は幸せかどうか、という話だ。


「結局は、誰かのためとか言って行う行為は、すべてその人自身のための行為なのよ。それは見失ってはいけないこと。心に留めておくべきこと。君に対する私という存在もそうよ? 黒騎士さんの手伝いをしていて、君に満足してもらいたいのも、さっさと私の手下になって使える存在になって欲しいってだけの話だし」

「人のためにしてやったと思うくらいは別にいいだろう。悪いことではないし、重要でもない」

「重要なことよ。人のため、社会のため、誰かの、何かのために……それを言い出すとね、際限なく肥大化していくの、虚構の世界に築き上げた自分という虚像が手に負えないほどに大きくなっていく。俺はもっと出来るはずだー、もっと遠くに手を伸ばせるはずだーってね。……やがて世界は滅びます」

「何だその結論っ!?」


 いきなりの話の展開に驚いて黒猫を見る。


「世界が滅ぶだと? いや待て、少しも納得できん! さっきの話からなぜ世界が滅ぶ話になる?」

「なんだか途中で面倒くさくなっちゃってー」

「おい貴様」

「ねぇ黒騎士さん、一人の人間から発する言葉一つで、何十万、何百万という人の人生を簡単に狂わせ、命を死に追いやることが出来る時代が来るって言ったら、信じられる?」

「黙示録……それが終末の世界……なのか? 神の言葉……」

「いいえ、神様も宗教も神話も何も関係ない。通信によって大勢の赤の他人と繋がり、記録を共有することの出来る世界で生きる、まったく普通の、特に何でもない、そこいらにいるようなの人の言葉で、よ」

「信じられない」

「でしょ。だから今の君が覚えておくことは一つだけ、自分の欲を誰かのためと言い換えるな、それだけ。それも、持ってていいのは身の丈に合った欲望。身の丈に合わない欲望を持つと現実との差に絶望して不幸になるのだから」

「俺には貴様の言葉がうまく呑み込めない……少し考えさせろ」

「いいのよ、それで。人の言うことを簡単に信じないのは、とてもいい兆候だもの、自分の頭で考え続けなさいな」

「貴様は猫だがな……」


 この骨の身体になって以降、頭を働かせているのは確かだ、以前はもっと簡単に生きていたはず……


「思い出した。そうだ、聞いてやろうとしていたことがある。黒猫よ、全知全能の神が創った世界に悪魔が存在しているのは何故だ? 人と同じく悪魔もまた……神が創ったものなのだろうか?」

「肯定しても否定しても問題になりそうな質問が来たわね……」


 考え込む黒猫。幼少の頃、よく考えもせず周りの大人たちに同じ質問をしては困らせていた。今ならわかる、この問いかけの恐ろしさを。どう答えても神を否定することになる問題。大事にならなかったのは俺がそれなりの権力を持った親の子供だったからだろう。口にするだけでも罪、それほどまでに、この問いは恐ろしい。

 やがて黒猫は口を開く。


「……神様が全知全能であるせいで生まれてしまった存在、それが悪魔、だわ」

「……神が悪魔を生みだした……のか?」

「いいえ、違う。全知全能の神、それも善なる存在になってしまった神がいたから、生み出された」

「誰に?」

「人に」

「………………黒猫よ、貴様は人によって生み出されたのか?」

「悪魔扱いしないでって! ああああ、私が実在するせいで、ただでさえややこしいこの問題がもっとややこしくなるっ!? 悪魔じゃないから! 天使でもないけどっ!」


 器用に両方の前足を上げて頭を抱え込む黒猫。すぐに下ろして俺を見て、笑う。いやな笑い方だ。何かがおきそうな……


「私の考えだということを、前置きさせてもらう。あと私の事は一旦忘れてちょーだいな、私と君と……」

「!」


 嫌な予感がして、すぐさま黒猫から遠ざかろうとするが間に合わず、唐突に地面が消失し、足場を失う。ここにきて何度目だろうか、宙に放られ、落ちて行く感覚を味わう。それも一瞬の事、すぐに水中を漂うような感覚へと変わる。

 呼吸は、できる、そして視界……


「!?」


 俺の視界一杯に、まるで理解の出来ない景色が広がっていた。


「私たちがいた地球を宇宙から見た風景。いやぁ絶景だねぇ、綺麗だねぇ」

「――――!」


 何一つ言葉にならない、声を出せない。

 いつの間にか俺の肩へ乗っていた黒猫を気にも留めず、ただひたすら視界に映る景色に息をのむ。


 青い、青いだけでない、白も、他の色も入り混じった巨大な、美しい球体が暗黒の中にポカリと浮かんでいる。広がる暗黒は、ただの黒の一色ではなく、おびただしい量の光の粒が不規則にちりばめられていて、その果ても知れない。


「あっちが月で、あっちが太陽ね」

「……くぁっ!?」

「あ、ごめん、眩しかった?」


 肩に乗る黒猫の言葉で後ろに顔を向けると、月と呼ばれた小さい銀色の球体と、それから目を灼かんばかりの光を発する存在、あれが太陽、らしい。


「じゃあ、行こうか」

「行く? どこへ……う、うおおお!?」


 俺の身体が青い球体に吸い込まれて行く。不思議な力に引かれ、近づいて行く。最初はゆっくりと、徐々に早く。

 速度を増しつつ吸い込まれていく俺の身体は、視界一杯になった青い世界の内部へと突入し、なおも勢いを増して落ちて行く。白いモヤを突き切り、尚も落ちて行き、地面に衝突するかという所で、止まる。


 ……森、どこかの森の上空、それ以外はわからない。上を見ると遥か上空に雲が浮かぶ。雲だ。先ほど俺が上で突っ切ってきた白いモヤは、雲か?


 理解する。させられた。

 あの時見た球は、地球は、俺たちがいる場所を天上から見下ろしていたものだった。……天、上? いや、あの感覚……上も下も無かった。あれは、なんだったのだ? あの感覚を表現する言葉が俺の中には無い。


「かつて、人は、少数の家族単位で暮らしていました」

「!?」


 森の中に人が現れる。獣の毛皮を着た人々、男、女、大人、子供……


「狩猟生活を送りながら小規模な群れで生きる彼らは、住処を決めず、移動を繰り返しながら、わりかし平和に、そこそこ穏やかに暮らしていました」


 俺の視界には獣を狩る人の姿が映り込む。獣の肉を分け、笑い合う家族……誰も彼も空から見下ろす俺たちを気にしていない。


「長らく少人数で好き勝手に暮らしていた彼らですが、やがてその中から農耕を営む者たちが現れました。定住生活を始めた集落では、どんどんと人が集まり増えていきます」


 人々が、変わる。

 獣の服から、布の服へ。家々が立ち、畑を耕し、収穫した麦を手にして喜び合う人々……


「困ったことがおきました。とてもとても長い間、少人数で好き勝手に生きてきた人々は、大勢が集まり生活するようになってからも、やっぱり好き勝手に生きようとするのです。人という弱い生き物は、まとまって生きようとするのも、それはそれで大変な事なのです。集落が大きくなればなるほど歪みは大きくなります、集落の存続が危ぶまれるほどに。そこで人々は必要に迫られて一つの発明をします。好き勝手に生きがちな人々を1つの物語で縛りつけ、行動を制御しようと試みたのです」


 肩に乗る黒猫が耳元で喋る。空に浮かぶ俺たちの下では、争う人々。


「みんなで共有する物語……これが宗教の始まり、なのです」


 やれやれ、だ。

 俺の頭ではついていけないことが、続き過ぎる。

 考えることを放棄しようとする俺の頭の中で、最初に思いつき、どうしても気になった事がひとつ……黒猫……何だ、その、喋り方は? という疑問だった。




教育番組かな?

読んでくれてありがとうございます。

動画は基本二倍速で見るという方は評価、ブクマお願いします(いみふ)

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