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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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 何か見えない巨大なものに掴みあげられるような感覚と共に、フワリと体が浮く。


「おおっ!?」


 俺と黒猫を乗せた馬が完全に大地から離れ、宙に浮きあがる。矢を止めたのと同じ力が働いているのだろうか。

 乗っていた馬が今更ながら焦ったように嘶き、バタバタ忙しく足を動かす。やがてその高さは騎士たちの頭上を越えるまでに達する。


「……やがて来る終末の世界において神の子は、んなあっ!? か、か、神の子はぁ……」


 眼下に見える聖職者、および騎士たち。聖句を唱えるのもやめて呆けたように俺たちを見上げている。


「じゃあ、いっくよー」


 楽し気な黒猫の声を受けて前を見据える。

 鳥のように飛べるなどという黒猫の言葉に年甲斐もなく胸が弾む。

 俺たちを乗せた馬は前に進みだして騎士たちを頭の上を通り抜ける。最初はゆっくりと、そして徐々に速度は増していき、すぐに馬が駆けるほどに、いや、それ以上に早くなっていく。ゴウと風を受ける。体に叩きつけられる強風は目を開けてられないほど、ああ、俺にはもう目も瞼も無かった。ゆえに景色を見る。前から後ろへ、風が唸る音と共に流れていく景色。これが空を飛ぶということ。


「なんだ! これは! ははは! これが鳥たちの見ている景色か!? 素晴らしい!! あははははは!」

「あれ? 怖がらないの?」

「楽しいぞっ! フハハハ!」

「むー、なんか目論見と違う。つくづくこちらの思惑を外してくれる男だね君は。恐くて泣き叫けぶ姿で下ろしてくれーって言わせたかったのに……こうなったら、変化をつけちゃう」

「おお!?」

「きりもみ回転ー!」

「急上昇! そして急下降!」

「ふおおおおお!? うははあは!」

「大きくループ、もういっちょループ!」

「あははははは」


 黒猫の言葉に従い、空を飛ぶ俺は上へ、下へ、そして左右へと振られていく。体が重くなったり軽くなったりを経験しながら俺の目に映る景色は一杯に広がる大空、あるいは地面に激突する寸前、回転する世界と目まぐるしい変化をみせていく。大きく動く度、俺の口から零れ落ちる子供のような哄笑が止まらない。


「地面スレスレをぉ真横にぃ……うわっ、ちょ、暴れないで、バランスが……っ!?」


 地面に近づいた状態で身体を真横に倒されて飛んでいたとき、それまで以上に馬が暴れる。


「っ! 馬だけは本気で保護ぉ!」

「おおおおお!?」


 黒猫の声と同時に俺の身体は地面と触れあい、弾かれる。そして勢いのまま転がり放り出されてしまう。落馬。黒猫。馬だけは保護とか言ったか? 俺の身体はどうなった? 地面に何度も何度もぶつかりながら街道から少しずれた草むらに投げ出されて、ようやく止まる。

 俺は今、何回転した? 両手両足を広げて大地に横たわり、俺の視界は一面の空。


「おおお、ごめんよぉ、君の事を考えて無かった! 馬さん、ごめんよぉ!」


 首を持ち上げて視線を向けると、すぐ近くには倒れてビクビクとしている馬と、それに寄り添って馬への謝罪の言葉を述べる黒猫の姿。どちらも無事だったか。いや馬の方は無事じゃなさそうだ。大丈夫か? 馬がいなくなると困るぞ。

 しかし俺の心配をよそに馬はもがき、立ち上がる。フラフラとよろめいているが。

 俺の方はというと……上半身を起こしてみる。強い衝撃は何度もあったがどこも痛くないし、頭蓋骨もどこも欠けていない。体は問題なく動く。


「骨の黒騎士さんの方も無事だった? あはは、失敗失敗」

「黒猫、貴様、いや貴様が俺を守らないのは今更か……フッ……フフッ、いや、いい、空を舞う鳥の気持ちを堪能させてもらったぞ」

「鳥と言うか、どちらかというかジェットコースターの方だけどね、それも脱線大事故コース……ふふっ」

「ふは、得難い体験をした」

「死んでいなければ確実に死んでいたねえ!」

「なんだそれは、ふは、ふははははははははははははは!」

「黒騎士さんが壊れたね」


 再び横たわり空を見上げる。楽しかった。そして今は心地よい。この気持ちは俺のものか? どうでもいい。


「おお、汝、青ざめちゃった馬よ、ごめんね、良し良し。おいしいものを一杯食べさせてあげるからね。……生まれたての小鹿の様になってる」

「ふはっ! 黒猫! 貴様聖書に描かれる黙示録の馬のことを言っているのか? 冗談で口にしても聖職者に殺されるぞ、ああ今更だったな、くく、貴様は存在そのものが冒涜であった、くくく」


 草むらの上、上半身を起こして黒猫に話しかける。馬はぷるぷると足を震わせている。生まれたての小鹿とはうまく例えたものだ。


「ついさっきの歌う聖職者さんが終末とか黙示録とかどうこう言っていたからね、つい口から出ちゃったのよ。ふふ、私はちょっとかじっただけだけど、本当に君らの聖書に描かれる黙示録が始まったのなら人間の力では何も出来ないはずだけどね」


 聖書、黙示録、神……考えないようにしていたが、どうしても考えてしまう。どれほど神の存在を当たり前として生きてきたのだろう。


「黒猫よ……」

「お、なんだい、改まって」


 近くにやって来て草むらに座り込んだ黒猫に問う。


「やはり今が終末の世なのか? 黙示録にある死者が復活して、すべての者が裁かれる最後の時」

「やはりとか、むしろ何でそう思うのか聞きたいねえ」

「そうとしか思えん。今の世がまさにそうだろう。人は戦乱を繰り返し、教会は金と権力にとりつかれ腐り果てている。そして俺という存在もまた……」

「ふふっ……安心していいと思うよ。世界が滅びる気配は無いさ。終わらない戦乱も堕落する教会も、脈々と続く人々の営みの中にあるものだから。まぁ普通? 平常運転ってやつ。今が殊更特別じゃないの。君と言う存在は終末とはまったく無関係だしね」

「…………」

「納得してないようだねー。いい? 終末論なんていつの時代もあるものなのさ、まさに今が終末の世だーっていつもいつもいつもいつも言ってる。言い続けてる。でも問題なく続くよ、滅びを待ち望む人にとっては残念なことに」

「滅びを待ち望む人などいるものか」

「おっと、使う言葉を間違えたかな、撤回するよ。えーとね、始まりがあるんだから終わりもあるよねーって、そこは当然。けどそれだけじゃ人は納得できない。腑に落ちない。大勢を黙らせることはできない。じゃあ実際の話、世界が終わる時ってどんなのって疑問の答えが終末の思想として創られ語り継がれるわけで」


 神が人を創ったのではなく、人が神を創ったのだと言う悪魔。終末すら人が創ると言うか。


「こういうのはね、物語なんだよ、虚構の世界。創世から始まり終末で終わる物語。そしてなんと、登場人物としてそこに自分を配置することができる機能も人間には備わっているのだ。人ってすごいね。……自分が特別でないと思っている人、けれど自分にも物語の中に出番があると思える人にとって、終末の世界で右往左往する一般人という配役がカチリとハマるのさ」


 耳から入って来る言葉の毒、いや呪いなのか。これ以上は聞くなと心の中で叫ぶ自分がいる。もっと聞きたいという自分がいる。


「何もない世界で何も起きずにただ生きて死んで終わる、そんな物語はつまらない、許せない、でしょ? 創世の時代にはどうあっても出番が無いからさー、せめて終末の時代には間に合いたいってね。かくして終末を叫ぶ者はいつの世からもいなくならない。虚構の終末世界で出番を望む。めでたしめで……めでたくもないね、普通。それは普通のことなのよ」


 黒猫の語る話の内容に反論してやりたいという思いがある、そういうものかと受け入れる思いもある。心が揺れる。ずっと信じていたものが揺れる。


「すべては虚構と馬鹿にするか……」

「馬鹿にしていないよ。むしろ普段から恐れているくらいだもの。虚構とか物語とかいう言葉を使っているけれどね、それはもう一つの世界そのものだからさ。宗教の話だけじゃなく常識とか道徳とか、あるいは普段から何気なく思うこととか、おばちゃんが井戸端でする日常会話の内容とかも、そういうもの含めて全部。人の行動を支配して右へ左へと振り回せるほどの力を持つ相手が実体が無いとか怖すぎ」


 体をぶるりと震わせる黒猫。

 こいつのことはどこまで信用していい? 井戸端の日常会話でどうして人を支配できるのか。どうせ戯言の類だろうが。


「さて、行くか。もはや何のためにパリに向かうのかもあやふやになってきたが……」

「おやぁ? 君にも私のいい加減さがうつってきたかなー?」

「それは人にうつるものなのか、恐ろしいことだ。自戒せねば」

「ふふ」


 馬を見る。のんびりと草を食んでいる。生まれたての小鹿のように震えていた状態からしっかりと復活しているようだ。

 ずいぶんと凄まじい速さで飛んできたが、あまりのんびりとしているとあの集団に追いつかれてしまうかもしれない。追って来るかどうかは知らんが。

 そしてパリには奴がいるのだろう。彼女を火刑にした男。奴に何を問えばいいのかすら確たるものがない、だが行かねばならない。やらねばならない。俺の心からの思いだ。それだけは言える。


「……わかりやすい敵だといいがな」

「ふふ、ルーアンの町から逃げるようにして出てきて、あの歌う人たちからも逃げてきて……次は気持ちよく勝てる敵が出てくるといいねー」

「何を言うか黒猫。どちらも俺は逃げたわけではないわ。相手にするまでもなかっただけだろうが」

「そだねー」

「くっ、おのれ黒猫め、俺を侮るか! ニヤニヤするな!」

「侮ってないない。あの場面では逃げるしかなかったよねー、うん、少なくとも私は逃げたよ」

「逃げておらん! おのれ、今から引き返して奴らの首を掻き切ってきてやろうか!」

「出来ないくせにー」

「出来るわ!」

「出来るのにやりたくなかったんだよね? さっきの話さ」

「…………」


 それは黒猫にかけられた言葉も影響があるのだろう。人を殺すことに、いや何をするにも慎重になってしまった。間違った行いをすれば、自分が記憶している限り抜け出せない牢獄で、救いのない責め苦を受け続けるだろうといった言葉が俺の中に残ってしまった。あの時、殺してもいいと思ったが、同時に殺したくないとも思ってしまった。どちらが後悔しないだろうかと考えてしまったから簡単に殺せなくなってしまった。これではまるで本物の呪いの様ではないか……ちっ。

 どうにも不愉快なのは図星を突かれたからか、それとも黒猫が浮かべる笑い顔のせいか。


「…………ふん、どうでもいいわ」


 馬に乗り、駆け足で進ませる。

 慌てて追いかけてくる黒猫の姿をした悪魔にこれ以上の追及をされないように。





 夕暮れが近い。

 パリの町へと続く街道には驚くほど人が少なかった。

 農民と思われる者たちがいるにはいたが、俺の姿を一目見るなりすべての荷物を放り投げて逃げ出していく。当然ながら追うまでも無い。

 やがてパリの町を囲む石壁が見えてくる。こちらは北側の門がある方になるか。


「おお、これが大都市パリ……なんだか、こじんまりしているねえ」

「何を言うか。大都市であっているぞ。住人は20万にも届かんとしていた王の住まう大都市だ、などと、言われていたらしい」

「言われていたらしいって」

「何十年か前の疫病の流行で今の住人は10万にも届かないのではないか? 詳しい数は知らんが。王がいたのも昔の話だな。それでもまごうことなき大都市に違いはない」

「へー。話半分に聞いておくね」

「なぜ全部信用しない」

「歴史に関して君も大概いいかげんだって知ったからなー」

「おのれ反論できぬ。しかし知っていることはある。パリは今ヴァロア王朝に仇名すイングランドの支配する都市。落とさねばならぬ」

「やあ、それは君のやりたいこと?」

「…………いや、違うな。ああ、そうだ。もはや俺にはどうでも良いことだった」


 神にしろ、戦争にしろ、こうも生きていた過去に縛られるものか。俺に顔の皮膚があれば眉間に盛大なしわを寄せていたことだろう。


「どちらにせよ彼女を異端審問の罠にかけ火刑に主導した男がこの町に逃げ込んだ可能性が高い。行かねばな」

「それは譲らないんだね。コーションだっけ?」

「そうだ。ピエール・コーション司教。奴の口から話が聞きたい。そして、おそらく殺す」

「あ、そう」

「……黒猫、何か言わないのか? 貴様は人の生き死にで何か言いだしそうだと思ったのだが?」

「何も無いよー。その人はご愁傷様ですって感じだけど、最初から誰が生きて誰が死んでも私は知りませんって立場だよ。あ、ピエール・コーションって美少年? だったら話は変わる」

「そんなわけあるか」


 馬の背に乗る黒猫と軽口を叩きつつ、周りを見回す。


「それにしても静かだ、もっと人がいてしかるべきだろうが」

「骸骨騎士が襲ってくるかもって噂を聞いたんじゃない? 普通の人なら逃げ出しちゃうでしょ」

「それもそうだが、門を守る兵士くらいは姿を見てもいいはず……」


 固く閉ざされている門に近づくと、突如雷鳴のごとき轟音が響き、近くの地面がえぐれ土砂が舞う。


「火砲!?」


 壁を見ると、その上部にちらりと人の影。砲台のいくつかがこちらを向いている。


「息を潜めていたな!?」

「てぇえ! 撃てえ!!」


 身を隠さなくなった兵士が号令をかける。たちまちいくつもの砲撃が俺たちに降り注ぐ。連続する轟音を聞きながら馬を横に走らせる。大きな音にも驚かずによく命令を聞く良い馬だ。空を飛んだので驚愕には慣れたか?


「命中率低いねぇ!」

「黒猫よ! また空を飛べるか?」


 轟音の中、黒猫に問う。


「あー、うん、そうだねえ! じゃあ飛ぼうかねー!」


 やめてくれと言うように、馬が一声嘶いた。




※この作品は架空の世界の物語であり、作中に登場する人物、宗教は架空の存在です!

 架空の存在です!

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