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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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 雨の中での議論。いや、これは互いの主張の言い合い。それぞれの人がそれぞれ心の中に持つ自分だけの世界、その中にある正しさの、ぶつけあい。


「どうにもならぬのです! ならばっ」

「大地を血で染めるようなことは、どうかおやめになって、どうか、どうかっ!」

「聖女様っ、我々がこれから為す事は知らぬ事、そういう事で良いではないですか!」

「出来ませんっ! 目の見えぬ私なれど、止められる惨事を見過ごすことなど出来ません、ここで、ここで動かねば」

「銀の聖女様の深い慈愛は心得ております! 救いを求めてパリに集う人をすべて受け入れたのも! 僅かな食糧を等しく分け与えてくださるように取り計らったのも聖女様です!」

「うおのれ! 食料難は銀の聖女のせいと言われるか!?」

「違う! だからこそっ! 聖女様ご本人が飢えるのを黙って見過ごせるはずなど出来ないと言いたいのです! かくなる上は祝福など望みません、だから、どうかこのまま行かせてください!」

「駄目ですっ! 待って! 何か、何か無いのですか!? ああ、神よ、何も思いつかない愚かな私に救いの導を」


 パリ郊外。東門を出てすぐ。左右に広大な畑が広がる街道の中、盲目の女僧侶プリュエルと、髪や髭に白いものの混じった騎士、この二人を中心にして、言い合いの渦は広がっていく。


「行きましょう! 埒が明かない! 皆が助かる方法は、どうせこれしかないんだ」

「略奪は将が取るべきでない下の策だぞ! それで民の信用を失えば、今後、長年に渡り国家の運営に支障をきたすことになる! それがわからんのか!?」

「そんなのわかりません! そもそも! 略奪など、あらゆるところで起きています!」

「それをやめるのだ」

「だったらこの状況、どうすればいいのですかっ! 皆が飢えて、動ける者もいなくなってからでは遅いのです! 何とかなる策があるなら、どうか授けてくださいリッシュモン元帥!」

「む……う……それは……」

「ああ、天使様が見ている……人同士が争っていては、争っていては駄目なのじゃ……」


 ここに来て何も言わない俺も俺だが、俺がいることを無視するかのように意見の押し付け合いは続いていく。

 麦の収穫はまだ当分先だろうか? 今年の生育の具合はどうか?

 農耕についての知識は俺には無い。秋に種をまき夏頃には広大な絨毯を思わせるような小麦畑も、ようやく春の息吹が聞こえ始めた今は青くて細い葉と小さな花が群れ揺れるのみ。花? ん? ……いや、これは小麦ですらないぞ。同じ畑で小麦を作り続けることは出来ない、土地を休ませる期間が必要なのだと、領地の経営の報告の中で聞いた覚えがある。ならば今、この畑は休んでいるのか? よくわからない、麦畑はどこだ?

 言い合いは続く。


 雨に濡れる小麦でない畑を見ながら考える。


 どうにも存在感というべきものがな、今の俺には無いらしい。いや、気にはしている。マロー司教とか、俺の方をしきりに気にしているし。けどそれだけだ。誰も俺の意見を最初に聞こうとしない。

 女か? この身が女だからか? 骨の姿の時には、誰もが俺に注目し、一挙手一言動を気にし、目を逸らそうともしなかったのに。

 聞いて右から左へ流しているだけなのに、互いが一歩も譲らぬ熱い言い合いに当てられて、俺まで熱くなりそうだ。


「泣き虫、この状況、お前ならなんとか出来るか?」

「なんとか……いや、解決策とか、想像も出来ませんよ。どっちも正しいような、そうでないような」

「そうか、わかった」


 つい考え無しに泣き虫を連れてきたが、結局最後まで役に立ちそうにない。まぁいい。無視したところでどうせ付いて来たのだろうし。


「はぁ、気が進まんが、行くか……そこの白髪交じりの騎士よ、略奪に出るのは少し待て」


 務めて冷静に。言い争いの渦の中に飛び込むように足を進め、プリュエルと騎士の間に立つ。


「黒様!」

「美翼の天使……」


 美翼の……それだと羽を美しいと褒めているぞ、いやどうでもいい。


「ここはプリュエルの言葉を聞き、一旦引くといい」

「おお、天使様、ご心配召されるな。聖女様共々、どうかパリの町の中でお待ちを。こんな所にいては濡れてしまいますぞ。今に爺が食べ物を持ってきますでな」

「ええい! 俺を孫や小娘のようにして接するでないわっ!」


 爺という歳か。まだそんな歳ではないだろ。白熱した議論から一転、白髪交じりの騎士の破顔した表情に、孫や子供に接するような気安げな態度を見てとって一瞬で激高してしまう。

 くそが、俺を侮りおって。

 ……いかんな。冷静に。冷静に。


「馬上の騎士よ、俺を侮るなよ……? 貴様など、すぐにでもどうとでも出来るのだ……」

「ええ、はい、そうでしょうな」


 首と胴を生き別れにしてくれようか? そんな殺意を込めた威圧を放ったが、馬上の騎士は知らぬ風。態度に変化は無い。むしろ微笑ましい者でも見るかのよう。

 威圧の不発。

 なんたることだ。足りない。今の俺の姿には威圧感というものが圧倒的に足らない。そしてやはり、馬上の相手に接するにはこちらも馬がいる。馬から見下ろしているから俺を侮るのだ。


「……いいからここは引け。そして俺の案を聞け」

「案? 天使様の、案ですか?」

「ああ、思いついたことがある」


 まだ頭の中で整理もされていないが、先ほど案をひとつ、思いついた。

 試験の答えにもなる、実に馬鹿馬鹿しい案を。


「とにかく、人に恨まれる行為……略奪などは止めておけ、そういうのは、割に合わない。リッシュモン、ここはお前が正解だ。お前が正しい」


 突如名を上げられたリッシュモンは眉毛を刎ね上げる。


 ルルによって明かされた世界の真理の一端。すべての過去に起きた事は、それを辿れる者にとっては辿り着けるのだ。

 誰もがそんな力を持つわけではない。だが、そんな力を持つ者が気まぐれに復讐者に手を貸せば……


 ありとあらゆる悪事、不正は明るみとなり、復讐に燃える正義の遂行者によって歪みは正されることになる。その行為が個人の中だけに存在する正義によるところであったとしても。


 恐ろしいことだ。恐れるべきことだ。悪事は割に合わない。人の恨みを買うのは、割に合わない。


「さきほどからの謎の信頼感が……どうにも座りが悪いのだが……」


 リッシュモンが誰に聞かすでもなく呟く。


 時代が変われば常識が変わる。

 フランスの全軍をまとめる大元帥の立場であったリッシュモンが、戦時の略奪というこの時代の”当たり前”を、当たり前でなくすために、相当な苦労をしたんじゃないの、とは、あの世界の未来の歴史を知るルルの談だ。

 後世、暗黒時代などと呼ばれるこの時代とて、いつかその終わりを迎える。略奪が当然といった考えも変わる。その時代の変わり目にあったのがリッシュモンという男だ。正義の人。暗黒時代を終わらせた英雄。

 すまんな、リッシュモン、略奪癖の抜けない荒くれラ・イルがいつも迷惑を掛けて。


「あの世界の、だがな。この世界では何を残すリッシュモン……いや、どうでもいい、今は」


 この世界のリッシュモンのことは、この世界のリッシュモンが決めればいい。

 仕切り直して馬上の騎士を見上げ、睨む。

 張り上げる声は、皆に届くように。


「これから俺は貴様らの覚悟を問う。この場にいる全員の覚悟を、だ」


 頭の中に散らばる考えを一か所にまとめつつ、言葉を重ねる。


「憂うべき事態とは、すべてが今、この場に食べ物が無い、という話に帰結する。ならば、借りればいい。借りられる相手から、借りればいい。借りたものを返す意思と覚悟は、あるか?」


 通るかどうかもわからない。そんな馬鹿げた話を、今からしようとしている。

 無茶を通そうとしている。しかもその交渉の相手は……


「借りるもの、それは時間だ」


 ルルだ。


 超存在、ルル。時間すら思いのままに操り、虚空から食べ物を生み出す。


「祈るがいい。作物が実るだけの時間が欲しいと、その時間を借りたいと、それが出来る者に」


 ルルならば、未だ穂をつけない麦にも穂をつけさせることは可能だろう。

 その仕組みはさっぱりわからないが、今この状況をなんとか出来る者は、結局の所、そいつしかいないのだ。ならば。


「見ているのだろう!? ルルよっ! この状況をなんとか出来る者は、お前しかいない。ならばお前の力を借りる。お前の手を借りる。それがこの試験とやらに対する、俺の答えだ!」


 なんとかしろの答え。なんとか出来る奴に任せる。


 胸を張って言える答えではないな。だが胸を張る。

 馬鹿馬鹿しくも情けないことを言っている自覚はある。あるが、それしかない。それしかないなら、それを選らぶ。


 幸い、どんな相手の手を借りてもいいという言質は取ってある。ならば試験官でもあるところの猫の手でも借りてもいいはずだ。理屈はそう。手段は何でもアリだとも言っていたし、文句は言わせない。


 まだ頭の整理は付いていない。うまく相手を納得させる理論が積み上がっていない。説得は口から出任せになるだろう。


 遠く。雷鳴が響いた。


「…………びっくりするわぁ」


 反応出来ぬ者、唖然とする者、そんな中にあって、いち早く跪いて祈った盲目の女僧侶の横に生まれる、一つの小さな黒い影。


「丸投げされたから仕返し込みで丸投げしてあげた案件を、剛速球で投げ返された気分だわぁ、びっくりしたわぁ、何、この丸投げ合戦……」


 黒猫のルル。

 ぬかるむ地面に膝を汚すプリュエルの横で、自らも雨に濡れながら佇む金眼の猫。


「文句はあるか? 黒猫よ」

「黒騎士さん、自分が何を言っているのかの自覚はある?」

「ある」

「そんな答えに至った考えを聞かせて?」

「ああ、いいだろう。……ルルよ、貴様はこの状況をなんとかしろと言ったが、そんなものは曖昧過ぎる。ならば、なんとかする範囲は俺が決めていいはずだ」

「うん」

「色々と問題が起きているが、今は食べ物が無い、それに尽きる。ならば、それを解決すればいい。それを解決とした」

「うん」

「今は春だが、夏まで少し待てば周辺の小麦やらも実をつけるだろう。足りないのは時間なのだ。ひと季節分の、時間」

「ほう」

「そこでお前だ。時間を操ることの出来る存在。そんな存在が近くに居るのに、その力を借りないのは嘘だろう。結果として借りられないのだとしても、頼むことすらしないのは、怠惰と言っていい」

「そうかなぁ、まぁいいや、続けて」

「この困窮する者たちに時間を貸してやってくれ。作物が実るだけの時間を」

「時間の貸し借り、ねぇ……それは奇跡にすがるのと、何が違うの?」

「……奇跡ではないのだろう? 奇跡や魔法は存在しない、それは技術であると貴様は言った。ならば、対価を支払い医者に医術を願ったり、大工に建物を願うのと何が違う? 技術として、貴様はそれが出来るのだろう?」

「まぁ、ね。けど、出来たとしても、どういう理屈で私が動かないといけないのかしら?」


 そこが一番の問題なのだ。

 この怠惰な黒猫は、自分がやりたいことしかしようとしない。

 金や尊敬、他者からの評価といった報酬すら、必要としない。

 少なくとも、困窮するこいつらに力を貸してやって恩を着せて後で好きに働かせろ、などという答えでは納得しないだろう。ならば違う方向から。


「……そういう試験を貴様が俺に与えたからだ」

「ん?」

「試験ならば正解となるものが必要だろう。この状況を、なんとか出来るという正解を、貴様は用意しておかねばならない。それが試験を出した者の負うべき責任。それが貴様が動く理屈だ。嫌でも動かねばならない、理屈だ」

「おー」


 納得出来た、みたいな顔をする猫。しかし、なんだ、自分の口で言っておきながら、そうか? と思うような理屈。こねくり回して、目的地がどこかも見失うような理屈。

 だがこのまま押し切る。


「誰でも人の手を借りるのはいいと、言ったな?」

「言ったね」

「ならば黒猫よ、貴様の手を借りても問題は無いはずだ。何でもアリだとも」

「あー、言った言った」

「だから……」

「はい、いいわよ。良しとしましょう」

「だから……ん?」


 無理にでも納得してもらうために、さらなる理論を組み上げようと頭を悩ましていると聞こえてきた良しとするの声。猫の口から紡がれる、穏やかな少女の声。


「いいわ。試験はクリアよ」

「いいのか?」


 自分でもどうかと思う理論だったぞ。


「最初の試験問題をちゃんと聞いてなかった?」

「いや、ん?」

「考えて、答えを出しなさい、そう言ったのよ。それが試験の内容。黒騎士さんは考えた、そして答えを出した、だったら合格でしょ、どんな答えでも」

「な! そんな試験にどんな意味が」

「悩む間もなく、あるいは行動しようとする意思もなく、何でも他人に丸投げする態度を、私は咎めているのよ」

「それは……」


 ラ・イルから戦争の話を聞かされても、ルルならばどうとでもなると思って真剣に考えなかった。その時の事を言っている。

 いや、もっと、前から。


 神ならばなんとかしてくれる、そんなことを思って思考を停止し、ジャンヌの救出を真剣に考えず、行動しなかったのではなかったか。その時から、俺は何も成長していないということになる。


「そうか」


 その行きつく先は、あの碌でもない未来。

 拙い答えではあっても、この世界に放り出されるのが怖くて真剣に考えた答え。それすら良しとする理由。考えるという行為自体に価値があったのだと俺に教えるための試験。


「考えない事に慣れてしまうと、どんどんと人は考える力を失っていくわよ? 筋肉と一緒、使わないものは衰えていく。人の体は本質的に怠けたいように出来ているのよ。良かったでしょ、こういう試験があって。これからも、ちょくちょくやるからね、油断しないで」


 気がつけば。

 俺たちの会話を聞き逃すまいとする人の静寂の中で雨音だけが響いている。俺を責め立てるような、そんな音色で。


「ふふ、悩み過ぎも毒だから、休みつつ適度にね、ていうか、なかなかの答えだったわよ。出来ない事は出来る人に頼む、シンプルにして破壊力抜群の答え。群れで暮らして社会を形成する人の基本でもある。うん、なかなか。時間の貸し借りといった発想も面白いものだった。だけど、ちょっと色々なものを取っ払って、もう少しだけ考えて想像してみて黒騎士さん」

「……なんだ」

「仕事を任せた部下に、その仕事を丸投げされ返される上司の気持ちを」


 それは。


「腹が立つな。場合によっては顔の形が変わるまで殴ってやるかもしれん」

「ふふ、今回はそういう主旨の試験だから見逃すけど……次は無いからね」


 次か。

 次が用意されているというのは、喜ぶべきことなのだろうな。


「さあて、他愛のない小言が済んだから、この状況、なんとかしますか……」


 黒猫がプリュエルから離れて、こちらに歩いてくる。


「雨もうっとおしいし、ぱぱっとなんとか、ね、ふふ、後悔しないでね、黒騎士さん」

「待て、何をする気だ? そこらの小麦の成長を早めるだけで良いのではないか? 後悔? 俺が? 時間を借りるのは、こいつらだろう」

「貸したら返して貰わないといけないでしょ? そんなのは手間、だから、もっといい方法がある」


 黒猫は、未だ膝をつくプリュエルに向き直り、話しかける。


「プリュエルさん。覚えている?」

「ルル様、何をでしょうか?」

「貴女が私たちにしたことを」

「? ? ?」


 何も思いつかない様子のプリュエル。すぐに答えを言わない黒猫。やがて自分は何か良くない事でもやってしまったかと焦り出す盲目の僧侶に、いたずら者の顔をした黒猫は語りかける。


「パリで最初に出会った時、私が人参のスープを作ろうとした時」

「ああ……覚えております、覚えておりますとも、ルル様」

「その時に、貴女は私たちの為に、自分の持つ貴重な食糧を分けてくれた」


 今となっては遥かな昔に感じる、最初のプリュエルとの出会い、そのすぐ後。

 ルルが自分で取り出した人参を使ってスープを作ろうとした時に、自分からも提供をと言って増やしたスープの具材。


「その時の恩に報いましょう」

「あ……あ……」


 跪き、祈る僧侶の前。


「その時に貴女から頂いたカップ一杯のレンズ豆を、ここから見える範囲いっぱいのレンズ豆でお返ししましょう」


 黒猫は歌い上げるように声を高め、そう宣う。


 轟、と。

 風が唸った。


よ、ようやくここまできた……

次回、黒騎士さん、初めての農作業。


黒猫さんは他者からの評価は必要としてないようですが、作者は☆評価を貰えると喜びます。

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