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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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「試験。……試験? ふむ、試験?」

「何度も首を捻るな、可愛いかよ」


 遅れて理解がやってくる。試験。何かを試し、篩にかけ、至らぬ者を見つけ出し、落とすもの。

 何を? 誰を?

 決まりきっている。俺を。

 俺は今から、試される。


「し、試験……だとう?」

「今度はおののき過ぎでしょ……」

「な、な、何の試験だ?」

「私の手伝いをしたいんでしょ?」


 女僧侶の膝の上、黒猫は前足で顔を洗いながら続ける。


「何もせずにのうのうとしている人が私のお手伝いさんの地位を手に入れられると思ってた? だとしたら、それは甘いというものよ。これからもこういう試験はちょいちょいあると思いなさい」

「な……!」


 思っていた。

 なんとなく、惰性とか、なぁなぁといった感覚で、このまま俺は魔女の弟子になっていくものだと……

 流石にそれは甘かった。いや、油断していた。見くびってもいた。

 世界の真理を覗ける地位が、知識が、それほど楽に手に入るものか。


「ふ、不合格になったら、どうなる? 俺は見捨てられるのか?」

「ふふ、そういう風になっちゃうかも、なんて気概で望んで欲しいものよね」


 明言は避けているが、不合格が即、見捨てるという結末にはならないらしい。一応の安心感は持っていてよさそうだ。


「それにしても、突然すぎる、だろ」

「対応なさいな、はいはい、人の持つ時間というものは無限には用意できないものなのよ。行動行動」

「ま、待て!」


 試験は受けない、そんなものは知らないと言ってのける選択肢は存在しない。その場合、奴は未練もなく俺を切り捨てるだろう。そしてそのまま、この世界に俺だけを放置してどこかへ行く。残された俺は女としての一生を受け入れて……あああ、答え、答えを探さねば。


「条件! その試験とやらの合格の条件は何だ!? なんとかしろ、などと、曖昧過ぎるではないか。プリュエルを無傷で連れ戻せばいいのか? それとも、食糧問題を解決してリュミエラ達との戦争をやめさせるのまでが貴様の言う、なんとか、なのか?」

「そういうのも含めて、考えなさいな、はい行動」

「くっ」


 人の言葉を喋る黒猫が、まったく猫らしくない仕草で前足を合わせて叩く。音など出ない。しかし追い立てられるような焦燥感は生まれる。まずいぞ、何もわからないまま行動せねばならん。


 落ち着いて考えろ。今の状況は何だ?

 なんとかするとは何だ。

 ちっ、戦争など、どこか他人事のように感じていたから真剣な情報収集を怠っていた。とにかく、今、わかっている情報。


 聖女の噂を聞きつけて周辺から人が集まっている。集まってきた人の分、食料も余計に必要となる。それはパリの町だけでは賄いきれない。だから周辺から奪ってくる。プリュエルはそれをやめさせたい。

 この状況はパリだけでなく、ランスの町でも起きている。

 なんとかしなければいけない状況、それは喰いもんが無い、という状況。とにかくそれに尽きる。


 ……無いものは無いだろうが。どうしようもない。


「何か……」


 名案が浮かぶ切っ掛けはないかと、周辺を探る。

 目の前には黒猫を抱くプリュエルの友人。その腕に抱く黒猫は、いたずらをしかけた子供のような表情を浮かべている。くそ、首と胴を掴んで左右に捻ってやりたい。


 ここは簡易の聖堂のようになっている食堂。マロー司教の姿は見えない。プリュエルについていったのだろう。残っている者の中に見知った顔がいくつか。


「泣き虫っ!」

「ふわいっ!?」

「付いて来い!」

「え!? え!? 何故に私……」

「いいから知恵を貸せ。とにかくまずはプリュエルに追いつくぞ」

「え!? ちょ!?」


 食堂を出る前に黒猫を振り返り、確認する。


「人の手を借りるのは無しとは言わんよな?」

「お好きに。よっぽど駄目な行動とかなら口も出すけど、先ずは何でもアリの精神でやってみなさいな」

「よし」


 言質は取った。

 これで無制限に誰の手でも借りられる。文句は言わせない。


 まだ文句のある様子の泣き虫を蹴とばすようにして追い立てながら屋敷の外に出ると、外は結構な雨であった。雨粒に煙るパリの町の中、焼けたノートルダム大聖堂の屋根が見える。


「泣き虫、状況を説明しろ」

「は、はい、ええとですね」


 イングランド所属の泣き虫が俺の指示に従う理由なんぞは欠片ほどとて無いはずだが、それでも何故か奴は従順。ベッドフォード公に俺たちの動向を逐一報告する役目を負っているらしいからな。嫌われて遠ざけられるくらいならと従っているのかもしれんが。まぁ役に立つ間は役に立ててやろう。


「うだうだしていると人が集まるな、急ごう」


 俺に気がついた数人が口を開けて見ている。

 俺とて雨に濡れるのは嫌いだが、意を決して外へと踏み出す。プリュエルは東の門へと向かったらしい。目の見えぬプリュエルだから急げば追いつくかもしれない。

 追いついたらどうするか。

 プリュエルと一緒に略奪をやめさせるように集まった連中を説得するか? しかし、それをすると食料が足らない。逆に、略奪を認めさせるように俺がプリュエルを説得するか? それで問題は解決か? わからん。決められない。


「そういえばゴウベルはどうした?」


 朝から姿は見えなかった。

 うるさい奴がいないならいないで、少しは気にもなるというもの。


「どうしても光の聖女様が気になるのだあ、とかなんとか言って、一人でランスの町に向かいましたよ。止めたんですけどね」

「またそういうのか、ふん、奴め、今度こそ死んだな」


 魔女の騒ぎでルーアンからイングランドの本拠に行った時のような、いつもの奴の独断単独行動。ただ、自分の所の軍に戻るのとは今回は訳が違う。光の戦士であるの一本で我を通そうとしても普通に無理だろう。普通に捕まるし、普通に殺される可能性もある。まぁどうでもいい。敵として俺の前に立たなければ……敵……敵とは、誰だ。


 雨に濡れるパリの町を駆けながら考える。

 今の俺の立場から見ての敵というのは、どこの誰だ?

 パリの町を蹂躙せんと狙うランスの町のシャルル王の軍か? 違う。違うだろ。

 かつてシャルル王太子を擁すアルマニャック派に属し、ジャンヌと共に侵略者のイングランドからフランスの地を取り戻そうとした男の成れの果てである俺の、今の敵は、どこの誰だ?

 死んで、すべてのしがらみを捨てた俺は今、どこに所属する?

 答えは、どこにも、だ。

 どこにも所属していない。


「だからこの世界に俺の敵などいない」


 少し前ならジャンヌを魔女にしたすべての者が敵と言えた。

 だが今の世にジャンヌの神性を疑う者はいない。動く骨と喋る猫、俺たちが姿を見せた、ただ通りすがった、たったそれだけのことで、世界はそういう風に変わった。変わり果てた。イングランドのベッドフォード公すら、あの苦虫を嚙み潰したような表情でジャンヌの処刑を後悔していたのだ。

 本来の歴史ならば二十数年をかけて手にする権利を、俺はすでに手に入れている。


「後は気分の問題、戦争に手を突っ込むなら、それは遊びの範疇、か」


 どうにも他人事のように感じるわけだ。

 俺に敵はいない。それもまた、かつての黒猫が言っていた通りだ。奴めの言う事がいちいち正しいなどと認めるのは、無性に腹が立つ。人徳のなせる業だな。


 すぐに追いつくと思っていたプリュエルだが、影も形もない。どこまで行った? すでに東門の外か?


「馬を用意してもらえば良かった」


 あの、少し見ない間に女になった俺を初見人物扱いにした薄情な馬を。


「泣き虫よ、貴様は何のために戦う?」


 考えなければいけないのは食料と戦争の問題だが、外れがちな思考のついでに聞いてみた。


「た、戦う目的ですか?」

「ああ」


 顔に滴る雨を拭う。フードのあるローブ姿になれば良かったか。ただあれだと走りにくい。


「泣き虫、貴様はかつてルーアンに押しよせるパリの避難民を殺して追い立てる役目を負った一団を率いていただろう。俺が追い回してやったら盛大に泣いていた」

「なっ!? 飛ぶ髑髏の時の!?」


 そうだった、マントの透明モードを使って首だけ浮かんでいるようになっていたのだった。あれは傑作だった。恐れおののく男を追い回いして喜ぶなど稚気の極みだが、楽しかった。

 もうすでに遠い昔のようになっている記憶だが、日にちにすれば、それほど経ってはいない。


「や、やっぱりアレは貴女だった……そうじゃないかと思ってましたが! ああ、忘れてないです、忘れられるものですか、あれほどの恐ろしい体験を。今でも夢に見ますもん……」


 あの時も食料の問題があった。ルーアンの町にはパリから押し寄せる難民の食料を賄う余裕なんて無い。


「……けど、あの時の体験のおかげで、死が……死ぬことが、怖くなくなりましたから」

「ん? むしろ死が怖くならんか?」


 空を飛ぶ髑髏に追いかけ回されるんだぞ。大概ではないか。助かった命をありがたがるならわかるが。


「皆は死後の魂の救済なんて言って信じていますが、私はどうにも昔から、人は死んだら終わりなんじゃないか、そう心のどこかで思っていました。死んだら何も残らない。意識は消えて、魂も消滅するものなんじゃないか、と」

「…………」

「狩人だった母方のおばあちゃんが、悪い事すると御先祖様が化けて出て来て叱られるぞ、なんて脅してくるけど、幽霊とか見たこと無かったし」

「…………」

「けどいた。幽霊じゃなかったけど、死んでもそこにいた人がいた。人と言うか、髑髏の姿で、私の目の前に実在してくれた。だから、死んでも魂はちゃんと残るんだなって確信が出来たのです」


 謎の超存在、ルルですらわからないという魂という存在。

 人は死んだらどうなる? 俺はどうなった? 今の俺と死んだ奴は別。ならば死んだ奴の魂はどこに行った? 死者の記憶を持つ俺の魂は、どういう状態だ? わからない。


「ちょっと前の自分の戦う理由は……家の為とか、仲間が戦うから仕方なくとか、そういう大した事のない理由だったと思いますよ。もともと戦いは嫌いでしたし、死ぬのも殺すのも、嫌で。なんなら田舎で食べ物にするために動物を殺すのも抵抗があったくらいのもので。ただ、今は、正しく生きたいと願っているんです。そうすれば死後も正しい存在として在り続けることが出来るでしょうから……だから、ええとですねえ、正しくある為に戦いたい、とか、そういうのが、今の戦う理由とか、そんな感じですかね……」

「そうか」


 なんとなくで聞いた質問だったが、意外にもしっかりとした答えが返って来た。

 ただそれは、なんとも戦士らしくない、この世界に生きる男らしくない、泣き虫らしいと言えば泣き虫らしい、そんな微妙に返答に困る答えであったが。


「貴様も普通に物を考えているのだな……」

「酷い」


 正しさの為に戦う、か。

 食べ物を得るために戦うのは、正しい理由か?

 正しいのだろう。

 食べ物を得るために集まって略奪しようとしている奴らは、この上なく、正しい。

 奪われる者やプリュエルにとっては正しくないのだとしても。


「……死者どの、というのは正しくないのです? 今はどういう状態なんですか、それ」

「どういう状態なんだろうなあ」

「ええ……」


 それがわかれば俺にも芯が生まれるのだろうがな。


「…………しかし、貴様の話、聞いたはいいものの、どうにも、役には立たんな。ちっ、参考にならん」

「さんざん喋らせておいて酷いな!?」


 もしこの町の状況に以前の俺が置かれたとして、どういう選択をするかと言えば、やはり略奪しか思い浮かばないのだよなあ……


「そもそも何で私が連れまわされているんです!?」

「俺の役に立つためだ。先ほど屋敷で怠惰な黒猫の話を聞いていただろ、貴様も答えを考えろ。この状況を、なんとかするのだ」

「試験というのに巻き込まれているんだった!」

「無いのか、何か」

「何かって……」

「食べたり食べられたりで、命は輪のように繋がっているとか、そういう知恵だ」

「狩人のおばあちゃんの知恵! ええと! いえ! 出てこない!」

「役に立たたん!」

「だから!」


 略奪以外の方法では、何か無いのか?

 例えば話し合って譲ってもらうとか、買うとか。

 後は、借りるとか。

 借りる。


「借りる、か……」


 食料が貴重なのはどこでも同じ。貸し渋るのは当然だ。

 だから奪う。奪えるだけ奪って、それで終わりだ。それが普通。当たり前の思考。

 そもそも借りられるだけのものが、周辺にあるのか?


 食べ物を生み出す方法。

 指を鳴らして食べ物が生み出せるなら、それが一番だ。だが魔法じゃあるまい、無いものは無いのだ。豆でも麦でも、種を植えて時間と手間を掛けねば手元にやってこないことなど、農耕を知らない俺でも知っている。そんな時間は無い。

 動物を狩るか? いくら豊かな森でも大人数を長期にわたって賄うだけの動物はいまい。いや、町には馬ならいる……どうしようもなく食べ物が無くなれば、人は馬も食い始める。その時に喰われる生き物は馬だけではない。猫も犬も、鼠すら。腹に入れられるものなら何でも喰う。略奪を認めねば、パリの町がそんなことになるのも時間の問題。


「時間か……時間を、借りる?」


 ふと思いついた案に、思考を深める。

 あれが、そうなって……

 いや、どうなんだ?

 通るのか、そんなもの。


 思いつきの考えも纏まらないうちに、東門が見えてくる。


「門が空いています!」

「あれは、リッシュモンか!」


 屋敷から走っていた俺は目立つらしく、結局多くの民衆を引き連れての行軍になってしまった。

 後ろに有象無象を引き連れて、門へとなだれ込み、町の外へ。

 町の外にも多くの人。

 その中、一番目立つ場所に馬上のリッシュモン。その同じ馬上にて、リッシュモンの前に跨るプリュエル。

 そして馬に乗る武装した多くの人たち。


 マロー司教ら聖職者たちもいるな。彼らは馬上ではなく地上だが。


「おおっ! 黒翼の美天使様!」


 クレマン司祭が大げさな態度で俺を迎え入れる。


「二度とその名で俺を呼ぶな!」


 何度も釘を刺すものの、俺を美天使呼びしてくる者は後を絶たない。おのれプレラーティ。もう一発くらい殴っておくのだった。


 俺に気がついたプリュエルが慌てて馬から降りようとする。

 人の手を借りながら頼りなげに大地に立ったプリュエルは、すぐに濡れるのも厭わず大地に膝をつき俺に向けて祈りの形をとる。


「黒様! どうか、どうか猶予をくださいませ! この者たちの首を刎ねるのを、どうかしばしの猶予を……」

「刎ねるわけなかろうが……」


 黒猫のせいだ。

 食料が足りるようになるまで首を刎ねるどうこうと冗談を言ったのを、プリュエルは真に受けてここにいる。

 実際、それが出来れば問題は解決するのだよなあ。

 手間的にも能力的にも時間的にも、試験の制約的にも到底無理な話だがな。


「む、散らせば問題解決か?」


 食い扶持以上に人が集まっているのが問題なのだ。

 たとえば、パリの町に滅びの火が再び、みたいな噂を流して民衆をパリから散らすとか。

 ああ、いや、駄目だ。また大混乱の死者多数なんぞになったら目も当てられない。神託を悪用するというのも、違う。それは俺のやりたい事ではない。


「安心しろプリュエル。誰も殺しはしない」


 そういう試験だしな。そうでなくとも、もうむやみに人を殺すことはしない。


「リッシュモン。貴様がプリュエルを連れてきたのか?」


 プリュエルと同じく、馬から降りたリッシュモンが俺の問いに答える。


「ああ、屋敷を出た所で会ってせがまれた故」

「ふん、まぁ貴様が守っていればプリュエルの身は安全だろうが」

「…………」


 なんとも微妙な表情を作り俺を睨んでくるリッシュモン。


「私に謎の信頼を……」


 リッシュモンの声にならないつぶやきを拾う。

 態度に出てしまったか。


 俺、じゃなく、あいつの死後、リッシュモンが長い間、苦労してフランスをイングランドから取り戻してくれたのだと聞いた後ではな。詳しくは知らないが、宮廷の掌握から軍整備やら税整備やらで、歴史に名を残す大きな活躍をしたらしい。性格的には嫌いな人物であれ、どうにも感謝の気持ちが湧いてしまう。ラ・イルと同じだ。これは俺の所属がどこにもないとかいう話とは、また別の感情なのだ。


「おお……天使様……」


 リッシュモン、プリュエルらと対峙する形で馬に乗る人物。見た事のない男。それなりの歳。


「馬上にて失礼を。我らは今すぐにでも聖なるパリの町の先兵となりて、食料を確保してまいります」


 さて、こいつら。


「聖女様方、天使様、我らに任せて頂ければ、食料のこと、何も案ずることはありません。誰かがやらねばならぬ事、どうか止めずにいてくだされ。そして、叶うなら、戦に赴く我らに神の祝福を」


 どうするか。

 俺の心情的には、むしろ、そちら側、なのがな。





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