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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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 陰気に降り続く雨が、不快な湿気を監獄の中にまで運んでくる。そうでなくても心地の良い場所ではない。長居はよすべきか。


「どんな神託でもよ、一言二言あってから消えるってのが天使なんてのの普通、お約束ってもんだろ、受胎告知だの、そういう時でもさ。シャルル王にとっての大誤算はよお、やっぱ天使がちっとも天界なりに帰ってくんねえってことだろうよ。だから自分の人気取りの為に付いた嘘をよ、吐き続けることも、取り消すことも出来ずに右往左往してやがる。やる事なす事いきあたりばったり。それが今のシャルル王の状況よ」


 とある世界において、救国の英雄として生涯を終わるはずだったラ・イルが、同じく救国の英雄たちを束ねる存在となるはずだったシャルル王の事を糾弾する姿も……見ていて気持ちの良いものではない。


「捏造なんだろ? 神がシャルル王の為にジャンヌの後継者を世に送りなさった、なんて神託は? 司教とバチバチにやりあった理由もそれらしいしよ。王はよ、恐れてんのよ。地上をふらふらしている天使様が、いつか自分の目の前に降って来て、嘘つくんじゃねえって断罪の剣で首と胴を生き別れにさせられるんじゃないかってことを……クク、今地上で一番混乱して、一番恐怖して、一番泣きそうになってんのはシャルル王じゃないか?」


 実在する天使なんて存在を一番に恐れるのは、信心の足らぬ者、世にはびこる悪人ども……というわけではないのかもしれない。

 そうした存在を一番に恐れるのは今の世で権力を握っている者たちであったりするのだ。

 聖職者たちであり、貴族であり、王。

 そんないきなり世に出てきた訳の分からない存在の訳のわからん発言に、自分たちが長年かけて積み重ねてきた権力の正当性を揺るがされるのが、一番怖い。長年かけてきた自己正当化の嘘が暴かれるのが、一番怖い。


「ざまあ」


 にしてもラ・イル。とびきりの笑顔だ。本気でシャルル王を取り巻く困難な状況を楽しんでいるらしい。

 そうなった原因も、元を辿ればジャンヌの身代金を用意しなかったことであったり、吐いた神託に関する嘘だということで、俺としても同情の気持ちは湧いてこないのだが。


 嘘はバレる。そしていつか未来の自分の身を苦しめる。シャルル王も学んだことだろう。


「誰が思うか、姿を見せて神の言葉をお伝えになった天使様がよ、いつまでも下界に居る、居続けるなんて状況をよ、クク、滑稽だ、こりゃ最高に喜劇だ」


 用事を済ましたのに下界から去らない天使。用事が無いのにあちらこちらをふらふらしている天使。うむ。改めて、酷いな。俺たち。

 いや、俺とルルは別に天使ではないが、存在すること自体が迷惑になる存在、なんてものに対する気持ちはよくわかるつもりだ。かつて真っ当な人間として生きていた一人としてな。

 下界の人間に、超常の存在が、いつまでも関わるべきではない。それが当然、なのだろう。


「で、あんただ」

「俺か?」

「なんか他人事だよなあ……ああ、あんただ。で、あんたはいつまでこの下界にいるんだよ、天使様。用事は済んだのか? 俺の事なら放っておいてくれ。何もする気はねえ。腰が痛てえし。それともまだ、何かあんのかよ?」

「なんだ、用事が無くば、いちゃいかんのか?」

「いや別に、そういうわけじゃねえけどよ……え? 用事、無いの?」


 ベッドの上で目を丸くするラ・イル。

 天使がいつまでも居るのなら、そこに目的があると考える。ただ俺達には当てはまらない。


「安心しろ、ラ・イル、俺たちはもうすぐ消える。居なくなる。用事はもう、無いのだ」


 俺とルル、それぞれのやり残しをこなして、それで終わる。


「これからシャルル王の下には向かうが、別に断罪をしにいくわけではないしな。少し話を聞くだけだ」

「断罪しねえねのか?」

「ああ。断罪する由縁もないしな」

「神託の捏造なのに?」

「勝手に吐いた嘘で勝手に裁かれることになるだろうな、それだけだ」

「天使らしくねえええ」

「まあな、天使ではないからな」

「じゃあ何なんだよ」

「何に見える?」

「間違いなく天使様です!」

「後ろから会話に入って来るなプレラーティ」


 ゆっくりと振り向いて拳を握って見せると一瞬怯むプレラーティ。しかし口は閉じない。


「貴女は、混迷を極める戦乱の世を平和に導くために僕が下界にお呼びした愛と慈悲の天使様で間違いないんです。そのう、つきましては、私を牢から出してもらうために口利きなどをですね……」

「お前は生涯牢の中にいろ! また勝手な物語を作りおって!」

「そんな!」


 懲りるという事をしないのか、詐欺師め。


「おいペテン師よ、てめえにはそいつが天使に見えるのか?」

「はあぁ? 猫攫い殿、私はペテン師ではありませんー。私は錬金術師プレラーティ。神秘を収めた真理の探究者にして……」

「猫攫い言うんじゃねえ! くそペテン師! 本物なら魔術でも奇術でも使って簡単に牢から抜け出して見せろや」

「物を知らないんだー、錬金術師でも、そういうのには必要な道具とか手順とか、要りますからー」


 鉄格子越しにラ・イルとプレラーティがやりあう。

 間に挟まれた俺を無視して俺の正体をあれやこれと言い出し始めた。


「天使様が天使様じゃなかったら、何なんですか? ラ・イル殿は見る目がありませんね。それとも貴殿の目には、この方が悪魔に見えると言うのですか? って、悪魔だと召喚した僕が困るんですが……」


 どうあっても自分が召喚したことにしたいらしい。天使ならば罪が許されるというものでもないだろうに。


「は、悪魔にも見えねーな、俺には、人間に見えるね」

「人間ん?」


 人間。

 少し前なら、疑問を生み出すことすらなく自分は人間だと言えた。今は……


「ラ・イル。俺が人に見えるか?」

「それ以外には見えねえな!」

「やっぱり見る目がない! そこの蒙昧な人物の評価などお気になさらず天使様! 私の真実を見抜く目には強く光り輝く貴方様の人ならざる高貴な魂が見えます」


 プレラーティを完全に無視してラ・イルを正面から見据える。

 ラ・イルは怯む様子もなく答える。


「あんたからは神聖さの欠片も、だからといって悪魔のような邪悪さも感じられねえよ、なんつーか、普通だ、普通」

「普通か、俺は」


 骨だったり、光ったり、女になったり、光ったりしていたが、それでも見る者にとっては普通か。


「神に選ばれたんだか何だか知らねーが、普通だ。どこにでもいる……ってわけじゃねえな……ちょっと……でもねぇ……尋常じゃねえくらい強いだけの、普通の女だ」


 普通であるくらいなら特別でありたいと願って生きてきた。並の生に興味はないとも。


「ジャンヌもそうだった。ジャンヌ・ダルクも、いつも気合入った、気合入り過ぎなだけの普通の女だったぜ……だから、あんたも、普通の人だ」


 神託の聖女ジャンヌを知り、神に選ばれることが何よりもの栄誉だと思った時もある。それがどしたことだ。今の俺は、悪魔と恐れられるのでもなく、天使と畏れられるのもでもなく、ただ普通の人だと言われているのに、何故か悪い気はしなかった。

 尋常でない経験を色々とし過ぎたからだろうか。

 普通が一番と言ってのけるプリュエルの気持ちが、俺の中で少しは理解できるものに変わったということなのかも知れない。

 ……普通でない存在に振り回され過ぎて、普通という言葉に救いを求めだしたのかも。


 天使でもない。悪魔でもない。そんな俺を表現するのに一番適した言葉は、結局、人、なのだろう。

 何週も回ってみたくせに、自分の事を人間だといって憚らないルルと同じ結論になるような気がして、少々気が滅入るが。が、ともあれ。


「ラ・イル。貴様が正解だ」

「…………」


 そう言ってラ・イルに微笑みかけてやる。

 どうしたことか、表情を消し、動きを止めるラ・イル。


「うつくし……いや、なんでもない」

「きも」

「は? はあん? なんだきもって、なんだきもって」


 気持ち悪いことを言い出そうとしたラ・イルに、つい正直な気持ちが零れ落ちた。傷つけるつもりはなかった。許せ。だがキモイ。二度と俺を美しいなどと表すな。


(黒騎士さん、ちょっと問題発生。こっちに戻って来れる? お話終わった?)

(黒猫! 念話か)


 頃合いか。

 実入りはなかったが、そんなものは最初から求めていなかった。何も無い。話をしたかった。それだけだ。


(問題? そっちに転移するのか? いや、待ってくれ、あと少しだけ)


「ラ・イル。ルーアンの町を焼いたのは貴様の指示か?」

「はぁ?」


 眉根を上げて俺を見るラ・イル。

 どうせだ。気になったことを全部聞く。


「町に火ぃつけただけで、どうすんでい。そっから獲物を分捕るなり、町を占拠するなりしなきゃ、何にも意味ねーだろ、誰も得しやしねえ……ありゃ手下が勝手にやっただけだ。上のもんの責任があるってんなら、その通りだがよ」


 ただの嫌がらせ、子供の癇癪のような火つけに違和感があった。

 そうだな。貴様はそういう奴だ。

 得になるなら女を攫い町にも火をつけるような悪党だが、得にならならいなら何もしない。心の片隅にあった違和感が解消されて、少し気分が良くなった。


「それだけだ。さらばだ」

(もういいぞ、ルル。転移してくれ)

(りょーかい)


 本人は牢から出たくない様子であったが、やはりマロー司教あたりに言って手心を加えてもらおうか。

 ラ・イルが解放されたからと言って俺が何かを望むこともない。イングランドとフランスの戦争も俺を縛る鎖にはなりえない。そもそもこの世界のラ・イルの様子ではシャルル王の下で働くことはないだろう。知らん。好きに生きろ。


 足元から黒い光、というしかないような光が生まれ、上へとせり上がってくる。なんだこれは。転移の光か。これはルルの奴の演出だな。遊んでいる。


「あっ! 待って天使様! 僕を見捨てないで天使様ー!」

「はっ」

「全力の嘲笑頂きました! じゃなくて、本当に、本当にー!」

「プレラーティ、貴様はどうして嘘を吐く?」

「嘘? 吐いたことありませんね」

「そうか、じゃあな」

「じゃなくて! あります! ありますけど! 何のことかさっぱり!?」

「錬金術師、という嘘だ」

「嘘じゃありません! じゃなく! じゃなくて! 本当で、ああ、恰好いいからです! 錬金術って、すごく恰好いいから!」

「く、くく、そうか」


 格好いいからか。じゃあ仕方ない。

 錬金術が格好良いという気持ちは、俺にも深く理解できるものだ。

 とはいえ貴様は牢の中だ。そこは曲がらん。何をどう取り繕おうと金をだまし取るのは許せん。錬金術師と名乗るなら名乗るで、ささやかな嘘のままで悪魔教と関わらずにいたら牢に入ることもなかったろうに。


「プレラーティ、貴様も好きに生きろ、俺は知らん」

「お墨付き!? 天使様のお墨付きを頂きました!?」

「…………」

「好きに生きていいんですね!? はい! そうします!」


 こいつには何を言っても無駄そうだ。会話を早々に諦める。

 転移はまだか?


「終わりがやってくるぞ」

「ん?」


 全身を闇の光が覆い、しかし転移はまだ行われない。


「喰いもんだ……それで破綻する。ランスの町もそうだが、このパリの町でも同じことが起きている。人が大勢集まって、けど喰いもんが無い。人間は食わなきゃ生きていけねえんだ」

「ラ・イル」

「もう誰にも止められねーよ。血で血を洗う戦争が、もうすぐにでも始まる。奪い合いの殺し合いが始まる。宗教なんざ、役にも立たねぇ。どんなご立派な説教を始めようが、喰いもんが無いなら説教なんて頭に入って来ねえんだ。ただ、焚きつけることは出来る……最初の火だ。最初はちっせえ火……シャルル王は光の聖女を旗頭にして喰いぶち減らしの戦争を始めようとしている。各地に出てきた自称聖女を何人か捕えてもいる、神の裁きの火にかけるために。あの王、自分でも何をやってるのか、もうわかってねーよ」


 俺を睨みつけるラ・イルの瞳からはシャルル王を嘲る光が消えていた。


「ランスとパリ……この火はでっかくなるぞ……ランスとパリを燃やして終わりじゃねえ、ランスとパリから燃え広がるんだ……止められるのか、あんたに」

「…………」


 勝手な俺の気のせいかも知れない。

 挑戦を叩きつけるような視線の奥。

 それはまるで、狂ったシャルル王を止めてくれとでも言っているかのようで。

 これから燃え広がるであろう戦火を静めてくれとでも、祈られているようで。


「ああ、問題ない」


 だから俺は、かつての戦友に向けて、そう返す。

 言外に安心しろ、任せろという、意思を込めて。


「戦争なんぞ、始まらない。王の意思くらい、どうとでもしてくれよう」


 もともとシャルル王がリュミエラを使って戦争しようとしているのはルルから聞いていたことでもあった。だから、何とかなるだろう。何とかするのだろう。


「ルルが」


 全身の光が一際強くなり、砕けるようにして飛び散った光が黒い羽となって舞い散る。


 視界が戻れば、そこはルーブル砦の一角ではなく、黒猫を膝に抱えて座る、プリュエルの友人の前であった。


「私に丸投げすんなや」


 開口一番、俺と目が合った黒猫がそんなことを言う。


「話を聞いていたか?」

「まーね、戦争戦争、騒々しい事、嫌になるよね」

「いや、しかし、貴様なら何とか出来るだろう? 黒猫よ」

「どーよ、二号さん、これが奇跡の甘い毒に頭の中までやられちゃった人の思考というものよ。楽が当たり前になると自分で考えることをしない。怖いでしょ? 怖いよね? あ、そこ、もっと」

「は、はあ……」


 プリュエルの友人、猫攫いで押し入って来た強盗に抵抗し傷を負い、それを癒された女僧侶の指による愛撫を受けながら、黒猫はゴロゴロと低いうなり声を出している。


「全力で楽を謳歌しているのが今の貴様の姿だがな。黒猫。……プリュエルやマロー司教は?」

「しかもこうなるとね、善意でやってあげていたなんて事でも止めると、何でやってくれないんだーって切れて怒るのよ。嫌よね、二号さんはこうはならないようにね」

「話を聞け、こっちを見ろ! 二号?」


 いきなり黒猫に丸投げしたのは俺もどうかと思う態度だが、そもそも食料を巡る戦争を止める手段なんぞ、考えた所で俺には思い浮かばない。それこそ食糧問題の手っ取り早い解決手段は戦って奪うというものくらいのものであって。


「猫愛し係二号に任命しました。前任者がちっとも働かないので」

「触ると引っ掻くだろうがっ!」

「引っ掻かないよ。ねー?」

「はあ……」


 曖昧な返事をするしかない様子のプリュエルの友人。


「ちっ、猫愛し係とか、心の底からどうでもいいわ。問題とは何だ、さっさと言え」

「まー、カリカリしちゃって。これは確実に二号さんに嫉妬しているね、一号の座まで奪われそうで不安になっているね。けどしょうがない。二号さんはあらゆる面で一号さんの上位互換だもの」

「嫉妬などするかっ!」


 一号の座が欲しいならいくらでもくれてやる。ただ俺の上位互換らしいプリュエルの友人にその気はなさそう。


「どれどれ、これじゃあ話が進まない。しゃーない。黒騎士さんにも仕事を割り振りますか、はい……来いや……」

「前足を広げるな。爪を出すな」


 明らかに迎撃態勢ではないか。見開いている金の瞳が普通に怖い。これで誰が手を出す。


「いい。はやく。問題。言え」

「いきなり片言怖い……まぁいいわ、問題っていうのは食糧問題。もっと正確に説明すると、町の一部の人たちが決起して軍を作り、近隣から食料を奪ってくるって話になったらしくて、それをプリュエルさんが止めに出て行ったって感じね」


 ついにか。


 食糧問題はどこをどうしたって起こることが決まっていた。これは時間の問題だったのだ。


「だからといってプリュエルが出て行く必要はあるのか? 町の運営の話だろう。責任も貴族どもにある。プリュエルから相談は受けなかったのか?」


 銀の聖女なんて言われる羽目になったプリュエルの身柄を押さえたい勢力は山ほどいるらしいし、わざわざ危険な目に遭いに行ってる。


「あ、それ? プリュエルさんから相談を受けたけど、その時に冗談でね、ほんの冗談でね、黒騎士さんに任せようか、食料が足りるようになるまで言うこと聞かない全員の首を刎ねていけば解決するよってね、プリュエルさんにね、提案したんだけど。冗談よ? それを聞いたら慌てて出て行っちゃった。私が何とかしなきゃ、みたいな悲壮感があったわねえ、あはは」

「笑いごとではないわっ!!」


 プリュエルが出て行ったのは貴様のせいではないか。

 なんだ俺が必要なだけ首を刎ねていくって。悪魔か。悪魔より悪魔だ。せめて自分でやれ。


「……もう貴様が問題を起こしたようなものではないか。ルル、ならば貴様が解決しなければいけないのではないか?」

「あー、そうねぇ、何とかしたい気持ちはあるんだけどー、この身から溢れそうなくらいにあるんだけどー、生憎と外は雨。雨は濡れる。私は濡れたくない。だから私は外に出ない。ということで黒騎士さん、仕事よ。私に代わり、この問題を、なんとかして。死人が出ちゃう方法以外でね」

「はあ?」


 いきなりの難題の提示に、目を見張って聞き返すことしか出来ない。

 黒猫はプリュエルの友人の膝の上に立って俺を見る。


「これは試験よ。頭を捻って答えを探しなさいな」


 口を逆さ三日月のように広げて、そう言った。


 試験。

 試験だと?



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