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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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「プレラーティ! プレラーティではないか!」

「ああっ、私に会いに来てくださったのですね!? はい! プレラーティです! 貴女様のプレラーティです、黒翼の美天使様!」

「ふんッ!」

「ぐへあ!?」


 鉄格子越しの再会。

 蜂蜜色の髪をした美顔の詐欺師プレラーティ。


 無人島からパリの町に。

 そこで俺の事を「黒翼の美天使」呼びしてくる奴がいたので出元を探ると捕えておいた悪魔教の元代表だという事でプレラーティを思い出した。


 で、そいつは今、地面に崩れ落ちて腹を押さえて悶えている。


 こいつに会いに来たというわけではないが、顔を見せたら、のこのこと笑顔で近づいてきたので、俺も笑顔で近づいてやって、そして腹へ一撃。

 格子の隙間を縫って放った拳の一撃はちょうどいい具合に入った。


「……どうし……て……?」


 呆然を絵に描いたような表情で瞳に涙を浮かべ、鉄格子越しに俺を見上げる美しい青年。


 本来の歴史……ルルに言わせれば、そういう世界もある、程度のものでしかない、世界。

 その世界が辿った歴史において、狂い始めていた俺に近づき、取り入り、財産を巻き上げ、そして、まったく意味のない邪悪な儀式までを俺にさせた張本人。


 いや。そうじゃない。

 邪悪な儀式、そこの部分では俺がプレラーティを非難すべき故は、無いのだろう。あれは、あれも、あの世界の俺が望んだことなのだから……


 ……良くないな。また混同している。あの世界の俺と、今の俺は別人。違えるな。混同するな。他人の罪を引き継ぐ必要なんて、どこにも無い。


 ――プレラーティィィィィィイ……


 絞首刑に処される直前、最後の最後に裏切られていたと知った時のあいつの叫びが蘇る。地獄の果てまで追いかけて償わせてやると言っていた。


 だが。


 ルルの介入によって変わってしまったこの世界においては、俺との接点は、あると言えばある、という程度の関係。あの世界の俺と、今の俺は別人。プレラーティもまた同じく。だから今の俺がここにいるプレラーティを誅する理由なんぞは無いはずなんだが……


「どうして? どうしてと聞くか? どうして殴った、か……ふうむ、それは答えるのが難しい質問だ」

「はえ?」

「そうだな、でも答えてやろう。実はな……特に意味はない」


 あの世界の俺の代わりになったわけではない。

 この行為に意味など無い。

 あったとしても、俺の心がスッとした、その程度の意味。


「貴様の顔を見たら、つい、というやつだ。これからも貴様を見かけ次第殴ることにするが、気にするな」

「なんて……理不尽……な……」


 完全に崩れ落ちて地面に頭をつけて動きを止めたプレラーティ。

 時間や空間すら超えて悪は正された。やはり悪いことはするものではないな。うむ。良きことをした。


「くはは、なんて暴力女だよ」

「…………」


 監獄として利用されているルーブル砦の一角。ここに来た目的。こいつに会いに来た。プレラーティはついでだ。


 後ろを振り返り、別の檻に囚われている男に声をかける。


「ラ・イル。荒くれ者よ。ひとつ貴様に聞きたいことがある」





 昨日の夜は酷い目に遭った。

 俺に生身の体を寄こしたのは、もしや存分に切り刻むためでは? 女なら力もなくてちょうどいい、なんて疑惑まで生まれた夜だった。

 最後の最後で疲れ果てたわ。


 腕に引っ搔き傷をつけたままの追いかけっこは、俺の体力が尽きるまで続いた。

 結局最後まで黒猫には尻尾の先にすら触れることも出来なかった。

 なんだあれは。当然のような顔をして海の上を走り回りおって。阿保か。ただの追いかけっこだぞ。大層な奇跡を使うな。そういうのは、もっと、こう、大事な所で使え。

 汗まみれの砂まみれの海水まみれ。

 温泉に入り直して新しい服に取り換えた後は泥のようになって眠りについた。

 腕の傷はきっちり治癒させたが、昨日の無茶のせいでまだ体のあちこちが痛い。


 目が覚めたら覚めたで、今日も朝から色々とあった。


 完全に怠け者モードになって今日は何もしない日にしようなどと言い出したルルを追い立てたり、馬の様子を見に行き再会を喜んでやると、馬の奴に完全に初見人物扱いをされているのに気が付いたり、朝食前の軽い運動がてらと、ルルと剣での模擬戦を申し込んだらすげなく断られたり、そのせいで再び追いかけっこが始まりそうになったり、布地のほとんど存在しない水着なるものを俺に着せようとしてきたり、攻守入れ替わっての追いかけっこが始まったり。 

 着ているのか着ていないのかわからん水着なんぞ断固拒否だ、馬鹿者。


 今の俺の恰好。


 白のティーシャツに青のジーパンはそのまま。その上に「ロングコートモード」となった黒のローブを羽織っている。

 足元に入れた切れ込みを直すついでに新しく作って機能を追加したらしい。

 そんな暇があるなら先に男の体を作ってくれ。まったく。


 とはいえ、このロングコートモード、寒冷地仕様の軍式ロングコートとか言ったか、かなり恰好良い。

 新品同然の生地なのに裾が襤褸切れのようになっているのは黒のローブの標準仕様か。


 コートに合わせて厚底ブーツと手袋も手に入れた。色は共に黒。

 服飾に詳しくはないが、両方ともかなり上等な作りのものだとわかる。

 手袋の方は指の先が守られていないが、なかなかの丈夫さで、人を殴っても拳を傷めずに済む仕様。女の肌は脆いからな。これはありがたい。


 大きな姿見で確認すると、これがまた、結構、様になっている。


 女になってしまった今の自分をじっくり見るのがこれが初めてだったが、黒一色の出で立ちの中に、鮮烈な紅い瞳と白い肌が映える。美しさに息を呑むという感覚もわかるというもの。これが自分の身体でなければ素直な賞賛も口から出たろうに。


 無言で鏡の前から離れない俺を黒猫の奴は盛大にからかってくる。ロングコート含め、出で立ちを大いに気に入った事が口元の緩んだ表情で伝わってしまったのか。ふん、覚えておけ、後でまとめて返してやる。


 ――受けた恨みだけでなく、受けた恩も。


 朝食の折。


 生クリームバターなるものが、またとんでもなく絶品だったが、それはいい。

 細かいことは忘れた、と、面倒くさがって喋りたがらないルルを、なだめたり、脅したり、あるいは慣れない誉め言葉を使いまったく心のこもっていない賞賛などをぶつけてみたりしてなんとか聞き出した本来の歴史。あの後にも続く、世界の流れ。


 知りたかったのはジャンヌの評価と、フランスの行方。

 今いる世界では、色々あってジャンヌは間違いなく神の力を身に宿した聖女であったという流れになっているのだが、あいつが狂気に落ちた本来の歴史ではどうなったのかという、純粋な興味。

 ルルが喋る言葉の切れ端を繋ぎ合わせて一つの物語となった、ある世界の歴史の一部。


 後の世に100年戦争として伝わる、カペー朝の直系男児断絶から始まったフランスの地の動乱。


 広大なフランスの地の領有権を巡って、王家、領主、あらゆる勢力が入り乱れての内戦とも評される。

 フランス、そしてイングランド、後にイギリスだのなんだのと呼ばれるようになるらしいが、その二つの国境が定まった戦い。


 フランスの地に生きる者がフランス国民となり、フランスの地がフランスという国になった、100年を超える長きにわたる、戦争。

 ジャンヌの登場と死は、その終盤。

 終盤が始まる、その序盤とでも言うべきか。


 オルレアンの解放が戦争の流れを一気に塗り替えたのは、俺自身が体験し、肌で知っている通り。後世の世でもそれは変わらない。

 その時よりイングランドの勢力は徐々に力を失い、大陸を追いやられ、海の向こうにまで撤退させることになるのだが、それにはジャンヌの死後、20数年もの長い年月が必要だった。


 イングランドの手により魔女として処刑されたジャンヌ。貴族性、ジャンヌ・ダルク。

 異端者とされた彼女がその誇りを取り戻すのにも、長い年月が必要だったという。


 ジャンヌの処刑が行われたのは1431年。

 その裁判が誤りだったと正されるのは1456年。


 ピエール・コーションら、裁判に関わった聖職者たちが悪意を持って法と理念を捻じ曲げたのだと広く世界に知れるのには、それだけの年月が必要だった。


 それだけの時間と、それを為すための、環境が、必要だった。


 イングランドの勢力を大陸から追い出さねば、ジャンヌは異端の魔女のままであったかも知れないのだ。あるいはイングランドがフランスを完全に征服してしまった暁には、それは揺るがぬ事実として、永遠に歴史に刻み込まれていたのかも知れないのだ。


 ジャンヌの死後、内政と戦争に勝利を重ね、それを阻止したのがシャルル七世王。

 その勝利への立役者がリッシュモン。大元帥、アルテュール・ド・リッシュモン。

 そして。

 彼の主要な部下の一人として活躍した指揮官、ラ・イル。


 お前だ。





「ここから出たくはないか?」

「はあ?」


 荒くれという表現がしっくりくる男だ。悪人顔に付いている太い眉根を跳ね上げて俺を睨む。


 ルルの奴はここにはいない。

 劇の打ち合わせのためと言ってプリュエル達の元にいる。

 この後シャルル王に会いに行く予定だが、その前にラ・イルに会いたいと言った俺に、お好きにどーぞ、と放り出されてここにいる。


「…………」

「出たいのなら出してやると言っている」

「…………」

「…………」


 檻の中には椅子やベッドが備え付けられているのに、わざわざ冷たい石床の上に座り込んで足を組み、うろんな視線で俺を見上げているラ・イル。

 荒くれな見た目や言動に似合わず行動する前に物を考えるということをする男であることを、俺は知っている。


「……ところでラ・イル。何で椅子に座らんのだ?」


 無言の睨み合いに飽きて、そう問いかける。


「けつが腫れて痛えんだよ。どっかの暴力天使にしこたま叩きつけられたからな」


 それだと尚更、椅子に座った方がいいのでは? いや、冷たい石の上の方が気持ち良いのかも知れない。知らない。どうでもいい。そんなことは。


「……俺の身代金を支払ってくれる奇特な貴族様でもいたかよ?」


 有力な武将や貴族など、身柄はとにかく金になる。真っ先に思いつく理由としては妥当だ。


「いや、そういう奴はいないな。だが、出たいのなら出してやろうかと、な。そう俺が口利きしてやってもいい」

「わからねえな」


 無精ひげの生えた顎をひと撫で。

 まぁわからんだろうな。これは完全に俺の側の問題。俺の心の中だけの問題。わかるはずもない。


「もし……」

「ん?」

「もし運命が少し違えば、貴様は猫攫いなんぞという罪でこんな場所にいることもなく、シャルル王の旗の下、リッシュモンの頼れる部下としてフランスを取り戻す英雄の一人となっていた……と言ったら信じるか?」

「はあ?」


 先ほどの「はあ?」より大きな声だ。


 そうなっていたかもしれない可能性。

 いや。そういう世界が、あった。

 ルルから伝え聞くラ・イルに関する話では、そうだ。


 なんとこやつ、カードゲームのトランプの絵柄のモデルにまでなっているのだとか。それがどれほどのものかは知らんが。


 それほど歴史に輝かしい名声を残して死んだということなのだろう。


 それが、どうだ? 今のこの世界では猫攫い……しかも失敗。哀れに思う俺を誰が責めようか。このままではオルレアン解放の戦士が恥にまみれた終わりを迎えてしまう。

 そうだ。俺はこいつを哀れに思い、救いに来たかった。

 こやつと俺とは、重なる部分が多すぎて他人事に思えない。

 ジャンヌの旗の下に集い、囚われのジャンヌを救おうとし、その死を嘆いた戦友ラ・イル。


 ――二十数年かけて、祖国をイングランドの手から守ってくれて、ありがとう。ジャンヌの復権がかなったのは、お前たちのような戦士がいてくれたからだ。


 本当はそういう事を言いたい。

 あまりにも不甲斐ない、何もしないどころか、酷い迷惑すらかけていたあの世界の愚か者に代わって、礼を言いたい。

 だが言われても困惑するだけだろう。

 ここにいるラ・イルには関係ない。ここにいるラ・イルと、あの世界のラ・イルとは別人。だけど……知ってしまったので……聞いて、知ってしまったから……気にせずにはいられない。


 俺の想像以上にこの世界は、すべてが曖昧なもので出来ているのかもしれない。

 人が男として生まれるか、女として生まれるかすら、親が瞬きをしたかしないか程度の違いで生まれる差でしかない。


 ならば、ここからでも輝かしい未来に行ける選択肢はあってもいいんじゃないのか?


 そう、思った。そう、願う。


「ねえな! ねえ! まったく! ない! ないない!」


 両手を天に向かって放り投げ、演技めいた口調で「ない」を繰り返す。


「シャルル王の下で? 無いわ、はっ、その身の丈に合わぬ椅子から転がり落ちて死ね、ジャンヌを見殺しにした働かぬ王! それになんだ? リッシュモン元帥? あのしみったれた正義の人、いちいち傭兵らのやることに口出しやがって、それもねーわ。冗談にしても笑えねえが過ぎる!」


 軍人の民間への略奪を許さないリッシュモン元帥と、略奪こそ本分みたいな傭兵上がりのラ・イルとでは、相性の面で最悪だろうな。

 どういう関係を築いていたんだろう、あの世界の歴史では。


「そういう働きを期待してんならどうぞこのまま放っておいてくれや、美しい天使様。はっ、気楽な傭兵稼業に戻れたところで、役立たず王シャルルの為には働かねーわ」


 王も嫌われたものだ。


 猜疑心で煮詰めたような目をした男の陰気な顔を思いだす。

 シャルル七世王は、何がどうなってか、あの世界の歴史では「勝利王」と呼ばれるようになるのだとか。本当に、何がどうなってそうなるのか。二十数年という時間は、人を変えるには十分な時間。きっと何かあったんだろうな、色々と。


「ああ、イングランドの奴らは嫌いだからよ、イングランドの味方をした町や村を襲えとか、そういう依頼なら格安で受けてやるぜ? どうだ?」

「どうだ、ではわいわ。そういうことなら外には出せんな」

「なんだよ」


 悪態はつくが、大して気にしていない様子。解放されることをあまり望んでいない様だ。


「はい! 黒翼の美天使様! 私なら働けます! 錬金術師プレラーティ、貴女様の命とあらば、シャルル王の下で働きましょう!」

「元気かプレラーティ、よし、格子に体を押し付けて腹を出せ」

「あわわ」


 近づく俺。奥へと逃げるプレラーティ。


「黒翼のなんとやらをやめろ、こっぱずかしいわ」

「ご尊名を、ならばぜひ、このプレラーティめに貴女様の、真のご尊名を……」

「……名か」


 俺の呼び方では黒騎士呼びが一番マシだが、もう鎧も着ていないという有様だからな……どこが騎士だ。


「俺に名は無い……」


 あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 俺の行動に一貫性が無い理由は、俺に名前が無いせいなのではないだろうか。そういうことを思う。


「何者なんだ、本当によお」


 後ろからラ・イル。

 俺も知りたい。何者なんだろうな、本当に。おっと、考えすぎも良くないのだ。


「目的がわからねぇ。名前もわからねぇ、その強さも、力も、何もかもが、わからねぇ……」


 頭を乱暴に掻きむしる。


「ジャンヌに来たっていう神のお告げにしろ、あの無能王に何があるってんだよ、ったく、いてて」


 緩慢な動作で立ち上がり、腰をさすってベッドに座るラ・イル。


「とにかく、あんた……あんたらがシャルル王の為に動いているってんなら、急いで会いに行ったほうがいいだろうな、くく」


 悪人顔の、そう悪人でもない男が口元を歪めて嗤う。

 楽し気に嗤って。


「シャルル王な、ありゃあもう駄目だぜ」


 そういう事を言うのだった。





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