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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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明けましておめでとうございます。

今年も読んでくれてありがとう。



「はい、ごちそーさま」


 テーブル上の料理をすべて平らげた少女は両手を合わせる。祈りの形。悪魔にも祈りをささげるべき相手がいるのだろうか? 魔の神なり王なりが。


「さてと、デザートとか食後のドリンクとかはどう?」

「いらん。十分だ」

「そう?」


 まだ食わそうとするのか。俺は今、何かの焦燥感といったものを感じている。先ほどから俺の心に生じた迷いが何なのか、その答えを一刻も早く知りたい。ゆえに、行かねば。


「だって、君、あんまり満足してなさそう」

「食事には満足したぞ。それよりも考えるべきことが多いのだ」

「君は真面目さんだねえ、けどあんまりいい傾向じゃない。もっと肩の力を抜いて、ゆるーく、適当にしないと、……長続きしないよ?」

「何の長続きだ?」

「まあ? 魂? 精神? その寿命。まっとうな命ある者たちが持つ寿命と違い、私たちのような者は心が冷え切ってしまえば、それが終わりなの。蝋燭の炎を想像してみてちょうだいな、あんまり頑張って激しく燃えてしまうと、燃え尽きるのも早くなるでしょ? だからゆっくりのんびりと、ね」

「わからない」

「わからないかー。ま、なるようにしか、ならないものだしね」


 そう呟いて少女は立ち上がる。髪の色と同じ黒いドレスが揺れて煌めく。


「消すよ」

「っつ!? おい、いきなり消すな」


 少女の一声でテーブルと椅子が消失する。あやうく後ろにひっくり返るところをすんでの所で踏みとどまる。態勢を立て直し少女に向き直る、が、そこにいるはずの少女の姿は消えて一匹の黒猫がいるだけ。


「おお、転ぶかと思ったけど、いい運動神経だね、すごいすごい」

「おい貴様……」


 黒猫は一度金色の瞳を見開いた後、前足で顔を洗い始める。

 もはや見慣れた気もする、喋る黒猫の姿だ。俺にとっては少女の姿よりもずっと落ち着く。前々から感じていたことだが、俺はこの黒猫にからかわれているらしいな、先ほど椅子を突然消したのも不様に転ぶ様を見て笑うつもりだったのだろう。生憎だったがな。


「しかし、貴様は呪文の一つも唱えずに簡単に魔法を使う……いや、魔法は無いのだったか、俺の思う錬金術も無いと言うし、呪文も呪いも無いのだろう」

「いんや、世の中にはちゃんと呪文もあるし、呪いもあるよ?」

「呪文や呪いはあるのか?」

「あるよ。そうだね、やって見せようか?」


 俺を見ながら黒猫は楽しそうに笑う。猫が笑うということにも慣れたものだ。慣れたくなど無かったが。


「骨の黒騎士さん、ちょっと腰の剣を抜いて天にかざして『にゃおん』と言ってみてごらん?」

「それで、どうなる?」

「やればわかることだよ」

「…………」


 黒猫の笑い顔が気になるが、ここは黙って黒猫が言うことに従う。どんな事態になっても対応できるように慎重に構え、ゆっくりと腰の剣を引き抜き、天にかざして黒猫が言った呪文を唱える。「ニャオン!」


「ぶふっ」

「…………」

「…………」

「……何も起きないぞ?」

「起きたじゃないか、これが呪文だよ」

「何が起きた?」

「私の呪文によって、君は剣を抜いて天にかざしニャオン、ぶふっ、ニャオンと言った」

「言われた通りにやっただけだろうが!?」

「そうだよ、結果として私は言葉を紡いだだけ、それで結果は得られたの、これが呪文」

「当たり前のことではないかっ! 貴様、ふざけおって!」

「うわお、剣を向けないで!」


 不気味で不可解な存在であるが、切られれば血も出るのだろう。剣を向けると黒猫は嫌がり俺から離れる。やれと言われたからやっただけだ、何が「にゃおん」だ、おのれ馬鹿にしおって。


「まったく、君はすぐ剣を向ける。ちょと落ち着きなさいな」

「貴様が俺を怒らせているのだ」

「当たり前の事、と君は言うけどねえ、そういった当たり前で目に見える簡単なことにこそ真実は宿るものだよ。伝える者がいて、その意味が届いた者がいて、何らかの行動の変化を及ぼすのなら、それが呪文だ、言葉の力だ。言葉には力が宿る。それは言霊ともいう。汝、言葉を恐れよ、ってね」


 言葉には力が宿る。言霊。この黒猫の言いたいことはなんとなくわかる。だが。


「差しさわりのない事を言って誤魔化そうとしているように聞こえる。俺が聞きたい呪文というのはだな」

「君が知りたいのは『炎よ、我が敵を焼き尽くせ』みたいなのよねー。知ってる、カッコいいよね。わかるわかる。……で、誰が、どうやって、炎を生み出して、敵を区別して、焼くの? 言葉を伝えたら、望んだ結果をもたらしてくれる相手が必要なのよ」

「……呪文も無いと言うことか」

「呪文も、それで生まれる呪いもあるよ、自他に変化をもたらすワード、意味が伝わるなら言葉だけじゃなく文字でも動きでも記号でもいいんだ。困り果てた美少年に潤んだ瞳で助けてくださいって言われたら、君は助けるだろう? それが美少年にとっての呪文で、そうしなければいけないと思う心、見捨てたら気分が悪いと君の中に生まれる感情こそが呪いの正体だ」

「なんで美少年が出てくる……」

「好きでしょ? 美少年」

「そんなわけあるかっ!」


 距離をつめ剣を振り下ろすが黒猫は余裕で躱す。いつも戯言ばかり、前にこいつが自分自身を評してそう言っていたとおりだ。


「男色など異端で火あぶりだ、おぞましい。冗談でも二度と口にするな」

「それは教会の教えなのかい? そしてそれに従うんだ。教会を恨んだり、その言葉に従ったりと、君も忙しい事だねえ」

「それは…………黒猫、貴様の戯言はもう聞かん……」

「お、出発するの? パリに行くんだっけ?」


 剣を鞘に納め、黒猫に返事をせず馬に近づく、のんびりとくつろぐ馬を見て、つい苛立つ。

 それは俺に迷っているという自覚があるからだ。俺は解き放たれた、教会の言うことなど、もう聞く必要は無くなったのだというのに、それ以外を知らないため何を信じればいいのかがわからなくなっているのだ。

 馬の手綱を取り黒猫に視線をやる。傾きかけた太陽の日差しの中、草原に佇んでのんびりとしている猫。苛立つ。

 すがるものが無くなった俺を導き守るのがお前の役目だ、仕事しろ。


「ルーアンの町は通り過ぎただけだったからねえ、パリの町はゆっくりと観光したいな」


 この調子だ。何が観光だ。この黒猫の悪魔に何かを期待するのは無駄かもしれん。

 無言で馬に乗り込むと、黒猫もまた乗り込んでくる。パリの町へと続く街道に戻るため馬を進ませる。そういえば馬の乗り方を覚えたのはいつ頃だったか。子供の頃は、馬に乗って自由に旅に出て、様々なものを見たり聞いたりしたいと思っていたものだ。


「黒猫よ、世界の果てはどうなっている? このまま馬を進ませ船に乗り込み真っ直ぐ進んだ先には何がある?」

「ピタリと真っ直ぐ進んでいけるなら、またこの場所に戻って来るよー、あ、微妙な角度の調整はいるかも」

「それは……世界は球の形になっているということか?」

「え? 以外! 象とか亀とかの上に乗っかっている丸い板の上にいるって世界観を信じてる人だと思ってた。端っこに行くと落っこちちゃうよーって」

「馬鹿にするな。はるか昔のギリシャよりこの世界が球の形であることが言われているだろう。少し学問をかじっただけの俺でも知っている」

「正直馬鹿にしてました……はい、反省」

「しかし、ならばだ、なおの事わからないことがある。この世界はどうやって支えられているのか? 神のいる天界より紐か何かで吊り下げられているのか?」

「あ、そこはそういう感じなんだ」


 軽快に馬を走らせて街道に戻る。街道を行く人の姿は見えない。

 太陽の位置を確認して進む方角を決める。目指すのは南東。


「黒猫ルルよ、貴様は太陽、月、星々……天の動きを全て説明できるか?」

「なんてざっくりとした質問だろうね、だからざっくりと説明するよ。えっとね、太陽の周りを地球、私たちのいるこの世界がぐるぐると周っていてね、さらにこの世界も回転していて……」

「貴様は馬鹿か、この世界が回っていたら、その上にいる俺たちは放り投げられてしまうだろうが」

「うわーん、馬鹿って言われたー」


 風を切って馬は進む。風だ、風を切って馬を走らせることで頭の中がすっきりとしていく。心地よく当たる風に先ほどの焦燥感が吹き飛ばされ消えていくようだ。


「ま、馬鹿呼ばわりされても気にしないさ。どうせ基本的な所から始めないといけないんだ、そういう謎はどこかに放り込む学校で一から学ぶといいよ、楽しみにとっておきなさい」

「この世界を去る時までお預けということか?」

「だね。あ、いいこと思いついたかも、学校に放り込む際、君を女の子の身体にしてあげよう。そうすれば世界の謎に一歩近づける。男の身体で生きるのと女の身体で生きるのは、結構世界の見え方が違ってくるものなのよ」

「待て」


 何か恐ろしいことが進行しそうな気がする。絶対に阻止せねばならない何かだ。

 黒猫の首根っこを掴んでやろうと手を伸ばすが、馬上をひょいひょいと飛び回り、どうしても捕まえることが出来ない。強い風が吹き、激しく揺れる馬上にてその動きは何だ、やはり尋常の生物ではない、いや悪魔か。


「気合を入れて可愛い姿にしてあげるからねー。やったね、これで誰憚ることなく私と楽しい美少年談義ができるよ」

「おのれ、まだ言うか!」


 どうにかして捕まえてやろうと手を伸ばすがどうにも捕まらない。おのれちょこまかと。先ほどまで心の中に渦巻いていた漠然とした焦燥感が、別の焦燥感にとってかわる。こちらの方が、より必死。


 そうこうしている間に街道の先にて一つの馬群が見えてくる。武装している騎士たち。どうやら20騎ほどいるようだ。まだまだ遠いが、こちらに向かっているらしく、このまま進めばすぐにでも邂逅するだろう。馬の足を止めて休ませる。


「ちょうどいい! 奴らで憂さ晴らし、いや腕試しだ」

「ほどほどにね」

「そうえば気になることがある、黒猫よ、貴様は人が強い恨みを残して死ぬと世界にシミを残すとかどうとか言ってなかったか? ならば人を殺さないようにした方がよいのだろうか?」

「うわ、よく覚えていたわね、すごい、そしてやっぱり真面目! 私の事も考えてくれていたんだねえ、ありがとう、ちょっと感動したよ。けれど、そちらは気にしなくてもいいのさ。この世界は、より大きな世界から剥がれ落ちて生まれたばかりの小さな世界、大きな揺らぎから派生した小さな揺らぎ……伝えられる言葉では上手に説明できないよねー、ま、いいわ、君がこの世界で好きな事をしていいのは変わらない」

「ならば?」

「あとは気分の問題。要するに罪もない人が目の前で死ぬのを見るのは気分が悪いから助けようとか、気分が良くないからなるべく殺さないでいようとか、そんな感じ」

「殺されねばならん悪人どももいるだろう、何より敵を相手に殺さねばこちらが殺される」

「君はもう死んでるけどね」


 20騎の騎士たち、いや、中には僧侶の衣装をまとった聖職者らしき者たちもいるが、そいつらは全員、俺から少し離れた所で慌てて止まり、こちらを見て口々に聖句を唱え神へ祈る。誰も彼も、悲壮そのものの表情。ふん、悪魔でも見かけたか?

 上に乗せる主人たちの心の乱れを察してか、馬たちまでもが浮足立っている。


「骨の黒騎士さん、君に一つ呪いをかけてあげよう」


 唐突。馬上にて、黒猫がこちらを見もせず静かに喋る。祈るように。呪うように。


「ありとあらゆる制約から解き放たれた君は、他者を害さねばならぬ、いかなる理由もまた、ない」


 言葉が入って来る。


「故に、君が他者を害す時、それは君の心から発するもの、それのみである」


 言霊。


「君は自身が行った事を記憶し続けるだろう。故に間違いを犯せば、君は君自身を永劫に裁き続けることになる」


 呪い。


「君に寿命はない。故に終わりはない。他者は介在しない。故に許しはない。それは君の魂が凍り付き、擦り切れ、消え去るまで抜け出せない牢獄と同じ……」


 そこで黒猫は首だけで俺の方を振り向き、見上げ、笑う。


「何をやってもいいけれど、何かをやるなら、後々の事もよーく考えてね、ってこと。自分自身の為にさ。どう? うまく呪われてくれた?」


 ……猫の笑い顔になど、慣れたくなかったのだがな。





この作品はポリコレ……ポリコネ……ホビコレ? なんかそんな感じのアレを配慮したような作品となっております(ああ、わかりにくい。覚えたての言葉なんか使うもんじゃない)


ポリティカル・コレクトネス(political Correctness)政治的妥当性。とりあえずホビコレと間違えなければおk

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