105
劇。
演劇。
観客を集め、舞台の上で演者が物語を紡ぐ。
題材は過去の英雄や聖人の行いなど。
時には歌や音楽に合わせた踊りなどを交えながら演じられる劇は、王侯貴族だけでなく、多くの市民にとっての娯楽として古くから存在している。俺も何度か観た事がある。俺の――ジル・ド・レの血を辿ると行きつくフランスの英雄ベルトラン・デュ・ゲクランとイングランドの悪魔、黒太子エドワードとの戦いを題材にしたものなどだ。
「人を納得させるためには物語が必要……」
黒衣の少女ルルの言葉を反芻する。その俺の胸中には、ジャンヌ・ダルクの活躍を劇にした「あの男」の記憶が思い出されていた。
起こり得たかもしれない未来での俺の姿。
別世界の狂気に落ちた俺が、財を浪費しながらオルレアンで行った公演。
いかにも俺がやりそうな事だ。
そういう状況であれば、俺が思いつき、実行したような事。
だがあれは、失われた過去の栄光にすがり、わずかにでもと取り戻そうとするかのような無意味で惨めなものだったと思う。しかも裏では美しい少年を悪魔の生贄にするために集めていて……
「クソが」
「え? いきなりどうしたの黒騎士さん」
「何でもない」
「思い出し悪態? どうせ思い出すなら、ふふふと笑えるような楽しいものにすればいいのに」
「何でもないと言っている」
それ以上は言うなと強い意思を込めつつ、声を低めて隣を行く黒衣の少女に向かって言い放つ。
ルルめ、無茶言うな。ふいに思い出す出来事を自分で選択出来るか。
……いや、よくないな。態度に出てしまっている。
思い出して、つい苛ついてしまった。
ここに人が多く集りすぎたせいで遅々として進まぬ廊下を歩く。すぐそこの玄関までが遠い。
狂気に落ちたあの世界の俺は、最後には絞首刑にされた。しかもその後の、遺体の焼却までがついた死罪、大罪の償いだ。だがそれだけだ。死んで、終わり。それだけだった。
鉛毒入りのワインで頭をやられたのかどうかは知らんが、奴は長いこと好き放題をして、最後には過去の俺を殺すという望みまで叶えて消えて行った。これでは本当に罰を受けたかどうかすら怪しい。むしろ幸福のまま消えたのではないのか。
気に食わない。
実に気に食わない。
奴にはもっと相応しい罰があるんじゃないのか。生たまま地獄に落ちて延々と責め苦を受けねばならんような酷い罰が。
「何でもないが、劇、か。俺たちを主人公にした劇だと? それで俺の発言の上書きをすると?」
「そう。劇の内容は、そうねえ、悩む所だけれど複雑過ぎても伝わらないから、鼠さんたちの中に隠れていた本当の悪者、真の魔王を見つ出して聖女が退治するという簡単なものにしましょうか、それなら鼠を探して殺さなければいけなかった理由も、鼠もまた可哀そうな被害者ってことも両立するんじゃない?」
「よくも思いつくものだ」
それなら前の俺の発言を取り消さずに無効に出来るわけか。適当に魔王なりを退治したことにして、もう脅威は去ったと、そう知らしめることが可能なわけだ。
よくそういう小賢しいことを思いつくものだと感心する。
だがどうだろう?
これは必要な事か?
どうやら俺は何かしでかしたらしいが、その間違いを訂正するのに劇で知らしめるというのは、ちょっと遠回りが過ぎる気がする。
劇でなければいけない理由は何だ。
「……手間だけかかって面倒が多い。他に何か方法は無いのかと」
考え事に没頭している態度なのか、ルルは頬に指を当て、視線を上にやっている。そんな黒衣の少女を横目で見ながら俺は小声で呟き、それを拾って黒衣の少女が眉を寄せる。
「面倒ってねえ、こちらは黒騎士さんのやらかしをどうにかしようとして頭を悩ませているのに気楽なものねぇ、君は当事者なんだから、ちょっとはしっかりして。人にうつるのは何も病気だけじゃない。やる気のない態度も人にうつるわよ」
「当事者と言われてもな。そもそもだ、鼠ごときが絶滅しようが、それで何の問題があるというのだ。そこからよくわからん。病を広げる原因としても間違いではないのだろう」
それならもう最初から絶滅させておけば安心というものではないのか?
「絶滅させるという問題解決方法を続けていけば人類にとって酷いことになるのは結構未来の話だとして、すぐ影響のある問題もちゃんとあるわよ? 具体的には、鼠さんが食べていた虫が増える。黒くて素早くて這いずる感じのアレとかね。それと、鼠さんを食料にしていた他の動物類も減る。呼応するかのように植物類にも変化は起きる。結果、人の居る環境が短時間で激変することになる」
虫が増えると言った時には両手の指をくねらせて見せるルル。やめろ、その動き。気色悪い。
「環境の変化にも問題なく対応できるのが人類というもの、けどそれは、ゆっくりとした変化なら、よ。急激な環境の変化は、容易く人を大量の死に追いやる。病気で失う命どころじゃない、もっと酷い状況になるでしょうね。そうなった後ではもう遅い。後悔しても簡単には取り戻せない。植物まで含めた世界の環境というのはそういうもの。殺し過ぎては殺す側も生き残れない、どうやら世界にはそういうルールがあるみたいよ。駄目なの、何事もほどほどでないとね」
「……そういうものか」
「そういうものね」
生き物がいて、それを食う生き物がいて、全部が繋がっていて……
この話、どこかで聞いた気がする。
いつだ?
思い出した。泣き虫だ。
狩人をしているという母なり祖母なりから聞かされた話を、泣き虫の口から聞いた。自然の中で生きる狩人が自然の中から学びとった世界の真理。人という生き物も輪の中にある、だったか。
何かの生き物を絶滅させることは、輪っかのどこかを切ってしまうのに等しい。そういうことか。
まだ完全な理解とは程遠いが、どうやら俺は相当な事をしでかそうとしていたらしい。
そういえば泣き虫の姿が見えんな。ついでに居るだけで騒々しいゴウベルも。
俺たちと一緒に屋敷を飛び出した所までは見ていたが、人の波に呑まれて途中ではぐれたか。どうでもいいが。
「面倒というのなら、放っておくのが一番面倒がないわけで。それが戻るものならば、ゆっくりだけど環境も戻る。けど、それじゃあ、きっと黒騎士さんが後悔することになる。酷いことになった世界を前に頭を抱えて”うぇ~ん、こんなはずじゃなかったのに~、助けてよルルえもん~”なーんて言って泣く黒騎士さんを見たくないから、今、どうにかするの。わかったら協力して」
「何だその情けない感じの男は。俺ではないわ」
声を震わせて誰かの泣き真似をするルル。
あまりにも情けない男だ。
誰だそれ。知らん。
どのような状況にあろうと俺はそんなことにはならない。
ルルえもんという呼び方も何だ。どうせいつものくだらん雑談のひとつだから気にするまでもないが。
「俺の発言力がそこまで強いというのは未だに納得できないが、まぁ、協力はしてやろう」
「相変わらずの謎目線。らしいわねえ」
「で、どうするのだ? 過去の死した英雄ならいざ知らず、俺たちは生きてここにいるぞ、どこぞで俳優を見つけることから始めるのか?」
演じるというのなら演者が必要だ。プリュエルやリュミエラらの代わりもいる。鼠の中に隠れる真の悪者というのは誰でもいいとして。
「はあ? 本人出演に決まっているでしょう?」
「は?」
は?
何を馬鹿な事を聞いているのかと、聞いた方が悪いのだと言わんばかりの視線が俺に刺さる。
「いい? 劇とはいえ、これは儀式なのよ」
「は? 儀式?」
俺の演技を俺自身が行う。舞台の上で。観客に向けて。
今一飲み込めていない俺にルルは言葉を重ねる。
「本当に悪いのは何なのかを皆に見せつけて納得してもらうための儀式。だから本人出演は当然でしょ。ああ、シナリオも演出も私が考えて上げるから安心して。黒騎士さんは言われた通りに動いて話せば大丈夫。タイトルは、そうねえ、どうでもいいわね、適当に四聖女物語とかにしておきましょ。ときに黒騎士さんは歌や踊りの経験は?」
「あるわけ無いだろう。歌? 踊り?」
「じゃあ最初は簡単なものを用意するわね、黒騎士さんなら大丈夫、体を動かす事は得意でしょ、きっとすぐに上手になる。後は……」
「いや、待て、話を進めるな。俺を舞台に立たせるというのか? 女の? この姿で?」
「その姿、は、どうかしらねえ、悪者じゃないのにメインヒロインが黒のローブじゃ舞台映えしない。ときに黒騎士さんはキラキラふわふわした可愛い魔法少女の衣装には興味があるかしら? 太ももとか大胆にいっても大丈夫な感じ?」
「大丈夫もくそもあるかッ!」
なんだ魔法少女とは。
なんだキラキラふわふわな衣装とは。太ももを大胆にいくとは。
着れと? 太ももが大胆にいったそれを着て舞台に立って歌って踊れと? 多くの民衆の前で?
出来るか!
「ルル、おいルル」
「これから私の事はプロデューサールル、ルルPと呼んで。で、なあに、黒騎士さん」
「何がルルピーだ! 言いづらいわッ! でなく! 出ないぞ! 舞台になんぞ、絶対に立たないぞ! いいか? 絶対だ! 絶対にだ!」
「あー、それならそれでいいんだけどー、やるもやらないも結局は本人の意思次第だしー、あー、けどどーしましょうかねえ、私の中のやる気が音を立てて消えていくわー。全てを放り投げてしまおーかしらー。もうどうにでもなぁれーって感じでー。それで鼠さんも救われずー、世界すべての人も救われずー、それで良いというのならー、そうしましょうかー、ねー、黒騎士さん」
「く、貴様……」
こやつ、世界のすべての人を人質に取りやがった。
わかった。
今、わかった。
楽し気に口の端を上げて笑うルルの表情を見て、今、理解した。
こいつが回りくどい演劇なんぞという手段を選ぼうとする理由。
俺を嗤うためだ。
問題解決の方法ならば、ルルならいくつも思いついたはずだ。全知全能ではなくとも、それに近いことが出来る奴だ。だからこれもまた奴にとっての遊びのひとつ。普段通り。いつも通りの奴の行動。
女になった俺を恥ずかしめて笑うために演劇なんぞと言い出したのだ。
間違いない。絶対にそうだ。
「また俺で遊んでいやがるな。おのれ、おのれ……」
だからといって、俺に出来ることはあるか?
出来る抵抗はあるか?
逃げ出す?
知らんぷりを決め込んで、無かった事にして、すべてを忘れて放り出す?
無理だ。
俺の口から出た言葉で本当に鼠が絶滅し、もしルルの言うことが正しくて酷い世界になってしまったら、俺はまた後悔して立ち尽くすことになるだろう。俺のせいだと思い込み、心に消えぬ傷を背負い、俺は俺自身を呪うだろう。嫌だ。それも、嫌だ。
何か方法を考えねばならない。俺が舞台に立つ以外の解決方法。
「舞台は嫌だ、女の姿で人前に立つのは嫌だ……何か、何か方法は……」
「諦めたらいいのに。女の姿で舞台に立つことくらいどうだというの。何事も経験よ。流されることに定評のある黒騎士さんはどこに行ってしまったの?」
「もう流されまいと心に誓ったからなあ! 貴様のおかげだ!」
魔女の言いなりにはならないとも誓ったしな。
はっ、度重なる困難に出会って俺の心も強く成長したものだ。
感謝なんか、死んでもしてやらないが。
「あっ、そうだ、ルル、貴様は人の記憶を操れるだろう。それで民衆の記憶を改ざんするのはどうだ? 鼠やら目に見えぬ病原菌の知識やら、何か良い感じにしてくれ」
「良い感じにしてくれって……丸投げ過ぎるでしょ。下請けを困らせる鬼発注はやめて」
呆れ顔ふたたび。
良い感じというのは良い感じだ。何かがどうにかなって良い感じだ。
「それに、人の記憶を弄るとか、そういうの嫌だったんじゃないの? 尊厳がどうのこうので」
やられた側だからな。
殺された瞬間の記憶の封印。
今となっては、それは俺の精神を守るために必要な事だったと納得しているが、その怖さ、悍ましさはよく理解出来る。普段の俺なら決して口から出てこない。それほどまでに今の俺は追い詰められているのだ。嫌だ。舞台は。
「出来たとしてもどれだけ手間暇かかることを言ってくれてるのよ。自分で動きたくないから頭を働かせて人に働いてもらおうとしているのに。この時代に生きる普通の人にも出来る範囲の中で、よ。わかりやすい奇跡は無し。する気も無い。以上。他に代案は?」
「代案……代案……」
頭だ、頭を働かせよ。
嫌だ。女の姿で舞台に立って歌って踊る俺など、絶対に認めない。
何故こんなに俺は追い詰められねばならないのか。俺が何をした。夢だ。悪夢だ。ふざけるのも大概にしろ。
つばを飲み込む。喉が渇く。そういえば鉛の毒入りワインを飲んでから何も飲んでいない。
毒入りワイン。
呪いなど存在せず、そこにあったのは古くから続く甘味を作り出す人の技術だった。
「奇跡ではない……普通の人の技術……道具……そうだっ! それだ!」
「どれよ」
「ルーアンの医者だ。あ、いや、ルーアンの医者に預けた少女だ」
「ん?」
「お前と別れた後に出会った少女でな。狼から助けたら懐かれた。俺はそいつに使命を授けた」
「使命ねえ」
「目に見えない小さいものを見る道具を作れ、そういう使命だ」
「それは、また」
「鼠にとりつく病原菌は小さくて目に見えないから駄目なのだ。誰にでも見えるようになれば悪いのは鼠ではなくその病原菌だとわかるだろう。白日の下になる。明らかになる。そうなれば俺の発した鼠殺しの言葉など、いつか自然に収まりもしよう。猫を殺せば鼠が増える。鼠が増えれば病がはびこって世界が滅びる。俺の言葉も元はと言えばそういう話から始まったのだ。そういうことだろう? ルルよ、貴様が言いたい事も。これなら舞台の出番は必要ない。必然、俺の出番も無くなる」
「これはこれは……意外とどうして……うーん」
どこかの方向を見て小さな唸り声を上げるルル。どうだ? 手ごたえは?
「そうね、私の言いたい事とも一致する」
「なら!」
「けど、それってどれだけ時間がかかる話なのよ。そういうことを早急に知らしめるための役割としての演劇でもあるでしょ。それに、まだその道具は発明されていない」
「う」
使命を与えてからそう大して時間は経っていない。当然、何も出来ていないだろう。手がかりすらも見つかっていないに違いない。
「ルルよ、ならばだ。貴様がその道具の作り方を皆に教えてやればいいのだ。仕組みや必要な材料などもわかるのだろう?」
「わかるけど、仕組みも簡単だけど、それは私のやりたい事ではないかな」
「おのれ」
そうだった。
やりたくないから、やらない。自分が楽しめる事ならば、やる。実にわかりやすい生き方をしている。あまりに自由。それを貫き通すだけの力も持つ。
こいつを前にしては武力も権力も財貨も名誉も一切なんの力も持たない。こいつを動かせるのは言葉でのみ。厄介な。本当に厄介な魔王だ。
「仕組みは簡単なのだな? ならばケチ臭いことを言うな、新しい技術も道具も人類の為になることだろうが」
「そういうのはねえ、夥しい数の失敗を繰り返して発見していくものなの。はいどうぞと成功品だけを渡されても、特定の誰かの為にはなっても人類の為にはならない。その成功に至るまでに積み重ねた失敗そのものこそが本当に人類が目を向けるべき相手なのよ……とはいえ……黒騎士さん、またやってしまったわね」
「……その手の道具を作れと命じた事は、駄目だったか?」
俺はまた何かやらかしたのか?
「駄目じゃないわねえ。顕微鏡の発明が成功したら時代の針を進めることになるけれど、それもこの時代の人の手によってなら何の問題もない。考えて、至った、それはとても重要なことよ。目の付け所もいいんじゃない? 何事も知るためには先ず見ることが基本。見れないのなら見れるようになるための道具を作る。うん、黒騎士さんにしては良い所に気がついたって感じで」
「俺にしてはというのが余計だ。褒められているのかどうかもわからん」
「後で拾いに行きましょう」
「は?」
「その女の子を。どうせだもの、黒騎士さんに使命を授けられちゃったその女の子にも出演してもらいましょうかね。主役が四人から五人になるわね。五聖女物語? 語呂が悪いわね、どうしたものか」
「出演者が増えただけだった!?」
余計な犠牲者が増えてしまった。
すまぬ、俺が抵抗したばかりに。すまぬ、ルーアンの医者に預けた……名前も聞いていないな、そういえば。
イングランドのベッドフォード公に頼まれた用事を軽く済ませてからすぐに戻って一緒に研究をする予定なんぞもあったが、今の俺は流れに流されて……
「嫌だ……大胆な太もも……絶対に嫌だ……後は……後は……」
「舞台に立たないために必死すぎる……」
気がつけば。
人の誘導は済まされており、玄関まで遮る者がいなかった。
俺たちは足を止めていたらしい。
というか、俺が止めていた。
玄関を開けて外に出れば手遅れというわけでもないが、何故か出て行きたくない。
屋敷から出て行かないという選択肢もあるか?
ずっとこの屋敷で女としての生涯を過ごし……駄目だ、何の解決にもなっていない。より酷いことになりそうだ。ああ、だが大胆な衣装を着て歌って踊るなど、死んでも嫌だ。打開策が見つからない。打つ手なし。地獄……ここは地獄か?
もしやあの男の代わりに俺が今ここで地獄の責め苦を受けているのではなかろうか?
そんな考えが頭によぎり、憎しみだけが募る。おのれ。おのれ別世界の俺。お前が着ろ、キラキラでふわふわな衣装を。
「衣装……そうだ、偽ジャンヌ!」
「は、はいぃ!」
盲目のプリュエルと手を繋いで静かに事の成り行きを見守っていた偽ジャンヌに声をかける。
「お前も愛らしい衣装なんぞ着たくはないだろう?」
男に憧れて、男の服を着たがった偽ジャンヌならば、当然、愛らしい衣装を着て舞台に立つことなど考えられもしないだろう。
「はい! ジャンヌですけど偽ジャンヌです! 愛らしい衣装に抵抗はありません!」
「ん!?」
しかし、返って来たのは俺の期待する否定の言葉ではなかった。
「お前、男のようになることに憧れていたと……」
「はい! ですが、勘違いをしていました!」
「勘違い? なに?」
「あの恐ろしいリッシュモン様相手にも、一歩も引かず、怯まず、堂々としているお二方の姿を見て、私は学びました」
恐ろしいリッシュモンと言った時に、彼女の横にいる当のリッシュモンが眉を跳ね上げるが、偽ジャンヌはそちらの方を見ないようにしている。
見ないようにはしているが、その横で握りこぶしを作り、臆せず堂々と発言する偽ジャンヌ。
前の屋敷で見た怯えた様子とは雲泥の違い。
この短い時間で何があった?
「俺たちの姿だと?」
「はい、女の姿でありながら強くあられるお二方を知りました。以前の私は、あまりにも姿や形に拘り過ぎていました。男らしくとか女らしくとか、言葉遣いや姿形など、果たしてどれほど大切なことだというのでしょうか。私が本当に憧れていた強さとは、心にこそ宿るものだと気がつきました」
「…………」
リッシュモンとやり合う俺たちの姿から、勝手に何かを学んで成長したということなのだろうか。
「……そうか」
人は学ぶ。勝手に学ぶ。こちらが教えずとも。
それが自然にしろ、他の誰かの姿にしろ、そこから勝手に何かを見てとって成長することは、人にはあるのだ。
俺の意見に同調してくれないことは愉快ではないが、俯いていた時よりも、今の前を向き胸を張っている姿の方が、ずっと良い。
そこはかとなくジャンヌに似ているこの女には、そういう態度でいてくれる方が。
ずっと、良い。
俺は口の端が自然と笑みの形になってしまいそうなのを押さえる必要があった。
「……だが愛らしい衣装を着るのは、本心では嫌だろう? 正直に言え? ん?」
「くどい! 黒騎士さん、くどい!」
隣でルルが騒ぐが、相手にしない。
ここが瀬戸際なのだ。太ももが大胆にいった衣装を着ねばならないことになるかどうかの。
何度目だ、この手の困難、剣の腕前どうこうで切り抜けられぬ窮地は。
頭を悩ませず剣を振って倒せる敵が愛おしい。
「いえ、あの、ずっと女性の服を着ておりましたし、男物の服を着たのもごく最近のことで……」
「よーく考えろ、心に正直に、あ、待て、ルル、まだ扉を開けるな」
「とりあいませーん」
俺の制止も聞かず、扉に近づいたルルが両手で扉を開く。
屋敷の中から見た外の景色。
暗い闇に負けぬくらいの光の群れ。
松明を持った大勢の人、人、人……
「注目度は抜群。見てもらうための宣伝に力を割く必要は、なさそうねえ」
その全てがこちらを見ている。俺たちを見ている。
「さあ、覚悟は決まったかしら? 黒騎士さん」
「…………」
覚悟なんぞ決まらん。決めてたまるか。
こちらを振り返って微笑むルルを前にして、今再び心に決める。
歌も踊りなんぞも、死んでもやるものか。
そう、強く、思う。
諦めるな、流されるな、まだ抵抗する余地は、あるはずだ。
通路を進むだけで一話……
前にもあったなあ。
読んでくださりありがとうございます。☆評価、欲しいです(直球)




