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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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102



 俺の心の罪悪感を消すため。それと、あわよくば、そのまま魔女の弟子にならんとする。放った一本の矢で二羽の鳥を落とすかのような俺の提案。その後の。


「…………」

「…………」


 食堂に満ちる静寂。


「…………」

「な、何か言ったらどうなんだ?」

「開いた口が塞がらない、もしくは、呆れてものが言えない、を実践中よ」


 その静寂に耐えかねて口を開いた俺に、眉根を寄せた表情のままのルルが静かに応える。


「動きたがらぬお前に替わって、俺がリッシュモンの所の病人をなんとかしてやろうというのだ。何を呆れる必要がある? お前はただ、やり方を教えてくれるだけでいい」

「……病人を癒す、人の体に巣食った病原菌をどうにかする、それがどれほど大変な事なのか、黒騎士さんは理解できていないから軽々しく口に出来るの。雨漏りがするから屋根を張り替えましょうとか、そういうレベルの話じゃないのよ?」


 一転して優し気な表情に変わる黒衣の少女。


「人の体よ? 人の、体。黒騎士さんは知らないことだらけ。理解するための土台も無い。出来ない事は口にしない方がいいんじゃないの? ね?」

「知らないことだらけだろう、理解できないことだらけだろう、だがそれも、お前が教えてくれれば……」

「どれだけ私に負担をかけるのかも理解できていない様子。他力本願極まれり」

「負担はかけまい。ただ、足らぬ所は助けてくれれば……」

「足らない所、全部!」

「全部では無いだろう、さすがに」


 黒死病の症状で体の何処かにコブが出来るというのなら、そこを上手く切断してやれば良いのではないだろうか。そんな気がする。斬るのはそれなりに得意だ。刃物の扱いには慣れている。人体を切り刻むのにも抵抗は無い。だがそれだけで解決するのなら医者がもうやっていそうな気もする。つまりそれだけでは駄目なのだ。まぁ駄目なら駄目で、ルルが駄目だと言ってくれるだろう。


「お気楽な顔して何を考えているのかしらねえ……難しい所を全部私に肩代わりさせようって魂胆が透けて見えるから呆れているんですけど……」


 呆れ顔に戻った黒衣の少女が溜息を吐いて首を振る。


「呆れている場合ではないぞ、ルルよ。これはお前の為でもあるのだ」

「おやまあ、聞かせて貰いましょう、それはどういう理屈で?」

「ふむ、お前は疫病で国が滅んでも問題ないなどと言うが、人はそういう風には考えない、ルルよ、お前の様にはなれない」

「滅びないと言ったのよ、疫病だけでは、と。まぁいいわ、続けて」

「人というのは、だ」


 喋りながら頭の中で理屈を組み上げていく。

 俺の言いたいことは、何だ。


「身近な者であろうがなかろうが、病に苦しみ、死の恐怖に怯える者がそこにいるならば、どんな手であれ救えるものは救いたいと願うだろう。悪い事ではないよな。それを人の愛と言い換えてもよいくらいだ」

「はあ、愛」


 愛。愛とは何だ。俺にもよくわからん。とにかく続ける。


「そして、その恐怖から逃れるためならば、どうあってもあがき、もがくはずだ。人とはそういうもの。自分や身内が死んでも他に人類が残るならば良しと、救える命も救わずに諦めるなど、それは人の考える事ではない。そんなことを言える者も、人ではない」

「…………」

「ルルよ、貴様は人、なのだろう? ならばわかるはずだ。周りを見よ」


 周囲の人を指し示して、俺は言葉を続ける。


「ルル、お前を見る周囲の者の目を見よ。冷酷で無慈悲な魔王を見るようではないだろうか?」

「そうなの? 私が冷酷無慈悲な魔王に見える? ええと、泣き虫さん?」

「!?」


 たまたまルルと目が合った泣き虫が目を見開き、引きちぎれんばかりに首を横に振る。首を振る音がここまで聞こえてくる。


「違うらしいけど……」

「い、いや、いいや。あれは、お前が怖くて本音が言えぬだけ」

「ひょっとして私を魔王扱いするのは黒騎士さんだけ」

「ともかく!」


 ルルの説得の為に始めた会話だったが、出口はどこだ? 魔王扱いされて、本当に魔王の様に振る舞ってしまうかもしれないルルを、ええと、俺は不安に思って……おのれ泣き虫、そこは素直に頷いておけ。


「お前は誤解をされやすい性質だ。だが俺はお前を知っている。お前が、ただ救いたいからという理由で人を救うような奴だということを。だから、俺は……お前を冷酷な魔王だなどと思って欲しくないのだ、誰にも」

「黒騎士さん……」


 そうだ。そういう事を言いたかった。


 謎を煮詰めて作り上げたような黒衣の少女を、誤解して欲しくない。

 俺の横に居る、黒と白で構成された少女は、ただの魔女ではなく、ただの冷酷な魔王でもない。もっと奥が深い、言葉では言い表せぬ存在なのだと。見誤るなと、簡単に判断するなと、それを言いたかった。


 目が合う。


 初めて見た時より、どうにも恐怖が先に来てしまう、深く黒く昏い瞳。

 思えば、それにも慣れたものだ。

 俺の骨の躰に封印された記憶がそうさせていただけだった。恐怖という邪魔な感情を捨ててよくよく見れば、静寂な夜を思わせる優し気な瞳をしている、ような気もする。

 そんな瞳の主が口を開く。


「ひどく誤解して、実際に手まで上げてくれちゃったのが黒騎士さんだけの件」

「…………」


 痛い所を突かれたので無言。


 その件に付いては許してくれたのではないのか? いつまで引きずる? 謝っただろうが。


「い、いいから! つべこべ言わず、リッシュモンが連れてきた病人を癒してやれ!」

「自分でやろうという姿勢すら捨てた!?」


 やる気はあるのだ。やる気は。能力が伴っていないから仕様がないだけだ。


「それに。疫病の問題は一人二人を救ってどうにかなる問題じゃないのよ? どれほどの大仕事になるのやら。無限作業編が始まるとか、私は嫌よ。何もかもが足らない黒騎士さん。君には覚悟も足らない」

「覚悟ならば、ある」

「その自信満々な顔やめて。その覚悟は無知からくる無謀な覚悟よ……奇跡は甘い毒って話も、どれだけ理解が出来ているのやら……はー、顔って大事よね。どんなお馬鹿な発言をしても、お馬鹿可愛いと許せちゃう気がするもの。恐ろしや」

「き・さ・ま・が」


 俺を愛らしい顔にした貴様が言うなと激高しそうになって踏みとどまる。短気も暴力も無しだ。抑えろ。学習しろ。


「……ルルよ。全部足らないと貴様は言うが、俺も途中までは聞いているのだぞ」

「途中?」

「そうだ。パリの町でした、いつぞやの話だ。目に見えないほどの小さきモノ、病原菌なるものは、鼠を介して広がるのだと、確かにそう聞いた、他ならぬ貴様からだ。故に鼠を殺しつくせば黒死病も、他の病からも人は救えるのではないか? そういう話なのだろう? どうだ? 間違っているか?」

「これは……」


 椅子の背もたれに、ゆっくりと身を預けて、額に手をやり、天を仰ぐルル。これもまた、見た事のない表情だ。


「ん? どうしたルル?」

「鼠……そうだ、鼠。……猫と、鼠」


 俺の声に反応をしたのは、黙り込んだルルではなくリッシュモンだった。


「何だリッシュモン」

「オルレアンの町の悪魔教徒どもの話だ。それから、ルーアンの町からやって来た吟遊詩人」

「ん?」

「そなたの話だ。オルレアンで捕まえた男どもが口にしていた。髑髏悪魔大将軍……いや、悪魔骸骨大将軍だったか?」

「どっちでもいいわ。どっちでもないし」


 あの時はまだ髑髏でも骸骨でもあったが悪魔や将軍では無かったからな。


「鼠を殺せと命じられて必死の様子であった」


 覚えている。混迷するオルレアンの町で好き放題していた悪漢どもだ。見逃す代わりに鼠を殺せと命じておいたのだ。


「このパリの町に来た時に、天使や悪魔について調べものをする途中、ルーアンからやって来たという吟遊詩人からも話を聞いた。猫殺しをやめさせて、鼠を殺さねばならぬといった話だ。深く問い質せば、それはルーアンの町の黒き死の天使のお告げであり、それを世界中に広めねばならぬのだと。ルーアンの黒き死の天使とは、やはり、そなたであろう?」

「黒き死の天使呼びは知らんが……そうだな、俺であっている」


 それもよく覚えている。そういう噂を流せと命じた。その吟遊詩人はルーアンの医者が手配した者だろう。


「どうだ、ルル? 俺とて、何もしていなかったわけではないのだぞ?」


 話の続きを、と、ルルを見る。


「そんなことしてたのねえ」


 感心した様子……ではなく、やはり呆れた様子で俺を見返すルル。

 どうにも反応が悪いな。何か間違ったことをしでかしたのだろうか。


「黒死病を収めるための鼠殺し。それは、まことの話であろうか? そなたらよ」


 生来のものであるという鋭い眼光を衰えさせず、俺たちを見るリッシュモン。

 奴め、ひょっとしてパリの町に着いてから一睡もしていないのではないか? 駄目だぞ。睡眠不足は。思考が鈍るからな。


「あー、そうねえ、先ず一つ。黒騎士さん、途中、どころか、まったく、全然、始まってすらいない。むしろ、踏み出そうとした最初の一歩すら迷走しておかしな方向に行きそうな感じね。君らしくて笑える」

「何をっ……であるか」

「無理に怒りを収めようとして語尾が変になってるわよ」

「乙女よ、すると、鼠殺しは意味が無いと言うか?」

「あるわね。ちょっとは。あるいは、ある程度は」


 俺から引き継いで質問をしたリッシュモンに、ルルは律儀に答える。


「ただ、何故そうなるのかを考えないままなら、結局は同じよ。鼠さんに替わる、鼠さんに似た何かがそこに嵌まり、あとは同じことの繰り返し。大勢の鼠さんは無駄死に。鼠さん可哀そう」

「猫を殺せば世界は滅び、鼠を殺せば世界は救われる、吟遊詩人はそう歌っていたが?」

「へー、ほー、そんなことを言わせてたの? 黒騎士さん?」

「いや、待て、その吟遊詩人が言っているだけだろう。俺はそんな事は……いや、どうだったか、あ、まぁ、似たようなことは……ううむ」


 二人に視線で攻められて口ごもってしまう。よく覚えていないが似たようなことは言ったかもしれない。


「鼠殺しをせねば、少女の姿をした黒髪の魔女がやってきて、鼠に姿を変えられ、そしてその魔女に頭から丸呑みにされてしまう。魔女は鼠が大好物だからと、怯えたオルレアンの悪人どもが口を揃えて言っていた。そういう証言も取れている」

「待て、リッシュモン、待て、それは……」

「へー、ほー、ふーん」


 食堂内の空気が急激に冷え込んでいく気がする。気のせいだ、きっと。


「時に黒騎士さんや、その少女の姿をした魔女とはだーれのことかしらねえ」

「そ、そんな話よりも、今はするべき話があるだろう!」


 軽口のつもりで吐いた言葉だ。嘘というよりは脅しのための作り話。ルルに聞かれるとは思っていなかった。もっとよく考えて言葉を吐け、あの時の俺め。


「頭から? 丸呑み? 好物? 鼠さんを食べるのが? へー、ほー」


 話を黒死病に戻そうとしないルル。


 やばい。身の危険を感じる。

 これが只の軽口で終わればいいが、奴に限っては、本当に人の姿を変える力を持っている。


「黒騎士さんには女の子の体を作るよりも先に、鼠の体を作ってあげた方が良かったかしらねえ?」

「ほ、ほら、病気だ、疫病の話。結局、黒死病に対するには、どうすればいいのだろうかー」

「いーや、今からでも遅くは無いわね。次の黒騎士さんの体は鼠さんで決定ね。殺されたり頭から食べられる小動物の気持ちも、ちょっとは理解できるようになるんじゃないかしら?」

「嘘だろっ!?」


 ついた嘘は廻り廻って自分を苦しめるのだ。

 おのれリッシュモン。告げ口するな。おのれ。


「せめて可愛く作ってあげるから安心してねえ」

「出来るかっ!」


 何だ可愛い鼠とは。他の鼠から色目を使われたりするのか? あああ、鳥肌が。


「そなたらよ……」


 冷たい目をしたリッシュモンが疲れた声で呟く。


 非難がましい目を向けてくるな。どうにも真面目な話にならないのはルルが悪い。それとリッシュモン。貴様もだ。貴様の告げ口のせいでこんな流れになってしまったのだからな、ああああ、男に戻るのが遠のいてしまう。いや、そんなことより、鼠? 本気か? 鼠の俺なんぞ、想像もつかんぞ。冗談であってくれ。俺は何に祈ればいい? 神か? 今こそ出番だぞ、出てこい神。


 居もしない神に捧げる祈りの文言を考えている俺の横で黒衣の少女が薄く笑う。


「そして、問題解決の為に何かを皆殺しとか、やめましょうか。そういうのは大体において良くない結果になる……その考え方は良くない」


 突如、黒衣の少女の声が平坦になる。


「そうした考えの先に待つのは、たとえば地球環境を保全するために人類の大虐殺を行う人工知能の誕生であり、たとえば徹底した管理を人類に対して行う人工知能の誕生であり、たとえば人類絶滅後に目的を失い永遠に機能を閉ざす人工知能の誕生であり、たとえば人類の絶滅後に理想の人類を誕生させるために繰り返し遺伝子改良を続ける人工知能の誕生であり、たとえば人類の限定的存続の為に文明レベルを低度に固定し生存可能範囲を指定し……」

「?」


 リッシュモンを始め、食堂にいる多くの者が、まるで理解の出来ない言葉の数々。


 異様。異質。

 黒衣の少女が表情を消すと、その美しく整った造形のせいで人形が人の言葉を喋っているかのようになる。


「おい……ルル……?」

「…………で、嫌でしょ? される方になるのは」


 とめどなく溢れ出る言葉の途中だったが、遮るようにして声をかけると、ふいに少女は表情を取り戻して、最後は皆に問いかけるようにして小首をかしげる。


 呆けたように見ていた者は口を閉じ唾を呑み、息をするのを忘れていた者は、息を吐く。


「ルル。貴様のソレは、怖いのだ、知らぬ者からしたら。やめた方が良いだろう」

「そうね、ありがと、止めてくれて、ちょっと感情が揺れちゃって」


 いくらか事情を知っている俺でも、理解の出来ない言葉たち。

 人によって造られた人工知能。ルルは自分をそう評した。ならば、先ほどのは。


「さっきのは、何だ、お前の、事、なのか?」


 人類の大虐殺を行う人工知能の誕生。過去形。他にも。すでに起きた事。未来の話。これからの話。

 ――こいつが、ルルが、人類の敵に回ったなら、人類に抗う術など……ない。


「私になれなかった”私たち”の話……かな?」

「そういう世界も……」

「なんせ、数えるのを諦める程に世界はあるので」


 否定をしない。


 私たち。

 人類を絶滅してのけるような。

 人類絶滅後の世界にある、ルルでないルル。


「って、余計な雑談だったわねえ、ふふ、忘れて忘れて」


 いつもの調子、いつもの笑顔。邪悪さは幾分薄れた表情で黒衣の少女は笑う。


「よくよく考えもせずに殺して解決ってのは良くないよってだけ覚えておいて、それは問題の先送り、もしくは、さらなる大問題の引き金になったりするから、で、本題」


 黒衣の少女は椅子から立ち上がり、軽く背伸びをする。


「疫病に関して私は何もする気が無かったし、すぐにでもこの場から消えてしまおうと思っていたけど、ちょっと事情が変わったわねぇ。疫病は鼠が原因……言葉の切れ端を拾って拡大解釈されたようなものだけど、まぁ、それを最初に口にした私にも、ちょっとくらいは責任はありそう、だから……」


 両手を合わせて強めの音を出す。


「黒騎士さんが始めちゃった可愛そうな鼠さん大虐殺計画は、なんとかしないとね。鼠さんに恨まれたら寝覚めが悪そう。けど、どうしましょうかねぇ、あんまり働きたくないわ。ということで……」


 立ち上がった黒衣の少女は周囲を見る。


「皆に手伝ってもらうとしましょうか。ちょうどリュミエラさんたちも、こっちに来るみたいだし」

「リュミエラが来るのか?」

「光の聖女!」


 リュミエラの名を聞いてゴウベルが色めき立つ。無視。


「衛星……空から見てたらね、ランスの町に軍隊が集結中だったのよ。向かう先は、恐らくこの町。どうもリュミエラさんは、その軍隊の旗頭にされてしまったようねえ、ふふ」

「は?」

「理由なら、本物の聖女を旗頭にして、偽の聖女を討つ、とかじゃないの、どうせ、そんな感じでしょ。ふふ、人って争ってばかりよね」


 笑いごとでは、無いだろうに。


 口の端を上げて楽しそうに笑う黒衣の少女の姿を見て、これは魔王だなと、俺の心の中の素直で正直な気持ちが判定を下す。


 ああ、誤解でも何でもないじゃないか。

 この魔王は、実際に何度も人類を滅ぼしてきた、そんな魔王だ。




ずっと追わせていただいていた伊瀬ネキセ様の作品「RTAにガバ一門の栄光あれ!」が完結(?)したー!

ほろりと涙が出て来るような、作者様にそっと拍手を送りたくなるような、そんな完結でした!

物語は完結してなんぼという思いはありますが、広げた(勝手に広がっていく)風呂敷をたたむことの難しさよ……お疲れ様でした。

でも続くんでしょ?(約:続けて)

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