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………い
あああ。
体が熱い。焼かれている。俺の体が焼かれている。
ちがう。
焼かれているのは彼女だ。
短髪の少女。
村娘。
彼女が柱にくくり付けられている。あの救国の乙女が愚か者どもの手によって燃やされている。
聖女と呼ばれ、もてはやされ、英雄になり、魔女と呼ばれ、憎まれ、捨てられ、処刑されたあの少女が燃えている。
やめろ。
お前らやめろ。
……おきなさい……
彼女がどのような悪をなしたというのだ?
彼女は戦乱に喘ぐお前らの声を聞いたから立ち上がったのだろう?
なぜ助けようとしない?
何が聖女だ。何が魔女だ。何が神だ。
クソくらえ。この国を救ったのは彼女だ。
救われるべきは彼女だろうが。
神とやらは何をしている?
殺してやる。
お前ら全員殺してやる。
教会の奴らも、それに踊らされた阿呆どもも、あの子を見捨てた王も、みんな、みんな……
「だからさっさと起きなさいと言っているでしょう」
少女の声。
顔を上げる。
ぼやける視界の中、一匹の黒猫が佇み、俺を見ている。
「はーい、意識はある? イチタスイチワー?」
「…………」
ここは、どこだ?
彼女を助けようとルーアンの地にまで来て……俺は、どうなった? 彼女は?
周りを見渡すと、ここは深い森の中であることがわかる。暗い。夜だ。夜の森の中がとても暗いことはわかるのに、何故か見える。風によって木々の葉が擦れる音。空は雲に覆われて星も見えない。少し開けた場所に俺と猫は向かい合っている。眼前の黒猫は座り込み、逃げるそぶりも見せずにこちらを金色の眼で見上げている。
俺が見ると猫は首をかしげて口を開く。
「うまくいかなかった? ってわけじゃ無さそうだけど。言葉がわかるなら返事してちょーだいな?」
「…………どこだ? 今、俺に語りかけている奴はどこに隠れている?」
俺は辺りを注意深く見渡す。猫が言葉を喋るわけがない、どこかに誰かが隠れているはずだ。体が重い。甲冑を着こんでいる。腰に吊るされた剣の柄に手を当て、首をひねって木の陰を探す。
「つまんないリアクションだね。猫がシャベッタァーーッ! って言って驚く場面でしょ? ここは」
黒猫が溜息をついて首を振る。声はまぎれもなくこの猫から聞こえていた。
何だ、これは。猫が喋っているだと?
「悪魔め」
腰に薙いだ剣を抜き放ち黒猫に向かい振り下ろす。
「ちょ!? うわっち!?」
猫は素早く避けて距離を置く。焦った様子の黒猫が再び口を開き俺に語りかける。少女の声で。
「狂人ですか貴様!? 少しくらい話を聞きなさいよ!?」
「猫が言葉を喋るなどあってはならない。しかし喋っている。ならばお前は悪魔でしかないだろう」
「論理の飛躍が凄い!?」
「神よ! 我に悪魔を打ち滅ぼす力を!」
再び剣を構えて黒猫に飛び掛かろうとする俺に向かい猫は言う。
「呪ったはずの神に祈るの? 今のあなたが? 自分の姿がどうなっているか、ちょっと冷静になってみなさい!」
何を言った? 呪った? 神を? 今の俺の姿を見ろ?
黒猫の言うことを真に受けるわけではないが、ふと剣を持つ手を見る。黒い手甲の隙間から覗く俺の手首はあまりに細く、白く……
「骨……だと……!?」
空の雲の隙間から光が暗い森にさしこんでくる。月の明かりに照らされて、磨き上げられた剣の腹が髑髏を映し出す。今の、俺の姿を。
「……ようやく話が出来そうね?」
「……嘘だ……こんなのは……嘘だ……俺は、神を、呪って……嘘だ……待て、待て……」
「おーい、戻ってこーい? ……マジかー、今度はフリーズだよ」
黒猫が恐る恐るという様で近寄って来て、俺に何かを喋りかけているが、もはや構ってはいられない。俺が神を呪ったという言葉、そして今、自分が動く屍となっているという事柄に恐怖が襲う。
認めたくない。認めない。だが事実だ。わかってしまう。
世界はグラグラと揺れて、立っていることすらままならない。
何だ? 俺は何をした? わからない。これは悪夢か? 人ならざるモノになる夢。
「君は、死んで、復活した。復活させた、私がね」
黒猫を、……黒猫の姿をした悪魔を見る。
暗い、暗い森の中、風に吹かれて木々が揺れる。見えるはずのない暗さの中、自慢げに語る黒猫の姿がはっきりと見える。金色の瞳が細められている。目の前のソレは、恐ろしいものだと、ようやく理解する。剣を持つ手が力なく落ちる。
「悪魔め……俺に、何をした? 俺を、どうするつもりだ?」
「悪魔呼ばわりにはちょっと言いたいことがあるけども、ま、それは今はいいとして、どうするつもりだって聞かれても、どうするもこうするも無いね。好きな事をすればいい。そもそも君が願ったんだよ?」
「俺が、何を願った? 悪魔を呼び出した覚えなんて……無い」
「私が勝手にやって来たからね。まぁなかろうさ」
何もわからない。
「そうだ、あの少女は、どうなった? オルレアンの乙女。囚われの英雄は……」
「処刑された」
再び、世界が揺れる。少しずつ思い出してきた。
「つい今日の昼間のことさ。もう片付けも終わっているね。彼女の遺体は徹底的に焼かれて、灰はセーヌ川に流された」
「なんということだ……」
膝から崩れ落ち、大地に両手をつく。カチャリと、黒い甲冑がなさけない音を出す。
大罪だ。あまりにも大きすぎる罪。
黒猫が俺を見ている。見下ろしている。
「俺は、彼女を助けられなかったのか?」
「助けられなかったね」
「失敗して俺は死んだのか? 殺されて?」
「殺されて死んだね。お悔み申し上げます?」
一つ一つの問いに、答えを返す黒猫。
「俺は……呪われたのか?」
「それについては解釈ひとつだね。自分が呪われたと思うなら、そうなんじゃない?」
「俺は神の身元に行くことは……出来ない……のか?」
恐ろしい。
「さあ? 知らない。神の存在を語る人は多く知っているけど、神に会ったことないもの」
黒猫の姿をした悪魔はどうでもいいとばかりに言葉を放つ。俺はようやく黒猫を見る。虚ろな眼窩で見上げる。
「悪魔が実在したのだ、神もいるだろう。黒猫の悪魔よ、俺をどうするつもりだ? 何をさせるつもりだ?」
「くどいなあ、何も無いって言ってるでしょ? 好きにしなよ」
「ならば何故、貴様はここにいる? 俺をこの呪われた姿にして復活させたのは貴様だろうが?」
「私の目的ならもう大方達成してるんだよねー」
「目的?」
「そう。知ってる? 強い恨みや後悔を残して死ぬと、人は世界にシミを残す。シミ汚れ。特に周りから恨まれ、恐れられたヤツはもう酷い。頑固でしつこいシミ汚れになっちゃうのさ。私はそれを掃除している。そんでもって君の話さ、世界を恨んで、世界に恨まれて、ひっどい汚れになっちゃった君を掃除しに来た」
「まるで理解できない。いや、……俺を消すのか?」
「目的は果たしたと言ったよ。汚れを綺麗にするって言ったって、ポンと手を叩けばスッと消えて無くなるような都合がいいものじゃないのさ。望む形に移し替える、って表現が近いね。床に零れたスープを雑巾で拭き取って移し替えるのと同じ。世界に悪影響を及ぼしまくる君の恨みからくる汚れを吸い取って動く骨にした。ただ信じてくれればいいのさ。この世界で、君は自由だ」
「悪魔の言うことなど信じるものか」
「この会話の意味ぃ!?」
大声を上げた黒猫はすぐに落ち着きを取り戻し、俺に背を向ける。
「コホン。じゃ、私は行くからねー。いい死後ライフを送ってね。バイ」
「は? 待て! 本当に、本当にそれだけなのか!? どうすればいい? どうしたら俺は許される? 神の身元に行くには!? 悪魔よ! おい! 行くな! 俺を置いて行かないでくれ!!」
「……唐突な捨てられた子猫ムーブ……君っていうやつは……」
立ち止まり振り向いた黒猫の悪魔が呆れているのがわかる。だが構うものか。ここで別れたのでは何もわからない。何をしていいのかわからない。骨のままうろつき歩いていれば、すぐに教会の連中に祓われてしまうことだろう。嫌だ。
「そうだ、教会の連中ども! 奴らこそ真に呪われるべきだろう! 不当な裁判で聖女殺しをなした! 神を裏切る大罪だ! 何故俺が呪われねばならないのだ!? そうだろう!? 悪魔よ!?」
「必死だなー」
「彼女を見捨てた王も! 彼女を見殺しにした民衆も! 人の皮を被ったイングランドの悪魔どもも! すべて罰を受けるべきだ! 呪われるべきだ!」
「私に言われてもねー。それこそ神様ってのが裁いてくれるんじゃないの? 知らないけど」
目を細め、微妙な表情を作っていた黒猫の悪魔に追いすがり、ひざまずく。
これ以上、この暗い森の中にいたくない。だからといって人の前に姿を見せるのは無理だ。このままでは森の中を永遠に彷徨うしかない。だめだ。恐ろしい。なんとかしなければいけない。
「……契約だ……悪魔よ。取引に応じよ。彼女を殺したこの世界の住人すべてに復讐を望む……対価は……毎夜ごと、生きたまま取り出した雄鶏の心臓を捧げよう」
「すごく迷惑っ! 嫌がらせになってるから! どこ知識よ!?」
「悪魔よ、では何を対価にすれば……」
「さっきまでの神様だの救いだのといった話はどこいった!? なんで悪魔との契約に乗り気なの!? 手のひら返しのスピードぱねぇ!」
神の言葉を聞き、神に従った彼女なのに、神はそんな彼女を助けなかった。それが結末だからだ。神は人を利用して救わない。神が救ってくれないというなら、悪魔の力を借りるしかないからだろうが。すくなくとも悪魔ならば、すぐ目の前にいる。
「はあ。今更感あるけど、私のことを悪魔扱いするの、やめてもらえる?」
黒猫の悪魔は金色の瞳で俺を見据える。
「ルルって呼んでちょうだいな。時に任せて流れる留まるで……これはいいか、ただの、黒猫のルル。本当の姿は猫でもないのだけど」
続けて言う。
「取引には応じられるけど、私は悪魔じゃない」
さらに続ける。
「私がこの世界に復讐をする理由はないし、しないけど、あなたの復讐の手伝いならば、してあげられることもある。それでいいならしばらく付き合ってあげるわ、ね、黒い甲冑のガイコツ騎士さん」
そう言い放ち、言葉を話す黒猫は笑う。
不気味に、笑う。
こいつが、この存在が、悪魔以外の、なんだというのだ。
どえらい題材に手をつけちまったぁ(;・∀・)
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