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第九話 サチお姉ちゃん

「ふぅ……さて、それじゃあそろそろ情報の擦り合わせといこうか?」


「……」


 今飲み切ったグラスで何杯目の水だろうか、飲み過ぎたせいでお腹はたぷたぷなのに口の中は炭の欠片でいつまでも残り妙にじゃりじゃりする……基本的に出された料理は完食する主義だが、果たして炭は食料に換算するべきだろうか?……いや、今回は完全に俺が悪いのだが。

 目の前のお嬢さんも拗ねた様子でいつもの砂糖菓子をくわえたままそっぽを向いてしまっているし……どうしたものかと苦笑しているとある事に気が付き、サチの頬に手を伸ばす。


「なっ……なに、またからかう気?」


「違うって、さっきのはもう何度も謝っただろ?……そうじゃなくて、サチは怪我しなかったんだな」


 彼女の顎に手を添えて反対側も向かせ、親指で頬を軽くなぞるが傷などで肌が盛り上がったりはしていない……そっと手を離すとサチも今度はちゃんと話している事が伝わったのか、こちらに向き直り頷いた。


「うん、マスクは壊されたけど……ミドーが引っ張ってくれたお陰でそれだけで済んだよ、代わりにミドーの腕が斬られちゃったけど……」


「ああ気にすんな、こんなもんすぐに治るさ」


 笑いながら大きく腕を回して見せると安心したのかサチが目を細めて頷いた、結局被害は少々の物資と俺の腕だけ……武人とぶつかった結果にしては上々、しかし問題はここからだ。


「サチ、お前は一番長く武人とやり合っていた訳だが……どう感じた?」


「……強かった、出来るだけ単調にならないように攻撃したつもりだったけど全て回避されちゃったし……ただ、どこか機械的な気もしたよ。プログラム的というか……効率的、みたいな」


「確かにセキュリティドローンの動きなんかは過去に実在した飛行型攻撃機の熟練パイロットの動きを模倣していると聞いた事はある……が、少なくともあの武人は……俺には普通の人間に見えた」


「……うん、私もそう思う……それに」


「『サチお姉ちゃん』か……」


 椅子に深く腰掛け、軽く天井を見上げながら長く息を吐き出す……仮にあれが痛みによる幻聴であったならば話は楽だったのだが、あの声はしっかりとサチの耳にも届いていたようだ。


「ミ、ミドー? 言っておくけど私、あの子の事なんて全然……!」


「分かってる、大丈夫だ」


 焦った表情を浮かべて身を乗り出すサチを片手を上げて落ち着かせると視線を合わせ、どこか不安げな彼女の表情をじっくりと見つめる……サチと暮らし始めて約二年、今までに整理した記憶の外部保存メモリをいくら遡ろうと辿り着くのは当然、情報屋が彼女を引き連れて来たあの日が最初だ。


「……なぁサチ、俺達が最初に出会ったあの日の事……どのくらい覚えている?」


「正直、あんまり……あの時はミドーの事もよく知らなかったし、自分がこれからどうなるのかとかあんまり考えたくなかったし……ごめん」


「いいんだ、無理もない」


 先程までの怒りはどこへやら、すっかりしょげてしまったサチの頭を身を乗り出して乱暴に撫でてやる。

 ──そう、無理もないのだ。

 大人と子供の記憶の蓄積には大きな違いがある……それは無意識化で行われる瞬間記憶の取得量だ、人は大人になるにつれて見たものや感じたものに自然と基準をつけるようになり、その基準に満たないものは不要な記憶として自動的に消去……つまり忘れるのだ、これを繰り返す事により記憶の抽出程ではないにしろ脳への負担を軽減し老化をある程度は抑制する事が出来る。

 しかし正真正銘の子供であるサチにその基準はまだ備わってはおらず見たものや感じた事を手当たり次第に吸収・記憶しようとする、これは老化……というより成長の過程としては非常に正しく、彼女の老化を止める為には大人よりも高頻度で記憶の抽出を行う必要が出てくる。


「……なら、情報屋に拾われる前の事については全く?」


「うん……でも……あ、役に立つ情報とかではないんだけど……」


「構わない、何だ?」


 今は何でも情報が欲しいと彼女を促すとおずおずと言った様子ではあったがサチの口がゆっくりと言葉を紡いでいった……。

 それはいくら記憶を整理しても繰り返し見る夢の話だった、華々しい上層の裏側……雨の降る路地裏で膝を抱え、時折上を見上げては再び顔を伏せる……というたったそれだけだが、情景を思い浮かべるだけで胸が締め付けられるような思いが込み上げてくる。


「……お風呂に入る度に全身を鏡に映して見るんだけど、どこにも個体番号(コードシール)が無いの。だから多分私は悪い人に捕まる前にあの人に拾われたんだと思う、そしてミドーが私を買ってくれて……幸運だね、私」


「っ……買ったんじゃない、ちょうど後継者も欲しかったから引き取っただけだ」


「そっか……ふふっ」


 ようやく小さな笑顔を浮かべて新たに取り出した砂糖菓子を口にくわえながらへし折ると、小気味のよい音が部屋に小さく響いた……。


「となると……仕方ない、やっぱり知ってそうな奴に聞きに行くしかないか」


「あ、それってあの時の抽出機?」


「ああ、報酬もまだ貰ってないしな」


 サチにも見えるように取り出したのは貸し記憶(レンタ・メモリ)屋を襲った時の戦利品だった、想定外の事が起きた以上情報屋に嵌められた可能性も皆無ではないが……ドクとの約束もあるので情報を得られる内に動いておきたい。


「じゃあ……あの人に会いに行くんだよね?」


 普段は追跡を避けるために使わない小型通信機を取り出し情報屋へ送るメッセージを打ち込もうとするとサチが面白くなさそうに目を細めた、情報屋と会おうとするといつもこうだ。


「そりゃあまぁ……いつか聞こうと思ってたんだが、何で情報屋を嫌うんだ? お前からしてみたら恩人みたいなものだろ?」


「別に嫌ってなんか……それに感謝もしてるよ、でもそうじゃなくて……」


「そうじゃなくて?」


「じゃなくて……その、あー……綺麗な人だからミドーが騙されないか心配なだけ、それだけ!」


 椅子から立ち上がりながら叫ぶと砂糖菓子を新たにもう一本くわえ、背中を向けてベッドで横になってしまった……いざという時には頼りになるし、時折俺よりも大人びた考えを口にする時もあるのだがやはりこういうところは子供なのだと分かり思わず小さく苦笑が漏れる。


「……菓子のカケラをベッドに落とすなよー?」


 冗談交じりに小さな背中に声をかけると、改めて小型通信機に視線を落とす……画面には既に情報屋からの返事が届いており、合流する時間や場所まで指定されていた。

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