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第六話 武人、襲来

「こいつのメモリーキーは腕時計型……と、これか」


 地面にうつ伏せで突っ伏して転がる男をひっくり返して腕を調べると、情報通り豪奢な装飾の目立つ腕時計が男の腕で輝いていた。

 一言でメモリーキーといってもその形状は様々だ、俺の着けているリストバンド型もあれはサチのようにチョーカー型もあり中には体内に埋め込んでいる者もいるが……そんな奴は下層にはいないし上層でもほんの一握りだ、かかる金額が倍どころの騒ぎではない。


「これでよしっと……ん?」


 目的の記憶を盗み出す為にメモリーキーに棒状の抽出機をセットし一息ついたのも束の間、妙な事に気が付いた……抽出機に表示されている男の記憶の使用容量が尋常ではない量なのだ。


「サチ、抽出機のセットを完了した……んだが何だか少し妙だ、こっちに来て見てくれるか?」


『分かった、今降りるね』


 マスクの通信機能で声をかけるとすぐに返事が返ってきた、記憶の抽出には三分程かかるので見張りが必要だったが……不安要素が生まれた今、サチに単独行動させるのはマズい。


「どうしたの、ミドー?」


 数秒後、サチが屋上から降りて来た。

 俺と似たマスクとステルスコートを身に纏っているがロボットアームを使用した音は無かった、恐らくはビルの壁から飛び出た僅かな出っ張りや空調用のパイプの上を伝って降りて来たのだろう……狙撃銃も既に解体済みのようだし、俺の教えた体術や技術を応用したその軽快な動きは見事と言う他ない。


「抽出機を見てみろ、こいつの記憶の使用容量だ」


「容量?……わ、なにこれ!? 容量の拡張ってここまで出来るものなの!?」


「いや……どう考えても容量オーバーだ、ここまで無理に詰め込んでいるのを見るに……どこかへ運ぶのが目的だろうな」


 マスクにコート姿のサチが興味津々といった様子で倒れる男を観察している……俺とサチのマスクやコートは同型のものだが唯一違う点はマスクの刻印だ。

 黒い無地をベースとして俺のものには下向きの半円が、そしてサチのマスクは上向きの半円が描かれておりそれぞれ緑とピンク色に発光している……二人の刻印を合わせると円になりどんな任務でもこなせるから、と言いながらサチがこのマスクを見せて来た時はデザインを一任した事を少し後悔したが今では割と気に入っている、慣れただけとも言えるが。


「じゃあこいつは記憶の密売人って事?……さっきの警備兵に突き出す?」


「何て言って突き出すんだよ、それに俺達は別に正義に味方ってワケじゃないんだぞ?」


 気の滅入る話だがここまで技術が発達し以前とは一変した姿で一見完璧にも見えるこの世界の影にもブラックマーケットというやつは存在する、本来は抽出や売買が禁止されている個人の根幹に関わる記憶を取引し本人に成り代わったり財産を奪ったりと手口も用途も様々だ……当然根も深く、目の前に転がるこの男一人をどうにかしたところで何かが変わる訳ではない。


「……とはいえ、こいつの持ち出した記憶のせいで誰かがバカを見る結果になるのを分かっていて見過ごすのも気分が悪い、取引前のサンプルメモリーなら消してもオリジナルに影響が出る事は無いだろ」


「さすがミドー、非情になりきれないところも私は好きだよ?」


「へいへいそーですか……っと」


 記憶の抽出完了までの時間はあと僅か、撤退までの時間が切れてまで密売されそうな記憶を消してやるほど俺は甘くはないがそれでも大半は消せる筈だ……そう思って記憶の消去作業を開始した数十秒後、俺とサチのマスク内に警告音が激しく鳴り響いた!


「っ……なんだ? セキュリティドローンの巡回ルートからは外れている筈だぞ?」


「ち、違うよミドー……ドローンじゃない、速すぎるもん」


「何だってんだ、クソ……っ!」


 作業を中断しマスク内に周辺地図を表示する……するとサチの言葉通り明らかにこちらを捕捉している赤点が一つ、高速で近付いているではないか! 更にはその正体にも思い当たる節があり、思わず舌打ちをする。


「マズいっ……『武人(ぶじん)』だ!」


 俺が叫ぶと同時に俺達が先程まで居た屋上で小さな足音が響いた……いや、わざと音を立てて着地して俺達にその存在を知らせたのだ。

 ──何故この上層は偽のコード一つで侵入する事自体は容易いのか、何故上層の住民は自らの記憶をメモリーキーなんていう外部メモリに保存しているにも関わらず安心しきった顔で日常を過ごせるのか……その理由はヤツというこの上層の絶対的な番人の存在で全て説明がつく。

 闇夜に浮かべば満月かと、昼に浮かべば太陽かと見まごう程につばの広い笠帽子を被り機械仕掛けの時代錯誤な女性用の甲冑に身を包んだ彼女達をアカシック・コーポレーションが発表した時、住民は再び困惑の声を上げた……が、それまで上層を守っていたセキュリティドローンの群れを彼女達が瞬く間に一掃するのを目の当たりにし、すぐに反対の声を上げる者は誰一人としていなくなった。

 何体もいる彼女達は全員それぞれの能力に応じた仮面を着け、腰に巻かれた着物により表情はおろか正確な体格すら知る事は難しく……加えて情報を持ち帰ろうにも彼女に狙われてこの上層を出る事は更に難しい。

 忍び込む事は容易く、彼女に見つかって命を残したまま脱出する事は困難極まる……それが今の上層なのだ、彼女らの巡回ルートを完璧に把握してこれまで避けてきたが……どうやら年貢の納め時のようだ。


「っ……見て、ミドー……餓鬼(がき)の仮面を着けてる、餓鬼の武人だよ」


「ああ、通りでって感じだな……最悪な事には変わりは無いが、まだマシではあるな……」


 武人の仮面の種類は多く、情報屋から仕入れただけでも大蛇(おろち)や大蜘蛛など様々で能力も不明だが……一つだけ共通している点があり、武人はそれぞれの縄張りを有している点だ。

 アカシック・コーポレーション自体を守っているという最強の武人……閻魔を始めとして分かっている武人の分布図は手にしているがあの餓鬼だけは例外で、固有の縄張りを持たず常に上層を徘徊しているらしいという情報だけは手にしていた……この広い上層でかち合う確立など幾つも無いと思っていたが……必死に思考を巡らせていると貸し記憶屋の男に差した抽出機が小さな電子音を立てた、記憶の抽出が完了したようだ。


「っ……とにかく撤退だ、電導車まで逃げ込めばヤツは追ってこな……!」


 最後まで言葉を紡ぐ前に全身にこれまで感じた事の無いような冷たい感覚が走った……恐怖? いや違う、紛れもない死の予感というやつだ!


「ぐっ……!」


 懐から素早くブレードを取り出し円柱状の持ち手から二本の刃を飛び出させ、前に構えると次の瞬間には武人の繰り出した刃とぶつかり合い目の前で激しく火花が散る。

 どうやって屋上から降りてすぐに攻撃に移れるのかなどと考えている暇が無い、武人は片手で刃の長い刀を操っているようだがこっちは両手でも勢いを抑えきれない……完全に力負けし、直立した姿勢のまま滑るように吹き飛ばされると不意に脇腹に鋭い痛みが走った……武人の足が腹部に深く突き刺さり、まるで空き缶でも蹴飛ばしたかのよう浮き上がった俺の体は後方の壁に勢いよく叩きつけられた。


「があっ……!?」


 あまりの衝撃に肺の中の空気を一気に吐き出し、地面に倒れ込みながら何度も激しく咳き込む……とんでもない痛みだが腕も腹部も骨は折れてはいないようだ、コートの耐久力に助けられたか。


「このっ……よくもミドーを!」


「っ……やめろ! サチ!」


 どうにか顔を上げると両手にブレードを持ったサチが武人に斬りかかるところだった、斬撃を交互に繰り出し更にはロボットアームまで使用してトリッキーに攻撃しているが切っ先すら武人を掠める事は無く、全てのけぞる程度の動きで回避されてしまっている。

 餓鬼の武人は特別な能力を持たない純粋な筋力強化型……事前に得ていたその情報に間違いは無さそうだが、まさかここまでの力を有しているとは……! サチの動きはこれまで見てきた中でも今が最も素早く、鋭い……武人との差は誤魔化しようも無いが、並大抵の兵士やセキュリティドローン程度では相手にもならないだろう。


「っ……でやぁ!」


 そうこうしている内にサチの回し蹴りが命中し僅かだが武人の姿勢が崩れた、一瞬の隙を見逃さず距離を詰めたサチの刃が横薙ぎの斬撃を繰り出すが……再び俺の全身に冷たい死の予感が走る。

 ともすれば見事な追撃に見えるがその実は重ねるように放たれた武人の横薙ぎの方が速く、サチのブレードの二枚の刃の間を滑るように通り……その軌道は完璧にサチの首を捉えていた。


「う、うおおお!」


 全身が軋む痛みなど知るものか、この一瞬体が動けばいいと反射的に飛び出し……サチの体を思い切り抱き締めると力任せに後ろに飛ぶ。




「ふっ……ふっ……ふっ……!」


 右腕が熱い、ヤツの刃に深く斬り裂かれてしまった……だが斬り落とされた訳じゃないなら安いものだ、サチの様子は?……マスクは斬られたらしく顔が出てしまっているが心配そうにこちらを見ている、生きている……よし、ならば俺は何も失っていない。


「来るんじゃねぇよ人形野郎!」


 一歩こちらへ近付いて来た武人に向けて刃の折れたブレードを突きつけあらん限りの声を張り上げる、こんな事をすれば警備やセキュリティに感知されるかもしれないが……知った事か、俺が捕まる騒ぎに紛れてサチだけでも逃がせればそれでいい。


「だ、ダメだよミドー……大きな声を出さないで、血が……血がいっぱい出ちゃってるからっ」


 俺を落ち着かせようと声をかけながらサチが自らの服を切り裂き、布を俺の右腕に巻き付けた……しかし武人は何故追撃してこない? 理由など分からないがチャンスだ、サチを抱き締めたままふらつきながらも立ち上がり、武人を睨みつけつつ一歩……また一歩と後退する。


「……ちゃん?」


「……何?」


 幻聴だろうか?……いや、サチも聞こえたらしく目を見開いて武人の方を見ている、では今の声は武人から発されたものだというのか?……だが奴らが言葉を喋るなど聞いた事が無い。


「サチ……お姉ちゃん?」


 刀を地面に落とし、そっと仮面を外すと短く髪を切り揃えた幼い少女の顔が現れた……困惑しているのか、小さな瞳がふるふると震えている。


「お、お姉ちゃん……私だよ、わた……し、あああああ!」


 か細い声を出しながら数歩前に出た武人だったが突如頭を抱え甲高い悲鳴を上げた、するとまだ遠いが背後からセキュリティドローンのサイレンが聞こえて来た……完全に感知されてしまったようだ。


「何だってんだよ……クソッ! サチ、目を閉じて耳を塞げ!」


「う、うん!」


 何が起こっているのか分からないがいつまでもここにいる訳にもいかない、左手を懐に伸ばすとフラッシュグレネードを一つ取り出し目の前で爆発させる……凄まじい光と音が一瞬で辺りを包みこみ、耳をやられた俺はサチに手を引いてもらいながら路地裏を駆け抜ける……酷い耳鳴りのような音と共にあのか細い声が、いつまでも耳に張り付いて離れない。

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