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第五十話 野良犬と山猫

「よぉ、元気そうだな?」


『お陰様で、今回の事に関しては貴方を頼った私の判断は間違っていなかったようです』


 エレベーターを降りた最上階、ミコトとイブキが開いてくれた両開きの大きな扉を抜けると相変わらずぼんやりと紫色に発光する人型立体映像のディアが俺達を迎えた。

 最初に彼女と会ったのはボロボロの研究所の奥にある実験室だったが、まさか次に会うのが見上げる程に大きな窓の埋め込まれた日当たりの良い社長室とは……とはいえ大きなリング状の照明だったり天井から太い木の幹のような機械が伸びていたりと彼女を構成する為に必要なものがいくつも散見されるのでディアらしい部屋と言えばその通りなのかもしれない。


「……かもな、それにアンタの子供達も随分と頑張ってくれたしな」


『ええ……本当に、よくやってくれました』


 カシム博士の死後、精神的な拘束が解かれたのか武人達は次々に正気を取り戻したがキューブ化されたディアだけは元には戻らなかった……しかし大蛇(おろち)の武人を始めとして電子情報に精通した武人や中にはネットワークそのものにダイブ出来る武人まで現れ、彼らの尽力によってディアは無事に蘇る事が出来た……もちろん妨害が無かった訳ではない。ククルのように胸に野望の火を灯す者は他にもおり、どこから嗅ぎ付けてきたのかカシム博士の死を悟った勢力がいくつも押し寄せてきた……だがそんな勝手を武人達が許す筈も無く、俺達も援護はしたが野望の芽の殆どは母を守ろうとする武人達の手によってあっけなく摘み取られた。


「見せてやりたかったよ、アンタを守ろうとする武人達は奴に操られていた頃よりも明らかに強かった……これも家族の力ってやつなのかね」


『かも……しれませんね、本当に……自慢の子達です』


 言葉とは裏腹に彼女の雰囲気は少し暗い……カシム博士、武人達にとって奴は敵でしかないがディアにとっては父親のような存在であり、やはり簡単に割り切れるものでもないのだろう……しばらくの沈黙の後に俺達を立たせたままだった事に気付いたディアが一言詫び、勧められるがままに革張りのソファに俺もサチも腰掛ける。

 それにしても俺が勝手に感じているだけなのだろうが……どうにも場違い感が抜けず、落ち着かない。


「それで……今日呼び出した理由は、やっぱりアレか?」


『ええ、純粋に顔を見たかったというのもありますが……何か心境に変化はありましたか?』


「こんな野良犬の顔を見たいとは酔狂な事だな……それと、まぁなんだ……」


 上手い言い回しが浮かばず頭を乱暴に掻く……アレというのは以前からディアに打診されているアカシック・コーポレーションで専属のハッカーとして働くという提案だ、二度に渡って俺達に関連施設への侵入を許した事でセキュリティ面のアドバイスなどが欲しいというのが主な内容らしい……もちろんアドバイスするのは構わないが、しかし今更真面目に働くという事に抵抗が無い訳でも無く……とはいえディアがトップになった事で犯罪が減り、俺達の仕事が減ってきたのもまた事実である。

 この話は何度か断ってきたが、そろそろ潮時らしい……腹を括り、答えを出そうと口を開きかけるとディアが指を一本立てて俺の言葉を遮った。


『……実は今日はその事とは他に、一つ提案があるんです。報酬も出しますし、必要な物があればこちらから提供もします』


「……何だ?」


『ブラックマーケットの事は当然ご存知ですよね? 社会全体が変わりつつある今でもその根は深く伸び、変わらず底が知れません……そこで、ミドーさん達には奴らを根絶やしにする為に手を貸して欲しいのです』


「おいおい……言うのは簡単だが、そんな事出来るのか?」


 カシム博士を表の黒幕とするならばブラックマーケットは社会における闇そのものだ、形も無ければ尻尾すら掴めず……そもそも尻尾があるのかどうかすら分からない。


『私達とミドーさん達が手を組んだ場合の確率としては三割に届くかどうかといったところでしょう……ですが、こんな確率に意味なんてありますか?』


「……くっ、あははは! 高い場所から見下ろす立場になっても変わらないな!」


 思わず膝を叩いて笑ってしまう、相変わらず人間よりも人間らしい奴だ……それに彼女の計算通り、勤め人になるよりも俺の性には合っている。


「サチ、こういう話らしいが……どうする?」


「どうするもこうするも……もう決まってるんでしょ? いいよ、私はミドーがいるところならどこにでも行くから」


「……ありがとな、サチ」


 クスリと笑い、こちらに伸ばされたサチの手を握り……改めてディアに力強く頷いてみせる。




 夜の闇はいい、見たくないものや見せたくないものを覆い隠してくれるし……色々なものが曖昧になる、周囲を照らす悪趣味なライトも見慣れてしまえば何とも思わなくなってきた。


「……ミドー、来たよ」


 細長い砂糖菓子を咥えるサチが狙撃用の電子銃を構えた姿勢のままボソリと呟く、ビルの屋上に設置された柵に手をかけながらサチと同じ方向を見ると……確かにそこには大きなケースを抱えた男がコソコソと路地を歩いていた、見るからに挙動不審でせわしなく辺りを見回している。


「よし……撃て」


 俺の言葉に合わせてサチの指に力がこもり……男がケースを落として倒れた。




「が……う、あうあぐ……がぁ」


「……おいおい、防壁(プロテクト)でも入れてたのか?」


 地面に降り立ち、男に近付くとサチの電子ウイルス弾は命中したようだが意識は飛んでいなかった……恐らく対電子ウイルス用の防壁を予め入れていたようだが奴は粗悪品を掴まされたらしい、あれでは無駄に苦しみが増すだけだ。


『ミドー、私……外した?』


「いや、ちゃんと当たってるよ。お仕置きにはちょうどいいが動かれると抽出の邪魔だな……しゃあない、もう一発撃ち込むか」


「ご……やめ、お前……ぶじ、武人か?」


「……は?」


 弾の無駄なので使いたくなかったが仕方ないと溜め息を一つつくとステルスコートの懐から小型の電子銃を一丁取り出し、男に向けると慌てた様子で急に喋り出したはいいが……その言葉に思わず首を傾げてしまう、俺の姿のどこが武人に見えるというのか。


「違うっての……俺は記憶泥棒(メモリーシーフ)、まぁお前らの敵って意味なら一緒だけどな?」


 これ以上何かを喚かれる前にウイルスを撃ち込み、今度こそ大人しくなった男のメモリーキーに抽出機を取り付ける……これで後は少し待つだけだ。


「終わったぞ、後は回収班に任せよう」


『了解、警備兵とかに気を配らなくていいだけで随分と楽だね』


「全くだな……それに腹も減ったな、どっかで食べて帰るか?」


『そうしよ、私もお腹すいたし』


 隣に降り立ったサチと顔を見合わせるとマスクを外し、今日は何を食べようかという話に花を咲かせる……周りを見ても何が変わったのか誰も気づかないだろう、だがそれでいい……俺達は野良犬、正義の味方でもなければ世界を変えるなんて大層な野望を持つ事も無い。

 ただ俺達は明日が欲しいだけ、今日よりほんの少し良い事のある明日が欲しい……そんな想いを胸に闇と人込みに溶け入る俺達は記憶泥棒、二人組の記憶泥棒だ。

これにて完結となります!

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― 新着の感想 ―
[一言] あなたの作品のなかでも過去イチ面白かったです。 かなりオリジナリティ溢れる設定の緻密な世界観にも関わらず、文章の上手さと構成の上手さが相まってミドーとサチが想い合いながらダークヒーローとして…
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