第四十九話 ニュー・モーニング
「おーい、二人ともどこに行くんすかー?」
「ん?……だってアカシック・コーポレーションってこっちだろ?」
俺たちの活動時間とは違う照り付ける陽の眩しさに少し目を細めながらサチと共に道を行き交う人の波の中に混ざろうとするとミコトが大きく手を振りながら俺達を呼び止めた、確かに今は夜の時のような悪趣味なライトアップは無いが方向は合っている筈だ。
「あー……お二人は忍び込むのが専門っすもんね、なら仕方ないっすけど……じゃーん! 上層にはこういう便利なものがあるんすよ?」
首を傾げる俺達を前にミコトが両手を伸ばして指差したのは人が行き交う道路の隅に何台か停めてある浮遊装置付きの小型電導車だった、言われてみれば何度か見かけた事があるような気がするが……関係無いと決めつけていたのであまり気にした事が無い。
「はーい、それじゃあいくっすよぉ!」
前側の座席のミコトが後部座席に俺とサチが並んで乗り込んだのを確認すると掛け声と共に手慣れた様子で小型電導車を起動した。
車体はすぐに道路を行き交う人々が遠くに感じる程に高く浮き上がり、目的であるアカシック・コーポレーションの方向へと進行を開始した……不思議な感覚だ、あまり浮遊感も無ければ震動も感じず飛ぶというよりは空中を滑っていると言った方が近いかもしれない。
「凄い景色……ねぇミコト、あそこにあるのって何?」
「あそこはっすねぇ──」
移動にはどのくらい時間がかかるのか聞こうと思ったが、下を指差しては楽しそうに会話を弾ませる二人に割り込む程の事では無いと思い直し言葉を飲み込む……チラリと下を眺めてみると今まで上層に対して抱いていた印象とは全く違う印象を受けた。
大きな人の波が流れている事実は変わらないが適当な場所に腰掛けて何かを飲む者や数人で談笑する者、何より小さな子供を抱えて歩く者を一人だけ見かけた時には驚きから小さな声が漏れてしまった……今まで人を個として見ていなかったのはカシム博士も俺も同じという事か、一人一人に目を配ればこんなにも個性があるなんて事を俺はどうして忘れてしまっていたのだろう。
「……ミドー、どうしたの?」
僅かに涙が滲んだ目元を拭っているとサチが俺の膝に手を置き、心配そうにこちらを見つめる顔が小型電導車の窓に映った……ハッとして振り向くとミコトもこちらを見つめている。
「いや……何でもない、少し……そうだな、少し自分が忘れた事に気が付いただけだ」
「ん……そっか、よいしょ……っと」
俺だって何に心打たれ、何に涙が滲み出したのかよく分かっていない……しかし理由としては成り立っている筈だ、納得したのかサチが背中を向けた事に何故かホッとしていると不意に膝に軽い何かが乗るのを感じた……見ればサチが仰向けに倒れて膝を枕にしており、その視線は俺の顔を……いや、変化に動揺している俺の心を見透かしているかのように感じる。
「多分だけど、これからもいっぱい気付く事があると思うよ?……だって私もミドーも、選択したんでしょ?」
手を銃の形に変化させて俺の胸を指先でトン、と突く……そうだ、俺達は選んだんだ……銃の引き金を引き、どの明日へ行くかを。
「ああ……ああ、そうだったな」
大きく体を前に倒し、サチに覆い被さるような姿勢になると右手を伸ばして笑みを浮かべる彼女の頬を包み込むように撫でた……サチも合わせるように俺の頬へと手を伸ばしてそっと添えられると、俺のものとは違う体温が更に強く感じられた。
「っ……も、もうすぐ着くっすからね!」
不意にミコトが悲鳴を上げた、どのくらい見つめ合っていたのかは分からないが……少なくとも外を眺めていた時間よりも長いのは間違いない。
「ようこそ、待っていたよミドーさん」
小型電導車が降り立ったのはアカシック・コーポレーション本社の大きなゲートの前、乗ったままでは入れないと言うので降りて少し歩くとゲートの前に一人の少年がいた、綺麗な白髪が髪に揺れており端正な顔立ちのせいか声を聞くまで少女なのか少年なのか分からなかった。
「ん……ええっと?」
更に付け足すならば誰だか分からない、何だか悪い気がして急いで思考を巡らせるがこんな美少年は俺の知人リストには入っていない。
「ふふっ……イブキっすよ、おにーさん」
「イブキ?……ああ! イブキってあの鎌鼬か!」
見かねたミコトのフォローにより脳裏に該当する一人の姿が思い浮かんだ、歪んだ刃の刻印された仮面を着けた武人……そういえば確かに彼の髪は白かった気がする。
「確かに仮面を着けた時しか会ってないけど……声で気付いて欲しかったなぁ?」
「はは……すまん」
「ふぅ、まぁいいか……これから会う機会も増えるだろうし。とりあえず案内するよ、ついて来て」
「ん? 荷物検査とかは無いのか?」
「ある訳無いよ、ミドーさんは今や僕ら側の人間なんだからさ」
あっさりと開いていくゲートに思わず疑問をこぼすとイブキに笑われてしまった、面と向かって言われるのは何ともこそばゆい。
「さ……行こう、母さんが待ってる」
チラチラとこちらに向けられる警備兵の視線を受けながらエントランスを抜け、四人が乗り込んでもなお広いエレベーターに乗り込むとようやく呼吸が出来たと言わんばかりに息を吐いた……イブキを疑う訳では無いが、どうにも居心地が悪い。
「ごめんねミドーさん、全員が全員すぐに変化を受け入れられる訳じゃ無くってさ……僕達武人はミドーさんの味方だけど、警備兵の中にはああいう視線を向ける人がまだいるんだ。直接何かをしてくる事は無い筈だけど……」
「ああいやいいんだ、人……特に俺達みたいに長く生きてる奴はそう簡単に考えを変えられないもんなんだよ、これまでの自分を否定するみたいになるからな……ほら、サチもそんな顔するなって」
「だって……」
不満そうなサチの頭を撫でてやる……そう、無理もない。
これまで真面目にアカシック・コーポレーションに仕えていた彼らの横を抜けて下層の野良犬が上がっていったのだ……不快に感じるなと言う方が無理があるだろう、こればっかりは時が解決してくれるのを待つしかない。
「……そういえばさ、私の武人としての記憶ってどうなったの? あいつに奪われたまま?……まぁもう使い道とかは無さそうだけど」
「あー! それ、アタシも気になってたっす!」
不意にこぼれたサチの疑問にミコトが同調するように大声を上げた、そういえばこの二人は別行動をしていたので知らないのだったか。
「……あー……あれはだな?」
チラリとイブキの方を見ると軽く頷いた。
──あの夜、サチの記憶を無理に取り込んで暴走したククルと戦ったイブキが今もここにいるのだ……結末は想像に難くない、奴の野望はあの燃え盛る炎によって塵へと還ったのだ。
「……あの記憶はもうこの世には無い、ククルも……俺達の障害になる事は二度と無いさ」
「……ん、そっか」
少し俺を見つめたサチが納得したかのように頷いた、静かになったエレベーターは小さな駆動音を響かせつつ上へ上へと昇っていく……。




