表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/50

第四十七話 ワンショット・キル

「うっ……何だこの臭いは」


 蹴破った扉から流れ込んできたのはむせ返るような埃と薬品の混ざり合った不快な臭い、思わずマスク越しに口元を押さえながらゆっくりと部屋の中を見回す……それほど広い部屋では無い、天井と壁の間に埋め込まれた細長い照明がぼんやりと照らしているので視界も悪くない。

 床のあちこちに空瓶や何かの資料が散乱し、扉が開け放たれたままになっている空っぽの薬品用冷蔵庫からは低い駆動音が僅かに響き続け……そして玉座のように中央に鎮座している大きなベッドの上には枯れ木か何かと見紛う程に酷く痩せ細り、侵入者である俺に対して眉一つ動かさない孤独の王が横たわっていた。


「……俺、昔のあんたの映像を時々見返すんだよ。私が人類から老いという呪いを解き放ってみせる!……ってやつ、今のあんたには同調出来ないが……あの時のあんたは俺の目には輝いて見えたよ、正直憧れてた……こんな形なのが残念だが、会えて光栄だよ……ドクターカシム」


 ボソリと呟くとナイフを取り出し、ゆっくりとベッドに近付く……罠の気配は無く警備用のドローンもいない、もはや何も信用出来なくなっていたのだろう……憐れだと言うのは簡単だが、彼なりの苦悩があったのかもしれない。


「あんたは間違いなく最高の革命家だったよ、人間を……世界をまるで違う形に変えたんだからな」


 カシム博士にかかっている掛け布団を捲ると思わず息を呑んだ……これで本当に生きているのかと疑わしくなるミイラのような肉体、腕や足には痛々しい注射痕が無数に残っており、どうにかして生きようともがいていたのが見てとれる。


「……ふぅー……でもなカシム博士? 今あんたが襲ってる女の子は俺にとって何よりも大切な存在なんだよ、いつまでも意地汚く生にしがみ付いてる俺達の汚い手で触れていい子達じゃない」


 ナイフの先端をカシム博士の胸にそっと乗せる……集中しないと分からないが、冷たい刃を通して確かに僅かな鼓動を感じる。

 これは悪手なのかもしれない、世界を存続させるためにはサチを犠牲にする方が正しいのかもしれない……後の歴史学者はカシム博士を殺した何者かを酷く糾弾するかもしれない。

 ……だがそれがどうした? 俺は正義の味方ではなくただの小悪党だ、目の前の欲にしがみ付き後の事は後に考える……今の俺はただ、数日後にでもあの子達と一緒に食事をする予定が欲しいだけだ。


「っ……」


 手に伝わるのは砂糖菓子を割って進むかのような軽い感触、殆ど抵抗も無くナイフの刃は進み……やがて、葡萄の実を潰したかのような感触が手のひらに広がった。


『うおおおおお!』


「っ!?」


 すると、締め切られた窓の外からこの世のものとは思えない悲鳴が辺りに響き渡った。


「……サチ!」


 慌てて窓に駆け寄って見上げると窓を突き破り、硝子の破片を飛び散らせながら三つの影が落ちていくのが見えた、一つは異形の武人……恐らくカシム博士だろう、そしてサチとミコトが宙に放り出されていた。

 窓を押し開けて処理塔の踊り場部分に出ると、手すりからこれでもかと身を乗り出してサチ達の行方を目で追う……最初にカシム博士が先に広いテラスのような場所に落ち、サチはロボットアームを器用に操って勢いを殺しながら着地し、ミコトは素の身体能力でそのままふわりと降り立った……お互いに頷き合っているのを見て思わずホッと息を吐く、どうやら二人とも無事のようだ。


「サチ、聞こえるか? サチ?……やっぱりダメか」


 通信機に何度も呼びかけるが相変わらず応答は無い、恐らくカシム博士の操る武人から尾のように生えた数本の太い触手……あれに壊されたのだろう。

 大きくふらつき、苦しんではいるようだが即座に倒れる気配は無い……ゴーストとして他の肉体を操っていた時間が長いせいか、元の肉体とのリンクが薄くなっているのかもしれないがそれも時間の問題だ……元の肉体が完全に死んだ今、カシム博士に残された時間は僅かしか残っていない。

 しかし手負いの獣が最も恐ろしいのもまた事実、死を待つだけとなったのであれば猶更……そんな事を考えているとけたたましい警報が離れた位置から鳴り響いた、どうやら先程の叫び声に警備兵やドローンが反応したようだ……このままではサチ達は挟み撃ちに遭ってしまうが──当然、そんな事はさせない。


「死ぬなよサチ……お前の背中は俺が守ってやる、だからお前は好きなだけ暴れたらいい」


 ステルスコートの内側に隠し持っていたパーツを次々に組み立てていく、サチのスピードも凄まじかったが……それでもまだまだ、俺の方が早い。

 一分もかからず組み立てられたスナイパーライフルに素早く弾丸を装填し、踊り場の柵の隙間から銃口を突き出すとスコープを覗き込み、警報の鳴り響いた辺りを覗き込む……見れば警備兵が浮遊装置(フロート)付きのバイクに乗り込むところだった、あの機動力を許しては数十秒とかからずサチ達の元へと辿り着いてしまうだろう……息を止め、狙いを定めると人差し指に力を込め……トリガーを押し込む。


 乾いた破裂音、そして次の瞬間辺りに響いたのは大きな爆発音と警備兵共の悲鳴……ライフルから発射された弾丸は見事バイクの燃料タンクを貫いたようだ、周りにいた警備兵もドローンすらただでは済まないだろう。


「……!?」


 チラリとサチの方を見ると彼女の二つの瞳がしっかりと俺の姿を捉えているのがマスク越しでも分かった、ミコトにも見えるように大きく右手を伸ばすと人差し指を一本立ててカシム博士の操る武人を指差し、続いて全ての指を広げてヒラヒラと振って見せる。


『そいつを倒せ、他は俺に任せて気にするな』


 必要な事は伝えた、後はサチ達を信じて俺は自分のやるべき事をするだけだ……再びスコープを覗き込むと、飛び上がったドローンを次々に撃ち抜き始めた。




「良かった! おにーさんの方も無事だったみたいっすよ!……ていうか何すかあの武器、すっごい威力っすね!」


 驚きの声をミコトが上げるが私は何も言わない、今口を僅かにでも開けば喜びと興奮の声が盛大に漏れてしまいそうだからだ。

 通信機を壊された時には不安と怒りで潰されそうになったが……やっぱり彼は無事だった! それも今は私を守ってくれている……胸の奥から愛情が次々に湧き上がってくるのを止められない、今日という日を記念日にしたいぐらいだ!


「……ミドーがあそこにいるって事は本体は始末したって事、ならあの九尾の武人に残された時間は少ないし復活する事も無い……行くよ、ミコト! さっさと殺して、帰るよ!」


「わはぁ! 合点承知っす!」


 苦しそうに悲鳴を上げながら触手を素早くこちらに伸ばしてくる……が、その攻撃はもう何度も見たし精度も落ちている……そんなものではもう私達は止まらない。

 先に前に飛び出したのはミコトだった、こちらに伸ばされた九本の触手を一瞬の内に全て切り払い、私のルートを開ける為に即座に脇に飛び退く……タイミングを合わせて一気に加速するとガラ空きの懐に潜り込み、両手のブレードを振り抜く……一瞬武人の顔が怯み、逃げようとするが逃がす訳が無い……ミドーが見ているのだ、もう無様な姿は見せない。


「ぎぃあああ!」


 横に回転しながら両足を斬りつけ、姿勢が崩れて膝立ちになったところで二本のブレードの四本の刃が武人の胸を貫いた……耳を塞ぎたくなるような悲鳴が辺りに鳴り響く、これが断末魔というやつだろうか。

 触手もだらりと垂れ下がり、腕に力が入る様子も無い……これでこいつは、本当に死を待つだけの体となった。


「わだ……わだじ……はカジ……ム、人類の……のの、希望である……私をごろ、殺す事は……世界にとって大きな損失で……ある」


「うるさい、私達はもう選択したのよ」


 ブレードを掴む手を離し、腰に手を伸ばすと一丁の小型拳銃を取り出す……敵に向けずとも鍵を壊したりなど用途はあるから、と無理矢理ミドーに押し付けられたものだが……使うタイミングとして今以上に適した時など無いだろう。

 使い方は覚えている……安全装置を外し、対象に向けたら引き金を引くだけ……誰にでも出来る、故に世界を変えるやり方として最も相応しい。


「がっ……」


 額に穴を開けた九尾の武人から小さく声が漏れ……仰け反った姿勢のまま動かなくなった、何ともあっけないが……これでおしまい、そもそも重要なのはこれから先なのだからスタートはこのぐらいでちょうどいい。


「ミコト、帰るよ。ミドーの様子は?」


「……あー……多分ハンドサインを送っても気付きそうにないっすねぇ、あの金属の筒をずっと覗き込んでます」


「オッケー、じゃあ……迎えに行こっか」




「……ちっ、ホント数だけはいやがるな……」


 狙いを定めて……発射、自動排莢の後にもう一度狙いを定めて……その時肩に何かが触れた、ハッとして振り向きながら素早くナイフを構える。


「お疲れ様、ミドー……帰ろ、私達の家に」


「お腹も空きましたし、ここにいても美味しい物は食べれなさそうですしねー」


 俺の反応に少し驚いたようだが、すぐに笑みを浮かべてサチが手を差し出した……その手を握り返し、手すりに座ってお腹を擦るミコトにも頷いてみせる。


「ああ……帰ろう、今日はもう……疲れたな」


 周囲に鳴り響く警報と探知用のセンサー付きライトが周囲をくまなく照らしているがそんなものでは俺達の行く手を阻む事すら出来ない。

 闇夜に溶け込む大人と子供二人の影が何かの目に留まる事は無く、俺達は帰路についた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ