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第四十六話 キメラ・パッチワーク

「うぐ……うわああ!……ああっ! 何よこれ、何よこれぇ!」


 ククルが大声で叫び、喘ぎ、自らの顔を両手で覆いながらその場に崩れ落ちる……時折小さな呻き声が漏れては全身がピクリと跳ねているので死んではいないようだが、あれではまともに動けないだろう。


「……バカが、他人の記憶や感情を抑制剤も無しに抑え込める訳が無いだろ」


 自分以外の記憶を取り込むというのは生半可な事では無い、自分とは違う価値観や想いが一気に流れ込んでくるのだ……拒絶反応もそうだが、下手をすれば元々の自我そのものが食い荒らされかねない。

 それでも誰かの記憶を自分のものにしたいという酔狂な人はいる、しかしそれだって長い時間をかけて薬と併用して徐々に馴染ませるのが普通だ……故に追い詰められていたとはいえ、ククルの行動はただの愚かな自殺行為でしかない。


「これ以上無様なミスを重ねるな、お前はもうそこに転がっているだけでいい」


 ブレードを片手に一歩、また一歩とククルに近付いて行く……策謀家や黒幕を気取っていたのかもしれないが、何ともあっけない幕引きだ。

 うずくまるククルを軽く蹴り飛ばすと抵抗も無く仰向けに転がった、その瞳は天井を見つめたまま動かず、最早俺の姿すら認識していないように思える……変わり果てたククルを見たせいか口から深いため息が漏れる、こんな気の滅入る事はこれっきりにして欲しいものだ。

 ブレードの切っ先をククルの胸の上にまで持ってくると柄を両手で掴み……悪くなかった思い出を振り切るように全力で振り下ろした!


「……何?」


 しかし両の手のひらに肉を切り裂き貫く感触は伝わってこないばかりか血の一滴すら地面に吸わせる事は無く、ブレードの切っ先は虚しく金網の床に突き当たり鈍い金属音を周囲に響かせた。


「はぁ……私の……はぁ、やる事に……ミスなんて、無いのよ……!」


「なにっ……! ぐっ!」


 背後からの声が耳に届いた瞬間背中に強い衝撃が走る……大きくよろめき、痛みに耐えながら振り向くとそこには驚くべき光景が広がっていた。


「お前……何だ、その姿は……!」


 今この瞬間もサチの記憶が体を蝕んでいるのだろう、遠目からでも分かるぐらいに辛そうに大きく肩で息をするククルの顔には以前も見た閻魔の仮面が半分だけ出現し顔を覆っていた……記憶を取り込んだ事で無理矢理適合したというのだろうか、だとすればあまりにも無茶苦茶が過ぎる。

 しかし俺の一撃を躱したあの速度、右手に握る歪な形をした鉄パイプは周囲のどこかから引き千切ってきたのであろう……何という怪力、不完全だとしてもククルの体に武人の力が宿っているのはもはや疑いようが無い。


「……ああもう、見てられないんだけど」


「っ……武人がもう一人だと!?」


 天井からボソリと呟くような声が聞こえたかと思うと、俺とククルの間に何者かが降り立った……両端に湾曲した刃の描かれた獣のような仮面、見ただけでは何の種類かまでは分からないが……武人である事は間違いない、考え得る中でも最悪のシナリオだ。


「え?……ああそっか! さっきの記憶は抜いたんだった……落ち着いてくださいミドーさん、僕は敵じゃないよ! ミコトちゃんに頼まれてミドーさんが独房を出る為に手を貸したの僕!」


「ミコトの……? じゃあ君が電子錠とかを外してくれたのか?」


「いや、中に入った時には既に電子錠はミドーさんが自分で壊してたんで僕は本当に扉を開けただけなんだけど……とりあえず、信じてくれた?」


「……ああ、だがミコトの話だと確か君は武人としての能力は使えないんだろう?」


 信じる信じない以前に今は時間が惜しい、暴走したククルを止めて一刻も早くカシム博士の体がある塔を上らなければならないのだ……少なくとも自我は取り戻しているのであろう目の前の白髪を揺らす少年を疑って、わざわざ敵対する理由は無い。


「うん、能力は使えないけど……それでも体は動く、今が一番動かなきゃいけない時みたいだしね」


 少年が俺に背を向けてククルの方を向き、両手を横に突き出した……すると袖口から鋭い刃が飛び出した、あの鋼の爪が少年の得物らしい。


「君……名前は?」


「イブキ、もう少しロマンチックに改めて自己紹介するつもりだったけど……仕方ないね」


「そうか、イブキ……だが俺達の手でロマンチックな世界に持っていくのも悪くないだろ?」


「……あはは、ミコトのちゃんの言ってた通り面白い人だね! ミドーさんって」


「そりゃどうも……いくぞ!」


 笑みを浮かべるイブキの横をすり抜けて低い姿勢のまま切り上げるようにククルに斬りかかる……大きく体を逸らして一撃を躱したククルは勢いを殺さぬまま反時計回りに回転し、不自然な姿勢のまま俺の頭部に向けて回し蹴りを繰り出す……とんでもない反射神経と対応力だ、生半可な相手ではまるで歯が立たないだろう。


「させないよっ!」


 鋭い蹴りが眼前にまで迫ったところでイブキが飛びかかり、姿勢を崩したククルの繰り出した蹴りは明後日の方向の空を裂き、更なる反撃を許さないと言わんばかりに叩き込まれたイブキの爪による斬撃は即座に後方に飛び退いたお陰で致命傷にはならなかったようだが、しっかりとククルの胸元にバツ印の傷を負わせた。


「……相当酷い拒絶反応が出てるね、反応が早い時と鈍い時がある」


「ああ、だがそれだけに厄介だ……油断するなよ」


「もちろん分かってるよ……っと!」


 俺に返事をしながら首を横に逸らしたイブキの頭があった位置に歪な形の鉄パイプが素早く突き出された、並みの反射神経なら頭を貫かれていてもおかしくない速度だ……しかしイブキの口元には余裕そうな笑みが絶やさず浮かんでいる。


「それじゃダメ、その程度じゃ僕にすら勝てないよ?……ま、もう関係無いか」


「ぎっ……!」


 突き出されたままの腕を掴み、自分の元へと引き寄せるとククルの口から小さな悲鳴が漏れて動きが止まった……ほんの一瞬の出来事だったので俺の目には何が起きたかまるで分からなかったが、引き寄せた際にイブキの爪がククルの胸を貫いたようだ。


「ミドーさん、塔への扉はあっちだから早く行ってあげて……ここは僕に任せて大丈夫だけど、あっちはミドーさんがいないと厳しそうだから」


 見ればククルの手に再び力が入っている、あれでもまだ死んでいないらしい……確かにイブキの言う通り、これ以上時間を食うのは避けたい。


「……すまん、任せた!」


「うん、任された」


 ブレードをしまい、イブキの指差した方へと駆けだす……扉はすぐに見つかった、金属の擦れる不快な音を響かせながら開き中へ入るとひんやりとした空気が頬を掠める。


「……ちっ」


 上を見上げると二つの登り口から絡み合うように伸びた螺旋階段しかなく、エレベーターの類は無い……思わず舌打ちをしながらも階段を一気に駆け上がる……イブキはサチ達が厳しい状況だと言っていた、どうにか間に合ってくれと何度も心の中で祈りを叫びながら最上階の扉を力一杯蹴り破った──。

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