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第四十四話 スニーキング・サイン

「っ……!」


 ハッとして周囲を見回すと既に俺を助けてくれたであろう協力者の姿は消えていた、装備の他にもご丁寧に置いてくれていた時計を見ると記憶を抜き出してからまだ三十秒も経っていないようだ……記憶の抽出直後の脳が疲労している感覚はあるが、休んでいる暇など無い。


「……行くぞ!」


 自分に言い聞かせるように声に出すと独房を飛び出した……まず最初の目標はここより三階層上にあるコントロールルームに侵入し武人施設側のゲートのロックを解除する事、今は俺が捕まっているので警備もこちら側に集中している筈だ……ロックさえ解除すればサチ達が侵入するのは容易いだろう。

 つまり逆を言えば俺が成功しなければ何も始まらないという事でもある、そんな事を考えながら通路を走っていると通路の突き当り、T字路の左側から人の話し声が聞こえてきた。


「……そういや今日、ノームの奴が捕まったんだろ?」


「ああ、今は独房に監禁されてる筈だ」


 ステルスコートを着ている俺が奴らの目に留まる事は無い、見つかる心配は無いが……だとしても通路の天井に張り巡らされたダクトにしがみ付いている今の状況が楽な訳では決して無い、温かそうな飲み物を手に優雅なものだ……早くどこかに行ってくれ……!


「ノームか……散々俺達の事を欺いてくれたからな、その面でも拝みに行くか?」


「っ……!」


 マズい、会話の内容もそうだが固定が甘かったのかブレードの柄がベルトから外れそうだ……俺の体から離れたらステルス効果が消えてしまうし、そもそも音で気付かれてしまう。

 焦るなと思えば思う程心臓は鼓動を早め、ブレードは少しずつ重力に従って下がっていき……ついにベルトから外れた!


「止めとけよ、下手な事をすりゃ減俸じゃ済まないぞ? それに今見なくても明日には刑が執行されるんだ、その時に好きなだけ見りゃいいだろ」


「……だな、最近の代表の様子もおかしいし……目ぇつけられるのは御免だ」


 談笑する警備兵達の声が徐々に遠くなっていく……どうやらやり過ごせたようだ、床に降りて寸前のところでキャッチしたブレードの柄を睨みつける。


「頼むぜホント……こんなヘマして失敗したらあいつらに顔向け出来ねぇっての……」


 ボソリと呟き今度こそしっかりとブレードを固定する、目標のコントロールルームはあと二階層上……あまり時間もかけていられない。

 周囲を警戒しながら通路を進み、階段を上りながらも思考は止めない……先程の警備兵の話の内容からもカシム博士がゴースト化したのはつい最近のようだ、多少の違和感は与えてしまっているようだがおかしい程度で済んでいる辺りをみるにキチンと意思疎通は取れているらしい……何という精神力だろう、余程この世に執着があるようだ。

 ディアはカシム博士の肉体は死に瀕していると言っていたという事は現代の医学でも治療できない重病にでもかかったのだろう、恐らくかなり前から自らの死期を悟り……苦悩の末に辿り着いたのだ、武人という新たな肉体の量産方法に。

 ククルも最後は子供など嫌いだと叫んでいたし、俺が知っている子供達を救うと言っていた奴らの言葉は全て噓だった……いや、一人だけ残っていたか。

 結局サチの記憶を持ったまま逃げ出したククルの事は気になるが……俺達の、いや子供達の最後の希望だけは必ず救い出さなければならない。




『侵入者を発……ガガッ』


「……ちっ、分かっちゃいたが本当に数が多いな」


 通路の陰から様子を窺っている俺を発見したドローンを即座に停止させる……警備兵はあまりいないが、ドローンの数は明らかに増えてきた、恐らくカシム博士自身が疑われる面倒を避ける為に人間よりも余計な疑問を抱かないドローンを配置したのだろう……こちらとしてはありがたいが、さすがに全方位を警戒するのは厳しく全く見つからずにというのは不可能に近い。


「……なんて、ただの言い訳だよな」


 握り拳を作った右手で額を数回殴り気合を入れ直し、脳内で響く鈍い音が消える前にしっかりと目を開き周囲にくまなく視線を巡らせる……コントロールルームはもう目前、しかしここから見えるだけでも相当な数のドローンが飛んでおり、全てを掻い潜るのは至難の業……というより無謀だ、しばらく考えた後に天井を見上げ……諦めたようにため息をつく、狭い場所は好きでは無いが……選択の余地は無さそうだ。




「はっ……ワクワクするね、全く」


 天井に張り巡らされたダクトの内部に侵入した俺はボソリと皮肉を漏らす、今の俺の絵面だけを見れば遠い昔に見たスパイ映画を彷彿とさせるが実際の感想は狭い・暗い・息苦しい……だ、決して快適ではない。

 文句なら百個言える自信があるがコントロールルームに辿り着くルートはこれしかないと自分に言い聞かせて匍匐前進で進んでいく……少し進んだだけでも肘が痛み始めた、もしスパイ映画をもう一度見る機会があったなら考える視点そのものが変わりそうだ。




「……あそこか」


 メモリーキーに登録してあるアカシック・コーポレーションの本社の簡易的な地図とダクトの隙間から見える景色を照らし合わせると、どうやらコントロールルームの真上まで辿り着けたようだ……ダクト内にセンサーの類が無くて本当に良かった。

 コントロールルーム内にいるのは警備兵が二人とドローンが四、いや五機……数が逆なら別の手を考え宇r必要があったが、これなら問題なく制圧できそうだ。


「ドローンの装備は……ニードルガンだと? しかも麻痺毒付きって……これなら記憶をいじる必要も無さそうだな、朝日が昇ってもお前らはおねんねだ……っと」


 全てのドローンをハッキングした数秒後、下から苦しむ警備兵の声が聞こえてきた。

 僅かな呻き声が止まるのを確認してからダクトを切り抜き、コントロールルーム内に降り立つ……もちろんドローン達は反応せず、二人の警備兵は床に転がっている……死んではいないと思う、うん多分。


「……聞こえるか? コントロールルーム内に侵入した、今からそっちの鍵を開ける」


『ミドー! 良かった無事で……』


 通信を繋ぐとすぐにサチの声が飛び込んで来た、進入中なのでこちらからかけるまで通信を繋ぐなと言っておいたのだが……ずっと待機していたようだ。


『良かった……協力者とは会えたみたいっすね』


「ああ、とは言っても覚えてはいないんだが……ちゃんとこなしてくれたよ」


 俺の独房の扉を開けた協力者はミコトの用意した人物だ、それだけに不安だったらしい。


「二人共、ここからは時間との戦いだ……異常に気付いた奴らがわんさか押し寄せてくる前に全部終わらせるぞ!」


『了解っ!』

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