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第四十三話 フェイク・フェイス

「止まれ! この姑息な記憶泥棒め!」


「はっ……はっ……ふぅ……」


 背後から浴びせられる罵声とセキュリティドローンから発せられるけたたましい警報を一身に受けながら迷路のような上層の路地を駆け抜けていく、ステルスコートも無くブレード等の武器類も無いので反撃も出来ずただ走るだけというのは存外辛く……早々に息切れしてしまっている。

 ……それに警備兵の奴らめ、有利な立場だからって好き勝手言い過ぎではないだろうか? 確かに俺は記憶を盗むが、それだって放っておけばブラックマーケットに流れるものを掠め取っているに過ぎない……まぁ他の奴らがどういう記憶を盗んでいるかなんて知らないし、奴らは記憶泥棒に違いがあるかどうかなど考えすらしないのだろうが。


「……っ!」


 やがて三方をビルの壁面に囲まれた場所へと出てしまった……行き止まりだ、即座に振り返るが警備兵とドローンの波はすぐ目の前まで迫って来ている。


「観念しろ! 両手を挙げて、武器を捨てろ!」


「……何も持ってねぇよ、ノロマ共め」


 言われた通り両手を挙げて降参だと示す姿勢をとるが浴びせられる罵声が止む事は無く、警備兵共が次々に湧いて来てはこちらにスタンシューターを向けている……さっさと所持品を検査して拘束すればいいものを、結局最初の一人が俺に触れるまでに警備兵十三人ドローン八台という大家族が揃ってしまった。


「手配中の記憶泥棒、ノームの拘束を確認!」


 倒れた俺を押さえ込む警備兵の一人が勝ち誇ったように高らかに叫ぶ、その声を聞いた俺の口元が歪むのを誰も気付いてはいないのが実に滑稽だ。




「おら、刑の発表は明日だ。それまでここで大人しくしていろ!」


「っ……てぇ……」


 目隠しを着けられたまま長い廊下を延々と歩かされたかと思うと不意に尻に凄まじい衝撃が走った、体が大きくよろけたが両腕が後ろ手に拘束されているのでろくに受け身も取れないまま床に倒れ込んでしまう……そんな俺の様子など知った事かと言わんばかりに背後で重い扉の締まる音、続いて電子錠がロックされる音が響いた。

 ……長く記憶泥棒を続けていればいつかこんな日が来るかもとはぼんやりと思ってはいたが、まさか実体験出来る日が来るとは思ってもみなかった……しかし本当に捕まるのが俺で良かった、サチやミコトをこんな目に遭わせる訳にはいかない。


「……よっと、しっかし動きづらいなコレ……」


 後ろ手のまま起き上がるというのはなかなかに難しい……どうにか体を起こしてため息を一つつくと、ようやく条件を一つ達成した実感が湧きホッとする。

 ──数日前、ディアがカシム博士の手によって隔離されてからというもの俺達はどうにかアカシック・コーポレーションの本社に忍び込むルートを探ったが、結論から言うとそんなルートは見つからなかった……やはりディアという内部ルートに精通した者がいないとサチの記憶を盗み出した時のようにはいかない、時間が無い事への焦りもあって思考も巡らず行き詰っていたところに天啓とも言うべきひらめきが俺の脳裏に浮かんだ。

 それは以前にドクから聞いた噂だった。何でも上層には犯罪者を拘束しておく施設が二つあり、通常の殺人や金品の泥棒といった犯罪であれば集団刑務所に送られるが、ハッカーや記憶泥棒といった技術的な犯罪者はその記憶を強制的に提出させられてから刑にかけられる為、記憶犯罪専用の刑務所が存在するという……しかもその場所はアカシック・コーポレーションの本社、その敷地内にあるという。


「そんな話、信じられるの?……はぁ!? ミドーが入る!? だめ、待って! 違う、調べるのはもちろんだけど……ドクの話でしょ? それに世間話の時にって……」


 ここへ来る前の会話を思い出し思わずクスリと笑ってしまう、サチは最後まで渋っていたし俺が入ると言った時の狼狽っぷりったら……毎度毎度心配をかけてばかりで悪いとは思いつつ、自分が幸せ者だと思えるのもサチのお陰だと胸に灯る温かな気持ちで実感する。


「……あ、でも確かに見た事あるっす! 武人施設に居た頃、武人候補じゃない人が何かの建物に連れていかれてるところ!……おにーさんの言ってるところって、もしかしてそこじゃ……ひっ!」


 ありがたい後押しだったが、最後まで言い切らない内にサチに物凄い形相で睨まれていたんだったか……目が泳ぎ、冷汗をこれでもかと垂らすミコトには申し訳ないが結局それ以上の案は生まれず、賛成二と反対一で方針は定まった。

 内容としてはシンプルだ、適当な記憶泥棒の犯罪者リストから選んだ奴の姿を疑似記憶として重ね合わせる事で、俺は誰の目にもノームとかいう奴の姿として誤認するようになった……ここに鏡が無いのが残念だが今の俺は瘦せ型で長い銀色の髪を垂らしている筈だ、仮にこの部屋に鏡があったところで今の俺には見えないのだが。

 ……そういえば一つだけ気になるところがあった、サチが俺に疑似記憶を仕込む際に妙に手慣れているような気がしたのだ、まるで以前にもやった事があるかのような……。


「……いや、さすがに考えすぎか」


 基礎を教えたのは俺だ、恐らくサチに向いていた作業だっただけだろう……何にしてもフェイズの一つクリアと同時に敷地内への侵入も成功、後はこの拘束部屋から出るだけだが……そんな事を考えていると、誰かが近付いて来る足音が聞こえてきた。


『注意、この先は犯罪者の拘束房です。無許可での接触は禁じられて……』


「分かってるよ、僕は確認の為に来たんだ。ほら、許可証もある」


『……確認しました』


 厚い扉越しなのでくぐもってしか聞こえないが、何者かが扉のすぐ向こうまで辿り着いたらしい……金属の扉が二度ノックされ、更に三度重ねてノックの音が響く。


「っ……!」


 その音を合図に扉の向こうにいる四台のセキュリティドローンをハッキングして停止させ、ついでに腕の電子錠を壊して外すと腕を大きく回して固まった筋肉をほぐす。


「へぇ……やるね、さすがハッカー」


「元、な?……ところでそれは、何の仮面なんだ?」


 目隠しを外していると拘束房とやらの扉が開き、一人の武人が入ってきた……小柄で髪は白く、声から察するに少年のようだ。


「僕は鎌鼬(かまいたち)の武人だよ、名前は……いや、そんな事聞いてどうするのさ、今から記憶を抜くんだよ?」


「おっとそうだった……まぁほら、自己紹介って大事だろ? 忘れるにしてもさ、俺は……」


「ミドーさんでしょ、ミコトちゃんから聞いてるから知ってる。自己紹介でも何でもいいけど、慣れ合うのは全部終わってからでしょ……成功しなきゃ、僕達に未来なんて無いんだからさ」


「……だな、んじゃあさっそく始めよう」


 左腕に着けた不可視状態のメモリーキーを差し出すと少年が手探りで場所を探し当てて抽出機を接続した、この先に駅にもあったような記憶を遡って警報を鳴らす装置があるからだ……故に彼と、ここまでの経緯に関する記憶を消す……もし仮に俺が捕まっても彼に迷惑がかからないようにだ。

 彼──鎌鼬の武人はディアが保護していた自我を取り戻した武人の中の一人だ、俺を助ける役はミコトが立候補していたがディアが捕まった以上ミコトも裏切り者として認識されている可能性が高く、どうしたものかと思っていたところにミコトが名前を出したのが彼、鎌鼬の武人だった。

 武人の姿に変身こそ出来るがまだ本調子ではなく、戦闘能力は無いに等しいが扉を開けるぐらいなら……と協力してくれた、もちろん俺の為などではなくディアの為……ディアは子供達に一方的に想いを持っているつもりだったようだが、子供達もまたディアに強い恩を感じていたようだ。


「……ねぇ、本気で出来ると思ってるの? 博士を止めてディアを助ける、なんて事がさ」


「出来る……って言い切れりゃカッコいいんだろうけどな、正直分からん。でもやってみせるさ、俺みたいな野良犬にだって守りたい存在ぐらいいるんだからな」


「ふーん……じゃあ忘れる前に僕から最後に三秒間だけ自己紹介してあげる」


 接続された抽出機のスイッチが押され、一瞬視界がグラついた……記憶を変更した際に起きる、一時的な眩暈のような症状だ。


「僕はイブキ、もし全部終わってミドーさんが無事だったら……その時はもう一度自己紹介してあげるよ」

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