第四十一話 エレベーター・トーク
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ディアともう一度話がしたいという俺の要望を快く引き受けたミコトが先導して俺とサチを招いたのは以前のような廃棄された建物の一室……ではなく、上層にあるホテルだった。
一般の客用のエレベーターではなくミコトのメモリーキーをかざす事で使用できる専用のエレベーターに乗り込み、いくつか並んでいるボタンの中から一つを押し込んだ……エレベーターがゆっくりと下降を開始するとミコトがこちらに振り向き、満面の笑顔を浮かべる。
「これはアタシのように自我を取り戻した武人専用のエレベーターなんす、一フロアに一人なので他の武人と鉢合わせたりはしませんよ」
「良いところに住んでるなぁ……実は武人って結構なマネー貰ってるのか?」
「まさか、ディアが全部用意してくれてるだけっすよ。まだ目覚めた武人は少ないっすけど……予定地は他にもあるって言ってました、ああそれと……ロビーを通った時にお二人が映った映像なんかは自動で消されるので安心してくださいね?」
「なら良かった、帰り際に管理室を襲う手間が省けた」
「それは……警備の人、命拾いしたっすねぇ」
サラっと言い放ったサチの言葉にミコトがあんぐりと口を開け、次の瞬間にはケラケラと笑い始めた。
耳を塞いで二人を見れば可愛らしいものだが、二人の口から出る言葉は時々猟奇的な事があり倫理観がやや欠如しているかのような気もする……いや、どちらかと言えば古い固定観念に囚われているのは俺の方なのだろう。
彼女達がブレードや刀を持って対象を斬る事を良しとしているのだから倫理など既に無いか別の形へと変化しているのだ、であれば今の形に即しているのはむしろ彼女達の方という事になる……こんな事を考えるようになるとは、俺も年を取ったか。
「おにーさん? どうかしましたか?」
「ん?」
ふと顔を上げると二人の少女が心配そうな表情でこちらを見ていた……どうやら考え事に集中するあまり何かを聞き逃してしまったようだ。
「あの、やっぱり変でしたかね? アタシはおにーさんの事を味方だと思ってますけど、もしかして武人の部屋に招かれるなんて……嫌でした?」
待って欲しい、何故そうなる? サチも何故そんな表情を……いや違う、あの顔は『全部分かってるけど、面白いからもう少し見てよう』って顔だ、俺を責めるようにジトリと見つめてはいるが歪みかけた口元が隠しきれていない。
「違う、そうじゃなくてだな……改めて俺が普通に生きていた頃とは違うんだなって感じただけだ、こんな事言うのもジジイみたいで嫌なんだがな」
「普通に生きていた頃……っすか」
「ああいや違う! 別にミコトの生き方を否定している訳じゃなくてだな……ああもう面倒くせぇ!」
相手に気持ちを伝えるというのは本当に難しい、言葉は幾つもある筈なのにどうしてこうも伝わらないのか……堪らず大声を上げた俺は両手を振り上げ、大人ぶった自分を捨て去るように両手をサチとミコトの頭に乗せると二人の髪を乱暴に撫でた。
「わひゃっ……お、おにーさん?」
「もう決めたぞ、俺は今決めた! サチはもちろんだがミコト、俺は今この瞬間からお前の味方だ! これまでも味方のつもりだったが、もーう吹っ切れた! 武人が何だ、ついでにディアの味方もしてやるってんだよ!」
狭い箱の中で俺は何叫んでいるのかと冷静な俺が顔を出しかけたが無理矢理心の奥へと押し込む、全てが逆だった……言葉が無数にあるから歪んで伝わったりするのだ、こういう時は無様なくらいまっすぐでいい、全部吐き出したお陰か妙にすっきりした気分だ。
「……あ、すまん」
自分勝手な満足感に浸っているとミコトの髪がいやに指に絡んでいる事に気が付いた、髪の短いサチと同じ調子で撫でたはいいが束ねて横に流すくらい長い髪をもつミコトには少し乱暴すぎたかもしれない。
「わはぁ……いえいえ、アタシは頑丈なのが唯一の取り柄っすから……なんなら、もっと乱暴にしてもいいっすよ?」
「っ……」
束ねた髪をいじりながら頬を染めるミコトに思わず胸がチクリと高鳴る、のぼせ上がりかけた気持ちを首を振って振り払いながらサチの方を見ると再びジトリとした視線が向けられていたが……今度は本気の睨みである事など痛いぐらいに伝わってくる。
何かをする度に墓穴を掘る俺を誰か助けてくれという気持ちが伝わったのか、エレベーターから到着を知らせるベルが鳴り響いた。
柔らかいカーペットの敷き詰められた静かな廊下に降り立つとすぐ正面に両開きの扉が佇んでいた、廊下は広いが他に扉は無く、ここがミコトの部屋のようだ……左右に伸びた廊下の先を眺めてみるが途中で途切れているらしくどこかに繋がっている様子は無い、何故あんなにも不自然なのか少し考え……一つの答えに辿り着いた、恐らくこのフロアは四方で俺達が乗ってきたような専用のエレベーターがそれぞれに存在するのだ、つまり一人につき四分一の広さのフロアが与えられているという訳らしい……それでも十分すぎる広さだが。
「どーぞおにーさん、お姉ちゃんも。わはぁ……初めてのお客様っす!」
一言礼を言ってミコトが開けてくれた扉を潜ると鼻先を冷たい空気が掠めた。
ミコトの部屋は良く言えば機能的、悪く言えば無機質な部屋だった……白と灰色を基調にまとめられた床と壁、天井には長い白色照明がきっちりと等間隔で並んでおり二段ほどの下り階段と共に四角に広がるスペースにはソファと食事用であろうテーブルが置かれ、部屋の中央には金属製の螺旋階段がロフトへと伸びている……恐らく上が寝室なのだろう、隅に設置された大型の通信機か何かの機械はともかく簡易的なキッチン以外に生活感を感じるものは無く、唯一特徴があるとすれば壁際から二列に並んで棚に置かれた複数の水槽ぐらいだろうか? 近くにソファがあるので時々眺めているのだろうが水槽の中には魚などはおらず、沈められたエアーポンプだけが延々と空気を吐き出している。
「これはまた……過ごしやすそうな部屋だな」
「何にも無いね、物とか置かないの?」
どうにか選んだ俺の言葉をバッサリとサチが斬り捨てた、時には言葉はまっすぐでいいとは思ったとはいえ……今は曖昧な表現というやつに頼ってもいい場面だと思うのだが!
「考えた事はあるんすけど、なんかよく分かんなくなっちゃって……これじゃダメっすかね?」
「ダメっていうかそもそも何も無さすぎるし……別にあれこれ置けばいい訳じゃないけど、例えば……」
サチの広さを活かした家具やあると便利な物の話にミコトが興味深そうに頷いている、あまりにストレートに言うのでどうなるのかと思ったが……時にはああいう言い方もアリらしい。
二人の年齢を足して倍にしても俺が生きた年数には届かないというのに、二人には教えられてばかりだ……微笑ましい光景を中断させるのは心苦しいが、今日はここに来た理由がある。
「……ミコト、悪いけどディアへの連絡を先に頼めるか?」
「あっ……ごめんなさいっす、今すぐ始めるっすね!」
ハッとした表情を浮かべたミコトが部屋の隅にある大きな機械の元へと向かった、やはりあれで連絡をとるらしい。
「……ごめん、ミドー」
「ん? いやいいさ。興味深い話だったし、今の問題が解決したら改めて聞かせてくれるか?」
「……うん」
少し俯いたサチの頭を今度は優しく撫でてやると僅かに頷いた、俺だって状況が許すなら二人が楽しそうに話しているのを眺めている方が良いに決まっている。
「さっきの鵺の武人だけど……ミドーはどう思う?」
「そうだな……考えられる正体としては良くて精神操作、或いは憑依する能力を持った武人ってとこだな」
「だね、私もそう思う。あの鵺の武人は明らかに自分の意思に反して閻魔の武人に変身させられてたみたいだったし……でも、良くてって事は悪いパターンもあるの?」
「……何すか、これ……ディアが、消えてるっす」
俺が口を開く前に信じられないといった様子で動揺したミコトがよろけながら機械から数歩後ろに下がった……嫌な予感というものは本当に当たるものだと心底嫌になる、チラリとミコトに向けた視線を外しサチに向き直るとボソリと最悪の事態を呟いた。
「最悪なのは……あの鵺の武人を操っていたのがカシム博士本人だった場合だ、そうなった場合……俺達の事なんかすぐにディアのデータを通して筒抜けになっちまうからな」




