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第四十話 アブノーマル・メタモルフォーゼ

 ──最悪だ。

 目的であったサチの記憶は回収済み、後は撤退するだけ……の筈だった、多少のトラブルや腑に落ちない点はあったがそれでも今日を無事に終え、明日を迎えられると本気で信じていた。


閻魔(えんま)の、武人……!」


 だがこれは何だ? ククルの妨害に遭い記憶を奪われあまつさえ生まれる事を阻止した筈の閻魔の武人が立ち塞がるだと?……まるで神と運命が揃って敵に回ったかのような気分だ、僅かに救いがあるとすればククルが驚きの声を上げている事からも分かるように、別に奴と閻魔の武人が手を組んでいる訳では無いであろうという事か。

 逃げ出したい、今すぐにでもサチとミコトを抱えて数センチでも遠く奴から離れたい……だが逃げてどうする? ここは上層、それも大通りから離れた人気の無いビルの隙間の路地裏だ……言ってしまえばどこにいても奴の胃の中、胃酸で溶けるのが早いか遅いかの違いしかないし無様に走ったところで逃げ切れる訳が無い。


「が……あ……!」


 そんな事を考えている俺の目の前から閻魔の武人の姿が消え、次の瞬間にはククルの左腕を鋭い刃が貫いていた。

 形状は刀、刀身は長いがミコトのものよりも少しだけ短く……一番の特徴は柄から切っ先に至るまで全てが黒一色な事だろう、暗闇をそのまま刀にしたかのようなそれは今のような夜闇の中では非常に捉えづらく、その証拠にククルですら自らの体が貫かれた事に一瞬気付いていなかったように見える。

 刺した時と同じく素早く刃が引き抜かれる、衝撃でククルの体が数歩閻魔の方へ引き寄せられ……左腕からはおびただしい量の血が垂れては地面を赤く染めている。


「……何だこれは?」


 いつの間に掠め取ったのか閻魔の武人が円柱状の装置を左手で掲げながら首を傾げている、あれは抽出機ではなくミコトを操る為に使用した装置だ……しげしげと眺めた後、興味を失ったのか装置を地面に落とすと勢いよく踏みつけて破壊した。


「あっ……」


 装置が破壊された事で操作状態が解かれたのかミコトが刀を地面に落としながら力無く座り込んだ……息も荒い、チラリとこちらに申し訳無さそうな視線を向けているが慰めるのは後だ、もっとも……その後というのが俺達にあるのであれば、だが。


「……? お前は確か、ディアが目をかけていた武人か? 何故こんな場所に……」


 座り込んだミコトの方へ目を向けると閻魔の武人が再び首を傾げた、先程から喋っているという事はこの武人は少なくとも洗脳状態ではないようだ……目的は盗み出した記憶を取り戻す事のようだが、情けを見せている様子といい言葉を解するのであればこの状況を脱する事も出来る……かもしれない。

 少なくともほんの僅かな希望は見えた、しかしまだ足りない……目を凝らせ、流れに身を任せるな、明日を掴む為のカケラをかき集めるんだ……!


「……!」


 傾げている首元に目を凝らすと何かが見えた、傷痕? 痣のようにも見える。

 赤く、痛々しく脈打つそれは古傷のようには見えず、よく見れば甲冑の隙間から見える素肌の至る所にも同じ傷痕が広がっている。

 違和感……そうだ、この閻魔の武人からは先程から違和感しか感じられない。本来アカシック・コーポレーションの本社を守る為だけの武人が何故こんな路地裏にいる? それに閻魔の武人の候補がいないからこそカシム博士は躍起になってサチのクローンを作り上げようとしているのではないか、それに何より……既に閻魔の武人が存在しているのであればサチの武人としての記憶に価値など無い筈だ、様々な違和感を重ね合わせると一つの仮説に辿り着く……確信は無い、だがこのまま終わるよりは余程マシだ。

 痺れも抜け、既に体も動く……後はタイミングを待つだけだ、そんな事を考えていると重傷を負ったククルが突如踵を返し武人に背を向けて逃げ出した。


「っ……ま、待て……!」


 ククルを追おうと武人が速度を上げるが最初程の速度は出ていない、それに反応が一瞬遅れたようにも見える……結果的にククルを助ける事になってしまうが、正面からの勝算が無い以上このタイミングを逃す訳にはいかない、素早く懐に手を突っ込むとリング状の武具を六つ取り出し宙に放り投げる。


「リッパー、行けぇっ!」


「なにっ……ぐっ!」


 空中を自在に移動し縦横無尽に襲いかかるリッパーの攻撃を防いではいるが動きが鈍い、不意打ちとはいえ閻魔の武人クラスがこれほど手間取るとは……やはりこの武人は明らかに何かがおかしい!


「ミドー!?」


「おにーさん正気っすか!? 相手は閻魔の武人っすよ!?」


「違う! こいつは……こいつは少なくとも閻魔の武人なんかじゃない!」


「マジっすか!?」


 サチとミコトが驚きの声を上げる、不意打ちでどうにか体勢を崩しているとはいえ相手は武人……俺一人では厳しいが、かといって説明している暇は無い。


「バイパーファング!」


 俺を信じて二人が動いてくれる事を期待してステルスコートへと変身するとコートの脇から二本の黒いワイヤーアンカーを武人の左腕に向けて伸ばす、先端が二叉に分かれており蛇の頭のように対象に噛みつかせる事も出来る……飛びかかったファングが一瞬にして左腕に巻き付き、縛り上げたのを確認すると武人の右腕にも同じ物が伸び絡みついた……チラリと横を見るとサチがこちらを見て頷いた、さすがは俺のパートナーだ。


『ミコト!』


「っぜりゃああああ!」


 サチと同時に叫ぶとミコトが長刀を高く構えた姿勢で高く飛び上がり、謎の武人に向けて思い切り振り下ろした。

 頭や首を逸らし致命傷は避けたようだが武人の胸部から腹部にかけての甲冑は切り裂かれ、重傷を示すかのように鮮血が吹き出した。

 血が吹き出す直前、露わになった胸部にもびっしりとあの謎の傷痕は広がっていた……間近で見て確信したが腐り、膿んでいるかのようなあの傷痕はどう見ても肉体に重い負荷がかかっている証拠だ。


「ぐぅ……おのれ、貴様ら……何者だ」


 両腕を拘束され、傷痕も深く苦しそうにしているがその目は死んでいない……それに何者だ、はこちらのセリフだ……破壊された胸部の隙間から見える膨らみを見るに女性である事は間違い無さそうだが、喋り方といいまるで老齢の男性を相手にしているかのような気になってくる。


「盗人はどこに……ダメか、この体はげん……かい……」


 武人が力無く項垂れるとファングから感じる重さが増した、ミコトが武人に近付き首元に手を当て……こちらに向き直ってゆっくりと首を振ってみせる、どうやら事切れたらしい。


「ククルは……逃げたか、くそ」


 周囲を見回してククルを探すがあの重症にもかかわらず逃げ切ったようだ、逃げられるのも覚悟の上だったが……やはり歯痒い。


「今は放っておきましょう、それより……おにーさんが大正解っす」


「正解って、何が……」


 振り返り、謎の武人の死体の方に目を向けると仮面が変わっていた。

 先程までは鋭い角の伸びた鬼だったが今はどう見ても猿……獅子のようなたてがみのついた猿の面を着けている。


「これってもしかして……(ぬえ)?」


「さすがお姉ちゃん、こいつは閻魔の武人ではなく鵺の武人……他の武人の姿を真似て能力を変化させる事が出来る武人っす、格上の武人に変身する事も出来ますがとてつもない負荷がかかります、この傷はそのせいっすね……記憶を取り戻す為とはいえ、とんでもない無茶をしたみたいっす」


「他の姿に変身する武人……そんなものまでいるのか」


「……だとしてもその変身、本当にこの武人の意思だったのかな……?」


 ボソリと呟いたサチの言葉に俺もミコトも押し黙る、明らかに無理をしていた変身に加えてあの言動……違和感の正体はやはりそこに行きつくだろう。


「何にしても体勢を立て直す必要があるな……ミコト、ディアと一度話したいんだが……出来るか?」


「ふふん、任せて欲しいっす! 今すぐ案内しますね!」


 自信満々に胸を張るミコトに頷くと空を見上げてホッと息を吐き出す……どうにか繋いだ、俺はまだ息をしていたい……いずれ空に溶ける事になるとしても、それはまだずっとずっと先の話だ。

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