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第三十九話 スタンフラッシュ・エントリー

「ふっ……ぐぅ……」


 今すぐにでも立ち上がりたいが無様に肩を揺らす事しか出来ない、脳は動いていても動けという命令が肩の辺りで遮られているかのような感覚だ……そんな俺のもがきを見てククルが嬉しそうに目を細める。


「さすがねミドー、普通なら完全に意識が飛んでいてもおかしくないのよ? ふふ、やっぱりそれだけ私の見立てが正しかったって事かしらね?」


「っ……ミス・アージェンスキー、急いで目的の物を」


 口元に指を当て、(ねぶ)るように今の状況を楽しむククルに俺の脇に立っていた男が焦れたように声を上げた……頭には頭部全体をすっぽりと覆う大きなガスマスクのようなものを被り、大きな銃型の何かを両手で抱えている、実銃では無さそうだ……恐らく大型のスタンシューターといったところだろう、それよりも気になるのはこいつらの着ている灰色のアーマーから何本も伸びては体に刺さっているコードのように太い管だ、スタンシューターへ電力を供給する為のものにしてはあまりにも妙な感じがする。

 同じ格好をした男は見えるだけでも六人程か……全員が同じ装備をしている、俺を気絶させたのもあれのせいだろうか? 周囲はビルに囲まれた深い路地裏……あの武器なら目立つ事無く目的を遂行出来るだろう。


「分かってるわよ……はぁ、気の利かない奴らでごめんなさいね? 話は全部終わってからゆっくり……アナタの為ならいくらでも時間を作ってあげるから」


 ククルの不躾な指が俺の懐へするりと潜り込み……サチの記憶の入った抽出機を掠め取った、他にもポケットはあるのにまるで最初からそこにあるのが分かっていたかのような動きだ。

 不思議で堪らないといった俺の視線を受けたククルが少し首を傾げるがすぐに伝わったのか声を上げて笑い始めた、サチのものともミコトのものとも違うそれは俺の耳の中で不愉快にキンキンと響き渡る。


「そんな顔しないの、アナタがなーんにも気付いてないだけなのよ? アナタは私の事をただの依頼主程度にしか思ってなかったんでしょうけど……何度か言ったわよね? 私、意外とアナタの事気に入ってたのよ? お店のチョイスはイマイチだったけどね」


 全て計算ずくだとでも言うつもりかこの女狐は、俺から盗んだ記憶抽出機に口づけしようとククルがゆっくりと顔を近付けると……次の瞬間下水へと繋がる穴から黒い影が二つ飛び出した、一つは灰色の兵士に飛びかかりもう一つはククルに向かって行く。


「お好きにどうぞ? 彼がどうなってもいいならね?」


「っ……!」


 ククルが俺に向けたのは以前俺が奪った事もあるスタンシューターだ、武人を倒すには明らかに威力不足だが人体に向けて射出された電極を直接突き立て、そこに電流を流せばただの人間を殺す程度の威力はある。

 サチのブレードもミコトの刀もあとほんの僅かでも力を込めれば相手の首を飛ばせるだろう、最悪撃たれてもいいからその手をもう一度動かして欲しいとすら思う。

 ……しかしその願いは届かず、ここまで聞こえるぐらいに激しい歯ぎしりの音を響かせた後にステルスコート姿のサチはブレードを地面に落とし……甲冑を身に纏ったミコトも刀を持つ手を下げた。


「……ミドーを返して」


「もちろん返すわよ、サチ。それにしても驚いたわね……餓鬼(がき)とはいえ武人を仲間にしていたなんて、私の知っている子かしら?」


 わざとらしく驚いてみせたククルにミコトは何も答えない、仮面を着けているので表情も分からないがその身から発されるオーラだけで怒っている事はその場にいる誰もが分かっている。


「そういえば……先日私の仲間が殺されたのよね、ミドー? アナタ何か知らない?」


「……?」


 眼前にしゃがみ込みククルが俺の瞳を見つめた……こいつの仲間が殺された? そんな事は初耳だ、というか……今回の作戦にこいつの動向は眼中に無かった、故に知る筈も無い。


「ふーん……本当に何も知らなそうね、それとも……知らされてないだけかしら? ま、いいわ。どうせ大した男じゃなかったし」


 俺からは何も情報を得られないと察したのか諦めたように呟き立ち上がった、そして俺から奪った抽出機をサチの目の前に腕を伸ばして差し出す。


「さ……今度は私の為に働く番よサチ、これを使ってアナタは閻魔(えんま)の武人になるの。そしてこの世界の首を切り落とすのよ!」


「……前の時から思ってたけど、アンタバカじゃないの? 仮にそれで私が閻魔の武人になったところでアンタなんかの命令に従う訳無いでしょ? ミドーは殺されたって私にそんな命令しない、ミドーにフラれたからってこっちにやつ当たりしないでくれる?」


 サチとククル、二人の女性の間で激しく絡みつく二本の雷が見えるかのようだ……しばらく沈黙が周囲を包み込み、先に声を上げたのはククルだった。


「ふふ……あははは! ほーんとガキって生意気、だから私子供って嫌いなのよね」


「それはどうも、それでどうするの? 言う事聞かせる為に首輪でもつけてみる? 生憎私にはミドーに着けてもらったのがあるけど」


 ククルを見下すように顔を上げ、自らの首を指差す……そこには俺があげた赤いチョーカー型のメモリーキーがサチの細い首に着けられている。

 当時用意出来たメモリーキーがあれしか無く、最初に渡した時は他の物が見つかったらすぐに交換すると言って渡したのだが……新しい物を用意してもサチはこれがいいと言って交換を拒否し、結局今日までつけ続けている。


「……ふん、首輪ならとっくについてるわよ。お前じゃないけどね」


「何を言って……」


 抽出機を懐にしまい、俺にスタンシューターを向けながら代わりに短い筒状の装置を取り出すと上部にあるボタンをぐっと押し込んだ。


「はぐぅ……!? うぎっ……!」


「っ!? ミコト!?」


 何かの装置が作動した瞬間、サチの後方に居たミコトが激しく苦しみ出した。

 刀を落として頭を両手で抱え、それでも耐え切れないのか膝を折って座り込むが尚もガクガクと震えている。


「アンタ一体何をしたの!?」


「圧倒的な力をもった存在……武人、最初にかける洗脳があるとはいえそれだけで本当に安心出来ると思う?……サチ、今のお前には効かないけど……あの武人を連れて来たのは正解だったわね。全ての武人の記憶の中に植え付けられた操作信号、それを今オンにしたの」


「ああっ!……嫌、嫌っす……やめて、アタシの中に入らないでっ……!」


 ミコトが震える手で刀を拾い上げ、不自然な姿勢でこちらへとゆっくり歩いて来る……間違いなくククルが操っているのだろう。

 やがて俺の目の前に辿り着いたミコトはその震える手で握る刀の切っ先をこちらに向けた、小さな嗚咽のような声が漏れており仮面の下で泣いている事が分かる。


「ミコトっていうのねアナタ……いい、ミコト? 私が命令したらすぐにその男に刃を突き立てなさい、いいわね?」


「嫌っすよぉ……! ああもう、何でこの体は言う事聞いてくれないんすか! やっとお姉ちゃんが心を軽くしてくれたのに! おにーさんも優しく接してくれたのに! やだやだ嫌っす、もう間違えたくないんすよぉ!」


 とうとう声を上げてわんわんと泣き始めてしまった、きっと今の状況を解決しても彼女は自分を責め続けるだろう……心底不愉快だ、何より自分の甘さには愛想が尽きた。

 何故抽出機をすぐに破壊しなかった、何故何かを企んでいる事を知りながらククルを放置した……全てお前のせいだミドー、相変わらず呂律は回らないが体の痺れは少しずつ取れているし……銃もある、後はタイミングを見計らって……サチに視線を向けて目配せしていると、不意に灰色の兵士の一人が悲鳴にも近い声を上げた。


「おい、あそこに何かいるぞ!」


 あまりの声に全員の意識が一点に集中する……何だ? 暗くてよく見えないが、確かに高いビルの屋上に何かが立っている。


「ぎ、あっ!?」


 少し離れた位置にいた男が悲鳴を上げた、いや……自分が悲鳴を上げた事にすら驚いたかのような表情を浮かべたまま上半身と下半身が切り離され、二つの肉塊が地面に転がる。


「なんだ! どこだ!」


「知るか、何だよくそったれ!」


 どこにいたのか更に十数人ほどの兵士たちが現れ罵声を上げながら闇雲にスタンシューターを撃ちまくるが何者かに命中する事は無く、段々とその声が減っていくのを俺達はただ茫然と見つめる事しか出来ない。


「何……一体何が起きているの」


 ようやく絞り出されたククルのか細い声に捉える事すら出来なかった一つの影がピタリと止まった、既に兵士の中で生きている者はいない。

 ──その姿をようやく視界に捉える事の出来た俺達は皆一様に全身が凍り付いた、今まで見てきたものと意匠は似ているが更に頑丈そうな深紅の甲冑、仮面にはミコトのものと似ているが長く鋭い鬼の角が生えている……勘違いであって欲しいが、その願いは届きそうにない。


「……閻魔の、武人」


 誰かがボソリと、そう呟いた。

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