第三十八話 セカンド・ホープ
「……まるで今は魅力が無いみたいな言い方じゃない?」
「どうしてそういう風に捉えちゃうんすかぁ! そんな事ないですって!」
サチの挑発するような言葉をミコトが大慌てで否定した、当然ミコトがそんな風に思っているなんて微塵も思ってはいないだろう……何を言ってもオーバーなリアクションで返ってくるのでからかうのをやめられないのだ。
「あんまりからかってやるな、それで? 続きを話してくれるか?」
前を歩くサチの頭を軽く撫でて窘める……もちろん本気で注意している訳ではない、それは注意されたにも関わらず嬉しそうに口元を歪めるサチの顔を見れば分かる。
「はい、アタシ達武人が元々は方々から集められたスクラップ・チャイルドだって事はもうご存知ですよね? アタシもその一人でした……とは言ってもその頃の記憶なんて、殆ど無いんですけどね」
「その辺りの話は聞いた事があるな、少し先にあるっていう児童養護施設に預けられて一定の年齢に達したら武人の施設に送られるんだろう?」
「その通りっす、ただ……アタシの場合は回収された時点で既に十二だったんで養護施設の方には行ってないんす、直接武人の育成施設に送られて……訳の分からないまま適正試験を受けさせられました、血を取られた後で適当に集められた者同士で玩具の棒を使って戦いの真似事をさせられたり……何をどういう基準で判定しているのかは分からないっすけど、アタシのランクは七……最低ランクでした」
頭に手を当てて笑うミコトを今度はサチも俺もからかいもせず、また笑いもしなかった……当然だ、必死に生きている少女を勝手に格付けなど出来る筈も無い。
「……そのランクってのは、最終的な武人の種類に反映されるのか?」
「勿論影響はあります……でも一番色濃く反映されるのは個人の思想や性格なんかだと思います、なので餓鬼の武人だから全員がランク七って訳でもないんすよ」
「なるほど……」
つまり……ミコトを悪く言うつもりは無いが、ランク七の餓鬼の武人という事はミコトが最弱の武人という事になるのだろうか?……いや、絡新婦の武人を倒した事を考えるとそういう訳でも無いのか?……やはりまだ力関係がハッキリしない。
「アタシ達は強引に集めさせられて無理矢理武人になる為の訓練や教育を受けさせられてた訳なんすけど……それでも当時のアタシ達にとっては武人となる事が一つの夢みたいになってました、まずはこの訓練を乗り越えて武人となる事……そして一つでもランクの高い武人になりたい、ってね? 今にして思えばあれも洗脳の一つだったのかもしれないっすけど……毎日のように訓練中に倒れてはどこかへ運ばれ、二度と戻って来なかった子を横目で見ては自分はああなりたくないって凄く怯えてたっす……同時期に運ばれた子供同士で組まれたクラスの人数が片手で数えられるぐらいになった頃、新たに数人の子供が運ばれてきたっす……そしてその中に、サチお姉ちゃんがいました」
当時を思い出すかのようにうっとりとした表情でミコトが天井を見上げた、薄汚い純正コンクリートの壁面が彼女の瞳には星空か何かに見えているに違いない。
「アタシが施設に入った段階でいくつかクラスがあったんすけど、正直アタシを含めて全員がゴミでした……いえ、腐るだけの生ゴミと再利用できるゴミくらいの違いはあったんでしょうけどそう大した差は感じず、だからこそ自分は武人になれると信じて疑いませんでした……そんな自信、サチお姉ちゃんを初めて見た瞬間に吹き飛んじゃいましたけどね。血液検査での武人適正は当然の如くランク一、模擬戦では他の子を数分とかからず一掃……施設の職員たちがあんなにざわついたところなんて初めて見ましたよ」
「……凄いじゃないかサチ」
「ミドー、怒るよ?」
軽口を叩くとサチにキッと睨まれてしまった、それにしても当初から高い身体能力を発揮していたとは……武人の記憶を失ってなお高い戦闘能力を有しているとは思っていたが、あれは天性のものだったか。
最低ランクだと自称するミコトであの驚異的な戦闘能力だ、最高ランクのサチに最強の武人の力が加わったらどうなるかなど想像もつかない……ましてや敵となるなんて、最悪のシナリオと言ってもいい。
「サチお姉ちゃんの能力をズルだとか卑怯な事をしているなんて言いがかりをつけてる奴らも当初は少なからずいましたけど、そんな声も訓練の日々を重ねている内にお姉ちゃんに対する形の無い恐怖と共に消え失せていきました……ただ、恐怖を感じたのが子供達だけじゃなく施設の職員も同じみたいだったのが問題でした。日を増すごとに強くなっていくサチお姉ちゃんの事を悪魔だのと呼んで近付こうともしなくなり、最終的には専用部屋と銘打った独房に閉じ込めて育成なんかもディアに丸投げしてしまったんすから」
……それが以前ククルが言っていたサチのいた部屋という訳か、強引に攫っては実験動物にしている癖に実に勝手な話だと腹が立ってくる。
「だとすると……ミコトとサチは直接の面識は無かったのか? 独房って事は、他の奴らと一緒に何かをする事は無くなったんだろう?」
「ええ、その時まではそうでした……でもある日食事を運んでいるディアにお願いしたんすよ、サチお姉ちゃんに会わせて欲しいって……他の奴らはサチお姉ちゃんがいなくなってせいせいしたみたいに言ってましたけど、アタシはサチお姉ちゃんという希望の光が消えるのがどうしても嫌で……当然ディアには断られてしまいましたけど、何度も何度もお願いしている内に食事を運ぶお手伝いをするのを許してもらいました。毎日食事をディアと分け合って運んで……独房にいるサチお姉ちゃんに届けるほんの数分、話もほんの一言か二言だけ……でもアタシにはその数分が、一言が何よりも楽しみになりました」
ディアが妙にミコトに肩入れしていると思ってはいたが、当時から繋がりがあったのか……希望のカケラ、生きる灯を見つけ甲斐甲斐しく世話を焼こうとするミコトを見ていたディアは相当微笑ましく思っていたに違いない。
「そんな生活が続いた頃、とうとうディアによる最終的な武人候補としての結果が決まりました。ご存じの通りアタシには餓鬼の適性が、そしてサチお姉ちゃんは閻魔……あの時の職員たちの慌てようったらなかったすよ」
愉快そうに喉を鳴らすミコト……しかしその笑いは長くは続かずすぐにピタリと止み、声色も真剣なものに変わった。
「武人としての適性が決まったその日の夜だったっす、いつものように食事を届ける為に独房の扉の下にある小さな扉を開けた時……お姉ちゃんがボソリと言ったっす、ここから逃げ出そう……って」
「……!」
それは以前耳にした施設内で起きた武人候補による暴動、あれの事だろう……しかし結果は……。
「アタシは一も二も無く頷いたっす、職員の動向なんかはいつも見ていたので覚えてましたし……アタシの他にもお姉ちゃんに憧れている武人候補は数人程度いましたので戦力的にも十分、何よりお姉ちゃんと一緒にいて負ける気がしませんでした……要するに、アタシはどこまでもバカだったっす……おにーさんはこの話、聞いた事あります?」
「……ああ」
少し躊躇った後に頷いた、この暴動は失敗し……そして、サチは記憶を奪われる事になる。
「全部アタシのせいなんす、アタシがドジってセキュリティドローンのメンテナンスの日を一日間違えちゃって……多勢に無勢、足を斬られて動けなくなったアタシはお姉ちゃんに逃げるよう何度も叫びました、でもお姉ちゃんは逃げずにアタシを狙うドローンを次々に破壊して……アタシを抱えて逃げようとしたんすけど最終的に追い詰められて、捕まったっす……その後の事は、もう全部ご存知っすよね」
背後から鼻をすする音が聞こえる、わざわざ振り向いて見なくてもミコトが涙でぐしゃぐしゃの表情を浮かべているであろう事は想像に難くない……憧れと贖罪、サチに対する好意と罪の意識が混ざり合ったミコトの胸中はさぞや不定形で、定まらない色をしている事だろう。
そんな気持ちを抱えたまま武人となったミコトは俺達の前に現れ、あまつさえ刃を向けてしまった……あの時の叫び声が今でも脳裏に浮かぶ。
いつもにこやかに笑い飄々としているように見えていたが、その心の闇の深さは計り知れない。
「ミドー、もうすぐ帰還ポイントだよ」
「え?……あ、ああそうだな」
サチの声に俯いてしまっていた顔を上げて答える、マップを確認するとサチの言葉通りいつの間にやらもうすぐ最初にここへ降り立ったポイントまで来ていた……ミコトの話に集中していたせいか随分と時が経つのが早く感じる。
……しかしここであっさりと解散して良いものなのだろうか? 吐露させてしまったミコトの気持ちに対して何か反応してやるべきなのではないだろうか?……そう思い必死に脳を回転させるが彼女の気持ちを軽くさせる上手い方法がなかなか思いつかず……やがて帰還ポイントに到着してしまった。
「サチ、その……だな」
「分かってる」
上を見上げればポッカリと口を開けた地上への穴、道具を使えばすぐに上がれる……が、どうにもこのままでは駄目な気がしてサチに声をかけるとすぐに返事が返ってきた。
しかし内容が内容だ、ミコトの正面へと移動したサチがどう慰めるのかと行く末を見守っていると俯くミコトの眼前に手を差し出したサチが……思いきり指に力を込め、ミコトの鼻を全力で弾いた。
「凄く痛いっ!」
これ以上無いくらいに分かりやすい感想を述べながら大きく仰け反ったミコトが自らの鼻を押さえながら姿勢を戻し、涙目でサチの事を見つめた……心底困惑しているのは言葉が無くても見れば分かる。
「な、何するんすか! 鼻が無くなったかと思ったっすよ!」
「だってアンタがずっとボソボソ謝ってるんだもん、これで少しはスッキリした?」
「そ……それはだってアタシがサチお姉ちゃんにした事を考えれば……! いや、確かに謝って済む話では無いんすけど……」
「じゃなくて、アンタは誰に謝ってんの? 私にそんな記憶無いんだけど?」
「っ……!?」
ミコトが言葉を失ったかのように口をパクパクと開閉しているが俺も口をあんぐりと開いたまま閉じる事が出来ない、呆然としている俺達をよそにスカートの裾から短い金属の棒を取り出したサチはそれを八倍程の長さに伸ばして穴の縁に立てかけた……すると棒の脇から足場となる細い横棒が飛び出し、簡易的な梯子へと変化した。
「ほらミドー、早く帰ろ?」
「おお……今行く」
差し出された手を取り先に梯子を上り始めると視界の端でサチが次にミコトに向けて手を伸ばしていた、既に痛みは引いている筈だがまだ鼻を押さえている。
「ほら、アンタも……追手が来る前にさっさと『ここから逃げ出す』よ」
「っ……!」
サチが意識的に言ったのかどうか、それは分からない。
しかしあの日と同じ言葉で誘われ、やり直すチャンスを与えられたミコトは迷いなくサチの手を取り梯子に手をかけた……それを見た俺は思わず吹き出してしまう、こんな強引な慰めがこの世にはあるものなのかと喉を鳴らして笑う声を抑える事が出来ない。
「なぁこの後はどうする? なんならまた一緒に飯を──」
最後まで言葉を紡ぐ前に目の前が真っ白な光に包まれ体が動かなくなる、脱力し梯子から落ちそうになるが何者かの腕に掴まれ強引に上へと引っ張られる……やがてチカチカと目の前を覆っていた光が消え、代わりに見覚えのある顔が視界に現れた。
勝ち誇ったかのような表情を浮かべるそいつはグッと俺の耳元に口を寄せるとボソリと呟いた。
「──ね? だから言ったでしょう? アナタは私達の元に戻って来るって」




