第三十七話 メモリーマップドール
「くそっ……なんだってここはこんなにも複雑な構造なんだよ!」
ミコトから新たに送ってもらったマップを参考に通路を進んでは階段をのぼり、また通路を進んで階段に足をかけたところで悪態をつきながら立体映像のマップを睨みつける、他のルートが無いか確認するがサチのいるポイントへの近道などは見つかりそうにない。
「ミドー!」
「なんっ……おわっ!」
顔を上げると階段の上から一人の少女が降ってきた、反射的に受け止めるが不格好に抱きとめる形になってしまい落とさないようバランスをとろうと反射的に少女の体に顔を押し付けてしまう、鼻孔をくすぐるのは甘くざらついた匂いとべっとりとした血の臭い……怪我をしたのかと一瞬焦ったが、もし怪我をしているのであれば階段から飛び降りたりなどしないだろうと思い直しホッとする。
「……おかえり、サチ」
「ただいま、ミドー……怪我してない?」
「平気だ、そういえばミコトはどうした?」
「ここっす……よっと!」
俺のすぐ隣に着地したミコトがスッと立ち上がり笑みを浮かべた……こちらも怪我はしていないようだ。
「……それで、絡新婦の武人はどうなった?」
「大丈夫、もう私達の障害になる事は無いよ」
腰の辺りを抱き締めて支えているので必然的に見上げながら問い掛けると目を細め、俺の頬に手を添えながらサチが答えた……彼女の言葉よりも雄弁に語る血の臭い、何が起きたのかなど聞くまでもない。
二人がかりとはいえ正真正銘の子供である少女が武人を殺した、こんな話を誰に聞かせたところで信じる奴などいないだろう……降り注ぐような賛辞を送ってやりたいところだが今は敵地、しかもど真ん中だ。
そっとサチの体を床に降ろすと改めてしっかりと抱き締め、二度三度と彼女の小さな体が潰れてしまうぐらいに力を込める……その度にサチの口からは絞り出されるような短い声が漏れ、ゆっくりと体を離す頃には頬は染まりきり蕩けきった表情を浮かべていた。
「帰ろう」
「ん、そうしよ」
振り返るとミコトも軽く頬を染め、何やらもじもじとしていた……同じ事をして欲しいのだろうかなどと思うのはさすがに俺の思い上がりだろう、声をかけるとハッとして付いて来たがやはり何か言いたげに見える……今度話を聞いてみるのもいいだろう、サチの事は分かっているつもりだが子供というのはやはり難しい。
「え……射出薬弾? 培養記憶じゃなくて?」
「ああ、俺も驚いた」
ここへの侵入路である下水へと戻る道中、そもそもの目的である記憶の入った記憶抽出機を懐から取り出し見せてあげると……サチが驚きの声を上げた、事実驚くべき事なのだが俺の教えた事をしっかり覚えているのだと実感できる驚き方をしてくれたので思わず胸の内で嬉しくなってしまう。
クローンとは一つの細胞を複製し新たな命を作り出すものだ、それは記憶から作り出す場合も同じであり……であれば本来必要となるのは射出薬弾形式ではなく培養記憶が最も相応しい。
しかし事実として手元にあるのは射出薬弾の方……これが何を意味するのかは地下の工場を見てきた俺になら分かる──端的に言えばアカシック・コーポレーションは複製のデメリットを恐れたのだ。
クローンの成功率は非常に低い、細胞よりも幾分か成功率の高い記憶を用いたとしても成功率は三割は超えないだろう……数をこなせばいずれは成功するだろうが、そうなると今度は激しい『劣化』が起きる。
劣化とはその名の通り複数回の複製作業のせいで細胞や記憶の品質が著しく低下する事だ、そうなってしまえばサチの下位互換であるクローンしか作る事が出来ず……下手をすれば閻魔の素質も無いクローンが生まれてしまうだろう、要するに本末転倒だ。
「よっと……うへぇ、やっぱりこの臭いはきついっすねぇ」
それぞれの変身を解き、再び下水に降り立つとミコトがげんなりとした表情で項垂れた……俺だってわざわざ口にはしないがこんな場所にはしばらく来たくはないと心の中で同意する。
「まぁ後は来た道を戻るだけだ、多分最初に来た時より時間は短い筈さ」
「はーい……それで、何でその抽出機はシューター……なんとかの形なんすか?」
「さっきも話したが俺は地下でサチぐらいの背丈の素体がいくつも量産されている工場を見たんだ……恐らくだが、アカシック・コーポレーションはクローンはクローンでも……サチのメモリーマップドールを作ろうとしているんじゃないかと思うんだ」
「メモリーマップ……? 普通の記憶とは何が違うの?」
先導しているサチが顔だけを僅かにこちらに向けて首を傾げた、今更だが回収した物を持っているからか来た時とは違いサチを先頭に俺を挟む形で地下道を歩いている。
「そうだな……普段俺達が盗む記憶ってやつは誰かが何かを見たとか聞いたっていう断片的な情報を繋げたものだが、メモリーマップは更に全体的でその特定の人物の説明書みたいなもんだ、何が好きで何が嫌いで、どういう時にどういう反応をするか……その人個人でも意識してない深層心理の部分までびっしりと書かれた説明書だな」
「わはぁ……凄いっすけど、なーんか気持ち悪いっすねー……じゃあなんすか? その説明書を好き勝手に書き換えて『あなたはこういう人ですよー』って決められたサチお姉ちゃんを作ろうとしてるって事っすか?」
「端的に言えばそういう事だな、一から作り上げる素のクローンと違って体と記憶で別々の物を植え付けるんだから劣化が起きない代わりに当然拒絶反応が起きる、ざっと見た感じだが素体作りには相当苦戦してるみたいだったな……」
「……ねぇ、じゃあいっそその記憶を破壊しちゃえば全部終わりでしょ? 残す理由の方が無いんじゃない?」
「……そう、なんだがな」
サチの言葉が真理だ、これを破壊してしまえば不幸なサチのクローンは作られず閻魔の武人も生まれない……しかしどうにもその気になれない、甘いのだろうが……今のサチとは違うとはいえ、俺にはサチを殺す事が決意がどうしても出来ない。
……妙に空気が重い、原因は勿論煮え切らない俺の態度のせいだ。
サチもミコトも俺を責めたりしない、俺を信じて方針を託してくれているのだ……だが悩む事がこんなに苦しいのであれば、いっそ責め立てて強引に破壊してくれた方がマシかもしれない。
「……ねぇミコト、施設の時の私ってどんな感じだったの?」
沈黙を切り裂いたのはサチの問いかけだった、ある意味で禁忌の質問だと俺の中で勝手に決めつけていただけに驚き、思わず足が止まる。
「そうっすねぇ、一言で言うなら……わぷっ」
「あ、すまん……大丈夫か?」
俺が急に立ち止まったせいかミコトが俺の背中に顔をぶつけてしまった、慌てて振り向き防毒マスクを直してやるとミコトの頬が僅かに赤く染まり二歩三歩後ろに下がった……今更何を照れる事があるのだろうか? もし感情を表に出すぐらい打ち解けたというのであれば、それは良い傾向だ。
「だ、だだ大丈夫っす! ええっと、何の話でしたっけ!?」
「落ち着けって、ほら足場が悪いんだから転ぶぞ?……施設の頃のサチの話だよ」
「あ、ああそうでしたそうでした! そうっすねぇ、あの時のサチお姉ちゃんは……皆の憧れで、カリスマって言うんすかね? そういう不思議な魅力があったんす」




