第三十六話 ラブ・デス・ハート
「がぁ!」
「くっ……!」
大振りの横薙ぎを体を仰け反らせる事で辛うじて躱す……操られているガム・ワームの連中の瞳には最早何も映っておらず動きも鈍い、チカゲが操る直前まで物言わぬ死体だったので当然と言えば当然だが……鋭さも無く、ぎこちなくブレードを振り回すだけの攻撃がこんなにも避けにくいとは思わなかった……! こちらの攻撃に対して避けるような動作はしないが、腹部を切り裂かれようが腕に刃を突き立てられようが怯みすらしないので下手な反撃はむしろ更なる反撃を貰いかねない。
「お姉ちゃん!……こいつらやりにくいっす!」
「言われなくても分かってるっての!」
チラリとミコトの方に目をやると三人の死体人形に囲まれていた、殴打や蹴りで簡単に吹き飛ぶので怪我はしていないようだがすぐに起き上がって戻って来るので時間稼ぎにしかならない。
──そういえば随分前にミドーがこういう奴らの出てくる作品について話してくれた事があった筈だ、恐らく私を怖がらせようとして話していたようだが……話の内容よりも身振り手振り付きで話すミドーが可愛くてそちらばかりに気を取られていたのをよく覚えている、以前ミドーが見せてくれた武器……銃でも倒すのに数発は必要になるこいつらを倒す方法、確か……。
「ミコト! 頭、こいつら脳の信号が止まれば死ぬ筈だから頭を狙って!」
「っ……了解っす!」
数歩後ろに下がり、死体人形から少し距離を取ったミコトが刃の長い刀を横に構え……目の前にいる三体の死体人形の首元を一気に薙ぎ払った! 胴体と分離された三つの首が宙に舞い、首の無い三体の死体人形が一斉にミコトに掴みかかった。
「うわぁ! お姉ちゃん、死なないっすよこいつら!」
「嘘っ……何で!?」
「あははは! サチ様、確かにそいつらはゾンビっぽいですけど……食欲に突き動かされた死体じゃなくて私が操ってるだけの人形ですよ、頭を飛ばそうが腕を飛ばそうが動かしにくくなるだけで死んだりしませんよ……ていうか、とっくに死んでますし」
「……ゾンビ?」
その名前には聞き覚えがある、確かにミドーが話していた作品に登場するのはそんな名前の化け物だった筈だ……だが動く死体という意味では同じだろう? 死体が動くだけなのにそんなバリエーションがあるものなのか、それに死体はここまでの道中にもあった……ミドーは無事だろうか? もし同じ奴らに襲われていたら……心の奥底から焦燥感が沸き上がり始めた時、通信機の奥から待ち望んだ声が聞こえてきた。
『サチ、ミコト、聞こえるか? こっちは終わった、そっちの様子はどうだ?』
「ミドー!? 良かった! そっちは無事だったんだね!」
「おにーさん緊急事態っす! 傀儡使いに……いえ、絡新婦と接敵して……こんのっ、今戦闘中っす!」
『なんだと!?』
体にしがみ付いてきたゾンビをミコトが鬱陶しそうに弾き飛ばしながら叫ぶ、焦った様子のミドーの声色から察するに向こうにはゾンビ共はいないようだ……ようやく息が出来たとばかりに大きく息を吐き、ほっと胸を撫で下ろす。
『こっちも目的の物は回収した、すぐにそっちに向かう! 現在地は例のポイントで間違い無いんだな!?』
「うん、四階の資料室……でも大丈夫、すぐに終わるから」
どうやらアタリは向こうのポイントだったらしい、さすがはミドーだ……胸の奥から湧き上がる高揚感が止まらない。
目的を達成したのであればこんな辛気臭い場所に長居は無用だ、私のまっすぐに向けた視線の先に居るのは動揺した表情を浮かべるチカゲ……何故そんな表情を浮かべているのかは分からないが興味も無い、あいつを止めれば全部終わる。
……ここからはあまりミドーに聞かせたくない、一旦通信機を切り手振りでミコトにも切るよう指示するとそっとブレードを握り直す。
「触らないで」
ボソリと呟き周囲に向けて球体状に斬撃を繰り出す……一々見てないが私を取り囲んでいた四体か五体のゾンビ共は胴体と両手足が二度と連動する事は無いだろう、今までで一番ブレードを上手く扱えている気がする……ミドーは褒めてくれるだろうか? 頭を撫でられる事を考えるだけで私の中の小さな心臓が数度痛いくらいに鼓動するのを感じる。
ブレードを横に薙ぎ払い誰もいない空間を切り裂いて刃に付着した血を吹き飛ばすが……べっとりと付着した血や脂は簡単には取れそうもない、不快だが今は諦めるしかないと溜め息をつくと何故かガックリと項垂れているチカゲに近付き剥き出しの首元に刃を向ける。
「……ミドー……って、誰ですか?」
「は……? アンタには関係無いでしょ?」
「関係、無い……あはは、そうですよね……施設の頃からそうでした、私の方が武人適正の成績は優秀だったのにサチ様はいつも落ちこぼれのミコトにばかり手を差し伸べて、私の方が……私の方が」
顔を上げたチカゲの瞳には最早何も映っていなかった、まるで起こらなかった未来を見つめるかのような光の無い空虚な目の端から一筋の涙が垂れる……。
「ずっとずっと……大好きだったのに」
大きく開かれたチカゲの口から次々に溢れ出したのは悲しみと怨嗟の混ざり合った叫び……正に獣の咆哮とも呼ぶべきものだった。
のそりと立ち上がると蜘蛛の仮面を外し、咲き誇るかのように垂れ下がった長く赤い髪はまるで腐肉の海の中で咲き誇る赤い大輪のように思え、綺麗だとすら感じさせられてしまう。
「お姉ちゃん! 暴走っす、危ないっすよ!」
「大丈夫、大丈夫だからそこで少し静かにしてて」
チカゲの様子が変わったせいかゾンビ共も元の物言わぬ死体に戻ったようだ、彼女から視線を外さず後ろ手にミコトに指示すると改めてチカゲの全身に視線を向ける……仮面を外した事で露わになった長い赤髪とやや紫がかった瞳、ミコトと同じ甲冑を身に纏い息も荒く怒りに飲まれかけているのは確かだが、未だに攻撃する様子を見せないのは感情がグチャグチャになってもなお私に対する恋慕からかどうするか決めかねているのだろう……そうと思えば少しだけ可愛らしく思えない事もない、ミコトとは違った意味で利用価値がありそうで……それ故に惜しい。
「チカゲ」
私の呼びかけに全身をピクリと動かす事で応え、こちらを見つめる瞳が更に大きく見開かれる。
「それ、脱ぎなさい」
「え……?」
武人がその身を守る為に纏っている甲冑を指差しながら放たれた私の言葉にさすがのチカゲも戸惑いを隠せないようだ、自分でも何を言っているんだと思わずにはいられないが……この子ならこの対応で間違っていない筈だ。
「同じ事を何度言わせる気? その甲冑を脱いで、貴方の体を私に見せて」
「えっと……は、はい」
「……わはぁ、マージっすか」
最後に残った右足の甲冑を脱ぎ去った時、背後でミコトが小さく驚きの声を上げた……そうなるのも無理はない、ミコトの甲冑や私のステルスコートもそうだがあれは道具を使って装備を着ている状態を呼び出しているに過ぎない……つまり今のように一つ一つ脱ぎ去ってしまった今、チカゲは正真正銘の無防備状態という訳だ。
とうとうキャミソール姿になってしまったチカゲ、濃い赤と黒が混ざり合ったゴシック調で可愛らしいが生地が薄い為うっすらと下着が見えてしまっている……後ろ手に手を組み、私やミコトとは違う胸部の強い主張とは裏腹に羞恥から顔を僅かに背けてしまっているが……その瞳から先程までの怨嗟はすっかり抜けてしまっているのが分かる。
「チカゲ、こっちを見なさい」
「っ……」
薄暗いこの部屋でも彼女の頬が真っ赤に染まっているのが分かる、唇をきゅっと結びながらこちらを見つめる瞳には何かを期待するかのような色が隠しきれていない。
「……貴方の武器は?」
「ぶ、ブレードと糸……それと、甲冑の両腕に仕込んである刺突ブレードです」
「そ……教えてくれてありがとね」
直接の戦闘能力が低い事はミコトから聞いていたが、しっかりそれを補う装備をしていたようだ……左手を伸ばして頭を撫でてやるとすぐに嬉しそうに表情を蕩けさせ、少しだけ体を私に寄り掛からせてきた。
「今の私には当時の記憶は無いけれど……施設で貴方に優しく接してあげられなくてごめんね?」
「い、いえそんな……今こうしてサチ様と触れ合っていられるだけで、私は……っ!」
さすがにブレードの先端が触れた瞬間異常に気付いたようだ、彼女の胸元に触れている切っ先から早鐘を打っている鼓動が伝わってくるが反撃の意思は感じられない。
「うん、だからね……これは最初で最後の私からのご褒美、受け取ってくれるかな?」
無防備な肉体にゆっくりとブレードの刃が入っていく……痛みも相当なものだろう、時折チカゲが大きく体を震わせている。
「あっ……あっ……サチ様が、私の中にっ……」
私の肩を痛いぐらいに掴み、チカゲの呼吸が荒くなる……興奮しているのかだらしなく開いた口の端から涎が線を描いているのが見え……そしてとうとう、彼女の命をブレードの切っ先が撫でた。
「はぅっ……! い、いいですよサチ様……私を、私の全部を差し上げます」
「……うん、貰っておく」
「かっ……!」
ブレードを一気に突き立て、彼女の命そのものを貫く……肺に残っていたのであろう空気を一気に吐き出したチカゲは数度大きく体を震わせ……力無く膝から崩れ落ちた、相当な痛みだった筈だがその表情はどこか嬉しそうな……恍惚の笑みを浮かべている。
「持ち帰りはしないけどね、ここに置いておくから後は好きなだけ死体人形と戯れてなさい」
絡新婦の武人……手駒に出来れば利用価値は高かっただろうが彼女の嫉妬からくるミドーやミコトへの敵意は無視できない、ブレードを引き抜き彼女の服で血を拭っているとミコトが自らの口を両手で押さえている事に気が付いた。
「……ああ、もう喋ってもいいよ。ここには何も無いみたいだし、早くミドーのところに戻ろ?」
「っ……! 了解っす!」
……結果としては目的を達成、あまりにもアッサリすぎる気もするが……いや、それはミドーの手腕を疑う事に等しいか。
それより今は私自身の限界がきそうだ……早くミドーに会いたい、会いたくて会いたくて堪らない。




