第三十四話 マッド・シスターズ
「これって何すかね?」
「ただの装飾でしょ、それよりあそこのカメラに付いてる装置が何か分かる?」
私が指差したのは天井に張り付いた監視カメラの下部にくっついている箱型の装置、タレット付きのものなどはミドーが教えてくれたがアレは初めて見るタイプだ。
「ああそれ動体感知のセンサーっすよ、例によって止まってますけどね」
「へぇ、詳しいんだ?」
「えへへ、とは言っても全部ディアに教えてもらったんすけどね」
「でしょうね、知ってた」
「あっ、ひどいっすよぉ!」
談笑に花を咲かせていると受付ホールのような場所に出た、リング状のテーブルが中央に鎮座しており台座にはよく分からないが高そうな調度品……工場の中でも事務などのデスクワークを行うエリアに来たようだ。
「ミドー、事務所棟のエントランスに到着したよ……ミドー?」
「地下に降りたんじゃないっすか? さっきそんなような事言ってましたし」
「……それなら行って来るの一言ぐらいあってもいいのに、気を付けてねって言いたかったなぁ」
ミドーとのやり取りを一回逃したと思うとどうしようもなくつまらなくなり、ご丁寧に花瓶に飾ってあった赤い花の花弁をピンと指で弾く……花のクセに良いご身分だ、きっと値段も私より高かったのだろう。
「おにーさん、大丈夫っすかねぇ?……強いのは知ってますけど、もし戦力が地下に集められてたら……さすがに厳しいでしょうし」
「私としてはその方が嬉しいよ、そんなところに突っ込むほどミドーは愚かじゃないしミドーの所に向かう理由になるもん」
「わはぁ、ホントにおにーさんの事好きなんすねぇ?」
「当たり前でしょ、ミドーは私の全てだもん。ミドーが黒だと言えば赤も青も白も緑もぜーんぶ黒だし、私が黒にしてみせる」
そう、ミドーは私の全てなのだ。
あの日私を買ってくれたから今の私がある、だから私はミドーの為に生きるし私に出来る事は何でもしてあげたい……そんな事を考えていたら堪らなく寂しくなってきた。
「……あ、それいつも食べてるっすよね? 美味しいんすか?」
マスクを外し、いつも太ももに取り付けているケースから一本の細長い砂糖菓子を取り出し口に咥えるとミコトが思い出したかのように菓子を指差した、どうするか少し迷ったが……咥えていた菓子の口をつけていない部分を少しだけ折るとミコトに差し出した。
「食べる?……多分、これで十分だと思うし」
「?……どういう意味っすか? まぁでも、いただきまーす」
嬉しそうに砂糖菓子の切れ端を受け取ったミコトが仮面をズラして口に放り込んだ、にこやかに二度三度と良い音を響かせながら砂糖菓子を噛み砕き……徐々にその表情が曇っていく。
「うっ……お、お姉ちゃん? これって一体……」
「ね、十分だったでしょ? これ、すっごい不味いんだよね」
純粋な甘さを感じるのは舌に乗せたほんの一瞬だけでその後口に広がるのは異様な石油と埃臭さ、わざとらしい甘みもあるにはあるが不快感を助長させるだけで常人であれば口に含んだ一口分を吐き出して二度と口にはしないだろう……そういう意味では私の前だからか頑張って飲み込んだミコトは偉いと思う。
「ミドーは普段お菓子なんて食べないから気付かなかったんだろうね、私の機嫌を取ろうとして買って来てくれたんだけど……最初に食べた時なんてあまりの不味さにびっくりして笑っちゃったもん、でもミドーはそれを見て気に入ったんだと勘違いしちゃったみたいで、定期的に買ってくるようになっちゃった……ホント、可愛いよね」
「……おにーさんの事っすから、言えば違うの買って来てくれるんじゃないっすか?」
「うん、それに私がずっと我慢してたんだって思い込んで謝ると思う……でもいいの、美味しい物ってあんまり幅が無くて忘れやすいけどここまで不味い物ならそうそう忘れないし、これがミドーの味だって言うなら私はこの味がこの世で最も好きな味になる」
「ははぁ……それも愛、ってやつなんすかねぇ?」
「さぁ? そんな基準も形もあやふやなものなんて知らないって、私の全部がミドーのものなだけ……シンプルな方がいいでしょ?」
「それは確かにそうっす、おっと……どうやらアタシ達が向かうのは資料室らしいっすよ」
受付のパソコンをいじっていたミコトがディアから受け取ったものよりも詳細なマップを立体表示にした……確かに私達が向かうポイントには『第三資料室』の文字が書かれている。
「場所は四階……ていうか何この構造、何で一個の階段で上まで上がれないの?」
「防犯的な事っすかねぇ……マップを見つけられてよかったっす、まるで迷路みたいですよここ……こう行ってあー行って……んん?」
ミコトがマップを指でなぞりながら目的地までのルートを確保している……さっさと目的を達成してミドーのところに帰るつもりだったが想定よりも時間がかかりそうで思わず小さなため息をもらす。
「……とにかくそのマップも落として先に行こ、道すがらの方がここで覚えるより分かりやすいでしょ」
「ですね、んじゃデータを頂いて……よし、行きましょう!」
「そういえばミコト、この前の話だけど……覚えてる?」
「もちろん、実を言うといつ切り出そうか迷ってたんすよ!」
ガラス窓と洒落た木材で作られた通路を歩いている際に切り出すとミコトがこちらに身を乗り出しながら頷いた……忘れているのかと思ってたが、杞憂だったようだ。
この前の事、とは以前ミコトに調査を依頼したククル・アージェンスキーについての詳細だ、私を人柱の駒にしようとした連中の代表……恩があるのでつまらない主張と小さな野望を育てているだけなら見逃すつもりでいるが、ミドーの障害となるなら斬り捨てるしかない……その判断材料が欲しかったのだ。
「そ、じゃあ何か分かったんだよね?」
「ええ、ただアタシは説明が下手で……起きた事を順番に話すだけでもいいっすか?」
「構わないわよ、今のところ何か基準がある訳でも無いし」
「助かるっす、それじゃあ確定情報からっすけど……サチお姉ちゃんの言う通りククルの団体はレジスタンスで間違いないっすね、他の連中も全員上層の名簿に名前があったっす。レジスタンスを名乗る割に全員普通に働いてるみたいっすけど……まぁ何をするにもお金は必要って事っすかね?」
「かもね、それで?」
「おにーさんにフラれてからは他の記憶泥棒にも声をかけてるみたいっす、結果はまちまちみたいですけど……本人は黒幕気分で自分達の手を汚す気は無いみたいっすね、正直調べてて腹が立ったっす」
ミドーが首を縦に振らなかった時にも激しく糾弾するようなやつらだ……他の凡人共よりも強い意思はあっても結局は誰かが変えてくれる事を祈る事しか出来ない、勝ちに貪欲で傷つく事を誰よりも恐れる……勝手な奴らだ、そんな奴らに借りがあるのだと思うと反吐が出る。
「ああでもこいつらの一番の希望はやっぱりおにーさんみたいっす、やっぱりおにーさんとサチお姉ちゃんの組み合わせを超える希望は無いって言ってました」
「あっそ……え? 今言ってたって言った?」
「言いましたよ? 数も多くてどうにも面倒だったので一人攫って聞き出したっす」
きょとんとした表情で首を傾げるミコトに思わず口がポカンと開く、奴らのメンバーを一人攫っただって? 私は調べてくれと言っただけだ。
「聞き出したって……アンタ、そいつから他のメンバーに伝番したらどうすんのさ!」
「あっははは! いやっすねぇお姉ちゃん、そんなヘマする訳無いじゃないっすか! 液体コンクリートのタンクに投げ込んで来たんで今頃どこかの建物の建材になってる……痛いっ!」
最後まで聞く前に思わずミコトの唇を指で弾いてしまった、口元を押さえながら目に涙を浮かべる彼女にどう叱ったものかと考えたが……やってしまったものは仕方ない、深く息を吐き出しその柔らかい頬を両手で掴んで引っ張る。
「いい? 私は調べろって言ったの、殺せなんてまだ言ってないでしょーが! 次また同じ事やったら今度は思いっきり引っ叩くからね!」
「ご、ごめんなさい……!」
謝るのはいい、けれど何故頬を染めるのか? そして何故息が荒くなるのか……理解は出来るが納得はしたくない、少し乱暴に頬から手を離すと物欲しそうな表情から目を逸らし数歩先に歩き出す。
「それで、他には無いの?」
「え……? あ、あるっす! あります!」
何故か先程よりも元気になったミコトからの報告を受けながら目的地への道を歩いて行く、この泥だってミドーの為だと思えば素手で掃く事だって出来る……もう少し待たせる事をどうか許して欲しい、きっと私は貴方の障害を全て取り除いて見せるから。




