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第三十三話 ブレイン・ハック

 ……一つだけ解せない事がある。

 閻魔の素質を持ったサチのクローンを作り上げ、戦力の強化を図る事までは理解出来る……が、ワグナールはこの工場で作られている人形は素体だとハッキリ言いきった。

 クローンとは極論一つのものを二つに増やす複製技術の事だ、細胞でも記憶でもその欠片から自分の形を思い出させて新たな命とする……そこまでの過程に器なんてものは必要無い、では何故わざわざ空っぽの器なんてものを必要とするのか──答えは当然、劣化を恐れての事だろう。

 本来一つしかないものを二つ、もしくはそれ以上にしようというのだから傍目には分からなくても千切られた細胞や記憶の内部には確実にダメージが入る、これが劣化……所詮は模造品、決してオリジナルを超える事は出来ず、またクローン自体の寿命も短い。

 しかしアカシック・コーポレーションの求めるサチのクローンはそれではいけない。作られた体や複製され、偽造された記憶であっても閻魔の素質を持った完璧な個体でなくてはならない……故に彼らはキチンと適合する体を作ろうとしている、劣化品を百体揃えるのではなく象徴となる一を求めている。

 ──神の所業を真似ようと言うのだ、そしてそれは今にも手が届きそうなところにまできてしまっている。


「おぉい、戦いの最中に考え事たぁ余裕だなぁ!?」


「……くっ!」


 上半身を大きく後方に仰け反らせると眼前を鋭い刃が横薙ぎに通過していった……何という速度か、マスクを着けている筈なのに切り裂かれた風を感じる気がする。

 ……だがワグナールの言う通りだ。先日認定した通りこいつの戦闘能力は本物、目の前に対峙して思考に没頭している暇など無かった。

 後ろに二度ジャンプして距離を取ると懐から小型ナイフを三本取り出し、ワグナールに向けて投擲する……が、ブレードで薙ぎ払われあっさりと叩き落されてしまう。


「……ちっ」


「こんなもんじゃいくら用意しても金の無駄だぜぇ? やっぱあの雌猫の蹴りみてぇにドーンっといかねぇとなぁ?」


 ワグナールが先日サチに蹴り飛ばされた首をトントンと叩きながらいやらしい笑みを浮かべる、そうしてやりたいのは山々だが俺が同じように蹴ったところでサチほどの威力は出ないだろう……何を期待してるのかは知らないが、奴の期待には答えられない……サチにはサチの、俺には俺の戦い方があるという事だ!


「リッパー……いけ!」


 懐から金属製のリングを六つ取り出し宙に放り投げる、ふわりと飛び上がったそれらは一瞬空中で停止すると次の瞬間には高速で回転しワグナールへと襲いかかる……自立行動式の回転刃をもった武器だ、これで仕留められるとは思っていないが注意が分散してくれたらそれでいい。


「なんだこぉのっ……邪魔くせぇ!」


 怒声を上げながらブレードを振り回すワグナール……しかし空中を自在に移動するリッパーに斬撃を当てるのは至難の業だろう、その隙を見逃さず再び懐から四本のナイフを取り出して両手に構えると素早く投擲する。


「ぐっ……!」


 動き回っているせいか投擲した内の一本は足を掠めただけだったが残りの三本は命中し、左腕や右わき腹などに深く突き刺さった……体勢も崩れて膝立ち、これで動きはかなり制限出来た筈だ。


「くっそたれがよぉ……こんな玩具ばっかりどんだけ持って来てんだぁ?」


「持てるだけだ、つい最近無かった時に困るぐらいなら持って行けというアドバイスを貰ったんでな」


「はっ……あーあ、そりゃあ随分と優秀なパートナーに巡り合えたんだぁなぁ? ロマンチストめ」


「当たり前だろ、汚い野良犬の方が月を見て吠える機会が多いんだからな」


 リッパーを一度下がらせると一気に駆け出し、未だに立ち上がれていない奴に向けてブレードを大きく振りかぶる。

 ……が、この瞬間を待っていたと言わんばかりに奴の瞳がギラリと光り、崩れた体制のまま殺意のこもった横薙ぎが視界の端から飛んでくるのが分かった。

 俺の刃が早いか、それとも一度下がるべきか判断を迫られた俺はほんの一瞬迷ってしまい……右のわき腹から左肩にかけてを深く切り裂かれてしまった、切り傷から血が吹き出し奴の顔や体を赤く染め上げる。




「ちっ、ドク爺が気にかけてるっていうから期待してたんだがなぁ……あーあ、こんなもんかよぉ」


 力無く倒れる俺を蹴り飛ばし、機能停止したリッパーを踏みつけると残念そうに呻き……天井を見上げた。


「ちっとは楽しめると思ったんだがなぁ、仕方ねぇ……後はあの雌猫をっ……!?」


 ワグナールの瞳が大きく開かれ、ゆっくりと視線が下がる……そこには自らの胸から突き出したブレードの刃が鮮血に赤く彩られている。


「なんだ、俺に期待してくれてたのか?……ならこれは、お前の期待通りになっちまったかもな?」


「て……め、なんで……なんで傷が、ねぇんだ……!」


 ガクガクと震えながらこちらに向いた奴の瞳に映った俺に怪我など無く、踏み壊した筈のリッパーも宙に浮いているのだからさぞや驚いた事だろう。


「さっきからお前が見てたのは全部幻覚だよ、俺を誰だと思ってんだ?」


「っ……てめぇ、俺の中に入りやがったなぁ!?」


 ご名答、と拍手を送ってやりたいが生憎両手はブレードで塞がっているので俺の満面の笑みで勘弁してほしい。

 投げナイフも、リッパーによる襲撃も全ては俺が奴のメモリーキーをハッキングしている事を悟られないようにする為の陽動であり時間稼ぎ……全てが終わってしまえば後は何も難しい事は無い、俺の幻影を切り裂き勝ち誇る奴の背中を突き刺すだけでいいのだから。

 卑怯だと言われたならそうかもしれないがこれはスポーツではない……誰の目にも映る事の無いただの野良犬同士の喧嘩だ、牙に毒が仕込んであったとして誰が咎める? 何のこだわりか知らないが部下の一人も連れず自分を戦士だと思い込み正々堂々の一騎打ちにこだわった為に今日一匹の犬が死ぬ、奴の失策だ。


「ごの……やぁろ」


 おびただしい出血にも関わらず震える手で握るブレードがゆっくりと持ち上がっていく……何という精神力、タフネスだろうか。

 この状況になっても奴の瞳からは光が消えていない、経験上利点で物事を考える奴よりもこういう奴の方が余程厄介なのだ……故に、ここで消せて良かったと心の底から安堵する。


「ぐぎ、ぎゃあああ!」


 喉の奥から湧き上がるような凄まじい悲鳴が工場中にこだまする……ブレードに仕込んだスタンガンのスイッチを押した、不快な感触ではあるが電流が奴の命の灯を完全に吹き消すまで離すつもりは無い。




 数分後、ようやく動かなくなった奴の体からブレードを引き抜くと刃に肉なのか脂肪なのか分からないものが黒く変色し、こびり付いていた……洗うのも面倒そうだ、最後まで手間をかけられるとは……。


「……ふぅ」


 ナイフでこそぎ落とせないか試してみたが時間がかかりそうだ、一旦は諦めて取れる分だけ取ると改めて素体製造用の機械を見上げる……俺達の戦いなど気にも留める事は無く、液体カーボンなのか合成樹脂なのかは分からない謎の薄いピンク色の液体で満たされた水槽に骨組みの人形を入れては素体候補を次々に作り上げる何の罪も無い機械を破壊するのは気が引けるが、事情が事情なので諦めるしかない。


「ん……? これ、ジャミング装置か?」


 機械に小型の爆弾を取り付けていると側面に見た事のある機械が取り付けられている事に気が付いた、ジャミング装置……どうやら俺達の通信機が使えなくなったのは地下に降りたからではなく、こいつが原因のようだ。

 ブレードを取り出し、薙ぎ払って装置を破壊すると耳元に手を当て、通信機の様子をチェックしてみる。


「サチ、ミコト、聞こえるか? こっちは終わった、そっちの様子はどうだ?」


『ミドー!? 良かった! そっちは無事だったんだね!』


『おにーさん緊急事態っす! 絡新婦(じょろうぐも)の武人と接敵して……こんのっ、今戦闘中っす!』


「なんだと!?」

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