第三十二話 ボディ・ファクトリー
『ミドー、そっちはどう? 何か問題起きてない?』
「……大丈夫だ、つうかこのやり取り何度目だよ」
二手に分かれて探索を開始してから僅か数分で三度目の通信ともなると、さすがにげんなりとしてしまう……緊張感が無いと叱るべきなのかもしれないが、二手に分かれる意見を押し通した手前強く言うのも憚られる。
『だって仕方ないじゃん。この前も一人で行くの許したけど、結局武人に襲われたでしょ?』
『ちょっ……それってもしかしてアタシの事っすか!? 別に襲ってなんか……どちらかというと、アタシの方がお姉ちゃんに襲われた側っすよ!』
通信の奥からミコトの悲痛な悲鳴が聞こえてきた、確かにあの時先に接触してきたのはミコトだが襲った側というならばサチというのが正しい。
『あれはミコトを襲ったっていうかミドーを守ったの、そもそも……』
「あー……とりあえずそこまでにしろ、エレベーターホール前に到着した」
姉妹喧嘩のような言い争い、これが家の中ならば温かい飲み物でも飲んで頬杖をつきながらいつまでも眺めていたいところだがここは敵陣、更にど真ん中ともなればそうもいかない。
まっすぐに伸びた通路の先が開けた空間になっており遠目にエレベーターの扉を視認すると足を止め、脇の壁に寄り掛かると懐から小さな長方形の機械を取り出す……小さなモニターと、行儀良く並んだ四つのボタンがあるシンプルな作りだがこれでも立派なハッキング用の機械だ、これを起動すると周囲に存在する機械や装置の起動状況が分かる。
「……ダメだ、ここには二台の監視カメラがあるがどのカメラも起動してない」
『こっちとしては楽っすけど……なーんか逆に不気味っすよねぇ』
全くだ、とばかりにため息をつき肩を落とす。
……ここに来るまで七台のカメラがあったがそのどれもがこのエレベーターホールと同じように電源が入っていなかった、主電源が落ちている可能性も頭を掠めたがそれだと建物内に電気が点いている事の説明が出来ない……つまり意図的にカメラの電源が落とされているのだ、ミコトの言う通り不気味だと感じるなという方が無理がある。
「後はそれぞれのポイントに何があるかだな、エレベーターが止まってるならちょうどいい……俺はここから地下に降りる、しばらく通信が切れるだろうが心配するなよ」
『それは無理、五分で戻って』
「……十分で戻る」
懐から細長いメジャーのようにグルグルと巻かれた金属の板を取り出すと適当な長さに伸ばし金属が巻かれていたケースのスイッチを入れる……すると一瞬で硬化し、薄く長く頑丈な金属板の出来上がりだ。
エレベーターが止まっているならその状況を利用させてもらうとしよう……頑丈そうなその扉の僅かな隙間に金属メジャーを差し込み、更に手元のスイッチを操作すると今度は金属板が膨らみ徐々にだがエレベーターの扉が開いて行く……やがて人一人分ぐらいの隙間が出来た辺りで金属メジャーを懐にしまい、隙間に体を捻じ込む……少しキツイが、いけそうだ。
このエレベーターホールには三基のエレベーターがあるようだが……隙間から見た限りでは三基とも下で止まっているようだ、中途半端なところに止まっていると障害物になるのでむしろ都合がいい。
まっすぐに伸びたエレベーターの太いワイヤーをしっかりと掴みながら右足をワイヤーに触れさせる……するとブーツの靴裏の金属部分が変形してワイヤーと連結し、一人用エレベーターが完成した。
『これって何すかね?』
『ただの装飾でしょ、それよりこっちの……』
最後の確認とばかりに通信をオンにするが聞こえてきたのは平和そうな会話ばかりだった、二人は常に通信をオープンにしているせいか俺が通信をつけた事にも気付いていないらしい。
……こんな会話を毎日聞くのも悪くない、それどころか俺の欲しい明日こそこれだとすら言えるかもしれない……通信を切り、首を振ってふやけかけた思考を振り払うともう一度ワイヤーをしっかりと掴んで降下を開始する。
「サチ、サチ?……くそ、やっぱり駄目か」
地下二階、渡されたマップで見た限りの最下層まで辿り着くと通信機をオンにしても聞こえるのは小さなノイズのみとなった……あれほど小うるさく感じていたのに、聞こえなくなった途端に寂しさを感じるとは何とも現金なものだ。
何にしても無茶しがちなあの子がここに飛び込んで来る前に探索を終えなければと思考を切り替え、停止しているエレベーターの脇にある点検用通路の扉を警戒しながら開き、体を中へと滑り込ませる。
「これは……いかにもって感じだな」
通路に立って顔を上げると視界に映ったのは無機質で頑丈そうな金属の壁が点々と設置されたライトによって照らされながらまっすぐに続いていた、本命っぽいが気になる点としては相変わらずカメラの類が無い事ぐらいか。
「ん……なんだ、この音? それにこの臭いは一体……」
大仰な作りだが何も無い通路を歩き始めてすぐに奥から低い機械音のようなものが聞こえてきた、それと同時に防毒マスクすらも貫通する焼けたゴムのような臭い……正体は分からないが通路の奥で何かが行われているのは確かなようだ。
懐からブレードの柄を取り出し片手で握りしめながら慎重に一歩、また一歩と歩を進めていく……やがて通路は終わりに突き当り、目の前には黒っぽい金属製の大扉が立ち塞がる。
一目見ただけでも破壊は無理、チラリと扉の脇に目を向けるとメモリーキーの認証パネルと九つのボタン……それらをしばらく眺め、口元に笑みを浮かべながら誰に向けてでもなく頷いてみせる……ここに来たのが俺で本当に良かった。
──数十秒後、大きな金属扉は小さな空気の漏れるような音と共に開き始めた……その隙間をふんぞり返りながら見ている俺の顔にはさぞや自慢げな表情が浮かんでいるに違いない。
「……っ!?」
しかしそんな表情も数秒ともたなかった、一層強くなった臭いと共に視界一杯に広がった光景に意識が完全に持っていかれてしまったのだ……。
だだっ広い部屋の隅でゴミのように積み上げられた死体の山、いや……一目見ただけでは分からないがよく見れば生きた人間では無くマネキンか人形のようだ、更に部屋の奥に目をやると薄いピンク色の液体に満たされたプールの中に人の形をした何かが次々に投げ込まれては大きなロボットアームによって引き上げられ、辺りに転がっているのと同じような人形を量産している。
引き上げられた人形は別の機械で何かを測定され、ほんの数体のみは奥で綺麗に並べられているがそれ以外はゴミ山の高さを増すのに貢献させられている……一瞬で別の世界に来てしまったかのような異様な光景に思わず言葉を失ってしまう。
「なんっ……だ、これ」
「素体だとよぉ、いやホント俺も相当だとは思ってたが人ってやつはこーこまで変態になれるもんなんだなぁ?」
ハッとして声のする方に顔を向けると大きな機械の影から一人の背の高い男が現れた……細長く不健康そうな顔、マスクは外しているが俺が使っているものと同じステルスコートを身に纏っている。
「っ……ワグナール……!」
「おおっ! 覚えていてくれるとは嬉しいねぇ……んが、だーめだろ? こんな所に無断で入って来ちゃあよぉ?」
「……どうせ俺が来る事なんて分かってたんだろ、カメラを切ったのはお前の仕業か?」
「大正解だ、だぁって考えてもみろよ? どーせ他の連中じゃあお前らに敵いっこねーんだぜ? それなのに戦ってこいって? だーめだめ、んな命令出せるかよ。俺みたいな優しいやつにはとてもそんな真似は出来ねぇ」
大げさな身振りで自らの目元を覆い首を振ってみせる……しかしいやらしい笑みを浮かべた口元は隠そうとせず、本意は別のところにあるのだと一目で分かる。
「それより……素体と言ったな、何の事だ?」
「あん? んなの俺よりお前の方が分かってるんじゃないのか? 素体っていやぁ言ってしまえば枠組み、空っぽの器だぁなぁ?……ここまで言えば分かるだろぉ?」
「っ……」
思わず引きつった俺の表情を見たワグナールの口元が更に歪み、汚い歯を覗かせた……。
「そぉだ、俺を蹴り飛ばしたあの雌猫……理由は知らねぇがアカシック・コーポレーションの頭は雌猫のクローンを作る事に大層ご執心だ、とんでもねぇ変態に目をつけられたもんだなぁ?」
「はっ……それはお前の事か?」
こいつはサチと閻魔の武人の事を知らないのだろうか?……どちらの可能性も十分に考えられる、情報は欲しいがこいつに勘繰られると余計な面倒を起こしかねない。
「ひでぇなぁ……お前が欲しがるかと思ってコイツを盗んできてやったってのによぉ?」
「なっ……」
ワグナールが懐から取り出したのは一個の記憶抽出機だった、ところどころに見た事の無い意匠が施されておりアカシック・コーポレーション独自のものである事が一目で分かる、つまりあの中に保存されているのは……。
「……そいつを寄越せって言ったら、渡してくれるのか?」
「あーあ、もちろんやるぜぇ?……ただぁし、あの日の続きに付き合ってくれたら……だぁがな?」
抽出機を懐にしまうと代わりにブレードを取り出し、その刃をこちらに向けた……想定の範囲内だが、あいつの戦闘能力は厄介だ……それにこの場所の事を俺は何もしらない、あいつの仲間に不意打ちされでもしたらどうしても対処が遅れてしまうだろう。
「おい、どこ見てやが……あぁ、安心しろよ。この部屋にいるのは俺とお前と、あのうるせぇ機械共だけだ……邪魔は入らねぇし誰にも邪魔はさせねぇ」
「……そうか」
果たしてこの男の言動をどこまで信用していいものか……だがとにもかくにも奴を倒さなければ抽出機も手に入らないし、ここからの脱出すらままならないだろう……長く息を吐き、覚悟を決めるとステルスコートの裾をはためかせながらブレードを取り出し……構える。
「よぉし、よぉしよぉし……さぁミドーよぉ、あの時の続きといこうじゃねぇかぁ!」




