第三十一話 伽藍洞の塔
「……どうなってんだ?」
敵との遭遇の可能性も踏まえ、隠密行動を開始してからの俺達は全く喋らず合図もハンドサインのみで建物の奥へと侵入した。
穴を抜けてからは複雑に入り組んだ道も無く、乾燥した金属と純正コンクリートで作られた通路をただひたすら道なりに進み……大きく開かれたままになっている中央への扉を抜ける頃には俺の困惑は限界を迎え、思わず小さく声をこぼしてしまった。
「誰もいないっすね……それも変っすけど、コレは明らかにおかしいっすよ」
そう言ってミコトが軽く蹴飛ばしたのは広い部屋の隅に転がっていたセキュリティドローンだった、外傷は無いが機能が完全に停止しておりただの物言わぬ鉄屑と化している。
「でもここがこの塔の中央みたいだよ、ほら……あそこにあるのってさっきミドーが言ってた貯水タンクでしょ? ここの端末にも発電量とかの表示があるし」
サチの指差す先……部屋の中ほどから柵で区切られた吹き抜けから下を覗き込むと確かに巨大な貯水槽が三つ並んでいた、中では水が激しく流れて騒音を奏でている……俺達が叫んだところで軽々と消し去ってしまうだろう。
近くの操作パネルでは現在の発電量や排水周期などの設定もされており、少なくとも数時間前までは誰かがいた形跡が残っていた。
明らかな異常……何らかの罠である可能性が最も高く、ガム・ワームのボスであるワグナールの性格を考えれば他人を罠に落とすなど平気でやるだろう。
「……ん?」
口元に手を当てて考え込んでいるとつま先に何かが当たった、拾い上げて調べるまでもなくそれが何かはすぐに分かった……少し意匠は違うが俺やサチが普段使用しているブレードだ、恐らくはガム・ワームの連中の物だろう。
落とし物?……そんな筈は無い、金の匂いがするなら汚水の滲む床でも舐めるような連中だ……こんな大事な物を落としてそのままにする筈が無い、考えられる事態としては俺達より先に何者かが侵入して戦闘を行ったかだが……そうなると転がっているドローンが無傷なのも、怪我人や死体が転がっていないのもおかしい。
「……一旦侵入は中止だ、ドローンに見つからない範囲で上から辺りを見たい」
同意して頷く二人を引き連れて部屋の隅から伸びる金属製の螺旋階段を上り始める……階段を踏みしめる度に金属とブーツがぶつかり合い小さな金属音が響くが、今も激しく鳴り響く水音がかき消してくれるだろう。
螺旋階段を上りながら上を見上げると終点に屋上へと続いているであろう大きな扉が見えた、しかし空を飛び回るドローンに身を晒すなんていう愚行は冒せない……結果階段の途中に広がっていた大きめの中二階のような場所に出ると、壁に点々と嵌め込まれた小さな窓から外を眺めてみる。
「外側は俺達が見た時のままだが、内側に警備が全然いないな……サチ、そっちはどうだ?」
「こっちも一緒、内側にはドローンすらいないよ……っていうか、建物も電気がついてない箇所があるみたい」
俺の言葉に肩をすくめ、首を振って答えるサチに胸の中の疑問はますます深まるばかり……ミコトから受け取ったマップをメモリーキーから立体映像として投射して見えている範囲と照らし合わせるが、マップ自体に間違いは無さそうだ。
「……ミコト、絡新婦の武人についてもう一度教えてくれるか? 何かのヒントになるかもしれない」
「いいっすよ? でもアタシが知ってる事は全部話しちゃったんで同じ内容の繰り返しになっちゃいますけど……」
確かに絡新婦の武人については下水に降りる前にミコトから既に話は聞いている、もちろん忘れた訳では無いが現状を考えると何かを見落とした可能性が否定できない。
「それでいい、今持ってる情報を少しでも広げたいんだ」
「分かりました、ええと……まず絡新婦の武人はその名の通り蜘蛛が描かれた仮面を着けてるっす、両サイドから数本の脚が飛び出たブキミーなやつっすね。それと直接の戦闘能力は殆ど無いです、もちろん普通の人間よりは遥かに強い腕力を持ってますけど武人としては非力なタイプで、純粋な戦闘能力ならアタシの方が上っす!」
「その代わり、厄介そうな能力を持ってるんだよね?」
「ええ、その通りっすお姉ちゃん。絡新婦の武人はその体から無数の糸を伸ばせるんすけど、その糸に刺されるとアドレナリンなどが混ざった液を注入されて身体能力を強化された上で絡新婦の武人の支配下に置かれます……ただしドローンみたいな無機物とアタシ達のように明確に敵対心を持っている相手には効かず、無関心や下心込みの好意を強制的に無償の忠誠心に変える傀儡使い……それが絡新婦の武人っす」
「ふぅ……何度聞いても飲み込むには少し重いな、だがとにかくガム・ワームやドローン連中がいないと仮定するならば今警戒すべきはその武人だけだ」
工場の立体映像を二人にも見えるように掲げ、メモリーキーを操作し立体映像の二点に赤い点の印をつけてみせる。
「いいか? ディアの予想した記憶の保管場所の候補はこの二つだ、警備の目を掻い潜って順番に回っていくつもりだったが……この異常事態の中で長居はしたくない、撤退したいがセンサーの発生装置を破壊してしまった以上再度の侵入は更に難しくなるだろう……そこでだ」
「やだ」
人差し指をピンと立て、一つの提案を口にする前にサチがぴしゃりと跳ねのけた。
想定外の行動に思わず言葉を失ってしまった俺の立てた指を片手で掴むと、不満そうな顔を更にぐっとこちらに近付ける。
「お、落ち着いてくださいお姉ちゃん……というか、おにーさんは何を言おうとしたんすか?」
「二手に分かれようって事よ、効率としては間違ってないけど……異常事態だからこそ、全員一緒に行くべきだと思う」
サチとの意見の対立、これまでも食事などの他愛のない話題で意見が分かれる事はあったが任務中に意見が分かれるなんて事は初めてだ……いや、それだけ俺の身を案じてくれているという事か。
握られている指を軽く動かそうとするが微動だにしない、それだけサチが本気だという事であり……絵面は間抜けかもしれないが、握られた手から彼女の熱や想いが伝わってくる。
「……まず大前提として今回の任務を途中で止める訳にはいかない、それは分かるな?」
ジッと俺を見つめたサチが少し考え……小さく頷いた、カシム博士にクローン製造を許した際のデメリットはキチンと理解しているようだ。
「よし、なら話は簡単だ……俺の案にも、サチの案にも利点がある以上俺達が折れる事は無い……ならこういう時はいっそ第三者に選んでもらうのが一番だ、どうだ?」
「……ん」
それでもやはり不満な点はあるのか少し答えを出すのを渋ったが……最終的にサチは再び頷いた、そして俺達の視線は傍観をきめていた一人の少女の方へと向けられる。
「ど、どうしたんすか二人共? 顔が怖いっすけど……え、もしかしてアタシっすか!?」
「当たり前だろう、この場に他に人がいるのか?」
「それはっ……そうっすけどぉ……丸投げなんて酷いっすよぉ」
「深く考える必要は無いよミコト、どっちかの意見に少しでも賛同してくれたらもうこの話は終わり……ミコトを責めたりもしないから」
「……ホントっすか、それ?」
サチの言葉にミコトがやや引きつった笑顔で返す、それはそうだろう……今のサチの表情はどちらでもいい、なんて事は決して思っていないのが丸分かりなのだから。
「え……っと、じゃあ……あ、そうっす! 良い物がありました!」
ミコトが懐から取り出し掲げたのは一枚の硬貨だった、メモリーキーでの電子マネーが一般化した今や珍しい、物好きなコレクターぐらいしか欲しがらない逸品だ。
「よくそんな物持ってたな……お前のか?」
「少し前に拾ったっす、これで決めましょう!」
まさかこんな場所でコイントスをする事になるとは……素人のミコトが投げる以上確率が五分五分かどうかも怪しいものだ、しかしだからこそ今の選択にはちょうどいいのかもしれない。
「……俺は構わない、サチはどうだ?」
「ぶぅ……分かった、ミドーの言う通りいつまでもここにいる訳にもいかないし」
「オッケーっす! じゃあこっちが出たらサチお姉ちゃん、こっちはおにーさんっす……いいっすか?」
「どっちでもいいが……落とすなよ? さすがにここでコインの金属音はかなり響くからな」
「わはぁ、おにーさんはまーだ武人の反射神経を舐めてますねぇ?……心配ご無用っす、さぁいくっすよ!」
力を込め過ぎたのか張り切ったのかミコトの指に弾かれたコインはくるくると回りながら天井すれすれまで飛び上がり……綺麗にミコトの手に収まった。




