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第三十話 ブレード・ダンス

 サチが飛び上がった瞬間俺は壁から背を離し、彼女の行く末を見守る為に見上げ──時間がゆっくりと流れ始めた。

 リングをくぐるイルカのように綺麗な姿勢でセンサーの網へとサチの体が徐々に近づき……次の瞬間にはまるでセンサーが受け入れたかのように彼女の目の前に通り道を作った、すんなりと穴を通り抜けたサチは体をふわりと回転させながら咥えていたナイフを片手に持ち替え、一切無駄のない動きでセンサーの発生装置を切り裂いた。


「やった!」


 センサーの消滅する低い音と共に思わず声を上げたミコトに合わせて俺も片手を強く握りしめる、穴の縁から笑顔を覗かせた彼女の表情を俺は一生忘れないだろう。


「本当に凄いっす! さっすがサチお姉ちゃん!」


「わっ……ちょ、ちょっとこんな所で抱き着かないで……あと声も落としなさいって」


「あっ……ごめんなさいっす」


 くっついたミコトを剥がしながらサチが注意すると表情がすぐに落ち込んだようにシュンとなり、預かっていた装備を返し始めた……もし彼女が獣であれば、しおれた耳が見られた事だろう。

 そんな事よりも、先程の言葉は何かの比喩かとも思ったが本当に一回のジャンプで軽々穴まで届くとは……それもサチの装備を持ったままの姿勢で、だ。

 驚くべきは身体能力か?……いや違う、何よりも危惧すべきは『飛べると自分を信じられる心の強さ』か。

 人間には本来リミッターという制限が備わっている、自らを守る為の無意識下での力の制御というやつだ……だがミコトからはそれが感じられない。

 飛べるから飛ぶ、そして実際に飛んだ今でも肉体に反動ダメージが起きている様子は無い……武人の力という事もあるのだろうが、リミッターの外れた動きを易々と実行するのがミコトの天真爛漫な性格からきているだけだという事を祈るしかない。


「ミドー? どうしたの、何かあった?」


「ん? ああいや何でもない、今行く」


 少し考え込み過ぎたようだ、心配そうなサチの言葉にハッと声を上げると手を振って返事をする。

 ……とは言ったもののどうやって上ったものか、俺の身体能力ではミコトのように一息で飛べる訳も無い。

 チラリと老朽化した梯子に目をやり……諦めたようにため息をつく、こんなところに来て汚れる事を気にしている場合ではないか。

 何度か小さくジャンプしながら体をほぐし……一気に梯子に向かって駆け出しジャンプする、崩れた梯子の一番上の段に足をかけると勢いを殺さないままにもう一度ジャンプし……穴の縁に両手で掴まりぶら下がる。


「わっ……ミコト、一緒に引き上げて!」


「合点招致っす! いきますよ、おにーさん!」


 サチとミコトの手が踏ん張る俺のコートを掴み、どうにか壁に足をかけながら穴の中へと引き込んだ……床にへたり込む頃にはすっかり息が上がってしまっていた、彼女らの身軽さには敵う気がしないが……もう少し鍛えるべきかもしれない。


「急に飛ぶからびっくりしたよ……今、折り畳みの梯子をおろすところだったのに」


「出来れば……もう少し早く言って欲しかったな、それ」


「でもおにーさん頑張ったっすよ、男の人ってただでさえアタシ達より体が重いんすから」


 息を切らす俺を落ち着けようと二人の手が背中にそっと乗り、擦るような動作を繰り返している……何でもいいから強がりの一つでも言い返したいが、声を出そうにも小さな咳が混ざり言葉にならない……諦めて女児二人に慰められている事実を受け入れるしか無さそうだ。




「ところで、センサーの発生装置壊しちゃったけど大丈夫かな? もう向こうにバレてたりしない?」


「大丈夫だ、あのタイプの装置は外部からの電源供給を必要としないタイプでな……恐らくこの奥に貯水タンクか浄水施設があって、そこで発電しているんだろう。次に点検する時には気付かれるだろうが、その時には全て終わってるだろうしな」


「なるほ……むぐっ!?」


 嬉しそうに声を張り上げようとするミコトの口の片手で塞ぐ、替えの手袋を用意しておいて本当に良かった。


「それと、ここからは警備との遭遇も踏まえて本格的に隠れながら行く。俺とサチはステルスコートで、ミコトは……あの甲冑にこれを着けろ」


「はい?……なんすか、これ?」


 俺から受け取った二つの小さな金属製の円盤をつまみながらミコトが不思議そうに首を傾げる、その反応を見て少しホッとする……これなら武人相手でも想定以上に通じるかもしれない。


「光学迷彩だ、要は光の屈折を意図的に発生させてお前の姿を視認出来なくする……ただし小型のものだから範囲が狭くあの長い刀はカバー出来ない、いざって時まで出すなよ?」


「おおっ……了解っす」


 ミコトが変身したのを確認すると俺とサチもコート姿へと変身した……ここでようやく気付いたのだが穴の手前から変身しておけばビルから飛び降りる際にも使用したコート内蔵のロボットアームや、そもそもの身体能力の向上でもっと容易に登れたのではないだろうか?……ミコトはともかくサチはとっくに気が付いていそうだが、失態をわざわざ掘り下げる必要は無い……強いて言うなら素の身体能力で張り合おうとした事そのものが失策だろう。


「二人共マスクの通信機能をつけろ、そうすれば囁く程度の声でも十分聞こえる」


「ほらこっち向いて、どうせ分かんないでしょ?」


「わはぁ、ありがとうございまっす」


 両手を頬に添えると顔を自分に向けさせ、サチがミコトのマスクを操作する……サチの事をお姉ちゃんと呼んでいるだけあってこうして見ていると本当の姉妹のようだ、そんな事を考えているとサチの視線がチラリとこちらに向いた……少々後ろめたい事を考えていたせいか思わずドキリとする。

 しばらくこちらを見つめたサチはそのまま片手で防毒マスクをズラし、口をパクパクと開閉し声に出さずに言葉を羅列した。


「……?……っ!?」


『可愛かったよ』


 気のせいかもしれない、勘違いかもしれないが……ニヤリと悪戯っぽく笑うその表情と俺がさっき無理に張り合った事を考えれば……可能性が無い訳では無い、しかし確かめる訳にもいかず行き場の無い羞恥だけが次々と湧き上がってくる。


「準備出来たよ、ミドー」


「んんっ……よし、まずはこの塔の上へ向かおう。そこからマップと照らし合わせて改めて侵入経路を決める」

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