第二十六話 メジャーピース
「これでよし……っと」
二階に上がり、そこで伸びていた四人に後ろ手に電子錠をかけると一仕事終えたように両手を叩き合わせた……中にはサチに斬られた者もいるがどれも傷は浅く、どちらかと言えば殴打や蹴りに加えてブレードに仕込んだスタンガンが決定打になったらしい。
「にしても……誰一人起きねぇな。ドクの奴、どんだけ強力なスタンガンを仕込んだんだ……?」
試しに、と伸びている男の頬を引っ張ってみるがゴムのように伸びた後で少し頭が宙に持ちあがり、離すと痛そうな音を立てて再び床に転がったがやはりピクリともしない……サチを疑う訳では無いが、本当に気絶しているだけなのだろうか?
「……参ったな」
一階に降り、カウンターの前に持って来た椅子に座りながら深くため息をつく。
今後俺達に起こりうる事態をある程度は想定していた……が、今回の事はそれを超えてきた上に動きが早すぎる。
サチの記憶を盗むにあたり障害となるセキュリティドローンと上層の警備兵、そして武人……そこに加えてワグナールの率いるガム・ワームの連中となると成功条件そのものに響いてくる。
ガム・ワームは元々ならず者の集団でありワグナールの存在があってこそと言える、故に頭を落とせば自然と四散する筈……それを思えば逃がしたのは俺の失策だ、多少の危険を覚悟で追撃するべきだったか。
「くそっ……」
小さく悪態をつくと店の扉が開いた、咄嗟に身構えたが入ってきたのは周囲の偵察を終えて戻って来たサチだった。
「周辺に敵の気配は無かったよ、罠の気配も無い……本当に尻尾を巻いて逃げたみたい」
「そうか……悪いな、お前が一番疲れてるだろうに」
「気にしないで、ドクの事もあるし……ミドーに休んで欲しかったから」
目の前に来たサチがくるりと背中を向け、そのまま俺の膝の上に腰掛けた……ふわりと香るサチ自身の香り、そして外の不快な臭いと僅かに血の臭い。
サチは小さい、背もそうだがその手も本来はブレードや武器の類じゃなく勉強の為の文房具や好んで口にしたいお菓子などを持つべき手だ……年相応の普通の女の子として。
「ん……どうしたの、ミドー?」
「いや、何でもない」
俺の様子を不思議に思ったのが顔だけをこちらに向けたサチにそっと笑いかける。
……俺にサチを普通の女の子にしてやる事は出来ない、道を示してやりたくとも普通の道ってやつが俺にはとっくに見えなくなっているのだから。
もし全てが終わって、記憶泥棒なんて事をしなくてもよくなった世界の入り口が見えたなら──。
「それより……いつまでそうしてるつもりだ? 床で寝るのが趣味とは知らなかったぞ」
「……やれやれ、ナイフが刺さったんだぞ? もう少し労わる言葉の一つでも言えんのか」
「ぴぃ!?」
俺の視線を追ってサチもドクの方を見ると、血を流し倒れていた筈のドクがのそりと起き上がった……それはいいのだが、余程驚いたのか今までに聞いた事の無い悲鳴を上げたサチが勢いよく立ち上がり、その勢いで彼女の頭部が顎に直撃して悶絶するハメになってしまった。
「っ……!……!」
「ご、ごめんミドー! 大丈夫!?」
「ふん、バチが当たったんだろうよ。ほっとけほっとけ」
心配するサチに大丈夫だと伝えたいが思ったよりもダメージが響いたらしく声が出ない、手振りで何とか伝えたがその手もすぐに握られてしまい意思疎通の手段が奪われてしまった……しかし、あれだけ勢いよく当たったにも関わらずサチには痛がる様子もないとは……。
「くくく、回し蹴りも見事だったがその石頭も何かに使えるかもしれんのじゃないか? えぇ?」
「……年頃の娘の頭を武器になんて出来るか、バカが」
絞り出すように声を出すと『そりゃそうだ』と同意したドクが愉快そうに自らの腹を擦り、笑い声を上げた。
「ミドー……本当にごめんね?」
「大丈夫だよ、心配すんな。体が丈夫なのが俺の唯一の自慢だからな」
正直に言えば今も顎に鈍痛が響いているのだが心配させまいと大きく笑って見せると、ようやく安心したのかサチの肩から力が抜けた。
「良かった……でもミドー、何でドクが……ナイフが刺さってたんじゃ……?」
「刺さってるぞ? ほれ」
ようやくドクの方に気が向いたサチが首を傾げると、まるで勲章を見せつけるようにでっぷりと膨らんだ腹を見せつけた……確かにそこにはワグナールの投げたナイフが深く突き刺さっている。
「流体金属アーマーだよ、中に液体の金属が入ったアーマーをこの爺さんは常に着てるのさ」
「打撃ならほぼ無力化、飛び道具は貫通せぬし刃物は中の金属と反応して即座に腐食し溶けちまう……こんな風にな?」
サチにも分かるように引き抜いたナイフは既に刃の部分が元の三分の一程の長さしかなく、先端にはドロリと溶けた液体が付着していた……つまり、最初からナイフの刃は掠めてすらいなかったという訳だ。
「え……じゃあこの血は? その流体金属……は銀色だよね?」
「おいおい、俺を誰だと思ってるんだ?」
パチンと指を鳴らすと床に広がった血のシミなどが消え、元の綺麗な床がそこには広がっていた。
「俺は元々ハッカーだぞ? リアルタイムで複数人に錯覚を起こすのは骨が折れるが……この通り出来ない事じゃあない、ドクの大根演技には肝を冷やしたがな」
そう、詰まるところこの店の中で起きた事は全て俺が起こした錯覚だ。
今の人間は全員と言っていい程にメモリーキーを所持している、記憶等の保存にも使われるそれは……いわば己の体と繋がった剥き出しの電気信号そのものだと言える、となれば俺のようなハッカーの出番だ。
ドクの急所の位置の認識をズラし出血した錯覚を見せてドクの死を演出し、ワグナールとマローの二人からドクという存在を消してみせた……急ごしらえとしては上出来だろう、ただ急ごしらえ故に範囲指定で錯覚を起こす事しか出来ずサチまで巻き込んでしまった。
「フン、それを言うならお前こそ酷い大根演技だったじゃないか。なんだあの叫びは?」
「ぐぬっ……そんな事より、うおっ……!?」
「凄いよミドー! やっぱりミドーは最高のハッカーだね!」
「ん!? ま、まぁな!?」
ドクの言葉にカチンときた俺が言い返そうとする前にサチに全身を使って抱きつかれ、思わず反射的に返事をしながら抱きとめる。
今から喧嘩をしますと言わんばかりにお互い身を乗り出していたが嬉しそうに凄い凄いと繰り返すサチにすっかり毒気が抜かれ、苦笑しながら肩をすくめる……だが考えてみれば確かに、こんな事をしている場合では無かった。
「……それでドク、ガム・ワームの連中は何でここに来たんだ?」
「知るか、お前らが来る少し前に店に来てな。ワシも奴らは気に食わんが、中立を謳っている以上出て行けと言う訳にもいかんでな……理由があったとはいえ、本気でお前らを襲う気だったとは思わなかったが」
「嘘つけよ、なーにが二区のポイント四だ。人数伝えるならもっと分かりやすく言えっての! どっちがどっちか分からなかったっつの!」
「ええいうるさいわ、お前もベテランを名乗るならそれぐらい瞬時に理解せんか!」
お互いに息を荒くして睨み合う……こんなものは俺達にとって挨拶みたいなものであり、礼すらまともに言えない不器用同士なりのコミュニケーションのとり方というやつだ。
「……それで? 今回は凌いだが次も通じるとは限らんぞ、このまま後手に回る気か?」
「まさか、それよりドクこそしばらく隠れてろよ。生きてるとバレたらまずいだろ」
「抜かせ、こんな老いぼれに気に掛ける暇があるなら何でもいいから一発かましてこんか、ヒヨッコが」
思わず笑みとため息がもれる、それなりに付き合いは長いがいつまで経っても可愛げの無い爺さんだ……だがそれこそがドクであり、だからこそ信用出来る。
相変わらず軽いサチを抱えて立ち上がり、出口に向かって歩き出す……ドクに言われるまでも無い、次は俺の手番だ。
「……要望はカウンターの上の紙に書いておいた、出来るだけでいいから次来る時までに作っておいてくれ。それと……店を荒して悪かった、出来れば片づけを手伝いたかったが……」
「さっさと行け、ここは俺の店だ。素人にベタベタと触られちゃあ店の品格が落ちるってもんだ」
「……悪いな」
サチを抱えて外に出ると相変わらず体に悪そうな空気が鼻を掠めた、構わず息を肺一杯に吸い込み……上層を睨みつけながら吐き出す。
「サチ……少し、頼みがある」
「なぁに、ミドー? 何でも言って、何でも叶えてあげる」
少しポカンとした表情を浮かべた後でサチの瞳が闇の中で嬉しそうに怪しく光った、夜に溶け込む獣の瞳……普通の少女とはかけ離れたこの瞳が、俺はことのほか好きなのだ。




