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第二十四話 ネズミの王

「黙ってねぇでさっさと答えろ!」


「っぐ……!」


 再び腹部に強烈な激痛と衝撃に思わず数歩よろけると後方にあった棚にぶつかり、商品がいくつか音を立てて床に落ちた。


「いい加減にしろ、話を聞くだけだと言っていただろうが! 俺の店で争い事を起こすんじゃねぇよ!」


「だ、だってよドク爺さん! こいつが……!」


「黙れ! 俺の店のルールに従えねぇってんならお前らには二度と依頼は回してやらねぇし治療もしねぇぞ」


「ぐっ……!」


 ドクの喝に俺を殴った背の低い方の男が怯み、バツが悪そうに短くため息をついた。

 さすがはドクだ、歳だし腕っぷしなんて無いが俺達のようなならず者を纏めているだけあって影響力と貫禄が違う。

 ──そしてドクが『お前ら』と言ってくれたお陰でこいつらの正体にも得心がいった、最初は俺の裏切り疑惑に集まったのかとも思ったが……違う、こいつらは『ガム・ワーム』と名乗る常に集団で依頼もこなすがその過程で金品の強奪も行う……まるで骨まで齧るネズミのような奴らであり、ドクとは違った意味で金に汚く……ハッキリ言って同類だとは思われたくない部類の奴らだ。


「……無礼については謝罪しよう……んだぁが、今回の問題が本当なら俺達の中でも禁忌中の禁忌……そうなれば拳の一つや二つで済まないのは承知の上でしょう? それとも、彼を庇う気かぁ?」


「なに……?」


 最初に俺に声をかけた背の高い男がマスク越しにまっすぐにドクを見据える、マスクのせいで表情は窺えないがその冷たい声から察するにまともな人間の顔はしていないのだろう。


「やめろ……げほっ、ああくそ。人が考え事してたら調子に乗ってばかすか殴りやがって……部下の躾けぐらいちゃんとしろよ」


「何ぃ!?」


「おぉいマロー、俺は面倒な事が嫌いだと何度言えば分かるんだ……えぇ? それともなんだ、同じやり取りを何度も何度も! 何度も何度も何度も繰り返す気かぁ!?」


 マローと呼ばれた男の怒気も背の高い男のヒステリックな、或いは狂気的な身振りの加えられた叫びによって一瞬でかき消され、俺とドクも言葉を失い動けなくなってしまった。


「あ、ああすまねぇ……」


「いいぞ、これで面倒が一つ消えた。面倒が消えるのは良い事だ、お前も……俺の面倒を消してくれるか? どうだ、ミドー?」


 毒気を抜かれ、大人しくなったマローに満足したのか背の高い男は満足そうに唸ると不意に顔をこちらに向け、わざと足音を響かせながら歩み寄ってきた。


「考え事をしていたと言っていただろう? ん、そうだな? ならばそろそろ答えの出る時じゃないのか? ああ、そうだろう?」


「……仮に答えがあったとして、タダで話すと思っているのか? ここは下層だぞ、お前が俺に金を払うならともかくな……それに、顔も明かさねぇ奴と取引はしねぇよ」


「……なぁるほど」


 背の高いマスクの男は俺を見つめたまま動かない、怒りを感じているのだろうか? 挑発したはいいがなにぶん掴みどころの無い男だ、定石がそのまま通じるとは思えない……そんな事を考えていると不意に男が俺から顔を離して背を向けて腕を組むと、納得したかのように何度か大げさに頷いた。


「なるほどなるほど、言い方はそれはもう気に食わないが……冷静な俺は理解したぞミドー、確かに中身が見えず封の開いていない食べ物を買うのは不安だよなぁ? いいぞ、俺はそういう言葉を受け入れる器を持っているぞ」


 何をどう曲解したのかは分からないが男はマスクを外し、その顔をこちらに向けた。

 別に顔を見せてくれなくても奴が何者かについては見当がついていた、不安定を形にしたような男……『ガム・ワーム』のリーダーでありネズミの王……。


「ワグナール……」


「おぉ! 俺が言うまでもなく面倒を一つ消してくれるとはさすがだなぁ! 見たかマロー、これが出来る男ってやつだぞ!」


 不健康そうな細長い顔をこれでもかと横に引きつらせ、醜悪な笑みを浮かべて笑うこの男と直接の面識は無いが耳を塞いでも噂だけは流れてきている……その内容はどれもこれもおぞましく、とても口に出来たものではないが……一言で言うならば、真正の変態野郎だ。


「あ、ああ……そうだな」


 もはや返事をするだけの人形と化したマローに満足そうにワグナールが頷き返す隙に素早く店内に視線を巡らせる……常に集団で行動を起こすこいつらが二人だけの筈が無い、しかし一階にはこいつら以外の気配は感じられない。


「さぁミドー、俺は顔を見せたぞ? 満足か? なんならもっと近くで見てもいいんだぞ、んんー?」


 グッと顔を寄せられると同時に異臭のする整髪料の臭いが鼻をついた、その残り少ない金髪を大切に思うのなら整髪料は変えた方が良さそうだと言ってやりたい。


「……離れろ、それに……俺はアカシック・コーポレーションとは何の関係も無い」


「ほーう? ならお前がエマージェンシーテープを超えて建物に入るのを見たと言った俺の大切な、ああ大切な仲間が嘘をついたって事になるがぁ……そういう事かぁ? どうだ、しっかり頭使って答えろよぉ?」


「違う、確かに建物には入ったが……任務を聞く為に指定されたのがそこだっただけだ、内部の人間から任務を受ける事ぐらいお前にも経験あるだろ?」


「確かにあるな、あるぞぉ……だぁが何故かな、俺にはどーにも腑に落ちない気がするんだが……」


 ワグナールのねっとりとした視線が全身を駆け巡り寒気がする、何より腑に落ちないのはこっちのセリフだ……仮に俺が裏切り者だったとしても、骨齧りのネズミ野郎がわざわざ俺を罰する為に来るとはとてもじゃないが思えない。


「もう一度聞くがぁ……ミドー、お前は本当にアカシック・コーポレーション側の人間じゃないのかぁ? 俺は個人的にお前の事は尊敬してるんだ、本当だぞ?」


「……そりゃありがたい、だが俺は本当に──」


「かっ……!」


 顔を上げ、ワグナールをまっすぐに見つめながら否定すると奴は俺を見据えたまま後ろ手にナイフを投げ、ドクの腹部に深く突き刺さった。

 突然の事に言葉を失っている間にも患部を中心に赤いシミが広がり、力の抜けたドクが床に倒れ込む。


「あーあ! 残念だなぁ本当に、お前が俺達と同じようにアカシック・コーポレーションの傭兵になったなら盤石だったのになぁ!」


 その瞬間全ての疑念に答えが生まれた、こいつらは俺を罰しに来た訳じゃない……とっくに寝返っていた自分達に後輩が出来たのか確認しに来ただけなのだ……何という失態、自分の察しの悪さにはほとほと嫌気がさす。

 体が震える、恐怖では無い……怒りだ、自分への……そして目の前のこいつらへの憎悪が次々と腹の底から湧き上がり、故に俺は通信機など無視してあらん限りの声を張り上げた。


「──今だ、サチ!」

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