第二十三話 黒衣の襲撃者
俺達が活動を始めるのは基本的に夕方から夜になってからだ、ドローンはともかく警備兵だって人間なので夜の方が認識や警戒が甘くなるから──などともっともらしい理由はいくらでもつけられるが、本当の理由は泥棒なのだから夜に活動していた方が格好良い……というのともう一つ、俺がいつまでたっても夜型の生活から抜けられないというのが原因でもある。
……とはいえ今日に限って言えば思いっきり寝過ごしてしまった、肌寒さで目を覚ましてみれば丸一日すっ飛ばして次の日の昼過ぎなんて経験は掘り返せる限りの記憶を総動員しても思い当たらない、焦ってベッドから飛び起きてサチを探し──俺の分の毛布まで奪ってミノムシのようになっている姿を見た時は思わず声を出して笑ってしまった。
「……おおう、夕日が目に沁みる」
「こんな時間に外に出る事なんて滅多にないもんね、いつも夜だから……少し新鮮かも」
広々とした道路の真ん中を歩く俺達を照らすぼんやりとした赤い光に涙を浮かべながら腕で目元を覆う俺を見てサチがクスクスと笑顔を向けた、彼女が楽しんでいるようで何よりだが……やはり俺には良い景色だとは思えない。
下層のどこにいても見える上層への電導車の線路塔によって遮られた空、あの螺旋構造の塔の内部がどうなっているのかしっかりと見た事は無いが、見て理解するのに何年かかる事やら……見れば多少気が晴れる筈の空に圧迫感を感じるなんて、昔の俺なら想像つかなかった筈だ。
「それで? ドクのところに行くのはいいけど、今日は何を買いに行くの? 武器?」
「そうだな……武人との戦闘に備えて銃が切り札になるのは間違い無いが、二度の武人との戦闘を見て一つ分かった事があるんだ」
「分かった事?」
「ああ、武人ってやつの戦闘能力は本当に凄まじい。純粋な腕力や瞬発力、加えてあの甲冑の防御力……だが前にもサチが言っていたように動きがどこか機械的なんだよな、それでも疑惑の域を出なかったが……確信したのがミコトに一撃を加えたあの攻撃だ」
一度はサチの命を完全に捉えかけたあのカウンター、前回に関してはミコト本人は本気では無かったと言ってはいたが研究所で見せたカウンターはタイミングや振り方まであの時と全く同じだった……やはり武人の強さとはつまり、命を奪う事に関して最高効率のみを追い求めた動きなのだ。
最小限の動作と最高速度の攻撃、そして完璧なタイミング……それらを常にこなす武人はやはり強力であると言わざるを得ないが、では何故サチの一撃をモロに受けてしまったのか? ここからは仮説に過ぎないが、恐らく武人は機械的故に想定外の動きに弱い。
大振りの攻撃でカウンターを誘い、放たれたカウンターに対するカウンターなんてものを想定していないのだ……故に反応が遅れ、サチの一撃を受けた。
こうして言葉にするのは容易いがサチのやってのけた事はまさに神業だ、誰にでも出来る事では無いし俺だって出来るかどうか怪しい……あまり考えたくはないが、戦闘におけるあのセンスこそ閻魔の武人たり得る素質の一つなのかもしれない。
「……恐らくだが武人は不意打ちに弱い、闇討ちや奇襲って意味じゃなく文字通り想定外の一撃にな。例えば……あー……パンパンに膨らませた紙袋を目の前で割ってみせるとかさ、そういう場面に直面すると武人は脳の処理が追い付かなく……いや、違うな。脳の処理に体が追い付かなくなって硬直するんだ、サチがやってのけたカウンターに対するカウンターがそれに当たる訳だな」
「えぇ、紙袋割るのと同じレベルなのー……? でも要するに武人の思考を乱せる武器が欲しいって事だよね、コートの袖からスタンバレットが飛び出るとかパーティ用のクラッカーが鳴るとか?」
「そういう事だな、ハッキリ言って武人に正面から向かって行って勝てるとは思えない……それを試す気にもならないしな、卑怯だろうがなんだろうが勝率を少しでも上げる努力はするべきだろうと俺は思うわけだ」
「確かにね……でも、いいの?」
「……」
いいの、とはつまり『武人を殺していいの?』という事だ。
方向性は違うとはいえ子供達を救いたいというククルとディア、それに俺だって武人が子供だと分かった今でも心の底から彼らを殺したいのかと問われたならば……即座に首を縦に振れる自信は無い。
──だがそれは慢心だ、心の隙だ。
俺達が武人を圧倒出来る力を持っているならば手加減も考えられるだろう、しかし事実はそうじゃない……力の差は圧倒的、勝てる確率は小細工を有してようやくスレスレといったところだ……そこに命を奪わないという選択肢を入れる余裕なんて無いし、そんな危険な賭けにサチの命を乗せる訳にはいかない。
倫理観など知った事か、正義感など腹の足しにもならない……俺が欲しいのはただの明日、それも昨日よりも僅かでも良い事のある明日が欲しいだけだ。
「……構わない、あいつらだって分かって俺達に依頼してる筈だ」
「分かった、私はミドーに従うよ」
足を止め、小さく頷くサチと目を合わせて頷き返す。
人間なのだから感情で動くのはいい、流される事もあるかもしれない……想定外の事も間違いなく起きるだろう、だからこそ心の中の芯だけは同じ方向を向き続けていなければならない……いずれ必ず、それが武器になる。
「……そういえば、今日は全然人がいないね。時間のせいかな?」
「そうだな……確かにいつもよりは早いが……」
ぐるりと辺りを見渡すがサチの言う通り誰もいない、元々下層なんて大通りでも人通りの多い事は無い……無いがそれでも酒や薬で潰れている奴、フラフラと虚ろな目で歩いている奴をチラホラと見かけるものだが今日に限っては誰一人見かけない。
時間も早いとはいえ夕方前といったところ、あまり気に留めていなかったが……やはり妙だ。
「よぉドク、いるか?」
久しぶりにドクの店の建付けの悪い正面扉を開くとギィギィという耳障りな音が辺りに響いた、不快な音の筈なのに俺はこの音が嫌いではない。
「……来るのが遅いぞ、またトラブルにでも遭ったか」
ガラクタの並んだ棚が無数に並ぶ埃臭い店内を中ほど進むとカウンターの奥の扉から不機嫌そうな表情のドクが姿を現した。相変わらずでっぷりとした腹を片手で擦り、ライター型のメモリーキーをもう片方の手でいじっている。
「なーに、一度に大量の報告を受けてドクが老けたら大変だから日にちをズラしてやったんだよ。俺なりの配慮ってやつさ」
「ふんっ、相変わらず生意気な奴だ……今日はあの山猫は連れて来てないのか?」
「ああ、どうにも俺の怪我の看病で気疲れしたみたいでな……家で休ませてるよ」
「どーせろくなもん食わせてないんだろ、お前は他の奴より稼いでるんだからもっと良い物食わせてやれ。いいか? 俺達は寿命で死ぬ事はねーが体を壊せば案外ポックリ逝っちまうんぞ、だいたいお前はいつも……」
「あーあー! 分かった、分かったっての! んな事より報告させろって!」
小言は沢山だと両手を挙げて全身で拒絶するが、まだ言い足りないのかドクは顔をしかめて残りの言葉を溜め息として吐き出す。
「はぁ……まぁいい、それで? どうだったんだ」
「とりあえず……俺の行ったポイント十七地点の大蛇の武人だが、巡回ルートに変更は無さそうだ。時間通り大通りに現れたよ」
「そうか、なら……二区のポイント四はどうだった?」
「……ああ、そっちも問題無い。それより……他の担当からも報告きてるんだろ? そっちはどうだったんだ?」
「他は……」
「あー残念だがお前に質問する権利は無ぁい、それよりも俺達の質問に答えるんだぁ……裏切り者さんよー?」
ドクの言葉を遮って両脇からステルスコート姿の二人が突然現れ、俺にブレードを向けた。
ランクは低いが視覚阻害効果付きのコートも硬質ブレードも俺達が普段使っている物と同型……つまり同業者という訳だ。
「……裏切り者だと? 一体何の話をしてるんだ?」
「うるせぇ! 動くんじゃねぇよ!」
最初に俺に話しかけた奴とは違う背の低い男が甲高く叫び、俺のコートの内側に手を入れるとブレードを奪った……随分と手慣れた速度だ、この男はこっちが本業らしい。
「……男に体をまさぐられる趣味なんか無いんだがな?」
「うるせぇって言ってんだよ!」
「うぐっ……!」
甲高い声の男の拳が腹にめり込み、思わず膝をつく。
拳に何か仕込んでいるのか想定外の威力だ……他にも得られる情報は無いかと見回そうとするが、もう一人のブレードが喉元に当たり首の自由が奪われた。
「……他に上層に行っていた仲間がお前を見たんだぁ、ガキと一緒に警報音を鳴らさずにエマージェンシーテープを超えるのをなぁ?……面倒な事になる前に答えろぉ、お前はアカシック・コーポレーション側の人間なのか……さぁ、どうだぁ?」




