第二十話 葬られた失敗作
「武人の育成って……やっぱり敵だよミドー! すぐに撤退しよう!」
『……サチ、少し雰囲気が変わりましたね。先程の戦いも見ていましたよ、見事でした』
声を張り上げるサチにディアが穏やかに語り掛ける、表情も見えない立体映像でしか無い筈なのにサチを見つめるその視線は情愛のこもったもののように思える。
「なに……言って……」
「サチ、落ち着け」
ディアに向けたブレードの切っ先が動揺からか僅かに震えてしまっている、傍にまで移動するとサチの肩に手を置き……代わりに俺がディアに向けて一歩前に出る。
「サチの事を知っているみたいだな……お前が知っているって事は、サチが閻魔の武人だって話は本当なのか?」
『……どなたからか聞いたのですか?……ですが、その通りです。武人となる為に連れて来られた子達に戦闘技術を教育したのも食事などの準備も全て私がしていました……しかし、それも彼女にとっては今や記憶に無い過去の事……突然変な事を言って怖がらせてすみませんでした、サチ』
「……」
俺のコートの背中を掴んだままサチはディアを見つめて押し黙っている……短い期間で自分の知らない自分の話を立て続けに聞かされたのだ、不気味に思うのも無理もない。
「……分からないな、ミコトもあんたもアカシック・コーポレーションの手先だろう? 殺す為に呼びつけた訳じゃないなら、何が目的だ?」
『ミコトとは仲良くして頂いたようですし、もう少し砕けたやり取りが出来ると思っていたのですが……いえ、私が少し間違えてしまったようですね……お二人にここへ来てもらった理由は一つ、私からの依頼を受けて頂きたいのです』
「……依頼? 天下のアカシック・コーポレーション様が下層に住む俺達に、か?」
『いいえ、この依頼は私個人からのものです。アカシック・コーポレーションの利益等は一切関係なく、それどころかむしろ逆の目的の為と言えるでしょう』
「何……?」
ますます訳が分からない、企業に所属する人工知能である彼女が自分の会社の不利益になる依頼を俺達にしようというのか?……あり得ない事だ、これで相手が人間であるなら他社を蹴落として自分が成り上がろうとする他企業のスパイという可能性も無くは無いが今やアカシック・コーポレーションの一強時代、無暗に反抗するより同調して甘い蜜を吸っていた方が利口というものだ……それに何より、ディアの発言は人工知能の理念に完全に反している。
「何が目的かは知らないが……俺達を馬鹿にするのもいい加減にしろ、人工知能に過ぎないお前が自分の住処に不利益になる行動を取れる筈が無いだろう!」
人工知能、ロボットにドローンにドロイドにガイノイド……名称なんて何だって良いが、全てに共通するのは命令に反する事と自らの不利益に繋がりかねない行動は取れないという事だ。
そういう意味では武人も機械と同様だと言えなくもないが彼女らは血の通った人間であり強い催眠をかけて制御下に置こうが心の根底には自我の欠片がどうしても残る、ミコトのようにその欠片が何らかのきっかけで爆発し自分としてのコントロールを取り戻す事は考えられるが、自我そのものが他者の作り物である人工知能に関してはそれが起こるとはとてもじゃないが考えられない。
「あー……ディアの言葉は嘘じゃないっすよぉ、アタシが今こうしているのもディアのおかげなんすから……いてて」
ハッとして振り返ると目を覚ましたミコトが顔だけを向けていた、何度か勢いをつけて起き上がろうと試してしているようだが血を流し過ぎたせいか上手くいかないようだ。
「……ほら、体重かけていいから早く立ち上がりなさい」
「わはぁ、やっぱりサチお姉ちゃんは優しいっすねぇ」
いつの間にかミコトの傍に移動していたサチが片手を差し出していた……その手を掴み、ゆっくりとだがミコトが立ち上がる。
「……もし騙し討ちをしようとしても無駄だから、不審な動きをしたら刀を抜く前に今度こそトドメを刺すから」
「しないっすよぉ、あれだってテストの一つ……本当に斬るつもりなんて無かったっすもん、反撃は予想外だったっすけどー」
「……色々聞きたい事はあるが、まずはあいつの言葉が嘘じゃないってのはどういう事だ? 人工知能なんだろう、あいつは?」
「あいつ、じゃなくてディアっすよぉ……まぁ今はいいや、彼女は確かに人工知能ですよ。ただし、普通の人工知能じゃなくって……『アンサング』って覚えてます?」
「アンサング……?」
ミコトの言葉を反芻しながら口元を手で覆い、少し考える……アンサング、かなり昔だが間違いなく聞いた事のある言葉だ。
「……ミドー、知ってる?」
「ハッキリと覚えている訳じゃないが……随分昔にアカシック・コーポレーションが発表した人工知能の名前だったか……」
「さっすがおにーさん、記憶の残し方が上手っすねぇ!」
「だがあれは失敗作として早々に世の中から消えた筈だ、詳しい事は覚えていないが……完全自律型で、その特徴が……確か」
『嘘をつける、その通りですミドーさん』
嬉しそうに囃し立てるミコトを無視して言葉を続けるとディアがぼんやりとしていた点を補足してくれた、お陰で古い記憶だったが段々と輪郭がハッキリしてきた。
「嘘をつける人工知能って、その……」
「ああ……自律した思考能力を持ち、より人間味を追求した人工知能……そんなもの、今はもちろん当時の人々だって求めてはいなかったさ。武人を作り上げた事で今や盤石の地位を手に入れてはいるが、天下のアカシック・コーポレーションにも迷走していた時期があったって事だな」
本人が目の前にいるからか言葉を選ぶサチの考えている事をズバリ言葉にしてやる、当時は失敗作だの新たな人間を作るつもりなのかなどとかなり非難を浴びていた……今も外を歩く人達の頭にそんな暴言を吐いた記憶など、欠片も残っていないのだろうが。
「全て廃棄されたと発表された筈だが……残っていたのか」
『はい、私の基盤は唯一残ったオリジナルのアンサングAI……社会的には失敗でしたが、彼にとっては成功例の一つであり全てを無かった事にするのは耐えられなかったようです』
「……カシム博士か」
俺の言葉にディアが小さく頷く……カシム・ラップロジャー博士……彼こそ記憶抽出技術の第一人者であり、永くアカシック・コーポレーションのトップに立ち続ける男の名だ。
『はい、私の生みの親であり……廃棄される筈だった私を手元に残してくださった命の恩人です』
「なら……そんな恩人に隠れてまで俺達に会いに来てまで依頼したい事とは何だ?」
『……貴方がたに依頼したい内容はとてもシンプルです、彼を……父を止めて欲しいのです』




