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第二話 トラップ・トリート

 半壊し、放棄された廃マンションの三階の一室……それが俺の住処だ。

 下手な廃屋より頑丈だし適度な高さで周囲を見渡す事ができ、部屋へ辿り着くまでのルートが限られるので罠も仕掛けやすくそういう意味でも俺達には都合がいい、高い塀に囲まれた屋敷を占領した奴もいたが気が付いた時にはスカベンジャー共に見るも無残な姿に荒らされていたんだったか……彼らを笑う気は無いが同じ(てつ)を踏みたいとはこれっぽっちも思わない。


「……ん、また新しいのが増えてるな」


 このマンションにはワイヤートラップ・小型爆弾・ブレードトラップなどなど……俺とサチが時間をかけて仕掛けた罠が数えるのも面倒なぐらい設置してある。

 大半の罠は俺達には反応しないように設定してあるがワイヤーだけは躱して進まないと無事では済まない、文字通り頭に叩き込んだ配置を参考に罠を避けながら階段を上っていると見覚えの無いワイヤーが増えていた、どうやら留守の間にサチが追加したらしい……光の角度によっては非常に見えづらくなっており、最初に比べて格段に腕を上げているのが分かり思わずニヤリとしてしまう。


「これは……遮光塗料か、なるほど……効果的だ」


 新たに増えたワイヤーにグッと顔を近付けると妙な違和感を感じ、違和感の正体を調べる為に指先でそっと触れてみるとワイヤー自体に光を遮る塗料が塗られているのが分かった。

 日中の開けた場所で設置するには逆効果だが今いるような常に暗所となる階段の隅に仕掛けるなら話は別だ、塗料を使用するなんて俺はあいつに教えていない……自分で辿り着いたのだとすると、やはりあいつには才能があるのだろう。

 最早口元を手で覆わないと浮かんだ笑みを隠し切れない、階段を上がる足が今にも踊り出しそうになっているが自分では止められなくなってしまった。




「ただい……うおっ、いつからそこに?」


「おかえり、足音でミドーだって分かるよ。それより……そんなに食事会は楽しかったの?」


 ようやく愛しの我が家であるマンションの一室に辿り着き、中にいるであろう相方に声をかけながら扉を開くと彼女は既に玄関に立ってこちらを見つめていた、挨拶を返してくれてはいるがあの情報屋に負けないくらいムスッとした表情を浮かべている。


「お?……何でそう思うんだ?」


「足音の数、いつもはきっちり二十八歩だったのに今日は早足だったし二十一歩で扉まで来たから」


 闇に溶けるぐらいに黒く染まり、短めにカットした髪を揺らしながら俺の服にグッと顔を近付け何やら匂いを嗅いでいる、確かに匂いも立派な情報だが犬じゃあるまいしそれで何が分かるというのか……。


「……唐揚げと揚げ出し豆腐、それと……卵?」


「お、おお……大正解」


 思わず考えるより先に感心の声が漏れてしまった、改めて自分でも服の匂いを嗅いでみるが全く分からない……困惑する俺が面白いのか彼女の口元に小さな笑みが浮かんでいる。


「だけど別に情報屋との飯が楽しかった訳じゃないさ、それより新たにワイヤートラップを仕掛けたろ? 遮光塗料を使ったのはお前のアイディアか?」


「っ……気付いたの?」


「当たり前だろ? 単純な方法ではあるがかなり有効な手段だと思うぞ、ただ次からは塗料を変える必要があるな……あれじゃ臭いがキツすぎる」


「それは私も思った、しばらく置いておけば飛ぶかと思ったけど……わっ」


 俺の意見に同意して頷くサチが可愛らしくなり、思わずそのふんわりと柔らかい髪に手を乗せると一瞬驚いたようだがすぐに大人しくなり素直に撫でられた……背の小ささも相まって本当に小型犬のようだ。


「塗料の臭いの件はともかく今ある物を使って仕掛けるってのは罠の基本中の基本だ、そういう意味では今回のお前の罠は充分実践に使用出来る……合格だよ、そういや匂いと言えば何か美味そうな匂いがするな……肉でも焼いたのか?」


「うん、私もご飯食べようと思って……ミドーも食べる?」


「ああ、じゃあ少しだけ貰おうかな」


 サチの頭からそっと手をどかすとほんのりと頬が色付きぎこちない笑みが浮かんでいた、恐らくは褒められた嬉しさを噛み殺そうとして殺し切れなかったのだろう。

 そんな表情を隠そうとしたのかくるりと俺に背を向けると部屋の奥へと足早に走って行った……風になびく黒いスカートは年頃の女の子らしく可愛らしいが相変わらず上は明らかにサイズの大きな男物のティーシャツを愛用しているようだ、長いシャツを留めている腰のベルトも銀色のゴツい装飾が目立ち一見するとアンバランスのようだが見慣れてくるとこれがなかなか似合っているようにも思えてくるから不思議なものだ。




「……待て待て、まさかそれだけか?」


「え? そうだけど……何か変?」


 向かい合わせに座った食卓の上には少量のご飯が入った茶碗と焼いた肉が数枚乗った皿のみ……俺が自分で食べるならこれでも充分だが、目の前で行われる少女の食事としては少々目に余る。


「変って訳じゃないが……もう少し食え、確かまだアレが残ってただろ?」


 台所の脇にあるボロボロの棚の扉を一つ開けて中から缶詰を一つ取り出す、本当はしっかりとした料理の方が良いのは百も承知だが……こんな場所じゃ食えるものは限られている。


「これでも充分なのに……それに、それって緊急時用の保存食でしょ?」


「ばーか、年頃の娘がキチンと栄養も取れない今こそ緊急時だっつの」


 ポケットから充電式のライターを取り出し缶詰の底を軽く炙って十秒ほど待ち……火傷しないように気を付けながら缶詰の蓋を開けて肉の乗った皿の上に中身を広げる、茶色一色だった皿の上に色とりどりの野菜のソテーが追加された……これなら栄養的にも見栄え的にも良くなった筈だ。


「……あ、しまった。皿は別の方が良かったか」


 満足したのも束の間、先程怒られたばかりなのを思い出し顔をしかめる……しかしサチは不思議そうに首を傾げるだけだった。


「え、いいよこれで? 洗い物増えるだけだし」


「そ、そうか?……まぁ、そうか」


「……変なの、いただきます」


 俺の行動に疑問をもったようだが追及するような事はせず、箸を手に持つと野菜のソテーを一つ摘まみ上げて口に運んだ……サチはいつも両手に赤と黒色の縞模様の肘ほどまで伸びる長い指ぬき手袋を着けている、そんなものを着けたまま食事をして汚さないのか気になったが俺の予想に反してサチは毎回器用に食事をとっている……正直助かる、俺だってそんなうるさい小言なんて言いたくない。


「お……美味いな」


「でしょ? 最近やっとお肉を柔らかく焼く方法が分かってきてね?」


 目の前の皿から肉を一つ口に運ぶと俺が焼いた時よりも遥かに柔らかく、食欲の湧く味に仕上がっていた。

 何で出来ているかも分からない安い合成肉、味なんてたかが知れていると思っていたが……これは素直に驚きだ、早々に二枚目に箸を伸ばす俺をサチが嬉しそうに見つめている。


「ほら、ミドーも栄養とらなきゃ。野菜もちゃんと食べて?」


「いや俺は……豆腐食べたし」


「……豆腐って野菜なの?」


 目を細め、何か言いたげなサチに返す言葉も無く曖昧に笑うと俺の皿に野菜のソテーが追加された。




「それで、今回のターゲットは?」


貸し記憶(レンタ・メモリ)の管理係、報酬は前後合わせて一万六千だ」


「……金額が大きいのもそうだけど、変なターゲットだね?」


 二人並んで流し台の前に立ち、俺から受け取った皿の水分を拭きながらサチが俺と全く同じ意見を口にしたものだから思わず笑ってしまった。


「全くだ、だがまぁ今の俺達じゃ仕事を選んでられないのが辛いところだな」


「……ミドーは優しいから、あの女にいつか騙されるんじゃないかだけが心配だよ」


「おいおい……曲がりなりにもあの情報屋はお前の恩人だろ?」


「むぅ……それで、いつから?」


「二時間後、装備は……あー、D装備でいいだろ」


 最後の皿を水切り台の上に乗せて手を拭いているとサチが自分の身長の半分程もある大きなトランクケースを食卓の上に乗せて手慣れた様子でロックを解除し開いた、中には格納式の硬質ブレードやスタンショットにフラッシュグレネードなどなど……それと忘れてはいけない簡易記憶抽出機も数個入っており、その内の一つをサチが拾い上げるとスカートの内側の太ももにベルトで固定してある小型ポーチの中に押し込んだ。


「んー……ちょっと不安だからミドーもブレードを忘れないで、使わないで済むのが一番だけどいざという時に無いと困るのも間違い無いし」


「あいよ、出発前に風呂でも入っていくか?」


「そうする、塗料の臭いもついてるだろうし……あ、覗いてもいいよ?」


「アホ、早く行ってこい」


「はーい、ふふっ」


 笑顔で風呂場に向かうサチを見送るとため息をつき武器の入ったトランクに視線を落とす……記憶を整理する事で繁栄した不老の社会が俺達のような存在を生み出すと果たして誰が想像しただろうか?

 ──社会から外れた下層に住む二人組の記憶泥棒(メモリー・シーフ)、それが俺達の正体だ。

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