第十九話 山猫の一刀
「お前……この前の武人か? 二度もミドーを襲うなんて……彼を返して、じゃないと……今度こそ斬り殺すっ!」
「わはー……そんな事言って、さっきの一撃も殺すつもりで振り下ろしてたじゃないっすかぁ」
二本目のブレードを取り出し切っ先をミコトに向けるサチ……彼女から放たれる殺意も戦意も本物だ。ミコトも軽口を叩いてはいるが俺と話していた時の雰囲気はすっかり消え失せ、完全に戦闘態勢に入っている。
「待て、サチ! そいつは──」
「おにーさんは少し黙っててください、これも必要な事なんすよ」
これ以上の衝突を防ごうと声を上げるがミコトが腕を横に伸ばして俺の言葉を制する、俺を連れ出す事でサチを巻き込んだ事はとっくに理解したが何故敵対する必要があるのか……俺にとって利のある話だというのであればサチにとってもそうではないのか? グルグルと思考を巡らせるが納得のいく答えが見つからない。
「……今日は随分喋るのね」
「本来アタシはお喋りなんすよ、少しはアタシに興味湧きました?」
「無い」
短く言葉を吐き捨てると一気に速度を上げてサチが駆け出した、長い刀を横に構え防御体制のままのミコトの眼前にまで潜り込むように辿り着くと全身を素早く捻じり、横薙ぎの一撃を振りかぶる……それを見た俺は一気に全身から嫌な汗が吹き出す──最悪だ。
まるでフィルムの焼き直し、以前よりも振りは正確だし鋭いが……それでもやはり戦闘能力はミコトの方が数段上をいっている、防御姿勢のままサチの攻撃に合わせるように放った横薙ぎの一閃……まさにカウンターの一撃は再びサチの首を完全に捉えていた。
「──サチっ!」
弾かれたように走り出す……が、遠い。
サチを守る為であれば腕を斬られようが、最悪切断されようが構わない……が、想いは強くとも今の距離からでは指先すらも届かない。
虚しく空を切る手の先でミコトの刃がどんどんとサチに迫っていく──。
「……甘いっての」
「!?……ぐっ!」
咄嗟に腕を縦に構え防御姿勢をとったミコトがサチの一撃を受け、数メートルほど後方へ吹き飛ばされた……俺はというとサチを助けようと腕を伸ばした姿勢のまま動けずにいた、一体何が起きたのか脳の処理が追い付いていない。
だが見えてはいた──端的に言えば全てがフェイントだったのだ、これみよがしの高速移動も大振りな横薙ぎも……全てはミコトにカウンターを打たせる為の盛大なフェイント、ミコトが反撃に移った瞬間全ての行動を取りやめたサチは姿勢を低くしたまま飛びかかり……カウンターを潜り抜けてがら空きになった体に改めて双剣の一撃を叩き込んだのだ!
「……わはー……今のは驚いたっす、いやさすがっすねぇ……」
「それはこっちのセリフ、完全に届いたと思ったんだけどな……武人の反射神経ってホント、とんでもないのね」
サチがブレードを横に振ると壁や床にべっとりと血が飛び散った。
ハッとしてミコトの方を見ると左腕がだらりと垂れ下がり、指先から血が次々に滴り落ちているでは無いか……辛うじて防いだとはいえ、サチの一撃はそれほどまでのダメージだったという事になる。
「ほ、褒めてくれるんすか……? ふふ、嬉しいっすねぇ……」
ミコトの手から刀が滑り落ち、床にぶつかると激しい金属音が辺りに響く……その音でようやく固まっていた俺の体が動かせるようになった。
「……とにかくミドーは返してもらう、お前も武人ならこの結末を一度ぐらい考えた事があるでしょ?」
大きくブレードを振りかぶるサチ、そんな彼女をぼんやりと見上げるミコトの表情はどこか穏やかだ……しかし、これは俺の望む結末などではない。
「──やめろ、サチ!」
「っ……ミドー? どうして止めるの、こいつに襲われたんでしょ?」
二人の視線が一斉にこちらを向く……ブレードを振りかぶったままではあるがサチの腕からは既に力が抜けている。
「違うんだサチ、全部説明するが……その前にミコトの手当てをしよう、あの出血量はマズい」
困惑した様子で立ち尽くすサチだったが俺が本気でミコトを治療しようとしているのが伝わってからは何も言わず手伝ってくれた、ミコトの傷は深くはあったがサチの持って来てくれた治療道具を使えば何とか持ち前の生命力で持ち直してくれそうだ。
「それで……ミコトって、この子の名前? この子、武人で間違いないんだよね?」
「ああ、間違いなくこの子は以前俺達を襲った武人だ……本人もそう言ってたしな」
傷を縫い合わせ、手についた血を拭っているとようやく向かいに座ってたサチが口を開いた……俺達の間から聞こえるのは小さな寝息、どうやらミコトはいつの間にやら眠ってしまったらしい。
「訳が分からないんだけど、武人の巡回ルートを偵察しに行ったと思ったら別の武人と出くわして……しかもこの子は敵じゃないって?」
「少なくともこの子はそう言ってたな、何の為にここに連れて来たのかは分からないが……少なくとも一度も俺に敵意は向けなかった」
「……ちなみに、言葉以外でミドーがこの子を敵じゃないと思う理由は?」
「無い、俺の勘だ」
「……あ、そう。じゃ……この子は敵じゃないね」
「ああ、敵じゃない」
少し離れた壁まで移動し寄り掛かるように座ると、サチも隣に腰掛けた……何も知らない他人が聞けば何だその理由はと憤慨しそうなものだが、サチを引き取ると決めた際に彼女から感じた雰囲気と今のミコトから感じる雰囲気が似ていた……たったそれだけの理由だが、俺はこの自分の勘を信じている。
結果論ではあるが何度もチャンスはあったにも関わらずサチが俺を襲うなどという事は起きていないし、今や俺の大切な相棒だ。
ミコトにそこまでを求めている訳では無いが、少なくとも彼女の言葉通り敵ではないという妙な確信を今の俺は持っている。
「それにしてもよくここが分かったな、バーガー店までは分かるがその先はどうやったんだ?」
「……出かける時、今日は私が選んだ靴を履いて行ったでしょ? 信用してくれるのは嬉しいけど、さすがに警戒心無さすぎ」
「靴?……あ」
確かに今日はサチの選んだ靴を履いて出かけた、だがそれがどうしたというのか……と思いながら視線を落とすと黒いブーツの靴底に小さなボタン型の機械が取り付けられていた。
追跡者……その名の通りこれが取り付けられた靴で歩くと地面に痕跡が残り、俺達の使うマスクなどを通して見ると足跡が光って浮き上がる便利な道具だ。
「やられた……さっきの一撃といい、随分成長したもんだなぁ」
「ん……新装備が間に合ったのも大きかったけどね」
サチの頭を乱暴に撫でてやると照れくさいのかそっぽを向きながら刃を収納したブレードをくるくると弄び始めてしまった、以前の戦闘ではあっさりと折れてしまったが今回は手甲ごと切り裂いた上に刃こぼれなどを起こした様子も無く、ブレードの柄には新たな仕掛けも要望通り追加されている……テスト前に実践投入となってしまったがドクは良い物を仕上げてくれたようだ。
「それで? どうしてミドーはこんな所に連れて来られたの?」
「さぁなぁ、俺達に会わせたい奴がいると言ってたんだが見ての通りここには誰もいないし……ミコトはこの通り寝ちゃってるしなぁ」
改めて今いる部屋をぐるりと見回す……随分広く天井の高いホールだ、何故研究所の奥にこんなコンサートでも開けそうなホールがあるのかは分からないが相変わらず俺達以外に人の気配は無く、違和感があるとすれば壁沿いに資料棚のようなものや何かの機械がいくつか並んでいる事ぐらいか……だがそれも研究所である事を考えればむしろ自然のように思える。
「……ミコトっていうんだ、っていうか……名前で呼んでるの?」
「ん? ああ……何か名前で呼んでくれっていうからさ」
「……ふぅん」
すっと立ち上がったサチが眠っているミコトに傍にしゃがみ込み彼女の頬を軽く指でつつく……細い指が柔らかそうな頬に軽く沈むがミコトが起きる気配は無い。
「何にしても、このままここにいる理由も無いんじゃない?……起こす?」
「そうだな……少々気が引けるが、まぁ仕方ないか」
『……その必要はありません、久しぶりに安心して眠っているようですし……もう少し寝かせてあげてください』
「っ!?」
突然頭上から降り注いだ声にハッと顔を上げると即座にブレードを抜き、サチと背中合わせに立ち周囲に視線を向ける……ぐるりと部屋中を見回すが声の主の姿は無い。
「こっちはダメだ……見えるか?」
「こっちもダメ……見えない」
『驚かせてすみません、今そちらに行きますね』
遠くから聞こえるようなすぐ近くにいるような不思議な響きをもった声だ、撤退するタイミングやルートを思案しているとやがて少し離れた位置に紫色に発光する女性を模した人型が姿を現した。
「……立体映像、だと?」
『こんな姿で申し訳ありません、私には実体がありませんので……』
「実体が無いって……どういう事、ミドー……やっぱり罠なんじゃ」
「……」
申し訳無さそうに首を振る紫色の女性型シルエットに俺は答えを決めかねていた……人間相手であればハッキリと判断できる俺の勘も映像相手ではその限りでは無い。
『まずはミコトを殺さないでくれてありがとうございます、ミドーさん。まずは自己紹介を……私は武人の育成及び教育の為に作られた人工知能、個体名称をディアといいます』




