第十八話 武人の作り方
物事や計画というやつは綿密に組めば組む程想定外の事態が起きるものだが、さすがに武人と二人で上層の街を歩く……などという事態は想定している筈がない。
「ふんふん……ふーんっ」
「……随分ご機嫌だな」
「え? あれっ……確かにそうっすね、あはっ……なんででしょう?」
「いや、俺が分かる訳無いだろ……」
今の今まで自分が鼻歌を歌っていた事にも気付いていなかったようだ、サチよりもころころと表情の変わるこの子は見ていて飽きないし嫌いではない……が、俺もやるべき事はやっておかなければならない。
「それより……目的地は遠いのか?」
「走ればすぐっすけど……まぁのんびり行きましょ、それでもそんなに時間はかからないっすよ」
「なら……暇つぶしがてらにでも少し質問してもいいか?」
「いいっすけど、話せない事もあるっすよ?」
「構わない、ただの暇つぶしみたいなもんだ」
悔しいが今の俺に餓鬼の武人を正面から倒す力は無い、逃げる事も恐らく厳しいだろう……ならば今俺がするべきは少しでも情報を掴む事だ、聞きたい事は山ほどあるがまずは当たり障りの無いところからが無難か。
「しかし、量もそうだがあんな甘ったるいバーガーをよく食べれたな。舌がおかしくなったりしないのか?」
「あー……アタシ武人になる為の投薬のせいで味覚が殆ど無いんすよ、だから普通のご飯じゃ全然味しなくって。それでも甘い物が食べたい! ってなったらあそこぐらい甘くないと……ってワケなんすよ」
「っ……そうだったのか、それは……無粋な事を聞いたな」
他愛ない雑談のつもりだったが思わぬ地雷を踏んでしまった……しかし想定外は重なりこちらに顔を向けながらだらんと舌を出し、自らの舌を指でつつく少女の表情はなんとも嬉しそうだ。
「いやいや、全然構わないっすよ!……わはー、なんか自分の事聞かれるのって嬉しいっすね! 他にも聞きたい事とか無いんすか、何でも聞いてください!」
「ん……そうだな」
すぐに浮かんだ質問を口にしようとして一旦飲み込む、今の質問だってミコトが大らかだからセーフだったのであって結果的にギリギリのデリケートな質問になってしまった……もう少し言葉を選んで質問するべきだろう。
「そういえば……その腕、大丈夫っすか?」
「ん? ああ、この通り……もうすっかり平気だよ」
質問を考えているとミコトが俺の右腕を指差して問い掛けた。
あの時の刀傷はとっくに塞がっているが今は念押しの為に痛み止めのジェルを塗ってあり、それが乾燥しないように保湿テープを厚く巻いているので彼女の目には痛々しく映ってしまったようだ。
「良かった、あの時はホント……すいませんでした」
「は……いやいや、何でお前が謝るんだよ! 上層を守る武人の役割としては正しい事をしたんだろ?」
「そうなんすけど……いや、あの時は違ったっすね。何故か分からないっすけど急にお姉ちゃん……サチお姉ちゃんの事が脳裏に浮かんで、訳が分からないまま闇雲に走ってたら……そこにおにーさん達がいたっす」
「なら俺達を捕捉してた訳じゃなかったのか……あの時も言っていたが、お前の言うサチお姉ちゃんってのは……俺と一緒にいた女の子の事で間違い無いのか? 妹がいたなんて初耳なんだが……」
小さく頷くミコトを見て心の中でガッツポーズを決める、どうやって質問を詰めようか考えていたところにまさか向こうから飛び込んでくれるとは……。
「いえ、お姉ちゃんってのはそういう姉妹という意味ではなくて……あだ名みたいなもんっす、施設の中で武人としての教育と投薬でボロボロになってたアタシにサチお姉ちゃんはいつも優しく接してくれました、だから頑張れましたしいつか一緒に戦えたら……なんて思ってたんすけど、まさか刃を交える側になるとは……ホント、それこそ死ぬほど驚きましたよ。お姉ちゃんの方はアタシの事なんか忘れちゃってたみたいっすけど」
苦笑しながら寂しそうに呟く言葉に妙な違和感を覚える、ククルの言葉が本当なのであればサチは武人候補として生きていた頃の記憶を失っている。
ミコトがどの段階で武人となったのかは分からないが同じ施設にいたのであればサチが起こした反乱についても少しぐらいは知っている筈だ、単にサチが記憶を奪われている事を知らないのかミコト自身に記憶の操作が行われたか……そのどちらかだろう。
「それは……いやそれより、確かに酷く混乱していたようだったが……こう言ったらなんだが、あの時と今じゃ違いすぎないか? 雰囲気もそうだが、まるで別人というか……」
「でしょうね。実際、あの時のアタシと今のアタシは別人みたいなもんっすから」
「……何? それってどういう……」
「あ、そんな事言ってたら見えてきたっすよ! ほら、やっぱり話してたらすぐだったっすね」
何でもない事のように次々と疑問の爆弾を落とすミコトに質問をぶつけようとした俺の言葉を遮り、彼女の人差し指が少し先の建物を指差した。
他の建物と外見はさほど変わらないが入り口は『侵入禁止区域』と表示されたホログラムテープで塞がれている……あんなものが張られているという事は以前何かの事件か禁止項目に違反し、封鎖された建物という事だ。
「……おい、あんなところに入って大丈夫なのか? あのテープを超えたら警備兵やらセキュリティドローンやらが飛んでくるんだぞ?」
「そりゃおにーさんが一人で通ればそうなるっすけど……アタシが誰か忘れたんすか? 上層の守護者、武人様っすよ?」
まずはミコトがテープを超えてみせるが当然のように何も起こらない、続いて俺も……と思ってはいるのだがどうにも決心がつかずテープの手前で迷っていると、焦れたミコトに腕を掴まれ引きずり込まれてしまった……しかしやはりというかテープを超えても警告音が鳴り響く事は無く、あっさりと中に入れてしまった。
「もしかしておにーさん……ヘタレっすか?」
「うるさいな……慎重なだけだ、俺は行動よりも先に考えるタイプなんだよ」
「えぇー、本当っすかぁ?」
目を細めたミコトが下から覗き込んでくる、苦しい言い訳だった事は自覚しているのでばつが悪く思わず目を逸らしてしまう……そんな俺の反応がよほど面白かったのか彼女の口元が大きく歪むのを視界の端で見えてしまった。
「……ま、今はそういう事にしておくっすよー。さ、目的地はこの先なんでちゃっちゃと行きましょー」
「ふぅ……分かったよ」
つくづく厄介な子だ、未だに悪意の欠片の一つも見せなければ少し先を歩く彼女の背中は隙だらけに見える……お陰で俺の警戒心はグチャグチャだ、何に警戒すればいいのかどこを警戒すればいいのか皆目見当もつかない。
一旦彼女から視線を外し建物自体を見回してみる……中はあらかた物が運び出された後のようだが、所々に残った壊れた機械や内装の雰囲気を見るに以前は医療施設か研究所だったようだ、使える物も残っていそうだが……ミコトが足を止めずに進んでいくので落ち着いて観察する暇が無い。
「さっきの話だが……以前のお前と別人ってのはどういう意味だ?」
「そっすねー……質問に答えるのは全然構わないんすけど、その前に一つだけいいっすか?」
「ん、なんだ?」
置いていかれまいと少し歩くのを早めてミコトの隣に並んでから質問をぶつけると、良い事を思いついたとでも言わんばかりにニヤリとした表情をこちらに向けた、追いついた時もそうだが何となく彼女が嬉しそうな表情を見せた気がする。
「そのお前って言うの……ちょっと寂しいっす、出来れば名前で呼んでくれません? なんならちゃん付けでもいいっすよ?」
「……以前のミコトと別人ってのはどういう意味だ?」
「ぶぅ、いじわるっす……でも、ふふっ……悪くない気分っすねぇ」
ご機嫌ですと言わんばかりに長く広い廊下の中央で両手を広げ、くるりと一回転してみせる……サチを守ると決めた時に彼女ら武人に銃を向けると決めた、その覚悟に鈍りは無いが……どうしても今のミコトを見ていると本当に引き金を引きべき相手なのか分からなくなってくる、腰裏に隠してある銃の重さが俺に判断を迫っているようで妙に落ち着かない。
「さっきの質問の答えっすけど……おにーさんやサチお姉ちゃんと出会った時、アタシは目覚めたんす」
「……目覚めた?」
「はい、アタシ達武人はおにーさんも知っての通り普通の人間より強い力を手にしましたが……深層心理にまで根付いた教育プログラムのせいで自分の意志ってやつが殆ど無いんですよ、言ってしまえばアカシック・コーポレーションが生み出した戦闘人形……それがアタシ達武人っす」
「それじゃあ……なんだ、武人達は全員強力な催眠状態で……ミコトはあの時、サチを見た事でその催眠が解けたってのか?」
「はい、今はもうお目々ぱっちりっす!……まぁ本当はあの後もうひと悶着あったんすけど、それについてはまた今度って事で……さ、ここっす」
廊下の突き当りに佇む大きく頑丈そうな扉に手をかけ、こちらにニコリと笑いかけた……この先で何者かが待っているという事か、嫌でも全身に緊張が走る。
「緊張しないで……ってのは無理な話っすよね、でも信じて欲しいので一つ言うだけ言わせてください……今のアタシ達は、少なくともアタシはおにーさん達の味方っすよ」
勢いよく開け放たれた扉の向こうは天井の高いホールだった、演説台のような場所はあるが無数にあったであろう椅子は撤去され空虚な空間が広がっている。
入口近くで立ち止まり笑顔を浮かべるミコトに視線を向けても何も言わない、彼女から情報を得るのは諦めてホールの中央まで歩いて行く。
広い空間の真ん中にぽつんと一人、妙な感覚だが……やはり誰もいない、二階席もあるようだがやはり一つも椅子は無く誰もいない。
「……ここが何だっていうんだ? 誰もいないし何もない、こんな所に連れて来て何だって言うんだ」
やはり罠か、俺を殺す為だけにしては随分手の込んだ真似をしてくれたものだ……ステルスコートの起動装置である黒い金属板を懐から取り出すと、入口付近に立ったままのミコトが両手を広げて分かりやすい程に慌て始めた。
「ま、待って欲しいっす! 騙した訳じゃなくてまだ人が揃ってないんすよ……でも、おにーさんを連れだしてからもうすぐ二十五分……そろそろだと思うっす」
「何?……何を言って──」
その言葉の意味が分からず首を傾げていると、何かに気付いたミコトが顔の前に手を掲げて餓鬼の仮面を出現させ、一瞬の内に以前見た武人の姿へと変身すると俺に背を向けて素早く刃の長い刀を横に構えた……すると次の瞬間そこに黒い影が飛びかかり、刃同士のぶつかり合う激しい金属音と火花が辺りに飛び散った。
奇襲を防がれたとみるや襲撃者はすぐさま後方へ飛び退き、再び二本の刃が飛び出たブレードを構える黒い影……全身に纏ったステルスコートと顔を覆うマスクにはピンク色に光る上向きの半円模様、一瞬の出来事で動揺している事は認めるが彼女の姿を見紛う事などあるものか。
「──ミドー、無事!? 待ってて、今すぐ助けるから!」




