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第十七話 バーガー・ガール

「……お前が餓鬼の武人、ミコトだと……?」


「そうっす、なんならミコトちゃんって呼んでもいいっすよ?」


 ピンと伸ばした人差し指を自らの頬に当てて屈託のない笑顔を浮かべてみせる目の前の少女、この数秒間だけでも俺の知っている武人とは明らかに違って無機質さも冷酷さも感じない……いや、仮面を見せてもらった今でも彼女が武人である事を信じられない自分がいる。


「誰がっ……!」


「はいはいそんな怖い顔しないで欲しいっす、それに……おにーさんがアタシに勝てない事はもう分かってるんでしょ? なら下手に噛みついて怒らせるより、優しくて可愛いミコトちゃんのままでいてくれた方がよくないっすか?」


「っ……なら、俺を襲う気は無いと?」


 首を軽く傾げ覗き込むようにミコトの二つの瞳が俺を見つめる……だが威圧感も無く、威嚇されているような感覚も無ければ目の前にいる彼女からは全く殺意や敵意を感じない。

 ──唯一感じるのは無邪気であることのみ、相手を馬鹿にするでも自分を誇示するでもなくただただ純粋に思った事を言っただけ……しかしそれだけに悪人から感じるそれよりも底知れぬものを感じ、冷たい汗が吹き出しては背筋を伝っていく。


「だからそう言ってるじゃないっすか、可愛い女の子と楽しい楽しいお話タイムっすよ! でもその前に一つだけ、あと二十秒ぐらいで大蛇のジャミングが外れるんすけど……その前にソレ、ここで壊してもらえます?」


 ミコトが指差したのは俺の耳に装着している通信機、不調は未だに回復せず聞こえるのは小さなノイズだけだ。


「……もし断ったら?」


「今度は蹴りだけじゃ済まないって事っす、あと十一秒」


「……チッ」


 ミコトの目を見れば本気だという事は分かる……考える暇も無いというのは気分が悪いが仕方ない、舌打ちを一つすると耳から通信機を外してテーブルに置くと懐に仕込んだ小型ナイフの柄で叩き壊す。


「わはぁ、豪快っすねぇ」


「これでいいか?……というか、今の音はマズかったか」


「問題無いっすよ、ここにいる客は全員ウチの下っ端……おにーさんの監視っすから」


「何っ……そうか、自律体(ドロイド)か……くそ」


 自律体……つまりはここにいる客が全て人型の監視カメラだったという訳だ、俺の感知もさすがにカメラの向こうの人物にまでは届かない。

 どうにもこのミコトと名乗る少女は飄々としているように見えて、なかなかの策士のようだ。


「だぁーいせいかいっす、さっ……これで時間も出来ましたし、ゆっくりご飯でも食べましょうかー」


 ミコトの盆に乗っているバーガーは二つ、一つは違うようだが片方は間違いなく俺も食べたあの殺人バーガーだ……俺の視線に気付いたのかこちらに振り向きにんまりと笑うと殺人バーガーを手に取り大きく口を開けると、がぶりとバーガーに齧り付いた。


「んー! これこれ、たまーに食べたくなるんすよねぇ」


「……お前、それ……平気なのか?」


「もっちろん、ちょこちょこ食べに来てるんすよ? おにーさんがここに来たのは偶然っすけど、ついでにこれが食べれてラッキーっす!」


 勢いよく齧りついたせいかバーガーの側面からジャムが漏れてミコトの手を汚してしまっている、それを慣れた様子で舐め取ると再び俺に屈託のない笑顔を浮かべてみせる。


「それ、貰ってもいいっすか?」


「は?……それって……これか? いいけど、俺が一口食ってるぞ?」


「そんなの気にしないっすよ、じゃあ貰いますねー」


 食べかけのバーガーの乗った皿を差し出すまでもなく横から伸びたミコトの手がバーガーだけを攫っていった、呆然とする俺の目の前でミコトの口の中に次々にバーガーが押し込まれていき……結局、十分もしない内に三つのバーガーをペロリと平らげてしまった。


「はー、満足っす!」


 その言葉通り彼女のお腹は食前と比べて少しだけぷっくりと膨らんでいる、外見からの年齢が似ているせいか嫌でもサチと面影が重なり彼女もこのぐらい食べれば……と、つい考えてしまう。


「……おい、これ飲んどけ」


「え? なんすかそれ?」


「水だ、お前飲み物は頼まなかったのか?」


 イオン水の入ったグラスと俺を交互に見つめ不思議そうに首を傾げるミコト、何故わざわざ水をやろうと思ったのか自分でも理解出来ないが……気付いた時には口から言葉が漏れていた。


「……アタシ、毒とかあんまり効かないっすよ?」


「アホか、毒ならとっくにお前の体の中だわ。あんな甘ったるいもん食って飲み物も飲まないなんていずれ体壊すっての、ほれ……少しでもいいから飲め」


「あ、はい……」


 半ば押し付けるように差し出したグラスだったが思ったよりも素直にミコトは受け取り、ぼんやりとグラスの表面で揺れる水面を見つめている。


「……なんだ、水は苦手か? なら温かいお茶か何かでも……」


「あ、いや! 大丈夫っす、頂きます!」


 別のものを用意しようかと立ち上がろうとする俺を引き留め、慌てた様子のミコトが水を一気に飲み始めたが……今度はグラスを傾けすぎたせいで口の端から水が溢れ、彼女の服を濡らしてしまっている。


「おいおい、慌て過ぎだ……服が濡れちまってるぞ」


「え? いや、このぐらい平気……」


 彼女の服装は黒を基調としたコート、ところどころに入った赤いラインがなかなかお洒落だし生地も厚手のようだ……これなら多少濡れても平気かもしれないがそれでも不快感はあるだろう、懐から布を取り出し首元と口元を軽く拭いてやる……それにしても最初の威勢はどこへやら、借りてきた猫のように大人しいではないか。


「むぐ……ん」


「ほれ、これはやるから気になるところは自分で拭け」


「……おにーさんがしてくれないんすか?」


「俺が?」


 手渡した布を両手で持ったままポツリと言葉をこぼすミコト、彼女を見ているとククリの言葉が本当だと嫌でも実感させられる……恐ろしい程の力を持っているが彼女は、ミコトはまだ子供なのだと。


「あっ……あははは! な、なーに言ってるんすかねアタシ! もう、おにーさんが変な事するからっすよ!」


 照れ隠しとばかりに布で口元を覆いながら肩を何度も叩かれた、頬は若干赤く染まり……少なくとも彼女からは敵意も俺を騙そうとする意志も感じない……ただただ年相応の、可愛らしい女の子に見える。


「駄目っすねぇ、もう少し大人っぽくいこうと思ったんすけど……ま、おにーさんが悪い人じゃない事が分かっただけでもいいって事にするっすかね……それじゃ、そろそろ行きましょうか」


「行くって……どこにだ?」


 椅子を引いて立ち上がるミコトに続いて俺も立ち上がる……俺の分のお盆もまとめて拾い上げてダストボックスへ放り入れたミコトは口元に人差し指を当てたままくるりと振り返るとにんまりと笑ってみせた。


「会わせたい相手がいるんすよ……大丈夫、おにーさんにとっても良い話の筈っすから!」

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