第十五話 ガンズ・レクチャー
「ぼう、りょく?」
「そうだ、これを使うのに個体識別コードもオブジェクトコードも必要無い。俺が金属製のカプセルのようなものをこれに詰め込んでいたのを見ていたな? 引き金を引くとあれの一部が銃口から飛び出して命中した相手に一方的に損傷を与える……空瓶だろうが電子錠だろうが、人だろうがな」
「……撃てないものとか、無いの? 電子銃だと一部の看板とか、オブジェクトコードがあっても撃てないものがあるよね?」
「無い、破壊出来るかどうかはともかく……引き金を引くとどこに向けていても弾が出る、だから仮にこうすると……」
「っ、ミドー! 駄目っ!」
目の前で銃口を自らの頭に突き付けると血相を変えたサチが素早く飛びかかり俺の握る銃を天井に向けた、危険性を伝えるだけのつもりだったが全力でしがみついてきたサチに思わず指先に力が入り、再び銃声が辺りに響く……天井を僅かに銃弾が抉り、俺達の頭上から砂と破片の雨が降り注いだ。
「けほっ……うぇ、口の中じゃりじゃり……さいあく」
「無茶するなぁ……ほれ、髪の砂落としてやるから目ぇ閉じてろ」
「だって……わぷっ」
安全装置をオンにした銃を適当な台の上に置き、サチの髪や顔から砂を払ってやる……まずは威力と危険性を体で感じてもらう事が目的であり、少しずつ慣れさせるつもりだったのだが……まさかここまですぐに順応して対処出来るとは正直想定外だ。
「ねぇミドー……何で急にそれを見せてくれる気になったの? ここにある事は前から知ってたんだよね?」
「使うつもりは無かったがな……さっきも言ったように、選んだんだよ」
砂粒が目に入ったのか涙を浮かべるサチの目元を今度こそ出番のきた綺麗な布で拭いてやり、それでも違和感があるのか数度瞬きをしている視線の先に再び見えるように銃を差し出してやる。
「選んだって……何を選んだの?」
「武人を殺す事だ」
目を擦るサチの手が止まり、再度滲んだ涙に濡れる二つの瞳がこちらを向いたまま大きく見開かれた……俺の言っている事は分かっても理解は出来ない、そんな気持ちが色濃く浮かんでいる。
無理もない……今まで任務で人を襲う事はあっても命を奪った事は無い、その必要が無かったというのが最も大きい理由だが今回ばかりはそうもいかない……仮に相手が子供だったとしてもだ。
「いいか、サチ……ハッキリ言うが、今の俺達じゃ武人に勝てない……お前だって分かっているだろ?」
「っ……!」
たった一度、それも殆ど一瞬に近い出来事だったが……数十年重ねた経験よりもあの一瞬の方が深く俺の中に刻み込まれている。
──武人には勝てない。それがあの日、俺の中に深く刻み込まれた結論だった。
「武人の巡回ルートを避けて行動すれば上層での仕事も可能……バカで、どうしようもなく甘い考えだった……本当にすまない」
「ま、待ってよミドー! 私だって同意したんだし別にミドーが悪いわけじゃ……!」
頭を深く下げるとすぐにサチの両手が俺の両肩に乗り、頭を上げるように促す……俺は本当にズルい、こんな事をすればサチが慰めようとする事を分かってやっているのだから。
「……あの一瞬、武人の刃がサチの首にかかった時に俺は沢山の事を考えた……腕を斬られ、痛みで体は殆ど動かなかったが脳だけは止めなかった。生き残った後も一度は記憶泥棒を辞める事も考えた、だが……ククルの話を聞いて、サチの顔が武人に見られた事を考えると……既にそれで終われるラインはとうに超えてしまっている事は嫌でも分かった、だから選んだんだ……俺は頭が悪いから細かい事を考える事を止めて、優先順位を決めた」
ポカンとした表情で俺を見つめるサチに頷きながら銃を地面に置き、その頬に片手を添える……言ってしまえば俺の中で勝手に固めた結論だ、しかし手のひらを伝って感じる彼女の体温でその結論がほぐれる事は無く……むしろしっかりとした固さを実感させてくれる。
「第一に俺はサチ……お前を失うのが何より怖い、絶対に嫌だと子供のように泣いて叫んでも構わないぐらいにな」
「……えっ、あのっ……えっ?……えっ!?」
俺の言葉をすぐには飲み込めなかったようだが、徐々に理解したのか頬に触れた手を通してみるみる体温が上がっているのを感じる。
──この子はスクラップ・チャイルドだ、まだ未熟な彼女は俺がいなくては長くは生きていけない……サチに自覚は無いだろうがこうしている今も彼女から感じる好意だってきっと彼女の無意識が生み出した生存本能からのものに過ぎない、そうでなくてはこんな掃き溜めに住む俺に好意なんて抱く筈が無い……だがそれでいい、それで十分だ。
「腕を治している間必死に考えたよ。逃げるか、それとも武人を倒すか……そんな時にあのククルの話だ、結果は最悪だったが……それでも方針を固めるきっかけにはなった、情報屋の話と……今のサチの反応を見てな」
「私の……?」
名残惜しさを感じながらサチの頬から手を離し……暴力の象徴を手に取る。
手のひらに残った体温が一瞬で冷たい金属に吸い取られ、俺の手だけ別の世界に来てしまったかのようだ。
「ああ、武人が全員サチのような子供だとするなら……奴らは全員本物の銃を知らない。腕力や俊敏さで劣る俺達が武人を殺すならこいつを使うしかない」
ククルと同じ道を歩む事は出来ないが俺だって出来る事なら子供達を、いいや大人だって殺したくはない……だがそんな考えを持ったままではいつか無様に殺される日を無力に迎えるだけだ、だから俺は彼らを殺したくはないという思いを捨てないまま……サチと共に生きる道を選んだ、その為に俺は武人に向けて引き金を引く。
「まぁこのままじゃ威力やら何やらが心許無いからドクに改造してもらう必要はあるがな……全く、収入源が消えたと思ったら更に出費が嵩むとは……ままならないもんだな」
「……これ、私も使うの?」
冗談めかして笑ってみせたがサチの顔には笑みは浮かばず、ゆっくりと伸ばされた指先がそっと銃に触れた……恐らく様々な事が脳裏に浮かんでいるに違いない。
「少し練習すればサチにも使いこなせるだろうし、俺も安心出来るが……怖いか?」
「ん……ブレードで武人に斬りかかった時、私は間違いなく武人を倒すつもりで刃を振り下ろしていたけど……よく分からないけどこれは違う、空虚で冷たくて……きっと凄く痛いんだと、何となく分かる」
「そうだ……それが暴力だ。お互いの動きを読み合う近接戦闘とは違う、一方的に自分が選び……相手からは選択肢そのものを奪う、それ以上の事をこいつは出来ない」
弾倉から銃弾を一発取り出すとサチに握らせる、冷たい真鍮と鉛の塊が今彼女の瞳にはどう映っているのだろうか?
「……ごめん、ミドー……ミドーの覚悟も、考えも理解出来てるつもりだけど……私にはまだそれを持つ覚悟が、出来ない」
「……そうか、分かった」
サチから銃弾を受け取り弾倉に戻す……不思議な気分だ。サチの戦闘能力を考えれば銃を使ってくれた方が武人との戦闘で優位に立てる確信があるにもかかわらず、銃を手に取らなかった事をホッとしている自分がいる……少し考えてみるが、この感情の意味も名前も分からない。
「ごめんね、わざわざ教えてくれたのに……でも私もミドーと戦うから、次は絶対に負けないって気持ちは間違いなく私の中にあるから!」
「……ああ、頼りにしてるよ」
胸に手を当てて宣言し、こちらに突き出したサチの拳に自分の拳を合わせて小さな音を打ち鳴らす……一度折れたせいか歪だが、それでも俺の中の心の芯はしっかりと立っている。
「とはいえ……銃を持つのは俺だけなのはいいとして、知らないってのは問題だ。俺以外に銃を使う奴なんて今やいないと思うが……似たような武器に遭遇した時に反応が遅れては致命傷になりかねないからな、お前にはこれから他の銃の事も知ってもらう」
「え……銃って、それの事じゃないの?」
「もちろんこれも銃だが携行性に特化している分威力は控えめだ。他にも連射性能に優れたマシンガンや遠距離からの狙撃に優れたスナイパーライフル、散弾という種類の銃弾を使用するショットガンなんてのがあってな? 更には種類が同じでも違う特徴をもったものもあって……」
その後、実射を含めた銃の講義は数時間にも及んだ。
必要な事だと理解はしているようだが、それでも段々とげんなりしていくサチの表情の変化は見ているこっちも面白く……また銃に触れたのが久々だったこともあり、つい熱が入った事は否定できない。
部屋へと戻る帰り道で銃に関する記憶を消してくれと一目で分かるぐらいに疲労したサチに嫌味っぽく懇願されたが、今まで彼女に見せた事の無い笑顔で拒否しておいた。




