第十四話 鉛色の選択
「ねぇミドー、見せたい物って何……ごほっ!……うぇ、口に埃入ったぁ」
「ああ悪い……使うか?」
「んーん……いい、この先こういう場所を通る事もあるかもしれないから……息の仕方とか、慣れておきたい」
サチが咳き込むのも無理はない、ここ……俺達の住処である廃マンションの地下に広がる駐車場は若干空気が湿っているせいかカビ臭く、ライトを向ければ宙には埃がこれでもかと舞っているのが見える。
一見すると長年人が入っていないように見えるが実はこれらは人口のカビや埃で俺が意図的に作り上げたものだ、今のように吸い込んだところで害は無いが口や喉で感じる不快感だけはどうしようもない……懐から布を取り出してサチに差し出すが手を振って断られてしまった。
「そうか……ま、こんなところを通らないで済むならそれが一番だけどな? さ、ここだ」
「ここ?……どこ?」
ガラリと広がる何も無い地下駐車場の一ヵ所で立ち止まるがサチはピンときていないのかキョロキョロと辺りを見回して首を傾げている、その姿を見て少し勝ち誇ったような気持ちになり口元に笑みを浮かべながら地面を二回、一回……そして更に二回靴の踵で叩くと足元のコンクリートの床が擦れ合う不快な音を響かせながらズレていき、更に下へと続く階段が姿を現した。
「……すごい、こんな場所あったんだ」
「ああ、元々はここの昔の持ち主の隠し部屋だったようだが……今は好きに使わせてもらっているのさ、暗いから足元に気を付けろよ?」
すっかり探検家気分なのか口元を手で覆って守る事も忘れてサチが俺の数歩先を歩き軽快に階段を下りていく、辺りは深い暗闇に包まれ灯りは俺達が手に持つ小さなカンテラのみなのだが……随分と頼もしいものだ。
「ねぇミドー! 次はどっちに行けばいいの?」
先に階段を下り切ったらしいサチの声が聞こえてくる、隠しきれないわくわくとした気持ちが声だけで伝わってくる……思わず口元をニヤリと歪ませ、すっかり痛みのひいた右腕の凝りをほぐすようにぐるりとまわすと少し足早に階段を下りる事にする。
「ここが目的地だ、少しここで待ってろ……危ないから動くなよ?」
「ミドーが壁に頭をぶつけなければね?」
「そんなドジをかますようになったら引退だわなぁ……確かこの辺に、あぁあったあった」
目を細めて嫌味を飛ばすサチの言葉を受け流しながら真っ暗な空間を小さな明かりで進んでいき、目的のものを見つけると手をかざした……認証式のパネルだ、これで明かりがつく。
「っ……眩し……」
全ての照明が点いたのを確認するとカンテラの明かりを消し、腕で目を覆うサチの隣まで移動し彼女の目が慣れるのを少し待つ……やがてその腕はゆっくりと下ろされ、小さな口から感嘆の息が漏れた。
「す……っご、なにこれ……いくつあるの?」
「さぁな、俺も中身を全部把握してる訳じゃないし……まだ半分も使ってないからな」
階段を下りた先……そこは一面を除いた壁という壁に埋め込まれた無数の大小様々な金庫の群れが空間一杯に広がる部屋だった、久しぶりに見たが何度見ても異様な光景だと思う……以前の持ち主はさぞや秘密主義な人物だったに違いない。
「壁ごとに認証方法の違う金庫でセキュリティ面は完璧、それにパルス錠でもこじ開けれない頑丈っぷり……すでに開いてる金庫の中身は俺達から抜き取った記憶と、他には……例えばこれとかだな」
サチを連れて適当な壁の前に立ち、その中の小さな金庫の一つを開いて見せる……中には色とりどりの宝石がまるでガラクタのように詰め込まれており、指輪などの装飾品も入っている。
今時宝石なんて下層の民には腹も膨れない道端の石ころと同等の価値しか無いが上層の奴らには根強く好んでいる者も多く、売って回ればちょっとした額にはなる……が宝石商として顔が出回るのも今の俺には都合が悪く、結局この中に詰め込む事になってしまったという訳だ。
「綺麗……でも、もうちょっと綺麗に入れないの?」
「いい売却ルートが見つからなくてイライラしながら詰め込んだからなぁ、でもまぁ確かにもう少し整理する必要はあるかもな……お、これなんて似合うんじゃないか?」
そう言ってサチの首元に合わせたのは濃い赤色の宝石が埋め込まれた細身のネックレス、宝石の種類もどの服にどんなアクセサリーが合うのかも分からないし普段から相手を威嚇するようなゴツい装飾品ばかりを身に着けているサチを見慣れてはいるが、それでもやはりこういう女性らしい装飾品も似合うと思う。
「そうかな?……こういうの、よく分かんない」
「俺もだ、理屈だの形式だのそんなものは知らないが……俺は似合うと思うぞ」
ネックレスの金具を外しながら手早くサチの首に着けてやる、全体で見れば男物の大きめの服のせいで少し違和感があるが……それでも宝石が彩る首元だけを見れば似合っていると思う。
「……そっか、ミドーがそう言うなら……そう、なのかも」
「んっ……そ、そうか」
サチの細い指先がネックレスのチェーンをなぞり……彼女の細い鎖骨に触れた、ネックレスのせいか宝石の魔力というやつなのか普段とは違う雰囲気を彼女から感じ思わず目を逸らしてしまう、自分でもよく分からない罪悪感を感じていると不意にサチがネックレスを外して金庫へと戻してしまった。
「それはもうお前のものだし着けててもいいんだぞ?……それとも気に入らなかったか?」
「ううん、凄く綺麗だし気に入ったよ……でも、今はまだこれを着けてミドーと歩く時じゃないでしょ? 汚したり失くしたりしたくないから、今はまだここで待っててもらうの」
「……分かった」
サチのネックレスが目立つように金庫の中心に置きなおし、乱雑に置かれていた他の宝石の並びも軽くなおすと金庫を閉じ……次に開かれるまで再び眠ってもらう事にする。
「……で、今日見せたかった物ってこれの事? 他の金庫の整理を手伝って欲しいなら手伝うけど」
「ああいや、これを見せたかったのもあるんだが……本当に見せたかったのはこっちだ」
首を傾げるサチを連れて別の金庫の前へと移動する、宝石の入っていた金庫と比べて横に広がった長方形をしており他の金庫と比べても更に頑丈そうな形状をしている。
「正直迷ったんだけどな……これを見せる事は、俺の一つの選択だと思って欲しい」
「……ミドー?」
俺の気持ちを探るように覗き込むサチに苦笑しながら金庫のロックを解除し、ゆっくりと扉を開く……そこに広がっていた光景は先程のように煌びやかなものではなく、むしろ真逆の光景だった。
「これって……銃? でもこの臭い……鉄と、油?」
「そうだ、今まで俺達が使ってきたハッキング用の銃と違ってこれは……いや、見て触れて……感じた方が早いな」
金庫の中にディスプレイされた何丁もの銃の中から比較的小型のハンドガンを一丁手に取り、弾が入っていない事を確認するとサチに手渡した。
「っ……!? なにこれ、こんなに小さいのに重い……もしかして、純金属で出来てるの?」
信じられないといった様子でハンドガンを色々な角度で観察しているようだが驚くのも無理はない……今までサチに携行させていたハッキング用の狙撃銃は殆どがセラミックと軽量樹脂で出来ており子供のサチでも簡単に運べるが、今手にしているハンドガンの大きさは狙撃銃の半分にも満たないがその重さは五割増しといったところだ。
「それだけじゃないぞ、少し貸してみろ」
サチから銃を受け取り壁のパネルを少し操作する……すると金庫の無い壁が横にスライドし、奥に人型ターゲットの並ぶ射撃場が姿を現した。
「……ハッキング用の電子銃の用途は様々だ、俺達がよくやるように相手の脳に直接アクセスして一時的に記憶を遮断する事も出来るし遠隔で電気ロックを解除する事やシステム内の情報を混乱させる事も出来る……が、それには全てそれぞれのコードが必要だ」
銃のマガジンに弾を込めながら射撃場へと入る、ジメジメとした空気と埃臭さが随分と鼻につく……ここぐらいは近い内に掃除した方が良さそうだ。
「人を撃つなら個体識別コードが、電子ロックやシステムに侵入するにはオブジェクトコードが必要となり……つまりは電子銃に対象を覚えさせる必要があるんだが、この銃は違う……こいつが出来る事は一つだけだ」
「……たった一つだけ? そんなに複雑そうな構造をしてるのに?」
「一つだけだ、こいつが出来るのはたった一つ……選択するだけだ。相手を壊すか、何もせずに相手に壊されるかをな」
引き金を引くと小さな破裂音と共に弾丸が射出され人型ターゲットの頭部を貫いた、発射音そのものはさほど大きくは無いが地下のこの空間ではよく響く。
初めて目の当たりにした銃の威力に驚いて目を見開き立ちすくむサチの前に銃をそっと突き出す、銃からは焦げ臭い硝煙の臭いが立ち上りお世辞にも良い匂いとは言えない。
「……そしてついでにもう一つ言うとこの選択に美学なんてものは無い、分かるかサチ……これが『暴力』ってやつだ」




