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第十三話 正義の人柱

「サチが……閻魔(えんま)の武人?」


「ええ、アナタだって噂に聞いた事ぐらいあるでしょう? 他の武人とは比べ物にならない力を持ち、常に一体しか存在しない最強の武人……記憶を奪われてしまったとはいえ、彼女の中には未だその素質が残っているのよ」


 目の前で熱に浮かされたように話すククルの言葉を鵜呑みにする程俺はお人好しではない、そうではないが……事実だとすればサチの様々な事に対する飲み込みの早さや応用力の高さ、そして先の戦いで見せた驚異的な戦闘能力にも説明がつく……が、このスッキリしない喉元に刺さったトゲのような感覚は何なのだろう?


「奪われた記憶だってアカシック・コーポレーションの中にある筈よ! それを取り返せばサチに力が戻って、この社会の形を覆す事だって夢じゃないわ!」


「待て……お前の話は分かったがその前に一つ、聞きたい事がある」


「……なに、どうしたの? アナタだってこの社会に不満があるんでしょう?」


 演説のように大きな身振りを加えて話すククルの話を遮ると、不満そうな表情を浮かべたままこちらを見つめて首を傾げた。

 確かに俺にだって今の社会に不満はある、だがそれよりも明らかに小さいが……何よりも大切な疑問が俺にはある。


「どうして俺にサチを、いや……何の為に預けたんだ?」


「……ミドー」


 小さな、俺にしか聞こえない程の声量でサチが俺を呼んだ。

 震えは収まったようだが相変わらず小さく丸まり、俺の手のひらを押し付けるように自らの口元を覆っている……断続的に当たる彼女の吐息も時折触れる薄い唇など全てが庇護欲を誘い、その身に恐ろしい武人の力が宿っていたようにはとてもじゃないが思えない。


「何を言いだすかと思えば……理由はいくつかあるけど、一つはアナタが記憶泥棒となれる優秀なハッカーだった事と……スクラップ・チャイルドを蔑視しない異端者だった事が大きいわ」


「……そりゃどうも」


 皮肉をたっぷり込めて笑ってみせる、ようは表立って動けないこいつにとって都合の良い条件が揃っていたという事か……不愉快極まりない事だがこいつの狙い通り俺はサチと出会った事で心のどこかで燻っていた社会への不満がより大きなものになり、それまで積み上げてきたハッカーとしてのキャリアを捨て去り記憶泥棒になった。

 ただサチを食わせるだけじゃなく、俺がノウハウを教え込み一流のパートナーとして育て上げる事まで狙い通りだったとしたら……こいつの審美眼には薄気味悪さすら覚える。


「照れなくてもいいわ、それにアナタとサチの関係は私の想定以上に良好なものになった……まさかその子がそこまで懐くなんてね、最終目標への道中としては非常に幸先が良いわ」


「……おい懐くってなんだ、こいつは犬や猫じゃないんだぞ?」


「言葉の綾よ、でも……そうね、ごめんなさい。ここまで思った以上に上手くいっているものだから少し浮足立っているのかもしれないわ」


 本当に少しなのかとトゲを刺してやりたくもなったが今はそんなつまらない言い争いをしている場合ではない、少し冷静になる為に長く息を吐き出し……これまで得た情報を脳内で整理する。

 記憶泥棒といえど出来る事はかなり限られている、無数にある記憶の不法流通ルートを少しずつ潰すか流れている記憶を横取りしてあるべき場所へ戻してやる……そのぐらいだ。

 大それたことをしているようだが巨大すぎる社会に対して出来る事は言ってしまえば子供の悪戯程度の抵抗、しかしそこに閻魔の武人の力が加わるとすれば……そのパワーバランスは大きく崩れる事になるだろう、文字通り亀裂を入れる事も可能だと断言できる。


「……仮にサチが本当に閻魔の武人だとして、更にはその奪われた記憶を取り戻す事が出来たとして……だ、記憶の競合問題はどうなる。これまでここで過ごしたサチの記憶と、武人としてのサチの記憶がごちゃ混ぜになるんじゃないか?」


 話を聞いている内に浮かんだ一番の不安を口にする、記憶というやつは抜くのは簡単だが戻すのはそう簡単な話ではないのだ。

 人は忘れるという機能がある以上抽出機の類を使わなくても記憶が抜け落ちる事は多々ある、そして抜け落ちた穴はそのままには決してならず自然と残った記憶だけで新たに一本の記憶が構成される……こうする事で守られるのが自分が自分であるという記憶、つまり自我だ。

 しかし今回のククルの話では抜け落ちた閻魔としての記憶をそのままサチに戻そうとしている、そんな事をすれば閻魔としてのサチと記憶泥棒としてのサチの自我が干渉し不自然に混ざり合い……表面上は変わっていないように見えても精神的に非常に深刻な問題が起きる、これが記憶の競合だ。


貸し記憶(レンタ・メモリ)と違って今ここにいるサチも武人としてのサチもどちらも自我を形成する上で根幹に関わる記憶だ。お前の言うメリットは確かに大きいが、どちらにしてもサチへの負担やリスクが大きすぎる……武人の記憶を新たな瞬間記憶として習得させるのか?」


「……いいえ、それだと時間がかかりすぎる。今この瞬間にも子供たちは奴らの犠牲になっているのよ、多少は精神に影響が出るでしょうけど……アナタ達の信頼関係があれば味方がどちらかぐらいは判別出来る筈、細かい作戦なんて無くても私達が子供達を救出するまでの時間さえ稼げれば……それでいいの、閻魔を止められる者なんて今の社会にいないもの」


「おい……今のは俺の聞き間違いか? サチに……お前が散々守りたいと言っていた子供に人柱になれってのか!?」


 思わず声を張り上げる、胸の中でこれまでに感じた事の無い感情が延々と渦巻き気分が悪い。


「そうは言ってないわ、閻魔の力をもってすれば最後に逃げ出す事も容易でしょうし……奴らのトップの首を刎ねてくれたら放っておいても会社は瓦解するわ、大きな混乱は招くでしょうけど……今の社会はそれぐらいしなきゃ変化が起きないの……分かるでしょう?」


「……変化に犠牲はつきものだ、その子への精神的な影響は免れないが死ねと言っているわけではない。最悪人格の分離程度は起きるかもしれないが、それでも何千……いいや何万という命が助かるんだ、子供達だけではなく今の社会が好転すれば大人の中にも助かる者は多く出るだろう……そうなれば君達は英雄だ」


「……ひっ……!」


 ククルの背後にいた壮年の外見をした男が意見を発すると他の者も口を揃えて同調した、それを聞いたククルも小さく頷き……サチが小さな悲鳴を上げた。

 最初は戸惑っているのかと思っていた、敵か味方か分からない大勢の人物が現れ混乱しているのかと……であれば慣れない場面に直面しただけであり、特に問題は無いと思っていたが……それは大きな間違いだった。

 ──サチは気付いていたのだ、純粋な戦闘能力では勝っていようともククルや背後の彼らから発せられる視線や言葉……その端々から滲み出る『悪意』を小さな体で敏感に感じ取り、全身にまとわりつくような形の無い恐怖感から逃れる事も出来ず震えていたのだ。


「……話は終わりだ、帰らせてもらう」


「待て! 救える力がありながら弱者に手を差し伸べないつもりか!」


「その子一人の犠牲で大勢が救われるんだぞ!? いいや社会が、世界が救われるんだぞ!」


 ……狂っている、こいつらは全員上辺だけの正義だけを見ていてまるで周りが見えていない……小さな少女に向けて次々に飛ばされる怒号に胸の奥から止めどない怒りが次々に湧き上がり、彼らを殺さないように気持ちを抑えるだけで精一杯だ。


「帰るぞ、サチ」


「うん……あ、あれ?」


 ソファから立ち上がりサチに声をかける、どこか安堵した表情を浮かべたサチも立ち上がろうとするが……手足に力が入らないのかソファの上でモゾモゾと腕や足を突っ張るだけで一向に立ち上がれる気配が無い。

 それほどまでに彼らが妄信的に信じる正義の視線や言葉はサチに恐怖を与えたという事か……堪らずその体を両手で抱き抱えると、耳元で小さな声が漏れる。


「わっ……ごめん、ミドー」


「気にするな、ここであった事は忘れろ……帰ったら記憶を整理してやる」


「……うん」


 これ以上無粋な視線に彼女を晒したくない、コートの中に潜らせるようにサチを両手でしっかりと抱き抱えると店の出口へと足早に歩を進める。


「っ……そいつはただのスクラップ・チャイルドじゃない、閻魔の素質を持った忌み子だ! そんな奴の為に……うわっ!」


 背後からの戯言に俺の中の何かが弾け、出口の扉まで辿り着いた俺の体はくるりと振り返り……奴らに向けて数度スタンシューターの引き金を引いた、射出された電極は彼らの足元に突き刺さり周囲に小規模な電流の波を発生させる……直接体に刺さらなければ電流に当たったところで痛みは少なく僅かに痺れる程度だ、しかしこっちが驚くぐらいに大きな悲鳴を上げた彼らは蜘蛛の子を散らしたかのように店の隅へと逃げていくではないか……あまりに滑稽、自分達よりも遥かに小さな子に大きな負担を強いようとしていた正義の割りに彼らの覚悟など所詮程度かと鼻で笑ってしまう。


「……ほれ、返すぞ」


 スタンシューターを投げて返すと唯一逃げなかったククルの手に見事に収まった、それを確認すると再びくるりと振り返り出口に手をかける。


「……アナタはいずれ私達の元に戻って来る、待ってるから」


「いいや、もう二度とお前と会う事は無い」


 背後で音を立てて扉が閉まり、しばらくゆっくりと歩くが追手の気配は無い……スッキリとは言い難いが、それでもネバついた何かを振り切ったような達成感はある。




「……おらよっ……と!」


 サチを抱えたまま道端に転がっていた空の瓶を蹴り飛ばす、軽く蹴ったつもりだったが緩い弧を描いて飛んだ空瓶は道脇の廃墟の壁に当たると軽い破砕音と共に割れ、大小の破片が道に散らばった。

 内心で小さく毒づきサチが驚いてないかチラリと視線を落とすが……平気そうだ、ホッと息を吐き出し軽率な行動を少し反省する……自分でも驚いているが普段と違って気持ちの切り替えが上手くいかない、店を出て頭が冷えていると思いきや未だに胸の奥でふつふつと湧き上がる感情が消えていないのが嫌でも分かる。


「……腕、痛くない?」


「お?……何だ、心配してくれるのかー?」


「私以外にミドーの事を心配する人なんているの?」


「っ……ひでぇなぁ、まぁ事実だけど」


 冗談で軽く怒らせて気分を変えようと思ったが大真面目に肯定するサチに息を呑むのはこっちだった、もう痛みなど殆ど無いがサチの手が包帯の巻かれた右手をゆっくりと撫でる感触を感じるだけで傷が癒される気がする。


「……ごめん、ミドー」


「謝るな、大口の依頼が減るのは確かに痛いが……それだけだ、あの時仮にお前が頷いても俺が絶対に認めなかっただろうしな。ただ……それよりも一つ気になってるんだが、聞いてもいいか?」


「うん、なに?……ひぁ!?」


 わざと声量を落とし、さも真剣な話がある風にサチに少し顔を近付けると彼女の視線もまたこちらを向いた……そして迷っているかのように少し間を空け、彼女のがら空きの両脇に両手を滑り込ませると道の真ん中で軽々とサチを持ち上げて見せた。

 不意を突かれて気の抜けたサチの悲鳴が誰もいない辺りに響き、暴れた拍子に数度彼女の靴が腹に当たるが今はその痛みがもやもやとした気持ちを吹き飛ばしてくれるようでむしろ心地よい。


「お前あんなデカい肉二枚も食っといてこの軽さって……俺がいない時もちゃんと食ってるのか? つーか、今体重いくつだ?」


「ば、バカじゃないの!?……っ、スケベ!」


 なんと心外なという表情を浮かべて再び抱きかかえるとあれだけの悪態をついたにも関わらず大人しく腕の中に収まった、少し顔が赤いようだがサチの表情からも気分の重さが消えたようでホッと短く息を吐く。


「これからの事はのんびり考えよう。なーに、すぐに次の依頼先が見つかるさ……俺達は最強のコンビなんだからな」


「……うん」


 どこかへ飛んでいかないようにしっかりとサチを抱えると再び俺達の家へと歩を進める……困った事にはなったがこれまでも何とかなってきたしきっとこの先も何とかなる、いいや……何とかしてみせると心に固く誓った。

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