第十二話 閻魔の武人
「武人が……子供?」
「ええ、多少のブレはあるでしょうけど……武人は全員二十歳以下の子供達よ、記憶や情報の吸収力が高い子供が最も向いているって事みたいね」
「だ……だが資料で見ただけだが背丈や体型が子供のそれと違う奴も多いぞ? 成長差で片付けるにはかなり無理がある気がするが……」
確かに唯一接触した餓鬼の武人の容姿はサチと同年代ほどに見えた、しかしそれが全員となると……また話は変わってくる。
「でしょうね、武人としての本格的な教育が始まると一気に脳に戦闘技術などが叩き込まれるもの。蓄積は出来ても処理能力の劣る子は短時間で一気に老けるわ、アナタが子供だと気付かなかったのはそのせいね」
「っ……マジかよ」
思考は巡るのに言葉が出てこない、感情が追い付いてこないのだ……それだけ奴らのやっている事が常軌を逸しており、人としての倫理から外れている事の証明と言える。
「いや……待て、少し待て……仮にお前の話が全部本当だったとして……この話、サチにも関係があるんだよな?」
「っ……!」
サチの名前を出した途端、握っている手を伝って彼女の震えが伝わってくる。
か細く……脆く、まるで少し目を離しただけでも消えてしまいそうな程に彼女は儚いものだったのかと焦りや不安に似た感情が心の奥から湧き上がってくる……気のせいだと分かっていても、どうしてもこの手を離したくない。
「……真実の欠片を手にした私は迷ったわ、自分が今までしてきた事が途端に恐ろしくもなった……でも、私が最終的に選んだ道は……より勤勉になる事だったわ、それまで以上に真面目に働き……更に多くの子供達を送り出した、あの時の私はきっとドローンよりも感情が無かったかもしれないわね」
「何故……辞めなかった、恐ろしい事の片棒を担いでいると知りながら……脅されていたのか?」
「いいえ、最初に詰め寄った時も施設長は悪びれもせず教えてくれたもの……脅迫も無く、ただただ知らなかったの? って感じだったわ」
……今や新たな未来や可能性になどに価値は無く、むしろ自分の未来を侵しかねない子供を集めて育てるなど損はあっても利益にならずアカシック・コーポレーション傘下と言えど末端の慈善事業でしかない……そんな子供達が金の林檎になるのだから施設長とやらが浮かべていたであろう醜い笑顔が容易に脳裏に浮かぶ。
「辞めるのは簡単、全てを見なかった事にして逃げ出す事も……自分のキャリアを生かして別の仕事に移る事だって出来たわ。でも、そうしなかった……いいえ、むしろ真実を知った事で自分が本当にするべき事が見つかった気がすらしたの」
「するべき事……俺達を利用して奴らの邪魔をする事がか?」
「それはもう少し先の話、それに……今だって終着点じゃなくて私は過程のつもりよ?」
嫌味のつもりだったがククルはどこ吹く風と受け流し、笑みを浮かべてみせる……それは自信に満ちた指導者のようにも見えるが、俺にはどこか危うげなものに見えた。
「……私の忠実な働きっぷりを評価した施設長はある日私を連れてアカシック・コーポレーションへと赴いたわ、自分の立場を誇示したい施設長らしい行動だったけど……これも私の狙い通り、一人で大元へ向かったところで門前払いが関の山だもの」
「だろうな……それで、そこで何を見た?」
「ある意味で想像通りよ、学校……いいえ、あれは工場と言った方が正しいわね。マザーマシンに生活を完全管理され、外からロックされた狭い個室に子供達を監禁したまま教育装置を頭部に取り付けて一日に何時間も瞬間記憶を植え付けていたわ、あの時見た子供たちの生気の無い顔は……今でも忘れられない」
「……その子達が、武人候補生って訳か」
「ええ、当然だけど素質はあっても全員がそんな教育に耐えられる訳も無く……発狂してしまう子や投薬でおかしくなってしまう子達もいたわ、そんな子達は決まって処理部屋へ送られ……そこで何が行われていたのかは知らないわ、見て耐えられる自信が無かったの……」
「人工知能に管理された施設か……警備も厳重そうだ、そんなところまで行って……結局お前は何がしたいんだ?」
「子供達を助けたいに決まってるでしょ! あんな消費資源のような扱いを受けて良い訳が無い! あんな、あんなのって……!」
「……落ち着け。お前の怒りは分かるが、ここで喚いたところで何も変わらない」
話を聞いているだけでも子供たちの現状が悲惨な事は伝わってくるし恐らく俺は彼女程ではないにしろ不快感は感じている、だが……烈火の如く燃え上がる彼女の心に反して俺の心は徐々に冷めていた。
思想は立派だ、こうして行動に移しているだけでもその姿勢は認めざるを得ない……だが如何せん相手が悪すぎる、相手は今や社会の中心となっている大企業だ……そんな相手に小さな針と正論で固めた鎧で歯向かったところで、一瞬で吹き飛ばされて塵も残らないだろう。
「……ごめんなさい、少し取り乱したわ」
「いいさ、話も長くなったし要点を纏めよう……詰まるところククル、お前の目的は子供達を開放して新たな武人が生まれないようにする……そうだな?」
「大まかに言えばそうよ、今や人口が増える事そのものが悪とでも言いたげな社会だけれど……だからといって新たな命を雑に扱ったり武人のような人形にしていい訳ないもの、子供達にも明るい未来を用意するべきよ」
ククルの意見に奥の人影達が同調するように大きく頷いている、単純に意見をぶつけ合うだけなら不利か……どうにも面倒というか、やり辛い。
「その意見自体には賛成だが、具体的にどうやって目的を達成する気だ? 見ての通り俺達は何人もいる武人の一人から命からがら逃げだしてきたところだ、戦力の差は明らかだぞ?」
サチを抱き締めていた右腕を上げ、コートの袖を捲って派手に巻かれている包帯を見せつけると人影は少しどよめいたが……ククルの表情にはむしろ笑みが広がっていた。
「もちろん正面きって戦争をしかけるつもりは無いわ、ただ……相手と比べて戦力差が圧倒的かと言われたら、それも違うと言えるわね」
「何……? お前、何を言っている?」
「……武人工場を見に行った日にね、私は見たのよ。他の子供達とは明らかに様子の違う部屋があって……そこにいた子は他の子達とは違って目から生気が消えてなかったの、強い……とても強い意志を感じたわ」
当時を思い出したのかうっとりとした表情を浮かべるククル……その表情を見た俺は彼女に感じた危うさの正体に気付いた、強い思想……正しすぎるが故に妄執に取り憑かれてしまっているように思えてならない。
「私は施設長に聞いたわ、あの子はなんですか? ってね……そうしたら得意になって話してくれたわ、あれは他の子よりも強い適性を持った子だって……最強の武人になる素質を持っているってね」
「最強の……武人」
俺の言葉にククルは大きく頷く……武人の能力は仮面によって分けられ最下級が俺達が対峙した餓鬼の武人、他にも蛇や蜘蛛など多岐に渡るが同じ仮面の武人もいる……が、唯一常に一体しか存在しない圧倒的に強力な武人も存在する。
──それが最強の武人、他の武人と違い上層を徘徊せず常にアカシック・コーポレーションの重要な箇所を守っていると聞く。
「施設長は上層を守る強力な番犬が増えると喜んでいたけど……彼女はそんな彼らの手にすら負えなかったみたいでね、ある日数人の武人候補生を引き連れて脱走を試みたの」
「脱走を……!? 警備を掻い潜ったのか?」
「いいえ、搔い潜ったというより……薙ぎ払ったと言った方が正しいわね、警備兵もセキュリティドローンも歯が立たず……噂では武人も倒されたと聞いたわ、まだ未熟な状態でよ? 信じられる?」
「……それで、脱走は成功したのか? その子供達は今はどこに?」
「残念だけど……結果的には脱走は失敗。一緒に脱走した子は捕まり、候補生はあまりの危険性故に戦闘に関するものや他の記憶も殆ど奪われたわ……施設からも捨てられ、元の無力なスクラップ・チャイルドに逆戻り」
「そう……か」
目を伏せ、深く息を吐きソファに体を沈めると背骨が軋んだ、自分でも気付かない内に身を乗り出して聞いていたようだ。
「あら、どうして目を伏せるの? ようやくアナタの意見に追いついたのに」
「……なんだと?」
再び目を開くと希望に満ちた視線をこちらに向けるククルと目が合った……何故こいつはこうも自分の心や感情にまっすぐでいられるのか、少し羨ましくもなる。
「もし彼女が処分されていたら希望は潰えていたわ……でもそうはならなかった、それどころかボロボロの状態ではあったけど……私の前に現れてくれたんだもの」
「なに……を」
もはやククルの視線は俺には向いていなかった、いや……恐らく俺は話の途中から気付いていた、だが俺の知っている彼女と話に出てくる彼女があまりにもかけ離れており、信じられなかったのだ。
ククルだけではない、奥にいるやつらの視線も一斉にサチに向けられ……中にはまるで神を崇めているかのように手を合わせている者までいる。
「もう分かったでしょう? サチ……彼女こそ最強の武人である『閻魔』の武人候補、私達の最後の希望なのよ!」




