第十一話 救済の真実
「俺がお前を助ける……? それに、私達って……」
「ええ、助けて欲しいのは私じゃなくて私達……皆、もう大丈夫だからこっちに出てきて!」
ククルが声をかけると一瞬ざわざわとしたくぐもった話し声が聞こえてきた後に店の奥からゾロゾロと十数名の男女が姿を現した、全員小綺麗な格好をしている事以外に共通点は無く戦闘能力があるようにも見えない。
「なに……なんなの」
立て続けに起きた想定外の出来事にすっかり動揺してしまったのかサチがそれまで乗り上げていたテーブルから降り、体を俺の方へと寄せた……とはいえ俺も動揺していないかと言えば嘘になる、こんな事は初めての出来事だ……しかし、彼らを見た事で今まで抱えていた一つの疑問が確信へと変わった。
「ククル……お前上層の人間だな? それに、恐らくはそいつらも……」
「ええ、まぁ……私は『元』が付くんだけどね」
「……なるほどな、サチ。もうブレードはしまっていいぞ、どうにも斬り捨ててはい終わり……とはいかないみたいだ」
「でも……ううん、分かった」
一瞬迷いを見せたサチだったがすぐに頷くと刃を収納し、ただの金属製の筒と化したブレードをスカートの内側へと戻した、片方とはいえ武器が無くなった事でククルの奥の奴らの緊張が多少ほぐれたのかため息をつく姿が見受けられる。
「それで? アナタはそれを返してくれるのかしら?」
「残念だがこれはもう少し借りておく、店を出る頃には返してやるから安心しろ」
スタンシューターをこれ見よがしに左右に振ってみせるとククルの表情が不満げな子供のようなものに変わり、諦めたように息を吐いた。
「……いいわ、それで? どっちから聞きたいの?」
「当然サチの事から、お前らの話はそれからだ」
「でしょうね……ま、どっちにしても同じ事なのだけれど」
どこか引っ掛かる言い回しをしながらククルが手元のグラスを持ち上げると口をつけて水を一口飲み、語り始める……のかと思いきや懐から取り出したのは俺が先程渡した記憶の抽出機だった。
「ねぇアナタ、私が今回依頼した内容……一体何の記憶を盗んでもらったんだと思う?」
「……おい、俺が聞きたいのはお前が知ってるサチの情報だぞ? これがただの脅しで、最後まで撃たないと思ってるんなら……」
「分かってる、アナタの知りたい事はちゃんと話すから安心して。それで……どう?」
「……知らん、盗む記憶の対象は抽出機が勝手に判別してくれるからな。俺達は依頼通りのモノを盗んで渡すだけ、それが何かなんて興味を持った事は無い」
武器を持っているのはこっちだというのにイマイチ主導権を握れているような気がせず妙に気に入らない、そんな俺の心を見透かしているかのようにククルの顔には愉快そうな笑みが広がっている。
「さすが、プロフェッショナルってやつね。まぁそれが分かっていたから私はアナタに依頼したのだし……サチを預けたのだけれど」
「……何だと?」
まるで今まで俺を操ってきたかのような口ぶりに思わず武器を握る手に力が入る、サチの表情も強張り妙に居心地が悪い。
「そんなに怖い顔しないで欲しいわね、今回アナタ達に盗んでもらったこれ……ケチな記憶屋が横流ししていたものだけど、内容の殆どは戦闘や戦術関連の瞬間記憶よ」
「戦闘の?……バカな、今時そんなものに金を出す奴なんざ余程の物好きだけだろ?」
「ええ、アナタも知っての通りブラックマーケットに流通する記憶の殆どは郷愁薬の原材料になるものばかり……だから人が幸福や快楽を感じる記憶には大抵それなりの値段がつく、対して暴力などの痛みや苦痛の記憶を欲しがる人間なんてほんの一握り……つまり言葉を選ばずに言うならこの中に入ってる記憶は全て価値の無いクズ記憶ね」
「……そんなものを俺達に盗ませたのか? 仮に放っておいてブラックマーケットに流れたところで何の問題も無いだろ、そんな記憶じゃ郷愁薬の材料にもなりゃしないんだぞ?」
「アナタの言う通り……本来ならブラックマーケットに流れたところで何の意味も無いわ、無駄に容量を圧迫してまで運んだあの男が老いるだけ……本当に買い取り先がブラックマーケットならね?……いるでしょ、今の世の中で戦闘力を欲している会社が一つだけ」
「おい……まさか」
意味ありげに抽出機を指で叩くククルに少しだけ身を乗り出すと、彼女の頭がゆっくりと頷いた。
「そうよ、この記憶の流れ着く先はアカシック・コーポレーション……この記憶は武人を強化する為の教育材料ってところね」
「……もう気付いているでしょうけど私の元の職場はアカシック・コーポレーション、の中でも末端の児童養護施設……ようはスクラップ・チャイルド達の最後の居場所よ」
「話は聞いた事がある……耳当たりの良い言葉ばかり聞こえてくるが、あんなものただの人身売買だろ?」
「返す言葉も無いわ……でも、この一件に関してだけはアカシック・コーポレーションだけが悪い訳じゃない、腐ってるのよ……人も、世の中も……」
「……」
いつの頃からか始まったスクラップ・チャイルド達を減らす為に始まったとある取り組み……簡単に言えばアカシック・コーポレーションに一定の年齢以下の子供を引き渡し、親は金銭を得る……言葉巧みに親にとっても子供にとっても幸せの道を、などとのたまってはいるが何故受け入れられているのか疑問しかない倫理観の欠如した悪魔の取り組みだ。
親が子を売る理由の殆どは郷愁薬を買う金が足りなくなったなどの理由が大半であり、結局はブラックマーケットに……もしくはアカシック・コーポレーションへと金が流れる事になる、俺達はこの悪循環を少しでも止めようと郷愁薬の材料である記憶を盗み続けていた……のだが、まさかそこから更に枝分かれしていようとは……。
「一定の年齢にまで育った子には適正テストを受けさせて、その結果次第で様々な職場へと旅立っていく……沢山の子達を見送ってきたわ、それが正しい事だと信じていたし……時々順調な現状を手紙を送ってくる子もいたの、辛い事も多い仕事だけれど私は天職だと思っていたわ……真実を知るまではね」
「お前はそこで……何を見た?」
よく見れば水の入ったグラスを握るククルの手が震えている、彼女の表情には複雑な感情が次々と浮かんでいるらしく掴みどころがない。
「ある日ね……以前一度送り出した子が逃げ帰ってきたの、最初誰だか分からないぐらいに痩せ細っていて……私を見るなり駆け寄ってきて色々な事を教えてくれたの、極度のパニック状態で喚くものだから内容は殆ど分からなかったけど……アカシック・コーポレーションに送られた子達が何かの実験を受けている事は分かったわ」
「実験だと……サチ? どうした……大丈夫か?」
「だい……大丈夫、でも……お願い、手を握ってくれない?」
ふと横を見るとサチがソファの上で膝を抱えて丸くなっていた……顔は青ざめ、手を握ると驚く程冷たくなっている。
体調を崩したのかとも思ったがその目に映っているのは明らかに恐怖の色……ククルから視線を外さないようにしてコートを脱ぎ、そっと羽織らせてやると少し安心したのかコートの裾ごと俺の手を掴みながら更にこちらに身を寄せた。
「……無理もないわ、記憶が残るのは脳だけじゃないもの」
「何……? 何を言っている……」
「逃げ帰ってきた子は数分と立たずに飛んできたセキュリティドローンによってどこかへ連れていかれたわ……何が何だか分からず私はすぐに施設長に事情を聞きに行ったの、そこで聞かされたのは施設の真実……いえ、この世の現実ってやつだったわ」
いつの間にか手の震えも止まり、顔を上げたククルの表情はまさに覚悟を決めた戦士のそれだった……呆気に取られ、思わず武器を落としそうになる。
「児童養護施設はスクラップ・チャイルド達の救済の為なんかじゃない……全ては社会を……いえ、アカシック・コーポレーションを継続させる為の防衛システムである武人を子供たちの中から選抜する為の育成機関だったのよ」




