開花その28 ウッドゲート領の秘密 前編
恐らくは、二体の古代魔獣の封印を解き更にエルフの森へ侵入して要塞を築いていた、謎の組織がある。
続いて今回エルフの森の南に出現した迷宮も、人為的に生み出されたものと判明した。
そのどれもが、教会の秘術である聖魔法の系統が関わっているようだ。
しかもそれらの計画は、悉く私アリソン・ウッドゲートと愉快な仲間たちの手によって潰えている。
たぶん全部は知られていないと思うが、もし全容を知っていたのならめっちゃ恨まれているよね。
そもそも、最初に我がウッドゲート領を狙ったのは偶然だったのか?
偶然ではないとすれば、あの忌まわしき水晶砕き事件こそが事の発端であったとしても私は驚かない。
謎の組織の狙いは私個人、もしくはウッドゲート領そのものにあると考えていいのかもしれない。
珍しく頭を使っていた私は北の谷へ向けて高空を飛行しながら、そんな思いにとらわれ鳥肌を立てていた。
既に夜になり、暗闇に包まれている。暇だし、五歳児に戻った肉体は眠くて仕方がないのだ。谷に着いてから戻ればよかったかな。
南の森に生み出された迷宮がエルフや王国の目を引くための囮だとすれば、本命は北のウッドゲート領の異変だろう。それが私を誘い出す罠でないことを祈りたい。
あれを囮と呼ぶには大掛かり過ぎたからねぇ。
しかし考えてみれば、エルフの森周辺で起きた事件は、どれも隠すつもりの少ないお粗末なやり口だった。
広く世間の目を南方に引きつけておくための一連の陽動だったと疑うと、本命は今北の谷で起きている事件だろう。嫌な感じだ。
いとも簡単に二体の封印魔獣を解放して見せた組織にしては、エルフの森周辺での工作は拙速というか、稚拙に見える。
わざわざ目立つような事件を起こしていたとしか、思えない。
例えば、最初の魔獣ウーリの復活が本命で、組織の本気だったのではないか。
大きな予兆もなく突然現れた古代魔獣の手に負えないほどの強さと、何もない辺境の森で起きたその事件自体の異常性。
本来あの出来事だけで、彼らの目的は完遂していたのかもしれない。
だが、絶対に失敗しないはずの作戦がいとも簡単に破られた。
きっと、何かの手違いであった、と思っただろう。
半信半疑のままもう一体の魔獣レリウムを試したが、それも私が偶然に退治してしまった。その時に、組織は確信した。私というイレギュラーの存在を。
今は両親と兄上、姉上のいる谷の領地が人質に取られている状況のようだ。
彼らはきっと、私が行くのを待っている。
だからこそ、この戦いに五人の仲間を引き込むわけにはいかなかった。
私はこの先、どうなるのか。
不安は大きく膨らむが、行かねばならない。
とかなんとか。空の上の独り言なんですよ。眠いし、暇なので。
あと、間違っても上の空、ではありません。
最近飛び過ぎて、風魔法の収納ストックが減っている。目覚まし代わりに収納を増やしておくか。
いや、すごいでしょ。飛びながらできるんですよ、私。
こんな時には、ルアンナも黙っていてくれる。……のか? 寝てるんか?
と思ったら。
「姫様、北の森の精霊がなにか言ってますけど、どうします?」
「えっと、じゃぁ、話を聞いておいてよ」
「はいはい、お任せあれ!」
まだウッドゲート領は遠い。精霊の会話って、どこまで届くんだ?
そもそも、北の森の精霊ってのはどこにいるんだよ。
「姫様、緊急事態なのだそうで」
「そうだよ」
「いえ、だから領地には行かず高く飛んだまま谷を飛び越えて、北の山脈まで来てほしいと言ってます」
「やだよ。北には何もないし、寒いじゃないか」
「温泉があるようですが」
「よし、行こう」
というわけで、ルアンナの誘導に従い、オートパイロットのセッティングを変更した。
ああ、私たちはどこから来て、どこへ行くのだろうか?
「今夜はロクでもない独り言が多いですね」
「うるさいなぁ」
「それと、出来ればアリソン様とわからぬような外見にしてほしいと……」
「せっかく元に戻ったのに、また変装?」
「ハイ、今までの成人したエルフのお姿でよろしいかと」
「仕方ないわね。じゃ、またお願い」
ほんの数時間で私はまたアッシュブロンドの長耳エルフに戻り、眠気が覚めた。
長い飛行の末、懐かしい谷の上空まで来た。
谷は闇に包まれている。すぐに降りて家族の安全を確かめたいが、私はそのまま通過し北の山脈へ向かう。
魔力感知を全開にして地上の状況を探知したが、結界に覆われた谷の内部には幾つか大きな魔力反応があるだけで、よくわからない。
常識的には、エルフの里にいた私が今日この時間にこんな場所にいるとは、誰一人として夢にも思わないだろうな。
もし私を呼び出したいのなら、敵さんから何らかのアナウンスがあるのだろう。
しかし、この世界ではどんな方法でそれを伝えるのか、無知な五歳児の私には全く想像もつかない。
だからきっと、今はまだその遥かに前の段階だと考えるべきなのだろう。
つまりは、焦らずとも敵の出方を見る余裕はある。北の森の精霊の言うように動くのも情報収集のためだ、仕方がない。決して温泉のせいじゃないよ。
まあ、敵さんも精霊と通じているのなら、話は別だが。
「そういうことって、あり得るの?」
「まさか。姫さんみたいなんが何人もおったら、アホらしくって精霊なんぞやってられまへんがな」
とまぁ、そんな荒れた雑な感じの気持ちを、ルアンナが放り投げるように伝えてきた。たぶん。
知らんけど。
「で、どこへ行くの?」
谷を飛び越せば、森の中に点在する砦と集落くらいしかない。
それを超えた場所については、何も知らない。というか、何もないと聞いている。
冬の夜明けは遅い。しかも今夜は雲も出ていて、雪が降りそうだ。
この闇の中、どうすればよいのだろうか。
「姫様、お疲れでしょうが、もう少しで到着いたしますので速度を落としてそのまま進んでください」
一応、ルアンナのナビゲートがあるらしい。妙に丁寧なのが、気になるが。
疲れた。眠い。
時々巾着袋から軽食を出して食べてはいるが、あのまま五歳児の姿で飛び続けていたら途中で居眠りして墜落したかもしれない。
飲んで食べれば出るのが人間というものだが、空から撒き散らしたりはしない。
そこは収納魔法という便利なものがある。本物のお姫様には、化粧室などという下世話な場所は不要ですのよ。
この先には、高い山が聳えている。下手に急ぐと、山脈にぶつかりそうで怖い。
速度を落として、慎重に高度を保つ。
夜が明ければ人に見つかる心配も増すので、出来れば暗いうちに着陸したい。
そこんところは、どうなんだ?
いい加減、飛ぶのが嫌になったころ、空が明るくなり始めた。
眼下には、雪に覆われた深い森。そして谷川の上流に当たる沢筋が見えていた。
前方には白い山脈があり、その麓に、最近どこかで見たような黒い四角形が並んでいた。
ん、ここはドワーフの鉱山街か?
しかしその下の森にあるのはずっと小さな町で、微かな白い煙を吐いている。
「どうしてこんな場所に、町が?」
「姫様はご存じなかったんですね」
「しかし、今でも魔力感知には全く引っかからないし……」
「それは、厳重に隠されておりますので」
「何なの、ここは?」
「それは、着いてからのお楽しみです。行きましょう!」
私はルアンナの案内に従い、町と池の中間にある小さなお城のような、石造りの建物の門前へ降り立った。
かなり古そうな建造物だが、近くで見れば石の表面に何やら精密な模様が刻まれ、迷宮にあった魔法陣を思い出させる。
私はそっと、門柱の石に触れてみた。
やはり、微弱な魔力の流れを感じる。
「この建物自体が魔法陣のような役目を果たして、この周辺を隠蔽する結界を維持しているのかな?」
この付近を覆う魔力の流れの中心地点が、ここにあるように思える。
「さすが、よくわかりましたな」
気配も感じずに後ろから声を掛けられて、びっくりした。
振り向くと、落ち着いた感じの若い男が一人で立っている。
「これは、エルフの結界ですね」
「そこまで判りますか。これは、最近谷を覆っている聖魔法とは少し違うものです」
分厚いマントを着た男が笑顔で答えた。この男、かなり高レベルの魔術師のようだ。
「姫様、ようこそ隠れ里へ。私が北の森の精霊、サトナです」
続いて、頭の中に精霊の声が響いた。
「隠れ里?」
「ま、寒いですから、詳しい話は中へ入ってからにしましょう」
私は男に誘われるまま、城塞の中へ入った。
ルアンナも何も言わないし、特に危険はないのだろう。
冷え冷えとした石の玄関、と思ったが、一歩建物の中へ入ると春のように暖かい。
さぞかし大勢の兵士が詰めているかと思ったが、まるで人の気配を感じられない。
何なのだ、ここは?
「どうぞ、こちらへ」
分厚い絨毯の敷かれた廊下から階段を上り、暖炉で薪が燃える居間へ通された。
勧められるままに暖炉の前の安楽椅子に腰を下ろし、どこからか取り出した熱いお茶をいただく。
よく見れば暖炉の火は、煙も灰も出ない魔法の炎だった。
「初めまして、私はこの隠れ里の守り手、エドウィン・ハーラーと申します」
男は立ったまま、私に礼をする。
なぁーにぃー! 思わず口に含んだ紅茶を吹き出して、大声で叫ぶところだった。
ちなみに、エドウィン・ハーラーの名を覚えていない方は、「開花その3 旅支度」の辺りをちょっと読んでみよう!
後編に続く




