今(3) 秘密
開いたところを見たことのない扉の前、そんな廊下の行き止まりに私たちはいた。
膝と、左手の触れる床が冷たい。けれど、右手には暖かい温度が伝わる。人差し指には瞼ごしの目の動きが鼓動よりもはっきりと伝わって、すべすべしたほっぺたの向こう側の硬い頬骨の感触に中指と薬指が接し、小指がちょうど顎のラインに引っかかる。上唇に触れた親指には、湿った吐息がかかっていた。滑らせた指に引きずられて、つやつやした唇が、少しだけめくれ上がる。
ほんの少しだけ眉がこわばり、目が潤んできらきらと輝き、うっすらとおびえが張り付いたような彼女の顔が、私の指の向こう側にあった。廊下に寝そべって、短い髪はわずかに振り乱され、私だけが見慣れている表情で。見慣れたからと言って、その淡く脆い甘美さが、色あせることは決してないというのも知っている。
顔にあてがった右手をゆっくりと下げていき、その手で体を支えられるようにした。彼女の肌の滑らかな感触と、濡れた唇の温かみを、人差し指でしつこいほど味わってから。
目を開けたまま、私は息を止めて、唇を彼女に押し当てた。そしてこじ開けるようにして舌を入り込ませ、濡れそぼった感触に受け止められる。最初は、まるで心臓にでも触れるかのようで怖くて仕方がなかったけれど、今はもう、流れるように次の段階へと進んでしまう。絡ませたり、押しつけ合ったり、逆に美由紀の方が舌を伸ばしたり。
彼女の体温と質感を、文字通り舌で味わいながら、私は右手を彼女の肩からブレザーの袖に沿わせて進めた。やがてその生地の感触は途切れ、弾力と、使い込まれた肌にしっとりと汗を帯びた滑らかさに達する。そして一つ一つの指をそれぞれ重ねるように彼女の左手に這わせると、彼女は息をいくらか大きく吐き、細く開けた潤んだ目を私に向けて、手を握り返した。強く、その指を自分の指の間に差し込んでかみ合わせて、痛いほどに。
息が完全に止まってしまう前に、私は口を離した。惚けた美由紀の顔が見える。蜂蜜のような夏の色合いよりは白いその顔は、さっきよりもずっとはっきり紅潮していた。
――やっぱ、びっくりするくらい綺麗で、安心した。
――私なんて、別に……そんなこと言うの、一人しかいないし。
その方がいい。いや、そうでなければならない。彼女の吐息を感じ取れなくなることを惜しみながら体を起こし、彼女の姿を見下ろすと、なおさら強くそう思う。
私を、美由紀は全く視線をそらさずに見つめていた。まっすぐ、たとえその目は濡れて、頬は赤く、表情には怯えのようなものがうっすらと混じっていたとしても。
そんな表情を、私はずっと見てきた。笑顔と同じくらい。きっとそれは嘘だけれど、私の思い出の中ではそうだった。しかし同時に、その思い出の出発点とは、全く変わってしまったものもたくさんあった。そして、これからも変わっていくのだろう。だから、怖かった。私がともに過ごしてきた彼女が、全く別の、私には抱えきれないほどの存在になっていってしまうように思えて。