今(2) 二人だけの時間と場所
ボールを投げ合いながらだんだんと遠ざかった後、彼女の変化球の練習のために近づき、最後の仕上げに全力でまっすぐグラブに放り込まれたのを受け止める。いつからか、この流れや、それぞれの段階でどのくらいの時間を費やすのかが固まっていた。
山なりにボールを投げ返しながら私が近づいていくと、受けた右手をぐるりと一度回して、彼女は笑った。どこまでも自然で、どこか控えめな、いつもの透明な笑顔。
――お疲れ!
――上着、やっぱり脱いどけば良かった。
――そう? 別に平気だったけどなぁ。まだ寒いし。
――でも、次はもういいでしょ。
――あはは、そーだね。
静けさの中で私たちの声だけがくっきりと聞こえる。誰の目も耳もないことを示すその静けさが、かえって私の視線や心が彼女にばかり向いているのをとがめているみたいに思えた。すっかり熱を持った体に触れる、冷たい空気も。
道具を押し込んだ鞄を持って、私たちは校舎の中にいた。なぜか出入り口がいくつか開いていて、そこから入ってみた。誰もいない、そして明かりもない長い廊下を見ていると、まるで、その奥に向かって落っこちてしまいそうな気がした。美由紀と、あるいは彼女の下に向かうために歩いていた頃には、決してそんなことを感じなかったのに。
私と同じ方を見つめながら、彼女が言った。
――なんか……怖いよね。
――見慣れてるでしょ。少し前までずっといたんだし。
――見慣れてないよ、こんなのは……前に旅行したときのこと、思い出すなあ。
――何それ。
――話したことなかったっけ? 地震があって、新幹線がさ、めちゃくちゃ遅れちゃって。着いたのが夜の三時とかだったんだよね。東京の大きな駅だったんだけど、真っ暗で、だーれもいなかったから、なんか、すっごい寂しくてさぁ。
――ああ……聞いたと思う。行ったことないから、全然分かんないけど。
――確かにねー、実際見ないと。でもこんな感じだったと思うなあ。なんて言うのかな、ギャップ? それがもう、怖いくらいだったよ。ちょっと楽しかったけどね。
――そっちは分かるかも。
――でしょ。今も結構、楽しいもん。
彼女の笑顔に、照れたようなものが混じった。たぶん、ほんの少しくらいのためらいを乗り越えた安堵が、その向こうにあるのだと思う。
――なんか特別な感じだよね。誰もいなくって、私たちだけって。
――いつもそういうとこ、探してたじゃん。
私の言葉に彼女は応えず、表情が顔から消えた。意表を突かれてうろたえたような、というか実際にそんな状態だったのだろう。
彼女の暖かい手に触れる。その、いや、この左手を握って、彼女の前で泣き崩れたこともあった。ずっと、その暖かさは変わっていない。