思い出(1) 彼女の姿
彼女はいつも笑顔だった。それが許される場であれば。そして同時に、驚くほど控えめだった。目立とうとしないという意味で。
学校では面倒な役回りを、奇妙に見えるほど進んで引き受けた。同じ教室に入れられて接点を持つようになった十一歳くらいの頃から、私はそんな姿をよく見た。役割の募集では沈黙が少しでもできればいつも名乗り出るし、あるいは逆に、早い者勝ちで最後に残った不人気な役目を平気で引き受ける。そうやって、「真田美由紀」という名前が白い文字で描かれるのを、何度も見てきた。
私自身もそんな彼女の振る舞いの恩恵を受けながら、なぜそうするのかとずっと怪訝に思っていた。何かのリーダーになったりとか、積極的に人前で行動するというわけではなかったし、明るい割に誰かと一緒にいるということが少なかったからだ。
彼女と二人で話したのは、中学校に入ってからが初めてだったと言っていいと思う。それまでは、言葉を交わすことがあったとしても、グループの活動の中やら教室で、何か必要に応じて伝えるとかだけでしなかったのだから。
しかしそういう、言葉を使ったりする形ではなくても、少しだけ彼女について知る機会があった。といっても、あまりにも一方的で、わずかなものでしかなかったのだけれど。
雨が降って何も出来ることのなかった私は、昼休みに、気まぐれを起こして図書室に行った。そこに彼女はいた。読む気もない本を広げながら、私は彼女の様子を盗み見た。
彼女は誰にも邪魔されないまま、持った本に没頭しているようだった。時々、驚いたように口を少しだけ広げてすぐに唇を噛むようにしてつぐんだり、顔を少しだけ傾げてうっとりとしたような表情になったりしながら。昼休みが終わると、彼女は名残惜しいのか、本を閉じてからもしばらくぐずぐずした末に、その本を戻して出て行った。私は、彼女がいた本棚の前に立ってみた。そこだけ本の並びが異様に整っていること、そして、彼女が見ていた本は、どうやら「星の王子さま」というタイトルだったらしいことを知った。