09 シトロンの想い
09 シトロンの想い
ケントがクノイチの寮の屋根裏で、ドギマギしていた頃……。
それと同じくらい、胸の高鳴りを感じていた少女がいた。
彼女は今日の授業で好成績を収め、たくさんのグッドを得る。
おかげで得票数は100を超え、その特典として、女子寮で浴室付きの個室を与えられていた。
夕食後にさっそくシャワーを浴びてみようと制服を脱ぎ、ブラのホックに手をかける。
ふるんと揺れてまろびでたものに、少女はため息をつく。
「また、大きくなったみたい……」
その白いふくらみにそっと手を当てる。
「まだ、ドキドキしてる……。あの人と別れてから、ずっと……」
少女の頭の中は、例の少年のことでいっぱいになっていた。
部屋の壁にある水晶板が、今日の学園での出来事をダイジェストで放映している。
もっぱら話題になっていたのは、やはりバトルマラソンでのあのシーンであった。
崖の上で、沈む夕日をバックに、情熱的な口づけを交わす男女のシルエット。
その映像の上には、三色のコメントが埋め尽くすように行き交っている。
【素敵……! なんてロマンチックなキスなの!】
【私も一度でいいから、こんなキスしてみたい!】
【ああん、これがファーストキスだったら、一生の思い出になるわ!】
少女はその映像を他人事のように目に映しながら、感触を思い出すように唇に触れる。
そして同じ想像を、何度も何度も繰り返していた。
「……もしあの時、あの人が鐘を鳴らしていたら、わたしは……」
妄想はさらに飛躍。
ふたりはもういちど幸せなキスを交わし、鐘つき堂の前で結婚式をあげる。
少女すでに五人目の赤ちゃんを身ごもっていて、ちっちゃな山賊たちを引きつれて遊ぶ、あの人の姿を笑顔で見守っていた。
そこで耳まで真っ赤にして、我に返るのだ。
「はっ!? な、なに考えてるのわたしは! そんなことあるわけないのに!
あんなエッチなことばっかりしている人と結ばれるなんて、絶対に、絶対にありえないんだから!
そ、それに……! わたしは父の選んだ相手と結婚することになってるんだから……!」
シトロンがバトリアン大帝国の王女なのは前述のとおりだが、彼女は王と王妃の間に生まれた正統なる後継者である。
彼女もゆくゆくは王妃となる身なのだが、三国の歴代の王妃は、かならず女の子を出産するという不思議な体質であった。
三国が大国となってからの歴史はまだ浅く、今の国王が初代国王であった。
三国の国王たちは男性優位の社会を推進しており、国家の指導者は男でなくてはならないと制定。
さらに国王たちは、王妃ではない別の女性と男の子をもうけ、その子供を大臣として就任させていた。
愛人との息子である大臣と、王妃との娘である王女を結婚させ、自らの血筋を色濃く残そうとしていたのだ。
ここまで説明すれば、もうおわかりだろう。
シトロン王女と、ジャガノート大臣は腹違いの関係であると。
そしてゆくゆくは、ふたりは結ばれる運命であると。
シトロンは生まれた時からずっと、父親である国王から、将来はジャガノートと結婚するようにと刷り込まれてきた。
そのため、シトロン自身もその覚悟ができていたのだが、これまで生きてきて、ジャガノートとの夫婦生活を想像したことなど一度たりともなかった。
「そ……それなのに、それなのに……! わたしはさっきからずっと、ケントくんと夫婦になった妄想ばかりしてる……!
しかも、たくさん赤ちゃんまで作って、幸せそうに……! なぜ……!? どうしてなの……!?
そんなことは、ありえない……! あってはならないことなのに……!」
ぐぬぬぬっ……! と脱ぎたてのブラを握り閉めるシトロン。
彼女は知る由もない。
想い人が今まさに、そのブラで大変なことになっているのを。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、ケントは屋根裏で、ブラを片手に深呼吸していた。
「落ち着け、落ち着くんだ」と自分に暗示を掛けるように繰り返している。
彼はいつもクール&セクシーだが、賢者として禁欲的に生きてきたので、女性への免疫はあまりない。
それでもポーカーフェイスが保てているのは、幼き頃からの厳しい修行の賜物であった。
――ブラジャー。乳房を保護、および形を整えるための女性用の下着。
そう、とても華やかな見た目で、包み込んでいたものの温もりを感じさせるが、これはただの衣類ではないか。
カテゴリ的には、僕の身に着けているワイシャツやズボン、そしてこの毛皮と何ら変わりのない存在なのだ。
ケントの着ている山賊用の毛皮はクマのもので、フードがクマの頭になっている。
天井裏に這いつくばっている状態だと、そのクマの頭はケントの肩にチョコンと乗っていた。
ふと見やると、つぶらな瞳のクマと目が合った。
――そうだ、このクマと何ら変わらないんだ……。
そう考えると、自然と動悸もおさまってくる。
気持ちが落ち着いたところで、もう一度、『いただきハンド』を発動した。
「いただきハンド……今度こそ、食べものを取ってくるんだ」
青い手がすうっと天井を抜け、しばらくしてケントの手と一体化するように戻ってくる。
その手に握られていたのは、ピンクの花柄のブラだった。
下の台所からは「あれ? 私も胸がスースーする……?」と不思議そうな声が。
ケントはメガネごしに眉間を押え、ゆっくりと目を閉じた。
――落ち着け。
大丈夫、たった2回失敗しただけではないか。
きっと僕に雑念があるからこんなものを取ってきてしまうんだ。
目で見ようとせず、心の目で見るんだ……。
ケントは三度目の正直とばかりに、『いただきハンド』を発動。
目を閉じたまま、青い手の帰りを待った。
やがて、手にほっこりとした感触が生まれる。
今度こそ、オニギリでも取ってきたかと、ケントは瞼を開いた。
しかしそこには、情熱のバラのような、真っ赤なブラが……!
今までのブラも大きな茶碗をふたつひっくり返したようなサイズ感だったのだが、これはドンブリ並。
寮母のママリアのような、デカ盛りブラであった。
下から、はんなりとした声がする。
「おんやぁ? この台所に来たら、なんだか妙に胸のあたりが涼しくなったねぇ」
――これは、頭領の……!?
ケントの脳裏に色っぽい女性の顔がフラッシュバックした。
見なかったことにするように、聞かなかったことにするように、サッと顔を伏せる。
――まだだ……! まだ、慌てる時間じゃない……!
ケントは4枚目となるブラを青い手から受け取りながら、必死に自分に言い聞かせていた。




