08 荒業『いただきハンド』
08 荒業『いただきハンド』
その日の夜。
空腹を抱えたケントは、『クノイチ』たちの寮に忍び込んでいた。
山賊らしく、寮の食事を奪おうとしていたのだ。
この学園の寮は、男子と女子の一般寮のほかに、職位による特別寮がある。
アサシンたちの集まりである『ホワイトワイト』と、クノイチたちの集まりである『黒鬼党』は、日常生活も鍛錬の場ということで、それぞれ特別な寮が割り当てられていた。
食べ物を求めて忍び込むなら一般寮でもよく、何ならホワイトワイトの寮でもいい。
しかし一般寮のほうは先日、寮母にパイゲットをカマしてしまったので、ケント的にはなんとなく気まずい。
ホワイトワイトの寮は男だらけで、料理をしたことがない者がほとんど。
しかも精神修行のために、マズい料理ができても食べなくてはならないというのをケントは知っていた。
そしてこの世界を司る三国は男尊女卑の傾向が強いため、ほとんどの女性が料理ができる。
そのためクノイチたちの寮であれば、マズい料理を掴まされる可能性は低いだろうと判断したのだ。
しかし黒鬼党の寮に潜んですぐ、ケントは後悔する。
寮内は夜だというのにどの部屋もロウソクひとつ点けておらず、どこに食べ物があるのかわかりにくかった。
――そういえばニンジャは、週に何度か部屋を真っ暗にして、目を暗闇に慣らすって聞いたことがあるな。
ケントは屋根裏に息を潜め、寮内の様子を伺っていた。
眼下からは、うら若き乙女たちの楽しそうな声がする。
――こうなったら会話の内容で、台所を探し当てるしかないな。
聞き耳を立てつつ這い回るケント。
ふと、聞き覚えのある声を耳にした。
「……ユズリハぁ、あんたは訓練ではなかなかの実力みたいだけどねぇ、でも本番に弱いんじゃしょうがないねぇ。
ニンジャたるもの、実戦で役に立たなきゃ意味ないからねぇ」
鼓膜に絡みつくようなそれは、黒鬼党の女頭領の声であった。
ホワイトワイトも黒鬼党も、三国に元々あった組織がそのまま丸ごと学園に入学した形となっている。
ケントは黒鬼党の女頭領とは、準賢者のときに何回か会ったことがあった。
賢者のケントであれば、女頭領は屋根裏にいることをすぐに気付いたであろう。
しかし山賊となったケントには気付いていないようで、ユズリハという部下と話しこんでいた。
「ユズリハぁ、あんたは明日の授業で、ケントと勝負するんだよぉ。
あんたじゃケントの命を奪うのは無理だろうから、勝負に勝って恥をかかせてやるんだよぉ。
そうしたらアンタは見習い卒業だねぇ、正式に黒鬼党のクノイチにしてあげるよぉ」
「ほ……ほんとですか!?」と、ユズリハらしき少女の声がする。
「ほんとうだよぉ。でも、もし失敗したらぁ……あんたは破門だねぇ。
あんたみたいな役立たずをこれ以上、見習いにしてたら他の子たちに示しがつかないからねぇ。
破門になったら、あんたはあるお方のメイドとして働くんだよぉ」
ケントは口に入った苦虫を、心の中で噛みつぶしていた。
――ということは明日の授業でも、また今日みたいなことをやらされるということか……。
ケントは憂鬱な気持ちになりながらその場を離れる。
女頭領の隣の部屋で、包丁が野菜をザクザクと刻み、鍋がグツグツと煮立ち、食器がカチャカチャと鳴っているのを聞きつけた。
そして、クノイチたちのヒソヒソ話も。
「うまくいったね。明日にはユズリハが大恥をかいて、やっと黒鬼党から破門されるよ」
「明日は私たちがユズリハのサポートさせられるんだろうけど、もしうまくいきそうだったら足を引っ張ってやればいいだけだしね」
「ユズリハはここを追い出されたらメイドになるんでしょ? 変態オヤジとかに飼われるといいなぁ!」
クノイチという集団の、嫌な側面を垣間見てしまったケント。
賢者小学校にいたときも、賢者どうしの足の引っ張り合いはあったが、どこも同じのようだ。
ケントの気持ちはさらに重くなったが、そんなことよりもやっと食べ物を見つけた。
――さて、どうやって奪い取るかな……。
天井からぶら下がって取ってもよいのだが、クノイチたちは暗闇で料理できるくらいだから、見つかる可能性がある。
うーん、腹が減りすぎて、いいアイデアが浮かんでこないな……。
飢餓感に襲われるケントの脳裏に、またしても黄金の文字が閃いた。
荒業 いただきハンド(アクティブ)
幽体の手で、遠くにあるのを掴んだり、引き寄せたりできる。
幽体は壁などの物理的障害を通り抜けることができ、また幽体が掴んでいる物体も同じく障害を通り抜ける。
ただし幽体は欲望に忠実なので、思ったとおりにコントロールできない場合がある。
――今までよりもずっと良さそうなスキルだな。
気になる一文があるものの、今の僕にはもってこいのスキルだ。
「いただきハンド」
ケントは囁きとともに天井裏ごしから、下の部屋めがけて虚空を掴んで引き寄せるような動作をした。
するとケントの手から青白い手が飛び出していき、なにかを掴んで戻ってくる。
それは、空腹のケントでもひと目で食べ物ではないとわかった。
――なんだこれは? 妙な布だな。
水色のレースでできていて、メガネみたいな形をしていて……。
あたたかくて、とてもいい匂いがする。
ケントはその布の正体を確かめるべく、顔にあてがいクンクンと匂いを嗅いでみる。
「あれ? なんだか胸のあたりがスースーするような……?」
そんな声が下から聞こえてきて、ケントの表情は迫真となる。
――はっ……!? まさかこれは……ブラジャーというものか!?




