07 鐘を鳴らすのは誰
07 鐘を鳴らすのは誰
ゴールゲートを抜けた瞬間、ケントは崖っぷちが目前にあることに気付く。
シトロンを抱いたまま斜めに身構え、ドリフトするように地を滑った。
鐘つき堂の横を通り過ぎ、なんとか断崖ギリギリで踏みとどまる。
しかし同時に身体のほうも限界を迎えてしまい、もう立っていることもできなくなっていた。
ケントは精魂尽き果てていたが、女の子を下敷きにするわけにはいかないと、最後の力を振り絞って後ろに倒れる。
倒れる瞬間、ケントは目を閉じてしまい、少女の柔らかい感触が覆い被さってくるのを全身で感じていた。
直後、ケントの唇に不思議な感触が合わさる。
しっとりとしていて柔らかく、花のようないい匂いのせいか、蜜のように甘く感じた。
それは生き物のように蠢き、チュッチュッと音をたてて吸い付いてくる。
ケントが目をあけてみると、そこにはキス顔をしているシトロンが……。
いや、キスそのものの真っ最中の、シトロンの顔があった。
ケントは二重の意味で言葉を失う。
初めてのキスという精神的な驚きと、肉体的にも唇を奪われていたので言葉を出せずにいた。
――『お宝ゲットでとんずら』の荒業を使うと、一定の確率で大切な物を失うことがある……。
そうか、これのことか……。
崖の登り坂のほうから、さらなる驚愕の声がせりあがってくる。
後続のジャガノートと、それを牽引する馬役の生徒たちであった。
「お、おい、見ろよ! ケントのヤツがシトロンさんを押し倒してるぞ!」
「しかも、無理やりキスまで!? 俺たちの憧れのシトロンさんになんてことを!?」
「じゃがっ!? ワシの女になんてことをしやがるんじゃ! ものども、ケントをブチ殺すんじゃ!」
どう見てもケントのほうが押し倒されている立場なのだが、嫉妬に狂った男たちに常識は通用しない。
ケントはなんとかシトロンから離れて逃げようとしたのだが、その必要はなさそうだった。
「止まれねぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ジャガノートたちは激情のあまり馬車を制御できず、ゴール後のチキンレースに大失敗。
その勢いのまま、崖へと落ちていった。
崖下から、森へと突っ込む音、馬車が大破する音、男たちの悲鳴が断続的に沸きあがってくる。
その音で、シトロンはようやく我に返り、「きゃあっ!?」とケントから飛び退いた。
「なっ!? ななっ、なんてことを……!?」
手で口を押え、ショックを隠しきれない様子でワナワナと震えている。
「は……はじめてだったのに……!」
「奇遇だな、僕もそうだったんだ」とケント。
「あといちおう言っておくが、事故だからな」
「う、ウソ! またエッチなスキルを使ったんでしょう!?
あなたみたいな人に、大切なファーストキスを奪われちゃうだなんて……!」
クゥ、と唇を噛みしめるシトロン。
ケントはすっかりいつものペースを取り戻した様子で立ち上がる。
「それはお互い様だな。それよりもシトロン、そろそろ鐘を鳴らしたらどうだ」
崖に向かって歩いていくケントを、キョトンとした表情で見送るシトロン。
「え? ケントくんが鳴らすんじゃないの? あなたの力で一位になったのに」
「僕は順位に興味はない。なにやっても低評価が付いてしまうからな」
ケントはシトロンに背を向けたまま、崖っぷちで羽ばたくように両手を広げていた。
その周囲には、沈む夕日よりも真っ赤な文字で、罵詈雑言が乱舞している。
【くそっ! 俺たちの憧れのシトロン様の唇を奪うだなんて、死ね!】
【バッドで人が殺せたらいいのに!】
【バッドよりも、バットをよこせ! 俺が殴り殺してやる!】
そのほとんどが殺害予告同然だったが、ケントはそんな言葉など眼中にもない様子で、シトロンに流し目を向けていた。
「それに、キスしたあとに僕が鐘を鳴らしたら、僕とキミは永遠に結ばれてしまうのだろう?
僕はそんな迷信は信じないが、キミは嫌だろうと思ってね」
思いがけぬ一言に、シトロンは「えっ?」となる。
たしかにシトロンは、占いやおまじないの類いが好きであった。
「えっ……ええええーーーーっ!?!?」
しかし彼女は返す言葉を探すどころではなく、目玉が飛び出るほどに仰天させられていた。
まるでプールに飛びこむみたいな気軽さで、ケントが崖下に向かって飛翔したからだ。
「それでは失礼する。キスのことは、犬にでも舐められたと思って忘れることだ」
ケントは上空でクルンと身体をひねって四回転したあと、頭を下にして落ちていく。
さらにメガネを外し、目を大きく見せるといういつもの挨拶を空中で披露する。
それはさながら、イルカの曲芸と新体操が合わさったような光景。
シトロンの度肝を抜くだけでなく、殺害予告をも黙らせるほどに見事であった。
しかもケントは女神まで魅了してしまったかのように、さらなる美しさがトッピングされる。
『レベルが3になりました! 新スキル「お前の物は俺様のもの」を覚えました!』
お前の物は俺様のもの(パッシブ) 他者から奪うほどにレベルアップする
レベルアップの光が、流れ星のようにケントの身体を彩る。
批判一辺倒だった野郎どものメッセージが、一瞬にして別勢力によって塗り替えられていた。
【あぁんっ、もう、ガマンできない! 批判されるのを覚悟で言っちゃうわ!】
【さ……最低の山賊なのに、なんであんなにキレイなのぉ!?】
【やっぱり彼って、星の王子様なのよぉ……!】
シトロンは地べたに座り込んだまま見とれていて、ケントの姿が見えなくなったあとも頬を染めたままポーッとしていた。
しかし急にハッとなり、四つ足で崖っぷちへと這っていく。
おそるおそる覗き込んでみると、崖下の地面に大の字になって埋まっていたジャガノートの身体を、トランポリンがわりにして跳ねているケントの姿が見えた。
「じゃがぁぁぁっ!? け、ケント! このワシを踏みつけるんじゃない、ブチ殺すぞ!
というか、ここからワシを引っ張り出すんじゃ!」
「山賊は、誰の命令にも従わない。それに、それだけ元気なら助けが来るまで待てるだろう」
「ふざけるのもたいがいにするんじゃ! 王子のワシを助けなかったらどうなるか……! おい、待てケント!
待たねぇとブチ殺すぞ! じゃがががっ……! じゃぁがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
真っ赤な空に響き渡る、獣のような絶叫と鐘の音。
タップダンスのような足取りで山へと帰っていくケントの前には、ランキングボードが浮かび上がっていた。
バトルマラソン結果
優勝 シトロン(グッド+50)
2位 ペンタゴン(グッド+30)
3位 マッハ(グッド+10)
リタイア(バッド+50)
王子ジャガノート様
ケント




