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06 荒業『お宝ゲットでとんずら』

06 荒業『お宝ゲットでとんずら』


 ケントの眼前に、バトリアン帝国の視聴者からの赤いメッセージが、弾幕のように浮かび上がった。


【し、シトロン王女が、ケントに服従するなんて!?】


【王女に、いったい何があったんだ!?】


【我が国でもっとも気高く美しいお方に、あんな格好をさせるだなんて……! 許さん、ケント!】


 嫉妬に満ちあふれたメッセージ。

 その向こうで、シトロンはとうとうお尻をフリフリしだした。

 どうぞ、お好きにしてくださいといわんばかりに。


 ケントはどうしていいかわからなかったので、とりあえず声を掛けてみることにする。


「……なにをしている?」


 すると、シトロンは尻を撫でられたみたいに飛び上がった。


「きゃああっ!? あ、あなた、なにっ!? なんでこんな所にいるのよっ!?」


 両手で隠すようにお尻を押え、まるでチカンでも見るような顔つきのシトロン。


「いや、僕はずっとここにいたが……」


 バトリアンで準賢者をしていたケントは、もちろんシトロンのことを知っている。

 しかし近づくことは許されなかったので、シトロンはケントのことを知らない。



 ――いや、彼女のリアクションからするに、僕のことを知らないというよりも……。

 そもそも、存在自体が見えてないような反応だったが……?



 そこでケントは今更ながらに気付く。



 ――そうか。僕は昨日レベルアップして、『道端の石っころ』というパッシブスキルを得た。

 そのスキルの効果が発動していて、目立たなくなっていたんだろう。



 シトロンは恥ずかしさと悔しさが入り交じった表情で、むむむ……! と唇を噛みしめていた。


「あ……あなたの噂は聞いてるわ! 昨日、寮母さんにエッチなスキルを使ったそうね!

 そんな低俗なあなたに、聖騎士であるわたしが背後を取られるだなんて、一生の不覚だわ!」


「気にすることはない。ところでこんな所で尻を出しても、一等賞にはなれないと思うが」


「や……やっぱりお尻を見てたのね!? 最低っ! それに、お尻を出してたわけじゃないわ!

 さっきのはインテルル神羅国で開発されたクラウチングスタートっていって、陸上競技において効率的なスタートができるやり方で……!」


 シトロンは真っ赤になって弁解していたが、周囲はすっかり服従のポーズだと誤解していた。

 特にジャガノートは、衝撃と嫉妬のあまり頭から湯気までたてている。


「じゃっ……じゃがぁぁぁっ……! わ……ワシの憧れの『服従のポーズ』を……!

 このワシが勝ったら、シトロンにあのポーズをやらせようと思っておったのに……!

 許せんのじゃ……ケント……! 追放してもなお、ワシの足を引っ張るとは……!

 この競技で、ブタピッグのエサにしてやるんじゃ……!

 い……いくぞ野郎ども! バトルマラソン、スタートじゃっ!」


 怒りに任せたジャガノートの合図に、一斉に走り出す生徒たち。

 シトロンもハッと我に返ると、「スケベ!」とケントに吐き捨ててから走り出した。


 生徒たちは土煙をあげるほどのスタートダッシュで、あっという間に小さくなっていく。

 ケントだけが、ポツンとひとり取り残されていた。


「やれやれ、山賊になってからというもの、理不尽な絡まれ方ばかりしているな……。

 このあとは、何事もなければよいのだが……」


 ブツブツ言いながら、いつもよりもだいぶ重たい身体を引きずるようにして走り出すケント。

 とりあえず最下位でもいいから、リタイヤだけはしないようなペースで完走を目指す。


 ゴールの『鐘つき堂』がある崖へと登る道は、かなりの距離があった。

 ケントは陽が傾きかけた頃にようやく中腹にさしかかったのだが、その途中でひとりの女生徒がうずくまっているのを見つけた。


「シトロンか。ウサギのマネして昼寝でもしているのか?」


 おそらく転んだのだろう、土埃にまみれた顔をキッとあげて、シトロンは睨み返す。


「そんなわけないでしょう! 先頭を走っていたジャガノートくんを抜かそうとしたら、取り巻きに棍棒で攻撃されたのよ!」


 彼女は「ううっ!」と血が出たスネを押えている。


「あのジャガイモ、ひどいことをするな」


 すると、シトロンの顔がよりいっそう険しくなった。


「じゃ、ジャガイモ!? ジャガノートくんをそんなふうに呼ぶだなんて……!」


「そこまでされているのにかばうとは、キミもなかなかのようだな」


 と、背後から重低音が迫る。

 ふと見ると、回収獣のブタビッグが目を血走らせてこちらに猛進してくるのが見えた。

 その地響きに怯えるように、シトロンは目を伏せて震えはじめる。


「か……回収獣にやられたら、こんなケガどころじゃすまないわ……!

 たぶんわたしは、この学園の第一の落第生に……! 悔しい……! 悔しいよぉっ……!」


 頬から光るものが落ちたのを目にした途端、ケントは動く。

 シトロンの身体をすくいあげるようにして持ち上げ、急勾配の坂道を上り始める。


 まさに山賊にさらわれた王女のように、シトロンは濡れた瞳をこれでもかと見開いてケントを見つめていた。


「なっ……!? なにをしてるの!?」


「見ればわかるだろう。キミを抱えてゴールするんだ」


「そっ、そんなの無理に決まってるでしょ! あなたはすでに100キロの重りを付けているのよ!?

 それなのに、わたしまで抱えたりしたら……!」


「キミは何キロだ?」


「えっ」


 不意を突かれ、シトロンは思わず体重を告げそうになった。

 しかし「よん……」と1桁目を口にした時点で、ボンッと顔を赤くする。


「そ、そんなこと、教えられるわけがないでしょう! 女の子に体重を聞くだなんて、最低っ!」


「そのくらい元気があれば大丈夫だな。よし、いこう」


 シトロンをお姫様抱っこしたまま、ぐんっ! とスピードをあげるケント。

 それはシトロンも思わず「はやっ!?」と言ってしまうほどであった。


「う……うそ……!? 100キロ近い重りを付けられてるのに、こんなに速く走れるだなんて……!?

 しかも、こんな急な坂道を……!?」


「重りを付けての走り込みなら、賢者小学校でさんざんやらされてきた」


 背後から追いすがるブタビッグをぐんぐんと引き離すケント。

 しかしブタピッグの御者席から、よからぬ叫びが聞こえてくる。


「くそっ! ジャガノート様からは、絶対にケントを脱落させろと言われてるんだ!

 ブタピッグ、もっと飛ばせ! 追いつけなかったら俺はクビで、お前はトンカツになるんだぞっ!!」


 御者はブタピッグをビシバシとムチ打ち。人馬ともども決死の形相で追いあげてくる。

 回収獣というのは速度規定があるのだが、完全にルール無視であった。


 ケントはすでに尋常ならざる汗を流し、爆発寸前の蒸気機関のような荒い息を漏らしている。

 シトロンからはその表情こそ見えないものの、無理をしているのがハッキリとわかった。


「け……ケントくん! わたしを捨てて逃げて! わたしを離せば、ケントくんは助かるわ! だから……!」


 シトロンは半泣きで、懸命にケントにすがった。

 しかし俯いたケントと目が合った途端、言葉を失ってしまう。

 なぜならばケントが苦悶とは真逆の、そよ風を浴びているような表情をしていたからだ。


「僕は山賊だ。いちど手に入れたお宝を、手離すようなマネはしない」


 そして愛でるように、かすかに笑む。

 少年はあまりにも涼やかで、あまりにも艶めかしかった。


 そう……!

 彼はいつでも、クール&セクシー!


 たとえ、ブタに追いかけられていても……!


 そんなフェロモン全開の言動を、至近距離で浴びてしまってはひとたまりもない。


「け……ケント、くん……!」


 ……トゥンク……!


 シトロンはいままでにない胸の高鳴りを覚える。

 夕日を浴びてオレンジ色に輝く彼の汗すらも美しく感じてしまい、今まで見てきたどんな宝石よりも心を奪われていた。


 そしてケントは表情こそ崩さなかったが、全力疾走を続けるあまり、身体はいよいよ限界を迎えつつある。

 ほとんど精神力だけで足を動かしていたが、少しでも気を抜けばブッ倒れてしまうほどの極限状態にあった。



 ――俺はこのまま、あのブタのディナーになってしまうのか?

 それだけは、ぜったいに嫌だ……!



 またあの閃光が、ケントの脳裏に現われた。



 荒業 お宝ゲットでとんずら(アクティブ)

  高速で走ることができる。

  その最中、一定の確率で大切な物を失うことがあり、また誰かの大切なものを奪うことがある。



「今の僕に、失って困るものなんてなにもないっ……! お宝ゲットでとんずらだっ……!」


 ケントが喘ぎながらそう口にすると、背後から神風のようなものを感じる。

 途端、背中を押されるように急加速した。



 ……どばひゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーんっ!!!!



 それは尋常ならざる速さで、瞬きほどの間にブタピッグを置き去りにするどころか、崖の中腹を登っていた生徒たちの集団をごぼう抜き。

 風景が水に溶けた絵の具のように流れていき、シトロンはポッカリ開けた口を風で膨らませた変顔で絶叫していた。


「はっ……はひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!?!?」


 二回瞬きしただけで、トップを走っていたジャガノートの馬車を捉える。

 ジャガノートの馬車のまわりには棍棒を持った生徒たちがいて、追い抜こうとする他の生徒を警戒していた。


 完全なる独走状態だったので、馬車の上のジャガノートはすっかりご満悦。


「がはははははっ! ゴールの鐘つき堂が見えてきたようじゃ!

 これで、最初の授業はワシが1位じゃ!

 視聴者から大量のグッドをもらえるうえに、王女というオマケまで付いてくるとはのう!

 王にも王女にもいちばん乗りというわけじゃ!

 がはははははっ! がーっはっはっはっはっはーーーー……!?」


 しかし矢のようにすり抜けていった残像に、ジャガノートの笑いは消し飛んだ。


「じゃがっ!? あ……あれは、ケント!? な……なんであんなに速いんじゃ!?

 じゃがぁぁぁっ! おぬしら、ケントをブチ抜け! でねぇとブチ殺すぞ!!」


 駄々っ子のように叫ぶジャガノートに、馬がわりの生徒たちは真っ青になって己の身体にさらにムチ打つ。

 20人近い人力で全力疾走しているというのに、ケントの背中はぐんぐん遠くなっていく。


 そしてとうとう、鐘つき堂の前に立てられていたゲートが突っ切られる。


 この学園の授業はすべて王子が1位を独占する手筈になっていたのだが、その予定が初日にして破られてしまう。

 記念すべき初日の授業で1位になったのは、山賊と王女という、前代未聞のペアであった。

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